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幕間~8手目

―――――――――――――――――


「史上最年少での名人獲得、おめでとうございます。これからは、今出川名人、とお呼びしますね」

「ありがとうございます、正直まだ実感がわきません」

 俺――今出川達也は本心からそう言った。

 名人戦七番勝負、およそ棋士ならばだれもが夢見る舞台で、死闘の果てに栄冠を手にしたんだから、もっとこみ上げるものがあってもおかしくないと思うんだけど、一週間経った今でも実際はまだよくわからない気分だった。

「ははは、そんな時期にインタビューなんてしてすみません」

「いえいえ、これもタイトルを取ったものの宿命ッスから」

 なじみの記者相手だと語尾も軽くなってしまう。まあちゃんと記事にするときは調整してくれるだろ。


 取材自体はこれまでも何度も受けてきたことがあるので、俺としてはある程度慣れたつもりだ。質問のパターンもだいたい定まってきていて、今回目新しいものと言えば“名人”というタイトルそのものに対する感情などに関する質問だろうか。

 それでも特に繕う必要はないので、俺は正直に答えていく。

「――なるほど、ありがとうございます。ところで、今までは若手、挑戦者としての側面が多く取り上げられてきましたが、これからは名人として逆に挑戦を受け入れる立場になります。その点について、自分を脅かす者、あるいはライバルといった存在についてはどう考えますか?」

 その質問には少し苦笑してしまう。俺が絶対王者になったような持ち上げ方をされるのは、さすがにこそばゆいし、まだそんな域には達していない。今回は波に乗れたこともあったのでなんとか勝てたが、地力は一つ上の世代に負けている部分もあると認めざるを得ない。また、勿論同世代にも鎬を削るライバル達がたくさんいる。今でこそ、一歩先んじることができたが、それは少しの油断であっという間にひっくり返されてしまうことだろう。つまり、質問に対する該当者はあまりにも多すぎるんだ。そのことを伝えようとして、しかし俺は脳裏に一人、先輩でもなければ同世代の棋士でもないアイツの顔が浮かんだ。

 院生時代、しばしば対戦した相手。

 感情を常に押し殺し、嫌になるほど冷静な着手を選ぶアイツには、苦戦させられたこともある。

 なぜ、急に――と思ったが、それは今回の名人戦に由来すると気付いた。

 終盤第6、第7局のあたり。

 初めての七番勝負ということもあり、気力体力のバランスもわからずすっかり疲れ果てていた俺が、それでも最後の2局を連勝できたのはなぜか。

 それは間違いなく、感情に頼ったものだった。



 だから思ってしまったのだ。あの、感情を表に出さないアイツが、もしも全身から気持ちを溢れだすような囲碁を打てば、一つ上の段階に進むこともできたのではないかと――



―――――――――――――――――





 いくら薫がこの世界において無敵の強さを誇るとはいえ、本来ならば九子局というのは正気の沙汰ではない。

 アマチュアの段位の上限は8段である。従って、プロ棋士の指導対局において、手合いというものはプロ棋士をアマチュア9段または10段として計算することが多い。そして基本は一段差一子。つまり、例えばプロに指導を受けるのがアマチュア5段だった場合、手合いは4子局または5子局となることが多いのである。

 その計算で言うと、プロ目前まで迫った薫を仮にアマチュア10段として計算してみても、ゲラルの棋力が3段である以上、せいぜい七子局がやっとであり、九子局というものは薫にとって分のいい勝負ではない。


 ――だけど、それはあくまで建前論の話。

 実際には、指導対局におけるプロ棋士にはいくつかの縛りがある。例えば、“指導”である以上、あからさまな“ハメ手”を打って相手のミスを誘うような行為は、もし相手が引っ掛かるという確証があったとしても、慎まなければならない。このような“指導”の制約を抜いた場合、上手の方が分がよくなることは必然である。

 さらに、ゲラルはこれまで、まともに九子局の黒番というものを経験していない。勿論囲碁を始めた頃は別だろうが、棋力がついてからは当然、自分よりも九子も強い相手とは出会っていないため、勝手がわかりにくいというデメリットがある。

 加えて、双方の心理負担も違う。九子局というものは盤上に巨大な差があって始まるため、たとえ適正なハンディキャップがあっても、下手がともすれば攻めの気持ちを失って守り一辺倒になってしまう可能性がある。一方の上手はとにかく攻めるのみ。例えるならば同じ1億円の賭けであっても、下手は預金1億円、上手は借金1億円の状態からスタートするようなものである。

 そして、何よりも――


 安岡薫は、今までに経験したことのないような怒りを身にまとい、対局に臨んでいた。

 本来ならば、怒りは決してプラスにならない。

 むしろ冷静な形成判断を失い、致命的なミスも犯しかねない危険な状態だ。

 しかし、攻めるしかないこの九子局において、怒りは手を委縮させないアクセルの効果を生みだしていた。気迫が籠った一手一手が、ゲラルの手を委縮させ、それがさらに薫の攻撃を生む。厳密に言えば悪手や無理手であっても、薫の気合はゲラルを錯覚させ、反撃を許さない。広大な陣を引いていた黒は、分断され、縮小され、殲滅させられてゆく。


 その対局は“公開対局”であるがゆえに、あまりにも多くの人に見られていた。

 誰かが言う。

「――おい、これなんだよ」

「黒がゲラル男爵!?三段のゲラル男爵に9子置かせて打ってるのか、この白は!?」

「なんて、馬鹿な――いや、しかしこれは……」

「おいおい、追い上げてるぞ!!もしかして、勝つんじゃないか、白。」

「そんな、三段に9子だなんて……」

「十三段だ……」

 ――誰かが言う。


「十三段……」

 全く別のところにいる人間も、その言葉に辿り着く。


「十三段!!」

「十三段だって!?」

「十三段としか言えない!」

「十三段だ!」

「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」「十三段!」――


 江戸時代の頃――

 九段は名人に等しく、高々一人しか存在していなかった頃。

 あまりの力量ゆえに、“十三段”と呼ばれた名人がいた。

 本因坊道策、史上最強と名高い棋士の一人である。

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