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5.アドラメレク

白い机を見つめる。


  「今日はちょっと、厄介だよ」


隣でルシファー様が呟く。

確かにルシファー様の言う通り、今日の相手はすこし厄介だ。

オカマというべきだろうか、変人というべきだろうか。

まあ、人ではないのだが。


  「そうですね」


軽く相槌をうち、そう返した。


  「というか……ルシファー様、今日はやけに服装が派手ですね?」


そう言うと、ルシファー様は不敵な笑みをこちらに向けた。

そして頬杖をつきながら、口を開いた。


  「あ、分かる? 昨日さ、下界の有名な仕立て屋で買ってきたんだよね~」


  「そうですか、高かったでしょう?」


  「そーだなぁ、まあ、悪魔の一般的な年収くらいかな」


  「……」


上に立つものとして、そう言った金の使い方には問題があるのではないか。

そう思わずにはいられなかった。

そして、約束の時間の五分前。

白い扉がコンコンと音を立てた。


  「失礼してもいいかしら」


野太い獣のような声が、扉の奥から聴こえてきた。

無理をして、精一杯高い声を出そうとしているような声だった。


  「どうぞ」


俺は事務的に扉の前のアドラメレク様にそう伝えた。

白い扉が開く。

そして、扉の隙間からひょこりとごつい顔が飛び出してきた。


  「来た来た……」


ルシファー様は呆れたような声でそう呟いた。


  「や~~ん、もう! ひさしぶり~」


椅子を素通りして、クネクネと腰をふりながらこちらに近づいてくる。

その羽が異様なほど綺麗で、なぜか悔しかった。


  「ドーちゃんにルーちゃん! 元気してた~?」


ドーちゃんというのは俺の事だ。

ルーちゃんというのは、まあみなまで言う必要もないだろう。


  「お、おぉ、元気元気、あは、あははは」


ルーちゃん、じゃなくてルシファー様が困ったような顔で対応する。

そして、アドラメレク様の顔がこちらを向いた。


  「やん、もう……ドーちゃん、またそんなダサい格好して」


  「え……この服、そんなにダサいですかね」


  「ち~が~うっ! 服がダサいんじゃなくて、組み合わせが悪いのよ」


  「は、はぁ、そうですか」


  「いい? この世にダサい服なんてないのっ!

   組み合わせによって、その服を活かせるかどうかが重要なのよ」


  「はぁ、勉強になります」


なんだかよく分からないうちに、ファッションについて説教をされていたようだ。

まあ、地獄界のファッションリーダーなのだから、妙に説得力はある。


  「そうだぞ、組み合わせが大事、うんうん」


ルシファー様が隣で頷きながら、アドラメレク様に便乗した。

すこし、腹が立った。


  「ん~、そうねぇ、でも……ルーちゃんも微妙よ」


  「え? 俺? ああ、今日はあれだからな……あれ」


  「あれってなぁに?」


  「今日は、え~と……そう! 無理矢理着せられたんだよね、妻に」


俺は心の中で、ルシファー様の心の汚さを再確認した。

間違いなく友達にはなりたくないタイプだ。


  「もったいないわぁ、この生地……相当いいものを使ってるのに」


  「だろ? いや、そうなんだよね!

   ほら、俺はさ……ファッションてのは組み合わせが

   大事だと思ってるからさ!

   組み合わせが駄目だと思ったんだけどね」


それ、さっきアドラメレク様が言ったやつだーっ!!

――と心の中で、思った。


  「じゃあ、面談をはじめましょうか」


俺は気を取り直して、アドラメレク様に向かって言った。


  「そうね、そうしましょ」


いそいそと椅子の方に戻り、腰をかけるアドラメレク様。


  「では、面談をはじめ――」


  「ひゃあっ!!」


面談をはじめようとした矢先、突然ごつくて甲高い声が室内に響き渡った。

その声の主は俺の目の前で、口をあんぐりと開け、わなわなと震えている。

驚愕という文字をそのまま、表情に宿したような……そんな顔だった。


  「あなた、ドーちゃん、その……その指輪……」


  「へ、これですか?」


俺は手の甲をアドラメレク様に向けた。


  「そう、それっ! どこで買ったの?」


  「え……フリーマーケットで、安かったんで買いました……けど」


そう言うと、アドラメレク様は椅子から立ち上がり

指輪の目の前まで顔を近づけてきた。

……まじまじと必死な様子で俺の手の甲を見つめている。


  「あの……どう、しました?」


俺の声はあまりの迫力に上ずっていた。

ルシファー様も驚いた様子でアドラメレク様を見ている。


  「これ、ソロモンの指輪よ」


  「えっ!?」


驚いた声をだしたのは俺ではない。

隣にいたルシファー様だった。


  「やだ、すごい! こんなところでお目にかかれるなんて」


  「そう、だったんですか? いやぁ、知りませんでした」


  「繊細で、かつ大胆な装飾……やっぱり綺麗ね」


うっとりとした顔でアドラメレク様は指輪を見つめている。

隣にいるルシファー様はおもしろくなさそうな顔で俺を見つめている。


  「でも……あれじゃない? レプリカって可能性もあるよ」


ルシファー様が口を開いた。


  「違うわ……本物よ! この魔力の高さからして間違いないわ」


  「……でもさ、でも、その服装にソロモンの指輪は

   どうなんだろ……ねぇ、アドラメレク」


  「ううん、さっきも言ったようにお洒落っていうのは

   組み合わせなの……さっきは指輪に気づかなかったけど

   その指輪と服装だったらバッチリ、最高よ」


  「……あ~、と……そうだ、俺も指輪してるんだよね、実は」


そう言って、ルシファー様は自分の指先を見せつけるように突き出した。

その顔には苦笑いが張り付いていた。


  「……う~ん、ルーちゃんの場合、指輪はないほうがいいかも」


  「そ、そう……か?」


  「ていうかね……」


  「ん?」


  「正直、ルーちゃん、ダサい」


その瞬間、ルーちゃんことルシファー様の顔色が急変した。

生気が抜け、さっきまでの苦笑いもどこかに消えてしまった。


  「それにしても、やっぱりドーちゃんはファッションセンスも

   ピカイチなのね~」


褒められて悪い気はしない。

だが、いまの時点ではルシファー様の機嫌の方が気になる。


  「あ、ありがとうございます。では、面談を……」


  「ああ、そうね……ごめんごめん」


そう言って、椅子へと戻り、座りなおすアドラメレク様。


  「それでは、面談を――」


  「わあああああああああっ!!」


今度は隣から大きな大きな声が響いた。

怒りや恨みのこもった、実に悪魔的な声だった。


  「うぬぇあああああああおおおおおおんっ!

   ダサくないもおおおおんん!

   俺、ダサくないもおおおおおおんっ!」


もしかして……。

俺はある不安を感じ取り、隣を見た。

な、泣いてる……。


  「うえああああああああああおおおんっ!

   俺、俺はただ仕立て屋がお似合いですよって!

   お似合いですよっていうから、着てきただけで~!

   うわあああああおおおおおおおおんっ!」


瞳から大粒の涙を零しながら、翼をばさばさとはためかせ、泣いている。

泣いているルシファー様を見るのは、いつぶりだろうか。

……。

……割と最近見たような気もするが、それはこの際おいておこう。


  「そ、それは……仕立て屋が悪いですよ

   ルシファー様は悪くない! ね、ねえ? そうですよね?

   アドラメレク様!」


アドラメレク様は心底驚いた顔でルシファー様の方向をみたまま、固まっている。

俺はもう一度、アドラメレク様に発言を促した。


  「そうですね! アドラメレク様!!」


  「え? ……え、ええ! もちろん!

   あたしがさっき、ダサいっていったのは

   その仕立て屋のことなのよ?」


  「ですって、ルシファー様! ルシファー様はお洒落ですよ!

   ね? アドラメレク様!」


  「そうよ! そんな着こなし、普通じゃできないわ!

   アンビリーバボーよ! ワンダフルよ! グレートよ!

   ビーアンビシャスよ!」


ビーアンビシャスは少し意味が違うが、それはこの際置いておこう。


  「ほ、ほんとに? ほんとに……お洒落かな?」


  「ええ! ルーちゃんはオシャレモンスターよ」


  「そ、そうかな」


  「うん、そうよ! だからルーちゃん、元気出してちょうだい」


  「わかった、ごめん、急に叫んでしまって……」


  「いいのいいの」


俺は思った。

ルシファー様はアドラメレク様の事を厄介だと言っていたが……。

その言葉をそっくりそのまま、あなたに返したい。

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