~思い出~2
〝彼女〟の家族となってから二ヶ月が過ぎた。
この頃ともなれば、それまで窓の向こうに雨を見る度思い出していたあの辛い体験も鳴りを潜めていた。雨の音が響く度に〝彼女〟のお母さんがわたわたと慌てる様を見て笑えるぐらいに。
初めのひと月などは、地面や屋根を叩くその音が聞こえる度に怯えたような心細い声を漏らす兄弟たちを、その体を優しく舐めて慰めつつそっと涙していたというのに。
それもこれも皆〝彼女〟のおかげ。
あのつぶらな瞳で見つけてくれなければ――。
あの純真無垢な心で包んでくれなければ――。
この時間は疎か、うちら兄弟たちの〝命〟そのものが存在しなかっただろう……。
当時〝彼女〟は両親との三人暮らしだった。
天然だが、心優しいお母さんと、
少々気弱な所があったが、温厚なお父さん。
……そういえばこの二人が怒ったところをついぞ見たことがなかった気がする。
そこにうちら兄弟が加わり六人家族に。
「妹や弟が出来た!」と大喜びしていた〝彼女〟のあの笑顔を、まるで昨日のことのように思い出せる。
〝彼女〟の笑顔はいつだって最高で大事な宝物。
あの笑顔に照らされている限りうちの心に雨が振ることは無いと、そう思わせてくれる眩い輝きがとても大好きだった。
――そして季節は巡り、一年目を迎える。
夏は家族総出で海へ出かけた。初めて見た海はどこまでも壮大で、畏怖すら感じるほどだった。
兄弟たちは、そこで遭遇したヤドカリと戯れることに必死だったけれど。
秋はその豊饒によってもたらされた物を、競うように堪能した。
秋刀魚のあの旨さときたら、思い出しただけでも涎が出そうになる。
冬はしんしんと降り積もる雪の静謐さに耳を澄ました。
兄弟たちはあまりの寒さに炬燵の主と化していたけれど。
布団から頭だけ出すその様は、まるで海で出会ったヤドカリのようで、家族の笑顔を誘っていた。
春は舞い散る桜の妖艶さに思わず見惚れた。
お父さんは春が苦手だと言っていた。風邪でもないのにくしゃみを連発し、絶えず鼻をかんでいたその姿は実に大変そうだった。きっと花粉症だったのだろう。
そしてその全ての場面で〝彼女〟は隣に居てくれた。
学校がある時間帯以外は常に一緒。共に食べ、共に笑い、そして共に寝た。
経済的な事情から、兄弟たちがそれぞれお父さんの友人、親戚へと引き取られることになった時は、二人して大泣きしたものだ。
そういえばお母さんがこんなことを言っていたっけ。
「姉妹というより、まるで母娘のようね」
実に言い得て妙だと思う。
うちにとって〝彼女〟は姉であり、友人であり、そして母でもあったのだから……。