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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
粗鉄の刃
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2・イスカと紅夜叉

 第20節6日、高星たかあきが出征し銀華ぎんかも出てから六日が経った。行軍の速度と距離から言って、明日には高星を含めた安東子爵家の軍が、シュヤ伯爵家領に着くころだという。

 そして海路を併用して旅路を急いでいるはずの銀華が、身軽な個人の分と遠回りをしている分を相殺して、道は違えど安東あんどう家軍にほぼ追いついた頃だともいう。

 この六日、家内仕事を少々する以外は特に目的も無い日々を過ごしていた。手元には使い余した76セルスの金もあるが、使い道はさっぱり思いつかない。

 かといって自由な時間など持ったことのなかった身としては、ダラダラ過ごすということもできない。何をしていいか解らず、何もしない時間が苦痛だった。

 体を動かす当てがないならせめて頭だけでも動かそうと、取り留めのない想像をしたり記憶の糸を手繰ったりしているうちに、高星と出会ってからの事を振り返っていた。

 組織を脱走して無我夢中で貨物船に乗り込み密航したこと、そしたら海賊に捕らわれる身となったこと、船倉の中で嵐をやり過ごしたら高星の率いる艦隊に助けられたこと、そして安東高星子爵と出会ったこと。

 帝国最北の流刑地であるこの土地の事、アラハバキと呼ばれる民、流刑人形、安東子爵家の家庭内のいさかい、この屋敷に集った全部で三十人ほどの面々……。

 思い返してみれば、自分の人生の中で最も濃密な時間をこの短い間で過ごしたと言える。そしてそれら全てが安東高星子爵という一人の人間に繋がっている、いや、由来していることは疑いようもなかった。

 しかしよく考えてみればあの人は何を考えているのか、何を望んでいるのか、どういう人なのか……それに関してはいまだ掴めぬままだ。

 要は、自分は高星の事をほとんど何も知らないのだ。

 始めジャンはあの人の事が必ずしも好きではなかった、というより初対面での物言いが気に食わなかったのでむしろ嫌っていたはずだ。

 それがいつの間にやら、なんとなく魅せられている自分がいる。何一つ敵わない、自分の遥か上を行っている人物だと気が付いたことははっきりしているが、あの時はまだ必ずしも好意的ではなかった。勝てないから降伏しただけのはずだった。

 考えれば考える程、安東高星子爵という人は何者なのかが解らなくなってくる。そうだ、それはきっとあの人の事をよく知らないからで、自分よりよく知っている人ならば、何かしらの答えは持っているはずだ。


     ◇


 イスカを捜すのは難しくは無かった。用事がない限り屋敷にいるし、屋敷にいるときも中庭に面した縁側に腰掛けて、誰かが作業をしているのをいつまでも眺めていたりする。

 彼女も空いた時間の使い方が解らないのだろうか。


「ちょっといいか?」

「なっ! なんだ、君か」


 声を掛けただけなのに、体をビクッとさせる驚きぶりだ。ジャンも似たようなものであるが。


「聞きたいことがあるんだが、今いいか?」

「あ、ああ、構わない。それで何が聞きたいんだ?」

「子爵の事」

「子爵様の事……というと?」

「何でもいいんだ。俺、まだあまりあの人の事を知らないから、教えてくれないかなって」

「そうか……だがそう言われると私も、子爵様の事をよく知っているとは言えないな」

「うーん、ならなんでお前は子爵に付いてここにいるのか話してくれないか? なにか惹かれるものがあったからここにいるんだろう?」

「そうだな、なぜここにいるのかと聞かれてもはっきりとは言えないが、私が子爵様と出会った時の話ならできると思う」

「それで頼む」


「私が子爵様と出会ったのは去年の夏、帝都でのことだ。あの頃私は……姉様と、大事な友達を亡くし、もう悲しい別れは起こさせないと誓って間もなくの事だった。

 あの日私は帝都のある路地裏を見回っていた、あの周辺で子供が行方不明になる事件が多く起きていて、何とかして止めようと見回っていたんだ。

 ……後で知ったんだが、犯罪組織クィンバンが子供狩りを行っていたらしい」

「クィンバン……」

「君はクィンバンに使われていたそうだな?」


 イスカが少し遠慮がちに聞いてくる、嫌ならばこの話は止めようという事なのだろう。


「ああ、つまり俺のような手駒の調達という訳か……続けてくれ」

「そ、そうか。それでついに一人の子供がさらわれる現場を見つけたんだ。

 すぐに止めようとした。だが飛び出そうとする私を押し止める者がいたんだ。それが子爵様とエステルさんだった。

 てっきり誘拐犯の仲間かと思ってずいぶん抵抗したが」

「そこで押し止めるってことは、子爵はお前の事をつけていたのか?」

「路地裏に出たり入ったり、表通りでもきつい目つきで周囲の人間を見まわしていたものだから、気になって尾けてきたそうだ。

 言われてみれば私の方がよっぽど怪しかっただろうな」

「それで、その時子爵はどうしたんだ?」

「食って掛かる私に『そのやり方ではだめだ」と言って、誘拐犯を尾けていったんだ。そうしたら、十人くらいの子供たちが捕まって、集められていた。

 そこでさらに子爵様は、はやる私を押し止めてエステルさんを後方に回らせて、挟み撃ちの態勢をとってから突撃したんだ。

 まず私だけが正面から挑む間に、エステルさんがリーダー格の男を制圧して子供たちを解放、後ろに気を取られた残りの手下どもを子爵様が飛び出して行って、一気に制圧したんだ。

 結局、武装した男七人を一人も殺さずに、私達はかすり傷も負わずに完全制圧してしまった」

「流石武官の家なだけはあるな、その手の事はお手の物なのか」

「私だけならあの一人だけを助けて、残りの子供たちを助けられなかった。

 そうしたらあの子たちは家族と引き離されて、悲しい思いをしながら辛い人生を強いられたのだろう」


 イスカの顔が曇る、それがどんな思いから来るかは解らない。想像することはできるけれども。


「その後、どうして奴らを捜し回っていたかと尋ねる子爵様に、私は自分の思いを答えた。

 別れることが避けられない以上、せめて悲しい別れは誰にもさせたくない。別れるならば笑ってお別れをしたいんだ、無理と分かっていても、せめて一つでも多く。と」


 少し前までなら甘い理想だと冷笑していただろう。

 しかし多少なりとも付き合いがあって、イスカがどういう奴かを何となくは理解しているつもりの今では、それが甘い考えなどではなく、本当に命すら懸ける決意であることが解った。


「その時の私としては率直に自分の思いを言っただけだったんだが、それだけで子爵様には私が悲しい別れをしたことが分かったんだと思う。そして言われたんだ」


『今のお前では、その両手で止められる程度の悲劇しか止められないだろう』

『家に来ないか。いや、私の下に来てくれないか。一人で戦うよりも、より多くの悲劇を止める手伝いをしてくれないか』


「あの頃から子爵は、蒼天そうてん属州に収まりきらなくなった戦火が何を生むかを見ていたんだと思う。ここに来て、銀華さんに会ったら私にもそれが分かったから」

「銀華さん?」

「そうか、君はまだ知らなかったか。銀華さんは蒼天属州の出身だ。

 ……家族も、娘さんがいたらしい」

「未亡人だったのか……まて、じゃあ銀華さんって何歳だ」

「確か……今、二十八歳だと聞いたことがある」

「二十代前半かと思ってた、でも何となく納得だな」

「ん、それで私は子爵様に聞いたんだ。あなたに協力すれば、悲しい別れをせめて今より少ない世界を創ってくれるか。って」

「子爵はそれになんて?」


『約束しよう。私の剣が届く限りにおいては、誰も理不尽な運命で泣かせることはさせない。お前もだ、少なくとも私はお前を泣かせる様な形でお前の前から去りはしない』


「ああ、そうか。あの子と同じなのか……」

「あの子?」

「姉様以外の人間と、言葉を交わしたことも無かった私に、無条件で優しくしてくれた私の初めての友達。

 子爵様は私の思いに賛同する以上に、私に2度と悲しいお別れをさせないようにと思って、私に手を差し伸べたんだ……」


 途中からイスカの言葉が呟くようなものに変わる。うつむいた横顔からはその表情はうかがえない。そのまましばらく無言の時間が続いた後、イスカは顔を上げてこちらに笑顔を向けて断言した。


「最初に、子爵様の事を聞きたいと言っていたな。今ならはっきりと言える、子爵様は優しい人だ。気が付きにくいから見逃してしまいがちだが、あの人はとても優しい人だ。多分、誰かを見捨てるようなことは、絶対にしない。私はそう信じる」


     ◇


 イスカいわく、高星は優しい人なのだという。

 多分、それは間違いではない。ただそれが自分にも当てはまるかと言えば別問題だと思った。

 別に冷たい人だとは言わないが、少なくとも自分に対しては特別優しさを示したことは無い様に思う。

 後になって気付くという可能性は否定できないが、少なくとも今は高星は優しい人だというのは、必ずしも納得を与えてくれる答えではなかった。

 結局、高星とは何者か、どういう人物かという疑問は解決しないまま、また悶々とした日々を数日過ごすこととなった。

 そんなある日のこと、あたりをふらふらした挙句に最近の指定席と化した母屋の大広間に戻ってきてみると、みさお紅夜叉べにやしゃの背中を見つけた。

 何をしているのかと思えば、操の長い後ろ髪を紅夜叉が丁寧に三つ編みにしてやっている最中だった。


「なにを見ている」


 こちらに気づいた紅夜叉が突っかかってくる。いや、突っかかっているのではなく、いつも紅夜叉はこんな感じだ。

 最初のうちは口を開くたびに喧嘩を売られているのかと思っていたが、そういう訳でもないらしく、単にぶっきらぼうというか、口が悪いらしい。


「お前がそういう事をするのが意外だったんでな」

「ほっとけ」

「紅夜叉は髪を結うのは結構得意なんですよ、三つ編み限定だけど。やっぱり自分でやると少しずれたりするから、いつもおねだりして結ってもらっているんです」


 操はそう言っているが、操が周囲と付き合いの悪い紅夜叉の世話をかいがいしく焼いているのは誰もが知っていることだそうだから、本当は一人でできることをわざとやってもらっているのではないかと思った。

 そんなとき、ふとこの二人は高星の事をどう見ているのだろうかという考えがよぎった。

 行き詰った思考に何かしらの突破口が欲しかったし、今ならこの流れで自然に話が切り出せそうなので、話題を振ってみる決心をした。


「なあ、二人から見て子爵はどんな人なんだ?」

「なんだ、突然」

「いや、俺ってさ、子爵の事何も知らない訳だよ。この前イスカには子爵がどんな人に見えているのか、どんなふうに出会ったのか話を聞いたんだけど2人はどうなのかなって」

「私たちが高星さんと初めて会ったのは確か、去年の秋口でした」

「去年の秋……イスカが子爵と会ったのは去年の夏、帝都でだと言ってたが?」

「そうです。後から知ったことですけど、イスカさんと会った後の高星さんが、イスカさんや子爵家の家臣の人たちは海路で帰して、エステルさんを含めた何人かだけを連れて陸路で帰る途中、蒼天属州で私たちと会ったんです」

「蒼天属州……十年前から戦乱が続いているんだよな?」

「はい、高星さんはその現場を自分の目で確かめたくて訪れたそうです。そこで……。

 えっと、これは昔の話からしないとダメかな」


 操が後ろの紅夜叉に言葉だけで振る、紅夜叉は髪を結う手を休めることもしない。


「俺達の昔の話ね……聞いたところで良い事は無いぞ?

 他人の不幸は蜜の味なんてほざく輩がいるが、本当に嫌な話は話した方も聞いた方も嫌になるようなものだ。

 ……それでも聞きたいというなら、話してやらないことも無いが」

「聞けば話してくれると言うなら聞かせて欲しいもんだな。嫌な話なら俺にだって覚えがあるくらいだ、そう気にはしない」

「物好きめ……。

 なあ操、やっぱりお前が話してやれよ」

「駄目よ、私じゃ一番古い話はできないんだから」

「その辺適当に流して、去年の話だけで済ませないか?」

「だーめ、中途半端な事をするくらいなら全部話した方がいいの」

「解ったよ……」


     ◇


 何年前のことになるだろうか、少なくともユウキ合戦よりは後なのだから十年よりは近い昔の事だ。

 まだ紅夜叉では無い少年は難民の群れの中にいた、それ以前の事は思い出せない。薄汚れ、やせ細り、出口の見えない絶望に打ちひしがれた顔の、数えきれないほどの人間が当ても無く荒野をさまよい歩いていた。

 ある夜、男が1人どこかへこっそりと出かけて行って、夜明け前に帰ってきた。帰ってきた男の手には少なくない食料があった、食料が無くなるたびにその男はどこかへ行って食料を手に入れてきた。

 ある晩、ついにその男の後をつけてみた。男はとある民家に入り込み、そのまま出てこなかった。

 いつまで待っても出てこないのでついに中を覗いてみた。

 布団に入ったまま胸から血を噴いている死体が3つ、その1つには刃の欠けた錆びかけの刀が突き刺さっていた。

 その向こうであの男が、鍋の中の食べ物を貪るように食べていた。

 全てを理解すると同時に思った、あの男は他人を殺して食べ物を奪い、今日まで生き延びた。なら自分は……?

 息を殺して中へ入り、血の付いた刀を死体の胸から引き抜いて、後ろから男を……。


 全身の血が沸騰するように熱かった、だが胸に穴が開いたように冷たかった、しかしその落差が言葉にできない高揚感を感じさせた。

 後に知ったのだが『血に酔う』と言って、人を殺したときに言い様の無い快感を覚えるというのは、珍しくないらしい。

 その時以来、食う‘もの’には困らなかった。比較的マシな食べ物を他人に分けてやることさえあった。自分が食べる分ならばそこに動くものがいる限り、いつでも調達できた。


「死にたくない一心で凶刃を振るい続けたのか」

「違う、断じて違う。いや、初めの頃に関して言えば違わないが、それ以降は絶対に違う。

 色を失った日々の中で、鮮血の赤さだけが鮮明に色づいていたのだ。解るか?」

「……」

「まあ、解らないならその方がいい」


 最初の体験からどれだけ日々が過ぎただろうか、流浪の集団はどこかの軍勢に襲撃された。

 どこの軍勢かは今も解らない、何しろどこを歩いているのかさえ解らなかったのだから。

 だがあのような集団にうろつかれては、どこの領主だろうと迷惑するに決まっている。だから我慢ができなかったどこかの領主が軍勢を差し向けたのだろう。

 皆逃げ惑っていた、襲い掛かる軍勢に背を向けて必死に生きようとしていた。

 だが自分は、自分だけは奴らの中に白刃を煌めかせて突っ込んでいった。

 なぜそうしたのか。そうしたかったから、ただそれだけだった。恐怖なんてものはとっくに無くしていた。いや、壊れていた。

 気が付けば血みどろで荒野に一人立っていた。いや、一人ではなかった。いつの間にやら後ろに必死にしがみついている、まだ言葉も拙い女の子がいた。

 追い払っても置き去りにしてもしつこくくっついて来るものだから、とうとうめんどくさくなってそのままにすることにした。


「その後も何度か私の事を捨てて行こうとしたわよね?」

「そのたびにお前は食い下がってきたけどな。全く、なんであの頃のお前がああもしつこくついて来たのか今でも解らん。

 そうしなければ生きていけないことが解っていて、すがってきたのかな」

「誰かさんを一人にしちゃいけないと思ったんじゃないの?」

「言ってろ。とにかくそれ以来こいつとは腐れ縁が続いている」


 その一方で逃げた連中はどうなったのか、昨日まで一緒に流浪していた奴らはすぐに見つかった。ただし、道に延々と折り重なる死体の群れという形でだが。

 馬鹿馬鹿しい事この上ないと思った。生きたい、死にたくないと必死だった連中が皆殺しの憂き目に遭い、その一方でそんなこと全く思わなくなった自分が一人生き延びている。

 あれが決定的だった。以来、何を願うのも馬鹿馬鹿しい、そんな思いとは無関係に人の生き死には何かに決められる、その何かに身を委ねていればいい。そして自分の中の何かが求めるままに、したいようにしてればいい。

 それが少年の根源になった。

 いくらか年月が経って、二人とも少し歳を取った頃には盗賊のまねごとをする必要も無くなった。

 戦乱の激化に伴い傭兵の口には事欠かなくなり、さらに知らないうちに通り名がついていたくらいには実力が知れ渡っていた。


「通り名?」

「紅夜叉だよ。俺に名前など無い、お前と同じだ。知らない間に付いた通り名がそのまま名前になったが、俺にとっては意味などない。

 通り名なら他にも赤鬼とか人食い鬼とか色々有ったしな」

「ちなみに私の操って名前は銀華さんがつけてくれたの、二人でいると名前が無くても会話はできたし、そもそも紅夜叉は会話になるほど話さないし」


 傭兵稼業はなかなか悪くなかった、自分の欲求が満たせて生活ができるのだからこんないいことは無い。

 傭兵ばかりやっていた訳ではなく、盗賊団のアジトを見つけて20人ばかりの盗賊に別世界にお引越し願って、ある物全部譲り受けたときは数か月暮せて楽だった。

 そんな生活の日々に高星が現れた。


     ◇


 一年前の秋、蒼天属州の原野。

 高星はエステルを含めた数騎に護衛され原野を駆ける。突然、馬が足を止め立ち止まる、いや立ちすくむ。まるで猛獣の前にでも立ったかのように。高星達もすぐにその異常に気づき、それぞれ刀剣を抜いて周囲を警戒する。

 風が草むらを鳴らすのに合わせて紅夜叉が飛び出す、その後ろにぴったりと操も続いている。反応が遅れた一騎に向かって紅夜叉が斬りかかる、しかし割り込んだエステルの剣がかろうじてそれを止める。だが後ろの操が投擲した石が最初に標的にされた騎士の顔面を打ち、落馬させる。

 地に転がった騎士に紅夜叉の白刃が迫る、だがまた止められる。今度は馬を乗り捨てた高星自らの刀が紅夜叉のそれと打ち合い、音を立てる。すぐに距離を取ったところで高星の鋭い声が飛ぶ。


「待てっ! 望みは何だ、金か、食料か、ならば全てとは言わぬがくれてやらなくもない」

「要らん、全て切り伏せればけりがつく」

「この人数くらいなら皆殺すのは訳ないと?」

「いや、お前らを斬る事しか考えてないな」


 そう言う少年の顔は不気味な笑みに歪んでいる。


「……狂人か」


 高星の目が僅かに細まる、そのまま視線は操を向く。


「その腕なら正式な仕官もできるだろうに、後ろの連れをあえて苦労させることもあるまい」

「それだと俺の収まりがつかないんでな。こいつだけ引き取って面倒見てくれるならそうして欲しいもんだが、保証が無いのに他所にやる気は無い」


 高星は紅夜叉がそう言う後ろで操が紅夜叉にすり寄るように距離を詰めるのを見た、どうやら一人離れる意思はないらしい。


「ならなおのこと、どこかに仕官してもう少しましな暮らしをさせてやればいいではないか」

「それで俺に何の得がある。クッソくだらねえ戦のための駒になるのはごめんだ」

「くだらない戦のための駒、か……ならば意味のある戦いに自分の意思で参加するならいいのか?」

「えっ?」

「確かに今この地に満ちている戦はつまらない、些細な争いが原因のものばかりだ。公正な法が厳格に執行されていればこんなことにはならなかった。

 だが、もっと大きな意味を持つ戦いなら、それに自分の意思で参加する気になれれば、戦ってもいいという事か?」

「……そんなものがあるならお目にかかってみたいものだね」

「お目に掛けてやろう、ただし何年先かはわからないが……だがおそらく遠くない。

 私が意味のある戦を始めてやる、その時にお前がそこに身を投じる価値があると思えるようなものをだ」

「だからあんたの家来になれと?」

「それはその時が来た時に決めてくれればよい、だが私についてこないとそれを判別する機会も持てないのは確かだ。

 去就はいつでも自由だ、そして居る間は面倒を見る、だから私の下に来てみないか?」

「……」


 しばしの沈黙、だが一瞬たりとも気は緩められない。返答は白刃かもしれないのだ、高星の護衛たちは凄腕の襲撃者の動きを注視したまま、いつ終わるともしれない気を張っている。


「行ってみましょうよ」


 沈黙を破ったのは後ろの少女、この少し後に操と名付けられる少女だった。


「いいじゃない、どうせこのままじゃ何も変わらないんだし、どこで何をしようとずっと一緒なら問題ないわ」

「だが……」

「当ても理由も何も無く戦ってるより、なにかのために戦う方が楽しいかも知れないじゃない。だからね? 行ってみましょ。駄目だったらまた二人に戻ればいいの」

「……」

「答えは出たか?」

「……いいだろう、あんたの世迷言に付き合ってみようじゃないか。それでこいつに少しでも楽させてやれるなら、少しくらいは我慢してやる」

「よかろう、地の果てまでついてきてもらうぞ」

「地獄の果てまでついて行ってもいいぞ、その価値さえ見せてくれるならな」


「やれやれ高星、馬から降りてあいつの剣撃を止めたときは冷や冷やしたぞ」

「そう言うなエステル、あれだけの使い手に馬上で挑むのはかえって危険と判断したから降りたのだ。みすみす護衛を死なせたく無かったしな」

「それで高星が死んだら本末転倒もいいとこだ、少しは自重してほしいものだ」

「何分性分でな、おかげで連れが二人増えた」

「先だって一人拾ったばかりだと言うのにまた二人か、銀華さんが喜ぶだろうな」

「違いない」


     ◇


「以上、俺達と子爵のつまんない出会いの話でした。終わり」

「話を聞く限りお前は全然変わって無いのな」

「黙れ。わざわざ気を使って大分聞かせられる話にしてやってそれか、本当に聞かせられないくらい生々しく話してやるんだったかな」

「それで結局、子爵はどうしてお前たちを拾ったわけだ?」

「そうだな……俺の剣を改めて見て大分上機嫌だったが、それだけじゃないというか……なんだ、もっと先を見ている感じだ」

「先?」

「そう、先だ。これは勘だが、俺たちを拾ったのも、その前にあのイスカの奴を拾ったのも、ずっと先の何かを見ているから、ああも熱心に誘ってきたような気がする。

 いや、見ているだけじゃないな。その何かを目指して進んでいる姿があるからこそ、一年経っても俺はここにいるんだ。そうでなければとっくにおさらばしている」

「つまり、高星さんは何かを目指して進んでいる人、そしてその姿に何か引きつけられるものがある人、と言えばいいのかな? 私もなんとなく解るな」

「進んでいて、引きつけられる人、か……」


 紅夜叉と操の話はなかなか興味深かった。

 二人の過去というおまけもそうだが、高星に気が付かないうちに引きつけられている理由が、高星の生きる姿勢とでもいえばいいのか、そんな息をしているだけでも深いところから、表に出てくるような何かによるものだという事は納得がいく説明だと思った。

 先ほどの話を頭の中で反芻しながら廊下を歩いていたら、後ろから声を掛けられていることにも気が付かず、操が目の前に立ち塞がって初めて気が付いた。


「おおう、操ちゃんか」

「すみませんちょっといいですか?」


 口に手を当て、声を小さくして話しかけてくるところを見ると、何か内緒の話らしい。耳に手を当てて、操の話を聞く体勢をとる。


「今だから解るんですが、紅夜叉がここにいるのは、ううん、それ以前に戦うのは全部私のためなんです」

「操ちゃんのため?」

「はい、ただ正確には私のために行動することが自分のために行動する事なんです」

「どういうことだ?」

「あいつは……紅夜叉は生きたい、死にたくないという欲求すら持っていません。狂気に身を委ねて凶刃を振るう、文字通り夜叉です。

 でも本当は完全にそっちに行ってしまいたくない、人間の側に踏みとどまりたいと思っているんだと思います。

 だから私のために凶刃を振るうんです。誰かのために、私のために何かをすることができるうちは、まだかろうじて人間だと思えるから……」

「操ちゃんのために凶刃を振るう事で、自分はまだ人間だという思いを守っている?」

「はい、だから私が居なくなったらあいつは完全に堕ちて行って、壊れてしまうと思うんです。だから私は何があってもあいつのそばにいます」

「そうか……なぜ俺にその話を?」

「どんなに私が頑張って、切れない糸になってもそれはしょせん一本の糸です。できれば他にもあいつを繋ぎ止めておく糸が有って欲しいと思うんです。

 高星さんはそうなってくれそうです、でも高星さんは自分の事で大変です。だから他にも誰かにあいつを……紅夜叉を人間だと思えるようにしてあげて欲しいんです」

「そう言われてもなぁ……」

「すみません、無理なお願いなのは解ってます。でも私達の過去を知ったのも何かの縁だと思ったので、どうしても言っておきたかったんです。ありがとう、ごめんなさい」


 最後に感謝と謝罪を並べると、操は走ってその場を去ってしまった。

 ジャンは、降って湧いた手に余る大仕事に立ち尽くすことしかできなかった。


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