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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
粗鉄の刃
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1

 帝国最北の地、安東(あんどう)子爵家領。ジャンがここに来てから数日が経ち、少しはここでの生活に慣れたと思う。

 今では屋敷の仕事の手伝い等もしている、薪割りなどの力仕事が多いが、買い出しや稲わらで縄を編むなどなんでもする、というよりもやらされている。

 ただ飯を食うつもりはないので別にかまわないと思っている。

 そんな生活にも馴染んできた第19節の中頃。するべき仕事も一段落し、何となく打ち解けてきた屋敷の者達と雑談をしていた時のことだ。

 突然、屋敷の戸が乱暴に開けられ、今日は政庁に行ったはずの高星(たかあき)が大股で戻ってきた。その表情には苦りきった怒りの表情がありありと浮かんでいた。

 一体何事かと(いぶか)しむ皆をよそに、高星はものも言わずに裏庭の方へ回る。一人、また一人と、好奇心の赴くままに遠巻きに高星の後をつける。

 高星は裏庭の井戸で水を()み、桶から水を直接、ボタボタと服に(こぼ)すのも構わず喉を鳴らして飲んでいる。

 水を全て飲み干した高星は大きく息を吐き、井戸の淵に左手をついていたが、やがてわなわなと震えだし(つい)に。


「ふざけるなぁー!!」


 怒声を上げて桶を地面に叩きつけた。空の桶が石畳の地面にぶつかり、屋敷中に大きな音を響かせる。

 何事かと屋敷中の人間が集まってくる中、(ぎん)()が高星をなだめるように母屋へと連れてゆき、高星が去った後もその場に立ち尽くす皆をエステルが解散させた。


 あれほどの騒ぎになって何事か気にならない訳が無い、以前なら一瞬気になってもすぐに気にしなくなっただろうが、今は素直に気にしてみることにした。

 『自分自身に嘘をつかない』という事がどういう事か、まだよくは解らないが、とりあえず気になるものは気にしてみようと思う。

 しかし高星は着替えた後は執務室に入ってしまい、戸の前に見張りまで立てて関係者以外立ち入り禁止の構えだった。

 しかしそれで納得できる訳でもないのだから、昔取った杵柄というやつを初めて自分のために使ってみることにした。

 針金を一本調達し、執務室の窓の下に張り付く。案の定カーテンは閉まっていて中の様子は(うかが)えず、声も漏れては来ない。

 だが外から中が見えないという事はその逆もしかりである。針金さえあれば特殊な鍵のついてない窓ならば、外からカギを外して開けられる。

 気づかれないように窓のカギを外し、ほんの少しだけ窓を開ければ盗み聞きをするには十分だ。


「――それで、お父君は出兵されるおつもりなのか?」

「ああ、断固反対したのだがまるで聞く耳を持たん。あの無能め、政府に尻尾を振るためだけになんて馬鹿なことを……」

「それで、他に参戦する勢力は?」

「ほぼ無い、今なお名声高い(しょう)(こく)(くん)の遺児を攻めると言うので誰もが及び腰な上、情勢が情勢なだけに中央からの派兵も微々たるもの。しまいには口実があまりに難癖に過ぎると言うので皇族のコルネリウス公爵家まで出兵拒否したそうだ。

 実質、政府の命を受けた属州総督の単独出兵だ。皇族すら見限った戦に参戦など、汚名を被りに行くようなものではないか!」


 机を叩く音が聞こえる、声にも怒気が入り混じりかなりイラついているようだ。


「その上ジョバンニの奴とその取り巻き連中の従軍を決めておきながら、私の従軍に関してはまだ未定だとぬかしやがった!

 どうやら後継ぎを差し置いて弟に手柄を立てさせたいらしい……

 私だけの事なら我慢もできるがこれでは我が家を窮地に追い込むばかりだ。本人にはまるで自覚がないようだが」


 荒げていた高星の声が少し低くなったのは落ち着いたためではなく、失望からだろう。


「動くなっ!」


 不意に、すぐ後ろから鋭い声がした。腕が回され喉元に刃物らしい金属の冷たい感触が伝わってくる。

 油断していたのもあるが、全く気が付かなかった。突然の事態に思考は停止し、抵抗することもせず両手を上げる。

 停止した思考の中で、なんとか声に聞き覚えがある事だけは理解した。

 頭上で窓が勢いよく開けられる音がする。上を向くと高星が驚いたような、呆れたような顔をしていた。


「離してやれ、(みさお)


 喉元に突き付けられた冷たい感触が無くなる、ようやく自分の後ろにいるのが操だと理解した。油断していたとはいえ、まるで気配を感じさせなかったのは驚くべき隠密(おんみつ)能力だ。


「で、ジャンはどの辺から盗み聞きしていた?」

「……昌国君の遺児を攻めるのがどうこうと言うあたり」


 高星が大げさにため息をつく。


「屋敷の中だからと言って油断していたな、身辺警護をもっと強化するべきかねぇ」

「それには同感だ、高星は少し不用心すぎる」


 部屋の中からエステルの文句が飛んでくる。


「警護でがちがちに固められたらかえって気が休まらんよ。まあいい、操とジャンも入れ。こうなっては聞かせた方が良かろう」


 あきらめたように、それとも呆れたように高星が招き入れる。堂々と話を聞くことができるようになったので結果としては好ましいと言えるだろうか。

 とはいえ盗み聞きをしていた後ろめたさはあり、確認せずにはいられなかった。


「本当に俺に聞かせてもいいのか?」

「なんだ、盗み聞きしていて今更気にするのか?」


 言葉に詰まる、そう言われると何も返す言葉は無いのだ。その様子を見て高星がからかうように言う。


「何も問題ない。情報はそれ相応の立場というものがあって初めて活用できるものだ。

 今の何の立場の無いお前がどんな情報を得たところで活用しようが無いし、どこかに密告したとしても信用されないだろう。ならばお前が何を知っていようと知るまいと同じ事だ」

「そういうものか、確かに立場と言われれば子爵と違って俺には何もないが」

「私と違って、か……。

 私の立場だって危ういものだ。私は当主ではなく嫡子(ちゃくし)に過ぎない、廃嫡(はいちゃく)されればそれまでだ。

 現に当主は弟に手柄を立てさせようとしている。暗に私を廃嫡したいという意思があるという事だ」

「その件に関しては今は置いておこう。まずはシュヤ家攻めの件をどう処理するかを決るべきだ。高星は何か考えはあるのか?」


 エステルが話題が脇道にそれる前に本題を進める。この場の議長役が誰であるかがすぐに解るあたり、こういう仕事に長けているのだろう。


「もはや出兵自体は止められそうもない、ならばせめてそれを有名無実のものにしてしまおうと考えている。後方部隊付きで従軍し、戦いを交えないように軍の行動を縛ろうと思っている」

「若、仮にこちらが戦闘を交える気が無くてもシュヤ家側にその意図が伝わらなくては向こうも部隊を出してくるでしょう。それでは結局兵力を二分させ、拘束することになるのでは?」

「確かに、こうなっては我が家の内部だけでどうにかできる問題ではないな……」

「そのシュヤ家に連絡を取る方法は無いのか? それも秘密に」


 ごく当然の疑問を言葉にしてみる、もちろんそんな方法がそうそうある訳は無いと思うが。


「そうだな……内容からしてもできるだけシュヤ家の当主にだけ伝えたいが、そんな上手い方法は……いや待て、あるかもしれない!」

「え……あるのか?」


 駄目元のはずが思わぬ事になった


「確実に、とは言えないが可能性はある。シオツチ神社経由で密書を送れば、秘密裏にシュヤ家の当主まで届けられるかもしれない。

 あの神社の財産運用はうちが請け負っているし、銀を使者に立てれば私的に友人に会いに行くという口実もできる。あとはシュヤ家の当主次第だな」

「なるほど……確かにシュヤ伯爵家領の中にあるシオツチ神社まで行けば、後はいつでも接触を持てるな。

 それに宗教機関は中立組織として政治的仲裁役も務めることがあるから、直接接触を求めるよりも受け入れられやすい。だが、その前にやるべきことがある」

「解っている。この策は私が従軍して部隊の行動にブレーキを掛けなくては意味が無い。まずそれができる立場を、だろう?」

「そうだ、さしあたってはやはり家老殿に口添えをしてもらうのがいいと思うのだが」

「提督に、か……。

 提督には家臣団首席の家老として当主を補佐する立場であるのに、ずいぶん良くしていただいている。あまり甘えるのは心苦しいのだが……贅沢は言っていられないか。全く足を向けて寝れんな」

「では当面の方針は決定だな、私たちも独自に行動してみよう。と言っても情報収集くらいしかないだろうが」

「いや、十分だ。ありがとう、頼むぞ、皆」


 執務室の全員が一斉に答える、高星は少し目を細めるとまたすぐ厳しい目つきに戻り、勢いよく立ちあがって行動を開始した。


     ◇


 19節15日、明日から第20節になるという日の朝。暦の上ではそろそろ霜が降りる頃、高星と銀華が出立するのを屋敷の皆で見送りに出た。高星は出征の為、そして銀華は密書を運ぶ密使として、だ。

 あの会議の後、高星は上手く兵糧の監督役に収まった。ただそれが決まった時の高星に喜びの色は無く、腹が減っては戦はできぬという事は知っていても、具体的な方策は何も無い杜撰(ずさん)な軍備だと嘆いていた。


「では銀、よろしくたのむぞ」

「大丈夫よ、私がやる事なんてお出かけついでにお手紙を届けてくるだけなんだから。それよりも高星こそ気を付けてね、嫌なことがあってもヤケ酒とかしちゃだめよ」

「そんなことはしないさ、職務怠慢の口実を作るために飲んだくれるかもしれないけれど……」


 高星が目をそらす。一度、夕食の席で酒を求めて銀華に拒否されていたことがあったのを思い出す。


「エステル、帰ってきてまたすぐですまないが、留守を頼むぞ」

「心配は無用だ。特に大きな仕事も無い時期だし、イスカと紅夜叉の喧嘩さえ注意しておけば何の事は無い」


 エステルの後ろでイスカと紅夜叉が一瞬、目を合わせてまたすぐに互いにそっぽを向いたのを確かに見た。さらにその隣で操が小さくため息をついていた。


「みんな私が留守の間ごはんちゃんと食べるのよ、有り合わせの物だけで済ませちゃ駄目だからね。部屋の掃除もきちんとするのよ、めんどくさいからってお風呂沸かさずに水風呂で入ったらだめよ。えっと、それから……」

「銀、そのくらいにしておけ。そろそろ私は行かなくては」

「そうね、じゃあ私も」

「では皆」


 エステルがうながすと一斉にいってらっしゃいませ、と皆が頭を下げた。


     ◇


「街中を駆けたら迷惑だからと馬を馬場の厩舎に置いたのは失敗だったな、どうにもこれでは格好がつかん」

「あら、いいじゃない。皆に見送られて、自分の足で歩いて行くなんてこれ以上ないと思うわよ」

「自分の足で、か……。

 私は自分の足で立ってはいる。だが、何かを背負って支えていると言えるだろうか?

 皆の未来を背負っていると言えるだろうか?

 ……まだ、それはできていない気がする」

「その未来を、汚名にまみれたものにしないために行くんじゃないの?」

「そうだったな、今はそれに全力を尽くそう」



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