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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
北国の秋
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2・縁談

「縁談? 誰に?」


 高星(たかあき)が執務室で()頓狂(とんきょう)な声を上げた。


「もちろん高星に決まっているだろう」


 エステルが半ば(あき)れた様子で言う。エステルも人の事はあまり言えないと自覚しているが、高星はこの手の事には全く(うと)すぎると言うか、何かが欠落している。


「年齢から言っても、立場から言っても、高星にはこの手の話も必要だろう。もっとも、今回の申し出はちょっと……と言うよりも、大分きな臭いが」

「ふん? その縁談を申し出た相手と言うのは?」

「書類上は都近くに領地を持つ、とある子爵の娘だ。まあ、家柄としては対等なところだな。

 だがそれは書類上の話、実際はシバ侯爵家の娘だ。書類の上でその子爵家の養女となってから嫁ぐ事になる様だ」

「つまり、シバ家から娘を嫁にもらわないかと言ってきた訳だ。それも非公式に」

「そういう事になるな。どう思う?」

「……提督を呼んでくれ。ちょっとこれは慎重に計る必要がありそうだ」

「同感だ」


 至急提督が呼ばれ、執務室に鍵を掛けての密議が開かれる。シバ家からの非公式の縁談の申し入れがあったと聞くと、流石の提督も意外そうな表情を浮かべていた。


「ともあれ、まずは向こうの真意がどこにあるかが問題ですな」

「いや、真意に関しては割と明快だと思う。要は、シバ家は二股をかける気なのだろう」

「二股……コルネリウス家と共に、変州(へんしゅう)における北朝方勢力の一翼を担っておきながら、同時に名目上は南朝方を名乗る我らとも密かに結んで、どう転ぼうとも生き残れる様にするのが狙いか?」

「まあ、そんなところだろう。仮に我らがコルネリウス家を滅ぼしたとしても、婚姻の線からシバ家の助命を乞うつもりだろうな。

 もっとも、そんな不確かな線だけに頼るとも思えんから、これはあくまで保険くらいのつもりなのだろう」

「その見返りは、逆に我々が亡ぶ側になったとき、最低限安東(あんどう)家の断絶だけはしない様に取り計らう事、だろうな」

「まあ、それが妥当な線だろう」

「その場合、シバ家は娘と殿の間に子ができる事を望むでしょうな」

「ん? どういう意味だ、提督」

「お解りになりませんか?」

「……済まんが全く」

「つまりですな、シバ家の娘と殿の間に子ができれば、それはシバ家と安東家の両方の血を引くお子になる訳です。

 安東家が滅びた場合、シバ家の血も引くその子だけ引き取って助ければ、最低限の安東家の存続は守られるので、シバ家としては義務を果たした事になります。

 それでいてそのお子は、シバ家の一門に連なる訳ですから分家の当主と言う扱いになり、なおかつ安東家の血を引く事を盾に、安東家の旧領の相続権を主張できる訳です。

 そうなると安東家の領地はシバ家に併合される事になるという訳です」

「……つまりあれか? 私に一族の娘を嫁がせて、子ができてから我らを――嫁の嫁ぎ先を滅ぼせば、全てがシバ家の手中に収まると?」

「そうなりますな」

「えげつない事を、どうせ鵺卿(ぬえきょう)の差し金だろうな」

「高星、そうと解ればこの様な縁談は即刻蹴るべきだ」

「待てエステル。そう決断を下すのはまだ早い」

「何故だ? 提督の話を聞く限り、我らに利は無さそうだぞ。仮にその嫁や子を人質としても、容赦無く人質ごと滅ぼしにかかるだろう」

「まあ、そうだろうな。だがまだ物の一面しか見ていない」

「一面?」

「今までの話は我らが滅ぼされる側になった時の話だ。では逆に、我らが勝つ側になった時はどうだ?」

「我らが勝つとなると、コルネリウス家が消えて、なおかつシバ家は存続するとなると……味方の中の最大勢力はシバ家という事になるのか!」

「そうだ。実際はコルネリウスの旧領や、変州(へんしゅう)南部の諸勢力を併合したりで最大ではない可能性も高いが、それでも味方の中では有数の大勢力の一角になる事は間違いない。

 いくら土壇場で暗黙の密約を理由に裏切ってきたと言っても、そんな大きな味方など軽々しく切り捨てられる訳がない。

 そんな事をすれば、味方を切り捨てる様な相手に降伏する者など居なくなって、敵対勢力は皆全滅するまで徹底抗戦する様になるわ」

「苦々しいが切るに切れない迷惑な味方と化す訳か。ならばなお一層そんな下心のある縁談など願い下げでは?」

「そうでも無い。これはシバ家にしてみれば、この縁談が上手くまとまれば、どう転んでも自分には都合の良い情況になるという事だ。

 ならばあえてどちらかに加担して苦労する理由は無くなる。表向きはな」

「あっ……シバ家としては中立の立場に立って寝ているだけで、どのみち都合の良い情況になる訳だから、あえて敵対する理由も無くなる訳か」

「そうだ。まあ、表向きはコルネリウス家と同盟を結んでいるし、腹の内では何を企んでいるか解ったものではないが、少なくとも必要に迫られない限り、あれこれと理由を付けて動かないつもりだろう」

「自分は全く苦労せず、結果から利益だけは得ようと言うのか。忌々しいが、シバ家の敵対が形だけのものになるのは、こちらとしてはありがたいか」

「まとめると、こんものですかな」


 いつの間にやら提督が、ここまでの検討を紙にまとめていた物を執務机の上に広げる。


「この縁談が成った場合、シバ―コルネリウス方が勝てばシバ家は我が安東家の全てを手に入れる事も狙う事ができる。その場合安東家は、最低限の存続を保証される。

 逆に我々方が勝てばシバ家は戦後の諸勢力の中で、有数の大勢力として残る事ができる。

 どちらにしてもシバ家は、我らとコルネリウス家の戦いを傍観して我らとは敵対せず、我らの勝率が上がる事になると。

 当然と言えば当然ですが、当家とシバ家のどちらにとっても、損は無い話ですな」

「ま、それを頭から信じられるとは思わんが、最初の戦いも始まっていないうちから戦後の勢力維持、あわよくば拡張を(にら)んで手を打ってくる辺り、流石音に聞こえた老獪(ろうかい)な政治家と言ったところか」

「それで高星、結局この縁談を受けるのか? 私としては向こうの策略に乗せられる様で気乗りはしないのだが」

「そうだな……乗ってもいいが、ただ乗せられるのも確かに面白くないな。仮にこの縁談を蹴った場合、シバ家はどう動くだろうか?」

「非公式な繋がりも切ってしまえば、完全にシバ家とは敵対関係になるだろうな」

「そうなるとシバ―コルネリウス両家合同で我らを攻める、というのが予想される最悪のケースですな。

 朱耶(しゅや)家が引き付けてくれるにも限界があります、推定で一万以上の敵兵力が多方面攻撃を仕掛けてくる。それを我らは圧倒的劣勢で、天険を盾に防戦に徹するより他無いでしょうな」

「つまり我らに断ると言う選択肢は無いという事だな。流石にそんな事態になったら、防ぎきれなくなるのは時間の問題だろう」


 高星が頬杖をついて苦々しげに吐き捨てる。


「いっその事、盛大にシバ家との婚姻を公表して、無理矢理にシバ家をこちら側に巻き込んでしまうと言うのはどうだろう?」

「それをすればシバ家は勇んでコルネリウス家討伐に参加するだろうな。その結果、コルネリウス家を滅ぼしたのは良くてシバ家、朱耶家の二強とそれに従う諸勢力と言う構図になり、我々の存在は(かす)んでしまうだろうな」

「駄目か……」

「全く嫌な嫁を押し付けられたものだな。ま、こうなっては開き直るしかないだろう」

「まさかその嫁が、高星を暗殺する密命を受けていたりはしないだろうな?」

「流石にそこまではしないと思うが、無いとは言い切れないかな。花嫁本人以外にも従者として数人くらいは付くだろうし、あるいはその中に……」

「やれやれ、これは親衛隊長として気苦労が増えそうだ。まあ、銀華(ぎんか)さんも居る事だし、そう容易く暗殺の機会があるとは思っていないし、その機会を与えるつもりも無いが、とにかく用心してくれよ」

「解っている。では提督、この縁談、全て提督に任せよう。話をまとめる方は問題無いとして、式の日取りや内容などは頼むぞ」

「解りました。どういう事情と思惑が有れ、殿の晴れ舞台ですからな。どこに見せても恥じない立派な、それでいて色々と不都合の無い様な式にして見せましょう」


 提督は胸を張って、どこか誇らしそうに拝命した。


「ところで殿、一つお聞きしたいのですが」

「なんだ?」

「殿はシバ家の、いえ、都の子爵家のご令嬢と結婚された場合、どうすればいいかご存知ですか?」

「どうすればとは、どういう事だ?」

「いえ、ですから、結婚された後の最初の夜をどうお過ごしになればいいかご存知かと」

「知らん。何かあるのか?」


 気まずい沈黙が執務室を覆った。提督が額に手を当てて頭を振っている。


「ああ、やはり……。嫌な予感が当たった。まあ、殿のこれまでを考えれば無理も無い、私にも責任はあるか……」

「流石の私もこれはちょっと……何と言うか……」


 エステルもこめかみに指を当てている。


「なんだ、何かまずい事を言ったか?」


 高星だけが情況が解らずに、かえって平然としている。


「提督殿、これは式までにどう高星に説明するかも考えなくては」

「そうですな。しかし改めて説明するとなると、どう説明したものか……。とにかく式までに、式での立ち振る舞いと一緒にお教えするしかあるまい」

「頼んだ、これは私には無理だ」


 提督とエステルが頭を痛めているのをよそに、高星はもう興味も失った様子で、書類の始末に取り掛かっていた。


     ◇


 高星の結婚が公表され、挙式に向けての準備が始まった。もちろん相手は『都のとある子爵の娘』と公表された。

 降って湧いた話に、一夜にして領内の話題は高星の結婚話一色になった。それはジャンの周辺も例外ではなかった。


「棟梁が結婚、棟梁が結婚……」


 ジャンはさっきから何度も同じ事を繰り返しつぶやいている。何度言葉にしても実感が湧かなかった。


「ぶつぶつうるせぇな、お偉いさんにはありがちな話だろうが」


 紅夜叉(べにやしゃ)が不機嫌そうにやや強い口調で言う。やはり別に興味は無いと言った態度だ。


「そりゃそうなんだけどさ、どうしても実感が湧かなくて」

「なら気にせずほっとけばいい。どうせ俺達には何の関わりも無い事だ。せいぜいお祭り騒ぎができる位だ。いや、仕事が入ってそれどころじゃないかな」

「まあ一応俺らは棟梁の親衛隊なんだから、夏の朱耶家のときみたく正装して行進とかはしなきゃいけないだろうな」

「全く、面倒な事だ」

「俺は結構好きだったけどな。しかし棟梁が結婚かぁ……これで何かが変わったりするのかなぁ」

「変わったとしても、今までから一転して領地を守る事に汲々とする様な事はありはしないだろう。ならば何の問題も無い」

「……まぁ、そうだろうな。俺達にとって一番基本的な事が変わらないなら、心配する様な事は無いか」

「俺達にとって、ねぇ……」

「なんだよ?」

「いや、別に何でも無い。ただお前はすっかり染まっているなと思っただけだ。俺と違ってな」

「ああ、お前はいつも勝手気ままにして、周りから浮いてると言うか、馴染まないからな」

「俺は俺の意思にしか従わないからな。他人の言葉に従うのは、従ってやろうと俺が思った時だけだ」

「お前みたいのが居ると棟梁も大変だな。有能で従順な人材がそこらに落ちてればいいのに」


 紅夜叉は鼻で笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。


 廊下を派手に鳴らして(みさお)が駆け込んできた、少し遅れてイスカも追いついてくる。


「ねえ聞いた!? お祝いは三日間続ける予定だけど、二日目からは私達も自由にしていいって!」


 操は結婚話を聞いた時からずっと大はしゃぎである。やはり男よりも女の方がこの手の話を好むのかとジャンは思ったが、操と違ってイスカは特に浮かれる様子も無く、どこかぼんやりしている。こちらはジャンと同じく実感が湧かないらしい。


「三日間毎日パーティを開いて、それに合わせて街の方もお祭り騒ぎになるみたい! 私あんまり私服とか持ってないけど買っておいた方がいいかな? 服と言えば花嫁さんの衣装はどんなのになるんだろう。それから、ええっと……」


 操の口から紡がれる言葉は途切れる事が無い。目を輝かせて語ると言うのはこういうのを言うのだろう。


「お前はあんまり騒がないんだな。まあ、想像できないけど」


 ジャンが操を言葉を聞き流しながらイスカに問う。


「ん、やっぱり実感が無くて。やっぱり私はまだ知らない事が多いみたいだ」

「いや、参考にも慰めにもならないかもしれないが、俺や紅夜叉だって本当に解ってるとは思えないからな?」

「……それで大丈夫なのか、私達」

「さあ? 大丈夫かどうかも解らないな」

「それじゃ駄目なんだろう。私達はもっと、人間として生きる事について、解らなくちゃいけないと思う」

「そうかもしれないが、そんなに気負わずに祝えばいいんじゃないかな? 今はそれしかできないんだから、それでいいだろう」


 それは、少年少女にとってはまだどこか遠くにある様な話だった。


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