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8.アンドラス

白い机を見つめる。

今日の面談は少しシリアスなものになりそうだ。

コツコツと廊下から足音が響く。

隣にいるルシファー様もやけに険しい顔をしている。

今までの面談が生ぬるかったのだろうか。

今日訪れる面談相手は今までの面談相手より間違いなく――危険だ。

そんなことを考えてる内にも、足音は次第に近くなる。

そして、足音が扉の前で止まった。

息を呑む。

ノックの音が三回響いた。


  「失礼します」


面談相手の口調はやけに物静かだった。

それにこたえる形で俺は面談相手に了解の意を伝えた。

扉が開く。

そろりと中から細身の男が現れた。

細身といっても、決して弱々しいという意味ではない。

歩き方や所作から、必要なところは鍛えているということが嫌でも分かる。


  「どうぞ、おかけになってください」


俺は緊張を悟られないように、いつもと同じセリフを吐く。


  「では、失礼」


重く、低い声で男は返事をする。

そして、着ていたトレンチコートとボーラ―ハットを

隅にあるコートハンガーにかけ、ゆっくりと座った。


  「では、面談を始めますね、アンドラス様」


  「……はい」


すこし、間を置いて重々しい返事が返ってくる。

場の雰囲気が完全にアンドラス様のものになってしまったようだ。

何だか妙な匂いすらしている……。

そんな錯覚すら覚えるほどにアンドラス様のオーラは凄まじい。

なんだかこちらが面談をされているような気分だ。


  「では、最初に……」


  「待て」


俺が質問事項を読み上げようとしたとき、不意にルシファー様が口を開いた。


  「どうしたんですか?」


  「ちょっと、アンドラスに聞きたいことがあって」


そういうと、アンドラス様はなんでしょうか、というような垂れた目をルシファー様に向けた。


  「お前、この間ひとりで天使達とやりあったらしいな」


  「はて?」


  「シャマインにいったんじゃないのか?」


  「……あぁ、そのときのことですか、ええ、行きましたよ」


  「なんでそんなところにいった?」


  「なぜ……といわれましても、私は召喚されればどこにでも行かなければなりませんから」


  「おかしくないか?」


  「はい?」


  「あそこは天使しか住んでないはずだが」


  「ええ、左様で」


  「だれがお前を呼び出したんだ?」


  「下界の人間が紛れ込んでいたようで……」


  「なんで下界の人間が?」


  「わかりません、なにせ、すぐに刎ねてしまいましたから」


  「……」


会話が途切れる。

ホワイトノイズのような空気の振動だけが耳に残る。

葬式でももっとマシな雰囲気だろうと思った。


  「よく生きて帰ってこれたな」


ルシファー様が口火をきる。


  「そうですね、自分でも……運がよかったとおもいます」


  「……」


ルシファー様は煮え切らない様子で黙ったまま、アンドラス様を見ていた。

その眼は怒っているようでも、疑っているようでもなく、ただ不思議そうな表情を宿していた。


  「えと、では、そろそろ面談を始めても?」


  「ああ、ごめん」


ルシファー様は前のめりになった身体を後ろにのけぞらせながら、そういった。

ピリピリとした雰囲気に口が上手く回らない。


  「そ、れでは、え~、はじめますね」


  「はい」


アンドラス様は口角を少しだけ上げて、そう言った。


  「なにか、同僚に対してご不満とかありますか?」


  「ありません……あ」


  「? どうしました」


  「いえ、なんでも」


そう言って、会話は終わってしまった。

時間だけがゆっくりと過ぎていく。

次の質問を切り出そうとしたとき、アンドラス様が口を開いた。


  「やっぱり、あります」


  「なんでしょう?」


  「不満……同僚が私の飼ってるフェレットを臭いと言うのです」


  「はい」


  「それが、不満……ということになるのでしょう」


アンドラス様は物憂げな表情で、そう言った。

俺は返答を用紙に書き込みながら、次の項目に目を移した。


  「では、待遇面での不満などはありますか?」


  「……ありません、ね」


  「分かりました」


俺が先ほどと同じように返答を用紙に書き込もうとしたとき、アンドラス様の声が聞こえてきた。


  「あの、不満といえるかどうかは、微妙なのですが……」


  「はい」


  「魔宅で動物が飼えないのは、つらいですね」


  「ええ、魔宅は動物は禁止ですよね」


  「それが、不満……ということにしておきます」


  「わ、かりました」


俺は先ほどの返答を横線で塗りつぶし、新たな返答を書き加えた。

そして、いつもと同じように次の質問項目へ。


  「なにか最近、仕事でトラブルとかないですか?」


  「ありませんよ……ええ」


  「はい」


俺は用紙に例のごとく、書き込む。

すると、また声が聞こえた。


  「あ……やっぱり――」


  「アンドラス様」


  「はい」


  「無理して答えなくてもいいですよ、無いなら無いで大丈夫ですから」


俺は無理やり答えを捻りだそうと頑張るアンドラス様を見て、すこし不憫に思った。


  「分かりました」


アンドラス様はそう言うと、ゆっくりと顔をほころばせた。

渋い表情に一種の幼さが刻まれる。

今日はなんだか調子が狂う面談だ。

――それから俺はいくつかの質問をアンドラス様になげかけ、無事に面談を終えた。

ちなみにアンドラス様の回答は全部、「ありません」だった。

そして、俺は面談に来てくれたことに対する謝辞を述べる。


  「はい、それでは、失礼致します」


そう言って、アンドラス様はコートハンガーに向かって歩き出した。

茶色の立派なトレンチコートから動物が顔を出した。


  「こら、だめでちょ、今は面談中なんだから、いいこにしてまちょうね~」


鳥肌が立った。

アンドラス様は至福の表情を浮かべながら、赤ちゃん言葉で動物に話しかける。


  「あいつ、大丈夫か」


隣でルシファー様がそっと呟く。


  「動物愛ってやつですかね」


俺はそう返して、扉の前で一礼をして去っていくアンドラス様を目で追った。

そして、姿が完全に消えたことを確認して、肩の力を抜いた。


  「なんだかいつにも増して疲れる一日でしたね」


  「いつも、疲れるわ」


そう返すルシファー様の顔もどこか真剣みが帯びていた。


  「……でも、やっぱおかしいよなぁ」


  「なにがですか?」


  「いやさ、あいつさっき、シャマインで召喚されたっていっただろ?」


  「ええ、人間が紛れ込んでいたみたいですね」


  「それが、おかしいんだよなぁ」


  「なにがですか?」


  「シャマインは天国にあるが、

   一般的に人が死んだときに召される天国とはまた違うのは知ってるだろ?」


  「ええ」


  「あそこはさ、神や天使に招かれたものしか入れないんだよ」


  「え……と、だからあれじゃないですか? 天使に招かれた人が召喚してしまったと」


  「天使に招かれるような徳の高い人間が悪魔を召喚すると思うか?」


  「う~ん、しないでしょうね」


  「なにか臭うな」


  「……フェレットの匂いでしょうね」


  「……そだな」


部屋に充満していた匂いの原因を突き止めた俺とルシファー様はゆっくりとその部屋を後にした。

そして、アンドラス様の同僚の気持ちが少し分かった一日だった。

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