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6.リヴァイアサン

白い机を見つめる。


  「失礼しま~す」


間の抜けた声が扉の向こうから聴こえる。


  「どうぞ」


俺は落ち着き払った声で、そう伝えた。

扉が開き、中から可愛らしい男の子が顔を覗かせた。


  「どうぞ、こちらへ」


俺は改めて、今日の面談相手であるリヴァイアサン様にそう伝えた。


  「は~い」


俺から見て、右手を高く天井に伸ばし、にこやかな笑顔を振りまきながらこちらに近づいてくる。


  「ん? 伸長伸びた?」


隣に座るルシファー様が不意にそう呟いた。

俺はルシファー様とリヴァイアサン様の会話の行く末を暖かく見守ることにした。


  「少しだけね、えへへ」


  「そうか、仕事はどう? 順調?」


  「う、う~ん、まあ、順調かな!」


  「ふ~ん……あれ? 髪切った?」


俺は思った。今は面談中だ、それは今する話じゃない。

そんな俺の思いとは裏腹にルシファー様はリヴァイアサン様に質問を続ける。


  「いや~、でも大変でしょ?」


  「なにが?」


  「ん?」


  「え? なにが、大変なの?」


  「いや、そんなに伸長が低いと色々ね」


  「え、ま、まあね、えへへへ」


なんだか、リヴァイアサン様も少し困っているように見える。

ルシファー様を止めるべきだろうか。

それとも、これはルシファー様流のコミュニケーションなのだろうか。


  「大丈夫?」


  「ん? 何が?」


  「は?」


  「えと、大丈夫ってどういう意味?」


  「ああ、下界にはジェットコースターとかいう乗り物があるらしくて」


  「うん」


  「あのさ、まあ、言いにくいんだけど……伸長制限があるらしいんだ」


  「え~と、うん、知ってるよ」


  「だから、なんか可哀想だなって思って」


  「え、え? な、なにが言いたいの?」


  「う~ん、別に」


俺は直感的、内包的、客観的にルシファー様の言動を分析してみた。

間違いなく、これはコミュニケーションではなく、ただおちょくってるだけだ。

そのことに気づいた俺はルシファー様の耳元で呟いた。


  「いい加減にしてください、今日は面談ですよ」


  「すこしくらい遊ばせてよ」


  「ダメですよ、これ以上は大変な事になりますよ」


  「そのスリルがたまらんのよね」


  「……とにかく、もう余計なこと言わないでください」


  「はいは~い」


俺はルシファー様の間の抜けた声を聞き流し、面談の資料を机に広げた。

ゆっくりとリヴァイアサン様の視線がこちらに移る。


  「さ、世間話はそれくらいにして……面談を始めます」


  「は~い」


椅子に座り、足をぷらつかせながら大きな声で返事をするリヴァイアサン様。

その様子を下界の人間が見たら、なんと可愛い子だろうかと思うに違いない。

だが、俺は知っている。

それが間違った認識であることに。


  「リヴァイアサン様、最近経費をたくさん使っていらっしゃいますね?」


  「どきっ、な、なんのことかな」


今、完全にどきって言ったな。

まあ、俺の勘違いかもしれないが。


  「接待費……ということで、受け取っているのですが」


  「そうだよ! 接待だよ?」


ぷらつかせている足を止め、前のめりになって必死で反論している。

その姿が余計に俺の猜疑心を駆り立てた。

しかし、次に口を開いたのは意外な人物だった。


  「なあ、お前、最近伸長伸びたよな?」


  「ぎくぅ! な、ななな、何のことかな?」


ルシファー様が椅子を離れ、リヴァイアサン様のもとへ歩いていく。

そして、真剣な顔でリヴァイアサン様を見下ろして言った。

ルシファー様の真剣な顔を見るのはひさしぶりだ。

その表情には鬼気迫るものが宿っていた。


  「誰を接待してるんだ?」


  「べべべべ、別に、だだだだ、誰だって、いいいいい~じゃない」


リヴァイアサン様の口調は緊張のためか、DJがスクラッチをするかのような声になっていた。


  「お前、もしかして……」


  「え? な、なに? えへへへ」


くるくるとリヴァイアサン様の周りを回りながら、ルシファー様が言う。


  「ロジャーだな?」


  「……」


完全に黙ってしまったリヴァイアサン様。


  「お前、伸長が伸びないから錬金術でなんとかしてもらったんだな?」


こくりと頷くリヴァイアサン様。

サタン様は話を続ける。

その顔は悪魔のように醜く歪んでいた。

いや、悪魔なんだけどさ。


  「伸長が伸びないから、ロジャーベーコンにっ!!」


サタン様が怒鳴り声を上げた瞬間、リヴァイアサン様の瞳にきらりと何かが輝いた。

俺はすぐに席を立ち、サタン様のもとへ急いだ。

耳打ちをする。


  「ま、まずいですよ」


  「いや、でも、こいつロジャーベーコンに伸長伸ばしてもらってるんだぞ」


  「それは確かに問題ですが、リヴァイアサン様の、な、涙が今にも……」


  「いやいや、でもこいつロジャーベーコンに伸長を……」


  「それはさっき聞きましたよ、だいたいなんでサタン様、そんなにつっかかってるんですか」


  「だって、だってさ――」


今度はサタン様が子供のような口調で言った。


  「羨ましいんだもの!」


俺は一旦、頭の中を白紙に戻した。

そして整理した。


  「え? ロジャーに因縁があるとかじゃなくて、ですか?」


  「だってさ、俺のときはしてくれなかったし」


  「……」


俺は自分が少しでもサタン様の真面目な顔を信用したのがいけなかったのだ。

とりあえず、このままでは非常にまずいことになる。

リヴァイアサン様をどうにかしなくては。


  「……あ、リヴァイアサン様、飴いります? この前、ラミア―様にもらったんですよ」


首を横に振るリヴァイアサン様、その瞳から今にも涙が溢れでようとしている。


  「さ、最近、非常に業績が伸びてますね~! この前の侵略は見事でした」


すると、リヴァイアサンの顔がすこしだけ明るくなった。

いい感じだ。


  「伸長も伸びとるけどな」


隣でルシファー様が呟いた瞬間、またリヴァイアサン様の顔に陰りが差した。

俺はルシファー様の耳元で言った。


  「余計なこと、言わないでくださいよ」


  「なんでこいつだけ……」


ルシファー様は俺の言葉には耳を貸さず、ブツブツと独り言をつぶやいていた。

そして急にその声が大きくなった。


  「なんでお前だけ伸びとるんじゃあああああ!!!」


まるで錯乱したかのような狂気に満ちた声がルシファー様から発せられた。

そして、ついにリヴァイアサン様の瞳から涙が零れ落ちる。

雫が地面に落ちた瞬間、地震のような揺れがフロアを支配した。

轟轟となる振動に俺とルシファー様はバランスを崩しかけた。

ちょうど、涙の落下点をみると、そこには案の定妙な水色の穴が開いていた。

その穴が徐々に大きくなっていく。

そして、そこから仄暗い色の水が吐き出され始めた。


  「ちょ、ちょっとやばくないですか、ルシファー様」


  「え、ええ!? 俺のせい?」


100パーセント、あんたのせいだ。

俺はひとまず、緊急警報装置の黄色の蓋を取り外し、ボタンを押した。

精神が不安定になりそうなブザー音とナレーションがスピーカーから流れ始める。


  「緊急警報が作動しました。

   落ち着いて、所員は各フロアの転送装置に向かってください。

   これは訓練ではありません、繰り返します……」


ふとルシファー様をみると、ルシファー様はこともなげな顔で、リヴァイアサン様を見つめている。


  「ど、どうしたんですか、はやく逃げないと」


  「まて、だめだ、今は」


  「なに、言ってるんですか」


俺がルシファー様の腕をむりやり引っ張ろうとした瞬間、強い力で振りほどかれた。


  「ミカエルが来てる、そうだな?」


ルシファー様はリヴァイアサン様の顔をまじまじと見つめて言った。

するとリヴァイアサン様は大粒の涙を流しながら頷いた。


  「どういうことですか? ルシファー様がリヴァイアサン様を

   からかってたから、泣いたんじゃ……」


  「んなわけないっしょ、これでもこいつは、俺の次の次くらいに優秀なんだよ?」


俺に向かって、そう言うとルシファー様はリヴァイアサン様にもう一度視線を戻した。


  「どこにいる?」


リヴァイアサン様は何も言わずに、部屋の隅を指さした。

そこには、何もない。

しかし、次の瞬間部屋に溜まった漆黒の水が蛇のような形になり、リヴァイアサン様の

指さす方向へ飛んでいった。

鋭い衝撃音が鳴り、水に濡れた謎の人物の輪郭が徐々にはっきりしていった。


  「まさか」


俺は息を呑んだ。

そのあまりの眩しさに足元がすくみ、動けなくなっていた。


  「やあ、久しぶりだね? 十二枚の羽の兄ちゃん」


  「兄ちゃんって呼ぶな、薄気味の悪い」


  「やだな、もっと仲良くしようよ」


ルシファー様と光に覆われた謎の人物が話をしている。

いや、謎の人物の正体を俺は知っている。

天使長ミカエル、文字通り天使の長、ルシファー様の敵だ。


  「なにしにきたんだよ」


  「え? ぼくかい?」


  「そうそう」


  「この建物のやつら皆殺しにしようとおもってね」


淡々と言うミカエルの言葉に俺は寒気が止まらなかった。


  「ああ、お前がそう言うんなら、そうなるんだろ?」


  「なになに、兄ちゃん、丸くなったね? 張り合いがないな~」


  「……」


  「審理は順調に進んでるから、まあ、いずれは滅ぶよね」


  「……だ、だよね~」


  「ま、今日はいいや! 色々と見せてもらって面白かったよ、んじゃね」


ミカエルはそう言って、白い光に包まれて消えてしまった。

俺はルシファー様に近づいて尋ねる。


  「大丈夫ですか?」


  「ん? 大丈夫よ」


それにしても、驚いた。

まさかミカエルが紛れ込んでいたとは。

俺はリヴァイアサン様の方を向いて行った。


  「いやはや、お見事でした」


  「朝飯前だよっ!」


小さな体を椅子の上で、揺らしながら親指を立てるリヴァイアサン様。

その時、ルシファー様の視線がその指に釘付けになった。


  「あれ? お前、指も伸びてね?」


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