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10手目


「ふむふむ、こんな囲碁のやり方もあるなんて、やっぱりカオルのいた世界は進んでいるねえ」

 普通のものとは少し違う碁石と碁盤を触りながら、グレイブは嬉しそうに言った。


 あれから。

 誓いを破って“賭博対局”などを行ってしまった薫は、もはやグレイブの弟子たる資格はないと彼の元を去ろうとした。しかし――

「おいおい、師匠がこんな姿になってしまったら見捨てて行くなんて、あまりにも酷い弟子だと思わないかい?」

 当のグレイブに、そう言って引き留められたのだった。

「しかし、僕は……」

「いくらゲラルが相手だからと言って、ボクが禁じた機能を使ったのは確かに悪かった。しかし、元をただせばボクが師匠として、そしてティエルアの父としてふがいなかったことにつきる。その責任を君だけに負わせるのはボクの師匠としての矜持が許さないね」

「でも……」

「それよりも、ボクは目が見えなくなっても囲碁を打ちたいんだ。君の世界の知識で、何かいい方法がないか教えてくれないかい?」


 というわけで、薫はグレイブの家で特殊な碁石と碁盤を作ることにした。凹凸を石と盤に付け石を盤に嵌めこめるようにし、石の表側には黒のみ突起を付ける。こうすることで、目が見えなくても手で触って囲碁を楽しむことができるという話は、院生時代に仕入れた知識の一つとしてあった。


「ようし、早速一局練習に付き合ってくれよ、カオル」

「分かりました。よろしくお願いします」

 そして二人は特殊な盤面に向かう。光を失って初めての対局にしては、グレイブはよく盤面を把握できているようだった。

(棋力は伸びないのに、逆に失明しても大して下がらないのか……)

 薫はこの世界の奇妙な点を、また一つ見つける。しかし、今のところはそれを解明する気はない。グレイブがいて、ティエルアがいるこの家で、しばらくはのんびりと二人に囲碁を教えていようと思う。ゲラルの不始末は世界に広く知れ渡り、転封もあるだろう。ならば後任との関係うまく築く手伝いもできればいい、そんな風に考えている。


「うーん、参ったかな。負けました」


 やがてグレイブが投了した。やはり目が見えなくなる前から、そんなに変わっていないように思える。


「お疲れ様。お父さん、カオル、お茶を入れて来たわよ」


 タイミングを見計らって、ティエルアがお茶を持って来てくれた。

 薫はじっくりと味わって飲む。


「お父さん、カオルと話がしたいから、ちょっと借りるね」

「ああ、じゃあここで待っているよ」


 ティエルアは薫を隣の部屋に引っ張った。何が起こるのかと身構える薫に対し、彼女はぴょこんと頭を下げる。


「ありがとう、カオル……お父さんが、また囲碁をできるようにしてくれて――ううん、それだけじゃない。あの男の本性を見抜けなかったのは本当に恥ずかしいし、そのおかげでカオルも危険なことに巻き込んじゃって……」

「別に、それは……僕のほうこそ、グレイブさんとの約束を破ってしまったし……」

「お父さんは、きっと喜んでるよ。自分のためにあれだけ怒りを表してくれたカオルのことを。勿論、理性ではいけないことだと思っているかもしれないけど、感情ではカオルに感謝してる。カオルがこれから、力の使い方を間違えるようなことがない限り、きっと大丈夫――だから、」

 そこでティエルアは、すっと息を吸う。


「どこにも――行ったりしないでね?」

 


 その瞳が、あまりにも真剣で、吸い込まれそうになるくらい、純真で。

 薫は、思わずティエルアを抱きしめてしまった。


「――っと、ごめん!」


 一瞬置いて、自分が何をしてしまったかに気づき、慌ててティエルアを放す。

 ティエルアは、顔を真っ赤にしながら、微笑んだ。


「それが答えってことで、いいのよね?ここまでしてどこかに消えちゃったら、地の果てまでも追いかけるわよ?」


 薫は、自分の顔も真っ赤になっていることをひしひしと感じながら、それでも精一杯、強がって平静を装った。


「うん、この世界での、僕の居場所はここだけだ。ずっとここにいるよ」


 こんな安請け合いして、大丈夫なのか。

 もしも元の世界に戻れる方法が分かったとき、彼女を泣かすことにならないのか。

 そんな気持ちが、少しだけ頭の中をよぎったけど、すぐにそれを振り払う。

 それは、その時に考えればいいことだ。

 今は、今の自分の気持ちに正直になればいい。

 少しだけ囲碁が弱い、この世界の人々に対する思いは、決して嘘じゃないのだから。

 これにて、第一部完になります。

 今後の展開に関するアイデアもないわけではないのですが、形にまとめることができるかはなんとも分からないので、ひとまずは完結とさせていただきます。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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