ボタニカル男子
「今度の日曜日に植物園に行かない。」
「行く、行くよ。」
思いのほか、即答でびっくりした。
植物園で開催している世界のラン展、すごく行きたいけど、男一人で植物園って周りの目が冷ややかで辛いんだよね。
だから女子グループを誘って行こうと画策したわけだ。
とりあえず断られなくて良かった。
「それじゃあ他の人にも声をか・・・。」
あれ、なんだか様子が変だ。
グループの中でもとりわけ地味な子なんだけど。
「わたし、お弁当作るよ。好きなのってある。」
そう言ってまっすぐにみつめる瞳がハッキリと輝いている。
「え、じゃあハムかな。」
「わかったハムね。」
いやお弁当にはいいだろうけど、卵焼きとかウインナーの方が定番だよな。
いやいやそうじゃない。
これって完全にデートの雰囲気になってるし。
俺は純粋にラン展が見たいだけなんだが。
でももう言えない。
まあ、いいか、ラン展見れるんなら。
そして当日の朝になった。
彼女から連絡がくる。
「ごめんなさい、急な用事ができちゃって、でも遅くなるけど絶対行くからね。」
まあ仕方がない。
植物園のすぐ近くには図書館がある。
そこで時間をつぶすとしよう。
「今そっちにむかってるよ。」
「じゃあゲート前で待ってるから。」
俺は植物園のチケットを二枚買い、彼女を待つことにした。
「待たせちゃってごめんね。」
大きなバスケットを持って、彼女は駆け寄ってきた。
「いいよ、さあ入ろう。」
俺はバスケットを持つと、代わりにチケットを手渡した。
「私の分まで出してくれたんだ、ありがとう。」
お礼を言われる筋合いはない。
ただ一刻一秒でも早く、植物園に入りたいだけだから。
ゲートをくぐると、色とりどりの花たちが待っていた。
でもどれも一般的な花ばかりだ。
「この花かわいい、マーガレットかな。」
白い花を集めた花壇で彼女の足が止まる。
「クリサンセマム・ノースポールだよ。」
「え、なにポール、よくそんなの知ってるね。」
まずい、やってしまった。
ノースポールなんて、めちゃめちゃ普通種じゃないか。
これでひっかかるなんて。
しかし、自分でこの花かわいいなんて言っておいて、そんなの呼ばわりは酷いぞ。
「ほら、看板に書いてあるから。」
「あ、本当だ。じゃあこっちのがマーガレットかな。」
そっちはユリオプスデージーで、あっちがオステオスペルマム。
って言わない方がいいよね。
『私お花が大好きなの』って言うお花は、せいぜいチューリップかヒマワリか。
『バラが好きなの』って言うのもバラの花束が好きなんだから気をつけろ。
間違ってもオールドローズとモダンローズだとどっち派、なんて聞いた日にはドン引きだ。
花を学名や品種名で呼ぶなんてもってのほかだな。
すこし小高い木陰にベンチがある。
彼女は腰掛けて、お弁当にしようと言う。
まだ全然観てないじゃないか。
でも仕方ない。
言われるがまま、お弁当を食べることにした。
バスケットの中はハムのサンドイッチにウサギリンゴ、たこさんウインナーとまさにデート仕様ではないか。
「おいしそうだね。」
まあ外しようのない無難なお弁当だよね。
そして他愛のない会話が続く。
「家でも料理するの。」
「うん、実家だから基本はお母さんだけど。」
だいぶ日が高くなってきた。
予定より押している。
でも彼女のキラキラした笑顔を見ると、ラン展の為のカモフラージュだなんて言えない。
お弁当を食べ終わると、芝生の上を散策し、四つ葉のクローバーを探したりもした。
そしてようやくお目当ての温室の中へ足を踏み入れた。
そして少しずつラン展の会場へ近づく。
でも、あれ、何かおかしいぞ。
ロープで会場に入れない。
『本日最終日につき、早めに撤収致します。御了承下さい。』
そんな馬鹿な・・・。
「あれ、ここ見れないんだ。それより見てみて、バナナが木になってるよ。」
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