尋問、慰問、お姉さん
あれからもう何日も尋問されっぱなしな日々が続いた。
最初は、凄い怒った人が怒鳴り散らして帰るってのが数日続いて、その後に来た人は、本を片手に真面目腐った様に淡々とした口調で話しかけては帰るというのが数日。
そして、今度はちょっとチャラそうな感じの人が、こっちも見ずに語る様に延々と話しては帰って行くと言うのが続いていた。
全く何を言っているのか理解出来ず、俯くしかない状況が続いたのだが、怒鳴り散らす人が来なくなってからは、ちょっと人恋しくなったせいか、尋問を待ち侘びている自分がいた。
ただ、それは唐突に終わりを告げる。
朝だか夜だかわからないが、三回目の食事の後に必ずあった尋問が、いつしか途切れてしまった。
尋問が途切れてから九回目の食事が過ぎ、一分一秒が永遠とも言える長さに感じていた頃、待ちわびた変化が訪れることとなる。
品のいいローブに身を包んだ綺麗なお姉さんが、お付きの兵士を連れて降りて来たのだ。
『こんなところで、あんな綺麗なお姉さんを見ることができるなんて……もうそろそろ俺は処刑されるのかな……』
起こるはずのない幸福に、その先の不幸を連想する。
しかし、処刑されるかもしれないという恐怖は、このまま放置される恐怖に比べれば、いくらか救いがあるように感じていた。
「————」
お姉さんの声はか弱く、よく通る澄んだ声だった。声フェチではないのだが、その魅力的な声に中島の心はいとも簡単に奪われる。
お姉さんは中島に少し声をかけた後、ついて来た兵士から小瓶の様な物を渡されていた。
薄暗いせいでなんなのかははっきり分からなかったが、お姉さんは檻の隙間から、その小瓶を中島に手渡す。
そして手を口元に近づけ、「飲め」としか捉えようのないジェスチャーで中島に催促する。
『……ここで安らかに眠れということなんだろうな。きっとこの人は、教会のシスターみたいな人なのだろう』
安楽死を勧める宗教なんて糞喰らえ! なんて事は思わなかった。
これでやっと解放される……安らかな眠りを享受出来る……そんな異常な希望すら芽生える程に、ここの生活は地獄であった。
中島は小瓶の蓋を開け、一気に飲み干す。
一気に飲んだせいか味は分からなかったが、思い出してみても、そこまで味は無かったと思う。
体に変化は無い。眠気も来なかった。
『俺は一体何を飲んだんだ? 安楽死でなければなんのために……』
いくら考えようが分かるはずもない。
呆然とする中島に、お姉さんは手招きをする。
中島は躊躇う事なく近づく。
そして、お姉さんは指で後ろを向くようジェスチャーで伝えているように見えた。
中島は躊躇う事なく後ろを向く。もうこの時には、少なからずワクワクとした何かを期待してしまっていた。
なにか後ろで少し音がしたと思ったら、背中の辺りから心地よい違和感を感じる。
『これ……もしかして、定期検診的な何かなんじゃないか?』
囚人にも、一定の人権保護のため、慰問のような事が行われるのだろう。
もし、そうなのだとしたら、この地獄のような生活に唯一の安らぎが訪れた事になる。
また行われるかはわからないが、これを励みに、もう少し耐え続けることができそうだ……。
そんな事を考えていると、背中の違和感は全身を包み込むように広がり、心地良さが膨れ上がる。
「————」
お姉さんがなにか話しかけたようだが理解出来ない。
だが、話しかけられた瞬間、心地よさの中に、なにかが全身を駆け抜けたような気がした。
「どうかな? 分かるかな?」
「!!」
お姉さんの話している事が理解できた……確実に日本語ではないのだが、何故だか意味がわかる。
「ぁ……ゎ……わか……ります」
中島は何日も声を出さなかったせいで、たどたどしい話し方になってしまった。
しかし、そんな事はもうどうでも良かった。
会話が出来たことが、この上なく嬉しかった。自然と溢れ出る涙に気づくことさえできない程に。
お姉さんはそんな中島の頭を優しく撫で、落ち着くまで待ってくれていた。
お姉さんは絶対に外せません。