~6~
一夜明けて次の日の朝。
ぐずつき始めた空の下、誠に召集された周辺の幽霊たちが一人、また一人と美月たちの寝床である空き部屋へと集まって来ていた。気の早い者になると、夜が明けるかどうかという時間にやってきた者までいた。
幽霊は基本『睡眠』を取ることがない。というか取る必要が無いというのが正解か。もちろんそれは『生物的』に、という意味でだが。
睡眠は、心身の休息、身体の細胞レベルでの修復(いわゆる『自然治癒』)、また高次脳機能(記憶の再構成など)にも深く関わっているとされるが、そもそもが死んで肉体を失っている幽霊たちにとって、それはまったくもって関係のない話である。
ではどこでものを考えたり、どうやって声を出しているんだということになるが、実は当の本人たちにも解っていなかったりする。出来るんだからいいじゃないか、何か問題でもあるの? という、暗黙の了解的な領域となっていた。
そういう訳で、何をするでもなく日がな一日中そこらを漂っている者や、ひと所にぼーっと突っ立ている者など居たりする中、かと思えば墓を壊される前のハナがそうであったように、特定の場所で長期間眠る者も居たりと様々な幽霊が存在する。
ちなみに誠は、生前の、肉体をまだ有していたころの習慣からだろう、夜も更けてくると目がトロンとなり、欠伸を連発するようになる。そうなればそのまま床へ着くなり3分と経たずに眠ってしまう。
美月はといえば、そんな誠の寝顔を暫くの間ニタニタと眺め、次いで添い寝を決め込むのが日課だったりした。
「……けっこう集まったね」
どこか拗ねたようにそう言う美月にしかし、誠は『ん?』という顔で可愛らしく小首を傾げる。
見渡す限りの幽霊、幽霊、幽霊……。
仮にそういう類のものを視ることができる人間がこの場に居たとすれば、そのあまりの数の多さに卒倒していたことだろう。
フン、と鼻息を一つ、辺りをぐるりと見渡す美月。
男もいれば女も居る。年齢層は、誠とさして変わらない年頃から、還暦をとうに過ぎているだろう年齢まで様々。午前10時を周るころにはその数ざっと50人ほどになっていた。この分だとまだ増えるかもしれない。誠の人気ぶりが見て取れる光景だった。
「みなさんありがとうございます!」
さすがにあの部屋では手狭となる人数となったため、場所を移した近場の広場にて、誠を中心に扇状に集まり思い思いに座り込んでいる一同を見渡しながら、誠は元気な、大きな声でそう感謝の意を示すとまだまだ幼い顔に満面の笑みを浮かべた。
「なぁにいいってことよ!」「誠ちゃんのためなら何てことないわよ!」「まことたんマジ天使!」「つか美月からの呼び出しだったら無視してたし」「ちげぇねえっ」「美月マジ外道」「あははははは」
そこへこちらも同じく笑みを湛えた者たちの声が返ってくる。
ここへ来た幽霊たちは皆誠の友人知人で、急な呼び出しにも拘らず、文句の一つも無しに集まってくれたのだった。
「初めからこうしていれば良かったんじゃニャいのか?」
誠を中心に集まった大勢の幽霊たちを、その輪の外側で眺めていたハナが同じくその隣でベンチに腰を下ろしていた美月の横顔にそう言った。
青白く血色の悪い太ももの上で両腕でもって頬杖をつき、実に面白くなさそうな表情をしていた美月は、その台詞に「今の聞いてもそう思う?」と胡乱な視線を寄こした。
「…………」
「…………」
「………………ニャんかごめんニャ」
「同情するなら呪い解けっ!」
半泣き状態でハナに掴みかかる美月。鋭い爪で手元をガリガリ引っ掻かれるのも構わずに、ハナの頬をむいーと左右に引っ張る。
「では、ハナさんこっちに来てもらえますか」
「んニャ?」
そうこうしている内に挨拶は終わったのか、その呼びかけにハナと美月がそちらに目を向けると、輪の中心から和やかにハナを手招きする誠の姿があった。
不意に緩んだ美月の手から頬を引き剥がし、輪を通り抜け誠の足下へ歩み寄る。
「ほ~、この辺じゃ珍しい毛並みだな」「可愛い~!」「可愛いけどワタシ猫アレルギーだったんだよね」「メス猫ハァハァ。獣姦キボンヌ」
ここに集まった者たちの殆どが猫好きだったようだ。何本もの手がハナの体に伸び、撫でまわす。様々な声を掛けてくるその顔は、皆一様に愛玩動物を愛でるそれになっていた。
最後の一人は皆にボコられた。
「こちらの猫さんは『ハナ』という名前だそうです。……訳あって家族、飼い主の少女を探しています」
誠は美月のせいでハナの墓が壊されたことや、呪いのことは敢えて伏せ、そこで一旦言葉を止めると自分や足下のハルに注目する一同の顔をぐるりと眺める。皆の輪の向こう側では、この広場に遊びに来ていたのであろう子供や、そのお母さんたちを驚かそうと、懲りずに奮闘しては自爆を繰り返し号泣している美月の姿があったが、ひとまず何も見なかったことにしてスルーした。
「皆さんの中に、このハナさんの飼い主さんは居られませんでしょうか?」
きっと居ないだろうな、そう思いつつ、それでも一縷の望みを持って訪ねてみる。
「…………」
やはり居ない様だ。その誠の台詞に、皆一様に周りを見回しキョロキョロとしているばかりで誰も名乗り出る様子がない。ハナと同じで記憶を無くしているのでなければ、よほどの理由がない限り、そもそもここに集まった時点でハナに気が付いて再会を喜んでいたことだろう。
とはいえ、この場に居ないということは〝生きている〟可能性も出てくるわけだから、悲しむには早過ぎるだろう。
誠はそう思いつつ、ちらりと足下に居るハナを見る。やはりというか、ハナも同じことを思っていたのだろう、皆を眺めるその姿に落胆した様子はない。
「では――」
その後も誠の質問は続いた。ハナの姿に見覚えはないか。ハナの墓を見舞っていた人物を見た者は居ないか等々――。
しかしそのどれもが不発に終わり、当初考えていた以上に厳しい現実がそこにあることを認識させられただけだった。