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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
晩秋の萌動
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1・コルネリウス家の三頭会議

 どこか緊張感に欠けていた。

 そうヴァレリウス・コルネリウスは感じていた。コルネリウス公爵家の本拠、コズカタの城の中でも最も奥にある一室、当主ルキウスの私室での密議である。

 議題は先に出したこちらの声明を受けて、はっきりと敵対の意思を示した安東(あんどう)家、シュヤ家及びその縁戚たるヤリュート家に対する戦略の策定である。

 名目上の指導者は変州(へんしゅう)属州総督だが、皇族に連なるコルネリウス家が抑えの要として置かれている変州では、伝統的に総督と言えどもコルネリウス家の協力無しには大した事はできない。

 そのため形式としては北朝派を名乗っているこちら側の同盟も、実質的な盟主はコルネリウス家であり、シバ侯爵家が次席として続くと言うのが実態である。

 そのためこの密議で下される決定は、そのまま同盟の最高方針の草案となり、他の勢力の事情や利害が絡んで多少修正される事はあっても、おおむね変更無しに決議が下されるはずである。

 だというのに、どこか緊張感が感じられないのはヴァレリウスの気のせいとは思えなかった。

 ありていに言えば、戦う前から勝負はついているという意識が、ヴァレリウス以外の二人、コルネリウス家当主ルキウスと、その長子ティトウスに見え隠れしているのである。

 確かにそう思うのも無理は無い。名目だけの存在とは言え属州総督がこちら側に居るのは、二つに割れたとは言え政府の正当な立場を主張できる。要は官軍であり、必然的に敵は賊軍という事になる。

 当然、向こうもそれに対抗するために南朝方を名乗り、我こそは官軍であると主張しているのだが、実際に政府から派遣された総督が居る官軍と、自称官軍ではその差は歴然である。

 また戦力的に見ても、コルネリウス家・シバ家という二大列強に、その他中小勢力もほとんどがこちら側である。

 一方の敵軍は、三強の一角とは言え三家の中では最小のシュヤ家、爵位だけは高いが実力は中規模のヤリュート家、そして軍事力は厳しく制限されてきた安東家の三家のみである。

 これでは戦う前から結果は解っていると言う空気になるのも無理は無い。実際、ヴァレリウスもこの戦力差をひっくり返す戦略は思いつかなかった。

 だが、だからこそ空恐ろしさを感じていた。戦う道に踏み切った以上、何らかの勝算は持っているはずである。だがこちらにはそれが読めない、これは恐ろしい事だと思う。

 単に、破れかぶれの暴発と言う可能性も無くは無いだろうが、それを前提にするのは危険すぎた。

 だが当主親子にはそういう思いは無いらしい。いや、例え敵にどのような切り札が有っても勝てると思っているのだろうし、勝って変州の安定を守り、帝国の北辺を守る事がコルネリウス家の存在意義である。

 ここは自分が多少不興を買おうとも、気を引き締める役目を果たさねばならぬとヴァレリウスは思った。


「さて、二人とも最新情報の資料にはもう目を通しているな?」


 おもむろにルキウスが口を開く。ティトウスとヴァッリウスが相次いで短く返事をする。


「賊軍の戦力の見積もりはシュヤ家が五千、安東家とヤリュート家がそれぞれ二千五百、合計一万程だと言う。全部合わせてようやく我が家と互角と言ったところだな」


 ルキウスの顔には笑みが浮かんでいる。憐みの笑みだろう。


「このうちヤリュート家はシバ家との年来の争いを抱えていて、他に多くを割く余裕は無い。シュヤ家も西の領境を接するこちら方勢力を無視する事は出来ぬだろうから、全兵力を我らに向ける事は不可能だ。

 安東家だけは地形の関係上、大部分をこちらに向ける事ができるだろうが、それでも全てという訳にはいかぬ以上、二千が良いところだ。

 結論として、現状では我らの敵が全て我がコルネリウス家に矛を向けてきたとしても、わが軍の半分程度しかないだろうという事だ。

 これは全く、岩を砕こうと卵をぶつける様なものだな。向こうの方が勝手に砕け散るわ」

「ルキウス様、なればこそ敵も策を廻らしましょう。あまり油断なされるのは危険かと」

「案ずるなヴァレリウス、その程度の事は儂も心得ておる。すでにシバ家のから申し入れがあってな。かの家は軍事は不得手ゆえ敵を牽制(けんせい)し、拘束する事に全力を注ぐゆえ、背後を憂えず敵を討ち破って欲しいと言ってきおった。

 儂も最初から他所の家の力などそれ程当てにしておらん。ひとつひとつ、確実に各個撃破してくれようと思っている」

「それがよろしいかと」

「うむ、それに我が軍を見れば、他を圧する万の軍勢、そのうち精強な騎兵が二千、さらにそのうち五百騎は我が軍の切り札『連環鉄騎(れんかんてっき)』という充実ぶりだ。

 軍だけではない。金山が生む莫大な資金に、広大な土地から産する豊富な食料。艦隊すらも揃えており、海戦とてそう易々とは敗れはしまい。

 それを率いる者も、儂をはじめティトウスも悪くは無く、お主とて凡百の将ではない、そうだろうヴァレリウス?」

「その様な……勿体のうございます」

「まあよい。質量ともに勝る軍勢に、それをしっかり支える国力。これがある限り我らに戦術的な負けはあっても、戦略的な負けは無い。

 向こうが攻めてくると言うならば、こちらは腰を据えて待ち構え、敵が自ら弱ったところを反撃に出て一撃で粉砕してくれようぞ」


 ルキウスの言う事はもっともである。しかもそれは主観的なものではなく、あらゆる手段で集めた情報を精査した結果出した結論である事は、ヴァレリウスも解っていた。

 だがだからこそ不安が消えなかった。客観的に見てこれ程両者の差は歴然としているからこそ、戦いに踏み切った敵方の不合理が理解できなかった。

 何か見落としている事があるのか? 何かこちらには見えない事が見えているのか?

 どちらにしても考えられる限り考えつくして、備えられるだけ備えておくべきだと思った。

 ルキウスはヴァレリウスの事を凡百の将ではないと褒めたが、本人は自分を凡庸な人間に過ぎないと思っていた。

 実際、兵を率いて演習などをすると嫡子であるティトウスの方が強い。凡庸な自分ができる事は、事前に考え抜き、万全の備えをする事だけだ。


「二つ、具申したき事があります」

「申してみよ」

「ではまず軍事について。ルキウス様はこちらが腰を据えて構えていれば、敵はおのずと自壊すると申されました。それは確かにそうだと思われます。

 しかし『兵は拙速を貴ぶ』と言い、ましてやこちらが守る側となると戦場は我が領内になります。

 こちらが有利であるからこそ、積極果敢に攻める姿勢を取り、早くに全ての戦を終わらせるべきかと。その方がコルネリウス家の名誉にとってもよろしいかと存じます」

「ヴァレリウス、案ずる事は無い」


 答えたのはルキウスではなく、ティトウスだった。


「すでに父上に申し上げて、攻めに出る事を決めてある。まだ正式な決定ではないがな」

「それはよろしいかと。作戦はもうお決まりで?」

「近いうちに、私自ら兵を率いて安東家に攻め込む予定だ。兵力はまあ、二千か二千五百程だろうな」


 ヴァレリウスの顔が途端に険しくなった。


「今年の出兵ですともう、遠からず雪が降りますぞ。そうなれば撤退するしかありません。しかも敵と同数の兵力では、せっかくの我が軍の優位性をむざむざ捨てる事になります」

「それ位は承知しておる。雪が降ったら戻ってくるし、そうなればあまり大軍を引き連れたところで遊ばせるだけだ。ゆえに二千から二千五百だ。

 言ってみれば、来年の本格的な戦の前に瀬踏みだな。適当に相手の実力を測ってくる」

「……瀬踏みと言うなら、それもありでしょう。しかし敵の実力を知ろうと思えば、こちらの手の内も晒す事になります。この瀬踏みに本当にその価値はあるとお考えか?」

「このまま来年まで指をくわえている訳にもいかんだろう。春にせっかく安東家で反乱が起き、好機を得たのにそれを活かす事が出来なかったのだ。

 せめて一撃位食らわせて、本格的な戦の前に敵の士気を挫いておく位はしておかなくては」

「確かにそれで勝てれば敵の士気を挫き、こちらの士気を高め、諸侯への無言の圧力にもなりましょう。

 しかし万が一敗れた場合の汚名を考えると、その程度の事では割に合わなすぎます!」

「何を言うか、敗れればいつどこで敗れようと同じ事、それを恐れて何とする。しかもこの戦は勝つ必要は無い、敵に勝たせなければ十分目的は果たせるのだ。勝つよりも楽で安全確実であろう。

 そもそも積極攻勢に出る事を主張したのはヴァレリウス殿も同じではないか、ここで攻勢を止めよと言うのは、主張が矛盾していますぞ」

「攻勢に出るべきだと言う意見は変わらない。だがやるならば一撃で安東家を飲み込むような戦をするべきだ。小競り合いを何度も繰り返しても意味が無い!」

「そこまで。両者の意見は解った。攻勢に出て安東家を潰すべきだと言うヴァレリウスの意見はもっともだ。

 だが大きな戦に先だって小競り合いで様子を見るのもまた戦の常道。南方の情勢も都合良く乱れる兆しもある。此度の出兵は予定通りに行う。ティトウス、手柄を立てよ」

「はっ!」

「ヴァレリウスもそれでいいな?」

「もとより、ルキウス様の裁可とあらば。

 では続いて二つ目、政治について意見を述べてもよろしいでしょうか」

「よろろう、申してみよ」


 ヴァレリウスはコルネリウス家領内の地図を取り出し、机の上に広げた。いくつか書き込みが入っている。


「我が領内の民の暮らしぶりを見るに、このコズカタの城があるあたりを境にして、南北で少なからぬ格差があります。南の民は豊かですが、北の民は貧しい暮らしをしております」

「北に行くほど作物の実りは悪くなるからな、どうしてもそういう事は起こる」

「それもありますが、長年それに対してなんら対策を取らない事が格差を大きくしていると思われます。

 人口が南部の盆地地帯に集中し、北部は過疎化して未開の荒野が多くある事も、北部の貧しさの一因だと思われます。

 産業も、職人や商人が人口の多い南部に集中し、北部は流通が悪く日用品も割高で、さらに貧しさを助長する悪循環が起きております。

 これによる北部領民の潜在的な不満は、早急に対処すべき問題だと思われます」

「ふむ、良く調べてある。流石仕事が丁寧だな。

 しかし確かに放置できぬ事ではあるが、戦が近い今、1年や2年でどうにかできるとは思えない問題に本腰を入れる余裕は無いぞ」

「いえ、戦が近い今だからこそ、早急に対処すべきです。このまま北部領民の不満を放置して、そのうえ彼の地が戦火に見舞われる様な事になれば、決定的に民の心が離れてしまう恐れがあります」

「北部領民が安東家側に付くと? いかに不満が有ろうとも、あの蛮族の支配を喜ぶとは思えんが」

「彼の地の、いえ、我が領内のほとんどの領民は、400年昔に遡(さかのぼ)れば皆、かの安東家の領民ですぞ」

「それこそ300年以上、大きな反乱も起こさせずに我らが統治してきた民だ、いまさら反乱も無かろう。

 民の暮らしは良くするべきだが、それは戦が片付いて、平和が訪れてからの話だ。もう5年早くその意見が上がっていれば、手を付けていただろうが」

「――ではせめて、私めを北部地域の総責任者として、軍政両面の全権をいただけませぬか?」

「出過ぎだぞ、ヴァレリウス。お主はすでに南部に私領を持つ身であろう。むしろお主の旗下二千をもって、南部国境を窺(うかが)うシュヤ家に備えよ。本格的な侵攻でもない限り、儂の手を煩わせてくれるなよ」

「……申し訳ありませぬ。出過ぎた真似をいたしました」

「なに、多様な意見が出るのは望ましい事だ。他に何か意見はあるか?」


 ルキウスがしばらく待つ。だがティトウスもヴァレリウスもそれ以上特に言うべき事は持ち合わせていなかった。


「ではこの戦役全体としてはじっくり腰を据えて戦い、相手の疲れを待って止めを刺す戦略を取る。

 雪が降る前にティトウスが一軍を率いて安東家領内へ侵攻し、瀬踏みの戦を行う。

 南方のシュヤ家に対する備えは、ヴァレリウスが当たる。

 以上を決定事項とする。異論は無いな?」

「父上の仰せのままに」

「異論、ありませぬ」

「うむ。ところでこの際だからお前たちに話しておきたい事がある。もう少し時間をもらうぞ」

「何か御懸念でも?」

「そういう訳ではない。ティトウスには何度も話しているが、改めて我がコルネリウス家の来歴を語っておこうと思ってな」


 コルネリウス家の来歴。それはコルネリウス家の一員ならば当然知っている事である。それをわざわざ語るという事は、その真意はルキウスの決意表明であると、ヴァレリウスは受け取った。


「我がコルネリウス家は皇統より起こり、その中でも最も古い家柄である。即ち、高祖武帝は三人兄弟の次男であった、武帝の兄が初めに旗を揚げて戦いを始め、道半ばで内部の権力争いによる暗殺に倒れた。

 後を継いだ高祖は隠忍自重を重ねて身を守り、時を得てその才を顕わにして大きく飛躍し、ついに帝位を得て天下を平定するに至った。その間、三男は常に高祖の傍に仕え、あくまで兄を立てて謙虚に支え続けた。

 高祖が崩じ明帝が立つと、明帝の命を受け高祖のやり残した事業を完成させるために、この地へと軍をすすめた。

 戦いは激しさを極め、老いた身で何度も死線をかいくぐり、その命を燃やし尽くしてなおその使命は子孫へと伝えられた。

 28年に及ぶ激しい戦いの末、勝利を得た先祖はこの地に領邦を授かり、北方鎮護の役目とコルネリウスの姓を賜った。これが我が家の興りである。

 以来今年で339年、我が家はこの地を守り、帝室を外から支えてきた。例え内部が揺らごうとも、外を守る我が家が倒れぬ限りすぐには帝国は倒れぬ。その間に内の病を治す事も出来よう。事実、そうしてこれまで帝室は保たれてきた。

 今、再び我がコルネリウス家の存在に帝室と、帝国全ての命運がかかっているものと思え」

「父上、ご安心なされませ。不肖このティトウス、コルネリウス家の使命を一度として忘れた事はございません。例え父上が倒れようとも、この私が必ず逆賊を残らず討ち滅ぼして見せます。

 第一、父上はまだ60にもなっていないではありませんか。弱気になられるのは早すぎます」

「ティトウス様のおっしゃる通りです。このヴァレリウスも、コルネリウス家の一族として帝室の安寧を願い、そのために力を尽くす気持ちは人後に落ちませぬ」

 ルキウスがうれしそうに目を細めて、二人を眺める。

「そうか、いや頼もしい事だな。一族の者が心を一つにしている限り、どのような困難も乗り越えられよう。

 帝室もそれを一日も早く思い出していただきたいのだが……。まあよい、我らはまず目の前の賊を除く事に全力を挙げるべきだ。帝室の問題は、それが済んでなお収束が見えなかったときに考えよう」


 ルキウスの言葉にヴァレリウスは、自分の顔が引きつっていないか不安を覚えた。

 ルキウスに対して自分が言った事は、全て偽らざる本心である。だが自分の心の内を全て打ち明けた訳でもない。

 自分が心に秘めている考えを言葉にする事は、コルネリウス家の人間としては間違いなく異端的であった。

 思い切って述べようかと思った事は一度や二度ではない。だがこうして本家の人間と向かい合って、その考えを窺い知ると、決して受け入れられないであろう厚い壁を感じてしまい、言うに言えなかった。それは自分の弱さであるのだろう。

 追放すらも覚悟で言うべきだと思う事を言う、そういう強さを持てない凡庸な自分が苦々しかった。


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