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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隣のお姉さん

作者: 志水ミコト


 ――最近、隣のお姉さんが変わった。



 ここらへんは田舎だ。

 ご近所と言っても、かなり離れている。

 だから隣の家で何があったかなんて、わかりっこない。

 僕には絶対に言えない秘密がある。

 それは隣のお家が、殺人一家だということ。

 お父さんに言ったらすぐに警察に連絡を入れるに違いない。

 僕はそうなったら、警察が来る前に殺されることを知っている。

 だって遠く離れてるといっても、ご近所なのだ。銃をもってこられたら、ひとたまりもない。

 だから僕は、黙って大人になるまで、この秘密を誰にも言わないつもりだ。

 そうすれば、この村から出ていけるのだから。

 そのあとどうなっても、知らないことだ。


 僕が隣の家の小屋で死体を見たのは、10歳に満たないときだった。

 殺されたのは、僕のおじさんだった。

 殺したのは、隣のお姉さんだった。

 お姉さんがどうして僕のおじさんを殺したかなんて、聞けるわけもなかった。

 僕はただ、おじさんがどこかへ行ってしまったから探しただけだった。

 隣の家の小屋で、殺されてるおじさんを見つけてしまって、そのまま帰ってきたのだ。

 僕は内気な少年だった。今もそんなに目立つことが得意ではない。

 おじさんが殺されてからもう10年が経とうとしている。

 僕は17歳になっている。

 そろそろこの国では、おじさんを殺した罪が時効になるようで、お父さんとお母さんがけわしい顔をして、おじさんを殺した犯人が見つからないことについて話している。

 お父さんは、おじさんはきっとこの村がいやになって蒸発したのだと言う。

 お母さんはいいや、殺されたのだと言う。

 お父さんはおじさんと仲が悪かった。

 お母さんの弟であるおじさんは、ちょっとどころでないワルな奴だったのだ。

 だからこの村が嫌いで、言いもしないで出ていったのだと、お父さんは言っている。

 おじさんは当時、たぶん20代の後半だった。殺した隣のお姉さんは、15歳になってなかったんじゃないだろうか。

 薄々僕は、気づいている。

 僕のおじさんは、きっと隣の美少女だったお姉さんに、いたずらをしていたことに。

 お姉さんの家にはいつも違う男が入っていく。この村の人ではない。

 もしこの村から、おじさん以外にもたくさんの人が消えていたら、事件はもっと早く明るみになっていたはずだ。

 さて……話を最初に戻そうか。

 隣のお姉さんが変わった。別人になった。

 隣のお姉さんの名前すら僕は知らないけれど、隣のお姉さんは雰囲気も、顔も、全然違う人になっていることに、家族は気づいていない。

 そりゃ背格好も顔もちょっと近いよ。でも別人だ。

 僕はあのお姉さんのことが怖くて、どのくらいあのお姉さんが僕を殺しにこないか観察していたかわからない。

 だからお姉さんが別人になったことにすぐ気づいたんだ。

 お姉さんは死んだのだろうか。殺されちゃったのかな。

 お姉さんのかわりにお姉さんになりすましているあの人は、一体誰なのだろう。



 隣の誰かさんは、道ですれ違うと僕に微笑みかける。

 僕はバレないように慌てて笑顔をつくる。

 そして隣の誰かさんは、隣の家の中に消えていく。

 おそらく、隣のお姉さんがいなくなったのは事実だ。

 どこかに引っ越したのか、それとも殺されたのかはわからない。

 お姉さんはきっともう、この村にはいないはずだ。

 僕はそれから何度か、隣のお姉さんのふりをした誰かさんとすれ違うたびに、そしらぬ顔ですれ違った。

 それからしばらくして、隣の家が焼けて、中から隣の人の死体が3体見つかった。

 お父さんと、お兄さんと、お姉さんだとみんな話していた。

 でも僕は気づいてしまった。

 あの何度か笑いかけてくれた、隣のお姉さんのふりをした人がきっと殺されてしまったことを。

 今も隣のお姉さんが、生きているという戦慄する事実を。




 僕が育った村を出たのは、高校を卒業してすぐのことだった。

 あの村に長居は無用だった。

 引っ越しをした日、安心してよく眠れた。

 僕はもう、何かに怯えたまま暮らす日々から解放されたことに気づいて、噎ぶ気持ちになった。

 僕は仕事を探して、普通にウェイターのしごとをしながら、暮らしていた。

 帰る時間には、売春婦のお姉さんたちが街に並んでいた。

 僕はお金がないから、化粧の濃いお姉さんたちと遊ぶことすらままならない。

 そうして家に帰る途中、僕はその客をひいているお姉さんの中に、あの殺人鬼のお姉さんが立っていることに気づいてしまった。

 僕はすぐに、踵を返した。

 それがまずかったようだ。後ろの人とぶつかってしまい、気づいたら背後に、隣のお姉さんが立っていた。

「一緒にきてくれる?」

 震撼とする声でそう言われ、僕の背中には尖ったものがあてられている。

 どこで殺されたって一緒だってわかって大声を出そうと思った瞬間、お姉さんがこう言った。

「あんた、声出したら家族もみんなこうしてやるから」

 僕は声を出すのをやめにして、歩き出した。お姉さんは僕を、アパートに引きずり込んだ。

 部屋は、自宅とは言いがたかった。

 男を引き込んで、寝るためだけの隠れ家というほうが近そうだった。

 あまり美味しそうでないインスタントコーヒーを淹れるように言われ、僕は二人分のコーヒーを淹れる。

 お姉さんは玄関に鍵をかけると、僕と向き合うようにして玄関にもたれたまま、コーヒーを飲んだ。

 僕も立ったまま、コーヒーを飲む。

「お久しぶり。名前なんだっけ?」

「テリーだよ。お姉さんの名前は?」

「ええー。知らないの? サラだよ。覚えて?」

 殺されるのに覚えておく必要ってなんだよ。

 僕はこの部屋に凶器が、お姉さんの持っているナイフだけしかないことを知っている。

 いいやほかにもあるのかもしれないが、お姉さんはきっと僕に在り処など教えてはくれない。

 僕がナイフを取り上げて切りかかったら、その武器を手にとって僕を殺し、家族を殺しに行くかもしれない。

 ネガティブ思考がぐるぐるしている。

 お姉さんは僕が7歳のとき、おそらく14歳くらいだったと思う。

 つまり僕が18歳の今、25歳といったところだろう。

「コーヒー飲みなよ」

 僕は従う。コーヒーに口をつけた。

「私ね、あなたのおじさんと何度もえっちなことしたよ。12歳くらいから」

 僕はだまって聞いていた。

「お父さんが撮影するんだよね」

 僕はだまって聞いている。この懺悔を聞いたら、僕は死ぬのだろう。

「兄貴は私のこと何度もかばったから、いつも殴られてた」

 僕はコーヒーを啜った。

 お姉さん――サラはとてもきれいな人だった。

 小さな頃から、映画に出てくるお姫様みたいな容姿の人だった。

 田舎が似つかわしくないくらい、きれいな容姿だった。

「あの日、初めてだったのよ」

「殺しが?」

 僕はついに口を開いて、そう聞いた。

 サラはこくんと頷いた。

 真っ暗な部屋の中で、僕はサラが次に発する言葉をじっと待った。

「あそこから、私が一番立場が、強くなったの」

 背中がぞくっとするような響きだった。

「お父さんは私を怖がって、一緒に死体を始末してくれた。次も次も、始末してくれた」

「何度も?」

「うん。何度も」

 コーヒーのカップを見つめる。

 これを鈍器にするには少し軽すぎる。割って刃物にしたところでちょっとリーチが足りない。

 やっぱり無理かな。お姉さんに殺されるだけで終わりそうだ。

「お姉さんが、一週間だけすり替わってたあれ、なんだったの? 別の人が来ていた」

 僕はずっと疑問だったことを聞いた。

「あの子は、どっかから逃げてきたんだって。お父さんがあの子が可哀想だから一緒に面倒を見ようって言ったの。でも私、すぐにわかったの。この子は私の身代わりをさせられて、私はこの子が見つかったから殺されるんだって」

 思い出して今も怒りを感じているような声だった。

「実際私、あの家で殺されかけたんだ。兄貴が助けてくれなかったら、私死んでた。私、あの子のことちっとも好きじゃないわ。これ幸いと私のふりをするような子」

 僕は何も言わずに、真っ暗な部屋のベッドに腰掛けた。

 玄関を塞いだまま、サラは沈黙した。

「兄貴が、お父さんとあの子殺して、自殺したんだ。『火を放てば、お前は自由だ』そう言って」

 僕は今頃になって、なんであの通りを帰りに道に選んじゃったかなと考えていた。

「僕を殺せば、自由になる。そういう解釈でいいのかな?」

 小首をかしげてそう聞いた。

 サラは刃物を見下ろし、僕に近づいてきた。

「今更何人殺そうが変わらないんだよ、私は」

 サラは僕の喉にナイフを押し当てた。

 間近でじっと見つめ合った。

 ふと、首にナイフを押し当てられたまま、唇と唇が触れた。

 僕がじっとしていると、サラは唇を離して、ついでに言うと、ナイフも首から離れた。

 そして僕は、帰るように言われた。

 背後から刺されたって別にいいやと思って、そのまま帰った。


 しばらくして、僕の元に警察が来た。

 サラは売春罪で捕まった余罪で、殺人がぼろぼろ出てきてしまい、今は捕まっているらしい。

 手紙を渡してほしいと言われた。内容は検閲してしまったが、これは君のものだと渡された。

 僕は手紙を開かずに、押し返した。

「中に書かれてるのは、『話を聞いてくれてありがとう』だけですが?」

 警察はご丁寧に、僕が読みたがらなかった手紙の内容を口にすると、手紙を渡さずに帰っていった。

 僕は扉を閉めると、唇に指をあてた。

 僕にとってはあれは、初めて女の人としたキスの味だった。

 何も感じなかったけど、サラはどうして僕にキスをしたのだろう。

 意味深な手紙まで寄越して、一体なんだったんだ。

 僕の中に、今更ふつふつと怒りがこみあげてきた。

 勝手に僕の中をかき回していった、ひどい女性に、腹が立った。

「一生壁の向こうから出てくんな!!」

 堰を切ったように、精一杯の罵倒の気持ちを吐き出した。

 涙がぼろぼろこぼれた。声を出して泣いた。

 怖かったんだ。あのお姉さんがずっと、怖かった。

 どんなに可哀想な目にあったって、やっちゃいけないことがあるなんて言うつもりはないし、辛い目にあってることも知っているけれど、あんな身勝手な女はもう出てくるなと本気で思った。

 僕は夜になってすぐに、なけなしの金をもって女の子を探した。

 すぐに、サラとした唇の味が忘れたくて。

 僕の相手をしてくれた女の子は、一体どうしたのかと僕に聞いた。

 ありったけ苦しかったことをぶちまけようと思ったのに、何から話せばいいのかわからなくて、女の子も僕のことに興味がなかったみたいで、お金をもらったらそのまま夜の街へと消えていった。

 しばらく悪夢の中にサラは姿を表し、どうして手紙を受け取らなかったのかっと罵倒したり、キスをしたり、殺すと脅してきたり、あの手この手で僕のことを言いなりにしようとした。

 僕はじっと黙って彼女の言い分を聞き、朝になると仕事場に出かけた。

 やがて、笑顔が消え失せた僕のことを、仕事場もよく思わなくなっていった。

 僕は解雇された日、理由は色々あるのだろうと思いながら、解雇通知を受け入れて、反論する余力もなく、アパートに戻った。

 隣のお姉さんがめずらしく心配してくれて、僕の話を聞いてくれた。

 ありったけのことを、懺悔した。

 隣のお姉さんは僕の話をありったけ聞いて、僕のことをよしよしとしてくれた。

 正直なことを言うと、この隣のお姉さんは少し苦手だったんだ。

 サラと雰囲気の似た、美人だったから。

 僕は美人が苦手なんだ。

 きれいな人はみんな、サラを思い出すから。



 しばらくして、隣のお姉さんの記憶が塗り変わることになる。

 隣のお姉さんは、今はアパートのお向かいに住むお姉さんのことをさす。

 僕はあの頃より少しだけ幸せな暮らしをしている。

 仕事もしばらくして見つかったし、今度の職場のほうが僕にはあっている気がする。

 一つだけ、今も秘密にしていることがある。

 僕はまだ、サラの悪夢を見るんだ。

 夢の中のサラは最近笑うようになった。僕がうんざりするほど話を聞いたら、笑うようになったんだ。

 僕は夢の中では、今もサラと話をしている。あの男を連れ込むための安いボロアパートで、ベッドに並んで座って、話を聞いている。

 僕が隣のお姉さんと付き合うことが決まった日、夢の中のサラがこう言った。

「話を聞いてくれてありがとう」

 サラは笑って、キスをせずに扉の向こうへと去っていった。

 真っ暗な部屋は、サラが開け放った瞬間、真っ白な光に包まれた。

 そしてそれっきり、サラの悪夢は見なくなった。

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