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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
三つ巴利権争奪
87/366

3

 雲が覆っていた。

 北風が遮られ、日当たりの良い温暖なこのアドス島でも、真冬の厚い雲が重く垂れこめる日はやはりある。

 日が遮られると流石に寒く、吐く息が白い。この寒空の下を駆け回らずに済んだのはありがたいと思ったが、やはり一抹の寂しさの様なものも覚えた。

 今、このアドス市を覆っている問題が何なのか。それを調べ上げるための分担決めで、ジャンは宿に居残りを命じられたのだ。


     ◇


「財務卿の周辺は、儂が船乗り達を使って調べてみよう」

「当てが有るんですか?」

「まあ、歓楽街で調べれば、大まかな事は解るだろう」

「歓楽街? なんで財務卿を調べるのに、歓楽街なんですか?」

「財務卿は極度の女好き、女遊びの激しい事で有名なのだ。

 なにせ10日連続で女遊びに出かけても不祥事ではないが、3日連続で女遊びをしなかったら大ニュースになると言われるほどだからな」

「うわぁ……」

「財務卿の噂なら、私の父が存命だった頃に聞いた事が有る」


 呆れかえるジャンに、エステルがさらにとんでもない事を話した。


「財務卿は妾も多く子沢山なのだが、ある時一体何人子供が居るのかと聞かれて、とっさに答えられず、『後日、数えて報告します』と答えたそうだ。

ちなみに20人以上子供が居ると言う」

「ハツカネズミでも飼ってるのかよ」

「まあ、そういうお人なのだから、毎日のように歓楽街に行っているだろうという訳だ」

「よーく解りました。じゃあ、さっさと行きましょうか」


 ジャンは当然の如く提督と一緒に、歓楽街に情報収集に行くつもりで立ち上がる。


「待て、お前の様な小僧は留守番だ」


 思いがけない提督の制止に、ジャンはあからさまに憮然とした表情を浮かべた。


「小僧とはなんですか。俺は商売女の居る所くらい、良く知ってます。それも非合法な所ばっかりなので、合法な歓楽街くらいなんでもありません」

「では聞くが、実際に女を買った経験はあるのか?」

「……いや、それは……無い、ですけど」

「相手はプロの商売女だぞ、どれほど間近で見た事が有っても、経験の無い小僧ではあっという間に骨抜きにされてしまうわ。

 こっちは慣れた船乗りに任せて、大人しく待っておれ」


 ジャンは何か言い返したいが何も言葉が見つからず、ひとしきり苦りきった末に、力尽きた様にため息を吐いた。


「……解りましたよ。そっちは諦めます。

 エステルさんの方はどうするんですか?」

「私か? 私はグオ・コウゼとか言った痩身の男について調べてみる」

「名前と見た目しか手がかりが有りませんけど、当てが有るんですか?」

「話を聞く限りでは、それなりの立場を持つ人物と見て良いのだろう? ならば、貴族の交友関係を辿って聞き込みを掛ければ、何か解るかもしれん。

 確かこの島には、父の友人の別荘が有ったはずだ。留守を預かる管理人くらいは居るだろう。その線から探ってみる」

「そっちに付いて行っても」

「意味は無いな」


 付いて行っても良いかと尋ねきる前に否定された。

 否定されてから、エステルの亡き養父の旧友に関わる所を訪ねるのは、本人も複雑な思いがするから、一人で行きたいのかもしれないと思った。


「それなら……ロウさんが何か知っていないか、尋ねてきましょうか?」


 この街の有力者とも面識の有るロウなら、何かしらの情報は掴んでいるはずだと思った。

 しかし意外にも、提督は難しい顔をしている。


「うーむ、ロウ殿か……。できれば彼に頼るのは、他に有力な情報が得られなかったときにしたい」

「何故ですか? 何か知ってる可能性は高いと思いますけど」

「ロウ殿は我々の味方では無い。好意的であってもあくまで取引相手だ。そして商人だ。

 情報の重要性は良く知っていて、それだけにただで重要な情報を渡す事は絶対に無いだろう。

 そしてロウ殿から得られる情報が、別に探し求めれば得られるものである可能性は常に存在する。情報は得てみるまでその中身が解らないものだからな。

 故にロウ殿から情報を買うというのは、選択肢の一つではあるが、真っ先に取るべき選択肢かは疑問が残る。

 ある程度他の手段で探って、それで有力な情報が得られなかったらロウ殿に当たる方が良いと思う。もちろんロウ殿が有力な情報を持っている保証は無いが」

「……なら、俺はどうしましょうか?」

「そうだな、事務方の者達はまずは手元にある帳簿類を探って、今の情況を推測できそうな動きが無いか調べる事。

 また何かしらの情報を掴んだ者は、ここに戻ってそれを報告する。居残り組はそれを書きとめ、整理して、繋がりを調べ、全体像を探る事。

 お主を含め若い者達は、事務方の者と一緒に居残り組だな」

「……了解」


 あまり納得できる役目ではないが、命じられた通りにする以外にどうしようもない。他に妙案どころか、つまらない提案の一つも無いのだ。

 厚い雲が垂れ込める天気の中、外回りで情報を集める者達を見送りに出た。特に意味がある事ではないのは解っていたが、どうしようもないもどかしさがそうさせたのかもしれない。


     ◇


 今にも雪が降り出しそうな寒空の外から、暖炉の火の暖かさが隅々まで行き渡った室内に戻ると、流石に肩の力が抜ける様な安らぎを感じた。


「おう、ジャン。外は寒そうだな」

「陶明(とうめい)、そう言えばお前居たんだっけな」

「ひでぇ! 俺のこと忘れてたのかよ!」

「忘れてた」

「そこはせめて謝ってくれよ!」

「済まん済まん。で、お前も居残り組か」

「見ての通り、なーんにもする事が無くて暇だ」

「する事が無いってお前……」


 顔を横に向けると、事務方の数人が山の様な帳簿類をせっせと見直して、何か掴めないかと目を皿の様にしている。


「働けよ」

「だって見ても解んねぇし」

「まあ、しょうがないか。俺も帳簿の読み方くらいは教わったけど、帳簿の数字から何かを引き出すなんて事はできないし、何もできる事が無いのは一緒か」

「サボり仲間だな」

「なんか、無性に腹が立つんだが」

「じゃあ、役立たず仲間か?」

「地味に傷つくわ!」


 ジャンは頭を掻きむしり、陶明の隣にどっかと腰を下ろした。


「で、お前はどんな感じだ? 確か提督に、陸に上がったら懲罰だとか言われてただろ?」

「なんだ、結局サボるんじゃないか」

「うるさいよ、する事が無いのは本当だから、仕方ないだろう。で、どうなんだよ」

「まあ、そこそこかな。島についてからしばらくは、甲板の掃除を一人でやらされたけど、いつも掃除が終わったら誰かの差し入れが置いてあってさ」

「差し入れ?」

「この島の美味い食べ物がいろいろ。おかげでほとんど街の方は見てないけど、それなりに満喫はしたかな」

「へえ……」


 差し入れの主は間違いなく提督だろうと思った。陶明がそれを解っているかどうかは解らないが、少なくとも本人の顔に暗さは無い。不満は抱いていないのだろう。


「お前の方はどうなんだ。なんかお偉いさんのところに大分行ったらしいじゃないか」

「いや、俺は結局くっついて歩いただけだったよ。交渉事はほとんど提督が一人で担ってたし、凄すぎて何か学ぶなんて次元じゃなかった」

「そんなに凄いのか?」

「凄い凄い。同じ言葉を聞いても、俺と提督じゃ受け取り方が全然違う。何と言えばいいか、説明しづらいんだが……、言葉の裏で会話している感じだ」

「言葉の裏? 何のこっちゃ」

「だから、説明しづらいと言っただろう。俺もな、相手の顔色から考えを読むのは多少できると思ってたんだ。そういう事ばっかりしてたからな。

 でも大物と言える商人や政治家や、そういう相手と交渉をする提督は、全然違う。なんかもう、口で話しながら、別に意思疎通する能力が有るんじゃないかと思うくらいだ」

「めんどくさそうだな」

「感想それかよ」


 呆れたが、陶明らしいとも思った。


     ◇


 初めのうちは無聊(ぶりょう)を託(かこ)っていたが、そのうちぽつぽつと断片的な情報を掴んだ船乗り達が報告に来るようになった。

 ある程度情報が集まってくると、まるでジグソーパズルを組み立てていく様な、複雑で手間の掛かる作業に追われる様になった。

 そうするとそれこそパズルの様に、どの辺りにぽっかりと情報の穴が開いているかもだんだんと見えてくるので、今度はその穴を埋める様な情報を探すように船乗り達に頼むようになった。

 解り切っては居た事だが、こういう作業になると陶明はまるで役に立たなかった。他の事務方の人員も、新しい情報が入る度に帳簿や書類の山を見直して、関連情報を探す事に追われている。

 必然的に、集まってくる情報の整理を、ほとんどジャン一人でこなさなければならない様な有様だった。

 どうにか食らい付いていると言った様な、ギリギリの状態でそれをこなし続ける。しかしジャンの処理容量は疾うに限界で、未整理の情報を走り書きに書きとめたメモが、束になり、山になり、山脈となっていた。

 雑音とでも言うべきごみの様な情報も多くあるが、情報とも言えない様な意味の無い噂話が、不意に文脈の中で重要な意味を持つ事もあるため、不用意にごみと断じて捨てる事も出来ず、山は大きくなる一方である。

 もう限界だ。そう思い始めた頃、提督が戻ってきた。この辺りでひとまず情報収集は切り上げて、整理と検証に専念すると言う。船乗り達もぞろぞろと帰ってきた。

 ようやく解放されたジャンは、すでに日が暮れている事に初めて気づいた。そして時間を認識した途端、強い空腹感を覚えた。

 とにかく消耗が激しすぎて、何でもいいから食べない事には身が持たない。頭を使うという事が、体を使う事に負けず劣らず体力を使うのだという事を、身を以て思い知った。

 貪る様に夕食をかき込んだ。碌(ろく)に働いていないはずの陶明が、隣で同じ様に飯をかき込んでいるのに何か理不尽なものを感じたが、いちいち気にする事は止めた。


「それで、財務卿の狙いが何なのか、見えてきたか?」


 一通り腹を満たし、一息ついたところで提督に問われた。


「まだ全部の情報を整理した訳じゃありませんから、ぼんやりとした事しか解りません」

「構わんよ。儂もまだちょっと目を通した位でしかない。今の時点で一番全体を見ているのは、お主だろう。お主の眼で見て解った事、思った事を聞かせてくれればそれでいい」

「思い違いも大分混じっているかもしれませんが、それでもいいのなら」


 ジャンはまずどこから話そうかと、地図の様になったまとめ書きを思い出す。


「まず、財務卿の目的がこの島から産出する金だと言うのは確実ですね。元々この島の金は名目上は国有で、政府が金貨を発行するためにその大部分が都へ運ばれていた。これはまあ、最初から解っていた事です。

 で、財務卿の、つまりは政府の要求は、政府に提出する金の量を増やせという事の様です。何でそういう要求をしてきたかまではまだ解りませんが」

「それに関しては予想が付くな。十中八九、政府に上がってくる金の量が減ったのが原因だろう」

「そうなんですか?」

「推測だが、ほぼ間違いはあるまい。

 内乱の後成立した今の北朝政府は、全国的な支配力は持っていない。南朝方の勢力下にある金銀山から産出する分は、当然南朝政府の手に渡る。

 それ以外の地域でも、都から遠い地域の貴族達は、政府が自分達の方にまで目を向ける余力が無いのを良い事に、独立国の様に好き勝手に振る舞っている。

 近くに金山が有れば、産出する金を勝手に私有するくらいは真っ先に考え、実行している者も少なくない事だろう」

「うちみたいに、ですか。まあうちは金山は持っていませんが」

「まあ、そういう事だな」


 ジャンがにやりと笑い、提督も同じ笑みで応える。


「そういう訳で今の北朝政府に入る金の量は、どれ程かは解らんが、減っている事は間違いないだろう」

「だから減った分を補おうと、アドス島の金を今まで以上に取り立てようとしている?」

「おそらくな。各地で割拠を始めた貴族達以上に、政府にとって金を失う事は深刻だ。金が無いために通貨を発行できなくなれば、政府の政府たる所以(ゆえん)は大きく損なわれる。

 通貨の発行も含めて、他の勢力ではできない事が出来ているから政府と言える。それができなくなれば、政府はただの一諸侯と同格の存在になってしまう」

「だから、通貨の発行を維持するために、アドス島の金を得ようと必死になって圧力を掛けている?」

「おそらくな。財務卿と言う大物がこの島まで来ているのも、それならば納得がいく。政府が維持できるか、政府とは名ばかりの一諸侯に落ちるかが懸かっているのだからな」

「そう言えば、財務卿がこの街に圧力を掛ける手口の中に、勅命をちらつかせてるらしいってのがありました。かなり必死なんですかね」

「勅命? まあ、必死である事には違いないだろうが。ふむ、勅命か……」

「何か、気になる事でも?」

「この島の金の徴収は、普通この島の属する行政区画の長である、玄州(げんしゅう)総督が政府の代行として行っていたはずだ。

 重要事項なので総督だけでなく、財務卿が出てきたと言うのはまだ解る。だが勅命をもって徴収を行うならば、総督に委任する必要が無い」

「今まで取り立てを代理人にやらせていたのに、直接取り立てをするなら代理人が居る意味が無い、という訳ですか」

「そういう事だ。ましてや玄州の総督にはつい最近、北朝の二大柱の片方であるユアン公爵が就任したばかりだと言うのに、何故政府が勅命まで出して直接行う必要がある?

 ……いや、それとも逆か。ユアン公爵が総督だから、勅命まで出したのか?」

「北朝政権内で、内部争いが有ると言うあれですか?」

「そんな気がするが、そこまで行くと根拠に乏しいな。だがそういう可能性はあると見て、探りを入れてみる事はすべきだろう」


 財務卿と、北朝政府の思惑がおぼろげに見え隠れする中、勢いよく宿の戸が開け放たれる音が大きく響き、思わずそちらに視線を向けた。

 いつの間にか降り出した雪が吹き込んでくるのを背に、エステルが色白の頬を薄紅に染めて帰ってきた。


「遅くなった。だが掴んできたぞ。この件の裏を!」

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