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7手目

「ゲラル様から文が届いた。“下賜問題”を解いたことで色々と手続きをしたいから、彼の別邸に今日の午後来てほしいらしい」

 グレイブから薫がそんなことを言われたのは、ある日のことだった。

「あら?でも私もゲラルさんから招待されてるわよ?本邸のほうに」

 ティエルアが不思議そうに言う。しかしグレイブの言葉には続きがあった。

「カオルの方はゲラルさんが立ち合わなくてもいい手続きだそうだ。信頼のおける人を別邸に向かわせてあるから、そちらの指示に従ってほしいって」

「なるほど、分かりました。“下賜問題”を解いたときにはいつもそんな手続きが必要なんですか?」

「いやあ……昔はなかった気がするけど……男爵家も代替わりしてまだ年が浅いからね。ゲラル様も色々と勉強しながらなんだろう。“下賜問題”の処理も初めてと言っていたし」

 そう言われてはそんなものかと、外出の支度を薫は始めた。


 別邸と本邸といっても、その位置は随分と違う。グレイブの家からはどちらも距離があるが、別邸の方が更に遠く、時間を随分とかけて薫は辿り着いた。

「すみません、安岡薫です。ゲラル様の指示で来ました」

 そう言うと、別邸に仕える使用人らしき男がにこやかに対応する。

「ああ、あなたが。どうぞどうぞこちらの部屋に来てください」

 その笑顔がどこか張り付けたように見えるのが気になったが、薫は言われるがままに男に付いて部屋に入り――

 


 後頭部に、強い衝撃を受けた。



          *          *


 どれだけ気絶していたか分からない。しかし随分と長い間だったのではないか。

 気がつけば、薫は粗末な部屋の中にいた。壁にはところどころ穴が開き、そこに顔を近づけると、隣の部屋に男が二人座って、下卑た笑いを浮かべていた。一人は先程薫に対応したあの男だ。

「簡単な仕事だったな。奪ったモクは自分の物にしていいってんだからあの貴族も太っ腹だぜ」

「しかし、殺しちまえば簡単なのにな」

「棋力が随分とあるらしいから、うまいこと監禁して“下賜問題”を解かせちまおうって腹らしい。貴族様はがめついねえ」

 不穏な言葉が聞こえる。薫は縄で縛られているようだった。手が動かない。

 ならば――

 モクを消費し(・・・・・・)、棋術で腕を強化して縄を引きちぎる!

 

 身体能力強化には制限時間がある。薫は急いで壁を殴りつけると老朽化した壁は崩れ、後ろにいた男の一人が巻き添えを食って気絶した。

「な――こいつ、モクは全て取り上げたはずなのに!」

 驚愕に目を見開くもう一人を、棋術で強化した腕で殴りつけるとこちらも難なく気絶する。

「――師匠、ありがとうございました。おかげで助かりました」

 薫は、ここにいないグレイブに心から礼を言った。


『棋術は、モクが体に触れていれば使える――だから、カオル。抵抗があるかもしれないが、モクを飲み込んで(・・・・・)おきなさい。そこまで知られているやり方ではないが、何かの際にはきっと役に立つ』

 それもまた、グレイブに教えてもらったこの世界での生き方の一つ。そのときの表情まで、はっきりと思い出せる。

 

 しかし、記憶に浸っている場合ではない。

 後から考えれば、最初から違和感はあった。

 そして、悪党達は背後に“貴族”がいるとはっきりと言っていた。

 薫の心に、焦りが募る。グレイブの家に向かって、薫は駆けだした。


「師匠――ティエルア――無事でいてくれっ」




 グレイブの家が遠い。息が苦しい。モクを取り戻して身体強化を使いながらとはいえ、限度がある。

 ようやくその屋根が見えた。聞こえてくるのは、パライウの吠え声。

 こんなに興奮したパライウの声は聞いたことがない。焦りがさらに深まる中、薫は玄関を蹴破るように家の中に入った――

 そこで見たのは、牙をむき出しにして吠える三眼の番犬、

 見知らぬ男達に拘束されるティエルア、

 そして、精神を“対局空間”に持って行っている、グレイブとゲラル。

 ――と、次の瞬間、二人の瞳に光が戻った。彼らの対局が終了したのだ。

 いったい何が起こっているのか、薫は聞こうとして――


 鮮血。

 グレイブの両目が潰れ――血が飛び散った。

 グレイブはそのまま、目を抑えてうずくまる。


「な――」

 あまりの衝撃に、思考が追いつかない。そこまで無残な光景を、前の世界ではついぞ見たことのなかった薫は吐き気を催すが、懸命にそれをこらえる。

 そして――何故対局が終了すると同時にグレイブが大怪我を追わねばならないのか――その原因に思い当たった。


“賭博対局”

 負けると同時に、大切な何か(・・・・・)を失わせるという、“対局空間”に付随した悪魔の機能。

 グレイブが薫に禁じたそれを行っているということそれ自体が、ゲラルの陰湿な策略の存在を伺わせていた。


「お父さんっ!お父さんっ!」

 拘束を振りほどいてティエルアが父親に駆けより、泣きながら棋術で手当を施そうする。


「師匠――」

 思わず、薫も膝を着いた。見ているものが信じられない、信じたくないといった気持ちが、脳を駆け巡る。


 その様子を、ゲラルがつまらないものを見るかのように眺めていた。

「これはこれは、旅の棋士殿か。なぜこんなことになっているかと思うだろうが、なに、ティエルア嬢が我が屋敷にて不始末を働いてね――」

「嘘よ!貴方達が罪をなすりつけて来たんじゃない!」

 ティエルアが叫ぶが、ゲラルは意にも介さない。

「私だけでなく、従者や使用人も君が食器や家具を壊したと証言する。つまりは、それが真実だということだ。そしてそれを不問にする代わりに――グレイブ殿には私に“賭博対局”を挑んでいただいただけのこと」

 “賭博対局”は最高クラスのものでは、挑んだ方が三子のハンデを背負う――“三子局(トリックスター)”。読み方はこの世界で違っても、背負うハンデの大きさは同じであり、充分ゲラルにとって有利なものだった。加えて、娘を半ば人質に取られている形とあっては、グレイブに十全の力を出すことは難しかっただろう。

 ぎりり、という音が響いて、それが自分で歯を噛み締めた音だと薫は気づいた。

「貴方に言われて言った別邸で、僕はならず者に襲われた!返り討ちにしたが、奴らはあんたの指示だったと証言するだろう!」

「そんなものは知らん。私はそもそもお前を別邸に呼んだりなどしていない。きっとそいつらが文を偽造したのだろう。もしかしたら私の別邸に一味がいて手引きしたのかもしれないが――そちらは捜査するとしても私は無関係だ」

 ゲラルにとっても薫がここにいることは計画外なのだろうが、平然とそんなことを言った。

 そして彼は薫を無視し、グレイブへ向き直る。勝負の前に薫に割って入られるという展開だけは避けたかったゲラルにとって、拘束できなかったことは痛いにせよ一番の目的は達成できたと考えているようだった。

「グレイブ殿、まあそんな状況では“師匠”を務めることも困難でしょう。この際、“師匠”の座も譲っていただきましょう――」

 ゲラルはもはや自身の権力欲、名声欲を隠そうともしない。そんなもののためにグレイブが傷つけられたのかと思うと、薫は生まれて初めて怒りで腹の中が煮えくり返るという感触を味わった。

「――ふざけるな」

「なんだ?」

 ゲラルがうっとうしそうに眉を上げる。


「“師匠”ってのは、そんな風にして手に入れるものではないだろうが!人を教え、導き、育てるべき人間が、そんなことをしていいわけがないだろうが!たとえ棋力が弟子に抜かれても、その弟子がなお自然に頭を垂れるから師匠なんだ!ただの強さじゃない!ただの記号じゃない!人が、人を育てることに対する責任を追うからこその師匠なんだ!」

「お説ごもっともだが、旅の棋士にこれ以上首を突っ込んでもらいたくはないね。これはこの土地の師匠と貴族の問題だ。棋術を使うのも無駄だぞ。こちらにはため込んでいたモクが大量にある。それとも“強制対局”と“賭博対局”を合わせて私に挑むか?それなら私が六子局(パンドラボックス)の黒番を持つことになる――」


 心が、一度冷える。


「――けよ」


 しかしそれは、噴火の前の静けさに過ぎない。


「む、何だ?」


 今ここで、確かにこの男の息の根を止めるという、怒りの炎の!


「九子置けって言ってんだよクソ野郎がああああああああっ!!!!」


<強制対局> “3子の差を与えることにより、強制的に相手との対局を実現する” 発動 持ち時間:二時間切れ負け

<賭博対局(強)> “3子の差を与えることにより、賭博レートを選択して相手と賭博対局できる” 発動 賭博レート<最上級(オールイン)>

<公開対局> “2子の差を与えることにより、対局内容を‘対局空間’へ記録し、全ての棋士に公開する” 発動

<投了不能> “1子の差を与えることにより、対局中の投了を禁じる” 発動




 “九子局(オールスター)” 開始。




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