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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
朝を駆ける
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2・鉄砲

 逗留(とうりゅう)の延長を決めた。

 もはや同盟を超え同志となった克用(なりちか)に、見せたいもの、話したい事はいくらでもあると引き止められ、もう少し留まる事にした。

 すでに帰りの荷づくりを始めていたので不満が噴出したが、シオツチの詰所に早馬を出して、滞在費の支給と言う名目で小遣いを配ったら、皆喜んで街へ繰り出して行った。元より本気で不満があった訳ではない。

 エステルだけは流石にあまり長く領国を空ける事を懸念(けねん)したが、情報の仕入れルートだけはしっかりと確認をしたので心配はしていなかった。

 快速船を出せば領国とは片道三日で連絡が取れるし、今のところ戦が起こる気配も無かった。

そもそもこれからは長期に渡る遠征軍を連年の様に繰り出す戦になるだろう。この程度の長期不在は演習の様なものだと思った。


「強いて言うならば、若い連中が羽目を外し過ぎて騒ぎを起こす事が心配と言うところだ。

 船乗りは船長の責任で監督させているから問題ない、親衛隊は親衛隊長の責任で監督する様に」

「やれやれ、あいつらのお守という訳か。まあ、喧嘩は絶えないが問題を起こした事はほとんどない連中だ、心配はしていないが」

「私の護衛なら朱耶(しゅや)家の方でも気を利かせてくれる。銀もいる事だし、お前は定期的にシオツチに出向いて情報を確認してくれ。

 まあ、馬を飛ばせばすぐの距離だから、緊急時の心配は無い。むしろ何気無い事の中に不審な事が紛れていないか、(じか)に確認するのがお前の役目だ。頼んだぞ」

「任せておけ。しかし高星(たかあき)、朱耶克用殿はそれ程までに、同じ夢を見る事ができる方なのか?」

「なんだ、嫉妬したか?」

「い、いや、そういう訳では」

「確かに克用殿は、同じ夢に向かって、共に並んで進む事のできる、同志と言える人物だ。

 だが私の夢を自分の夢として、共に歩む事を選んだお前に、私はどれほど助けられたか知れない」

「そうか。いや、つまらぬ事を聞いた」

「別に気にする様な事でも無い。私はこれから演習場に呼ばれているが、伴を望む者は付いてくるといい。珍しい物が見れる」

「珍しい物?」

「鉄砲だ。興味がある者は付いてくるがいい」


     ◇


 高星は十人ほどの供を連れて演習場に入った。ジャンもその中の一人だ。

 エステルはシオツチの様子を(うかが)いに出たし、(べに)夜叉(やしゃ)(みさお)、イスカは興味を示さず、小金を持って街に出た。

 もっともジャンも興味本位で伴をしただけであり、鉄砲の構造や運用を理解できるとは思っていない。


「おう、来たか」


 演習場ではすでに克用とその家臣達が待っていた。


「噂の新兵器の性能、じっくりと拝見させてもらおうか」

「満足するまでいくらでも見せてやろう。説明するよりもまずは一回実演を見た方がいいか。用意をしろ!」


 克用の指示を受け、三人の兵が鉄砲に弾を装填(そうてん)し始める。その様子を克用が説明する。


「まず内部を濡らした布を先端に巻き付けた棒で掃除する。七発も撃てば(すす)がたまって弾が入らなくなるからな。

 一応、連続使用用に一回り小さい弾もあるが、これだってそう何発も使えない。実戦では余裕があれば五発に一回くらい掃除をしているそうだ」

 内部の掃除を終えると銃口を上にし、火薬を入れる。火薬は一発分を小分けにして容器に用意してあるようだ。

 火薬を入れたそれを棒で突き固め、弾を入れてまた突き固める。兵が作業をする合間に克用が一つ一つ説明を加える。

「火薬はあまり目の細かい物を使うと詰まって燃えにくくなる。ある程度粒になっている方がいいようだ。そしてこれが弾だ」

「結構大きいな」


 克用が掌に載せて見せた弾は、直径が1㎝程の大きさの球形の弾丸だった。


「これも鉄か?」

「いや、鉛だ。量産にはその方が向く。威力もこちらの方が高い様だ」


 弾の装填が終わると銃身の根元右上部の金具を開き、そこにも火薬を入れた。


「火蓋を開いて火皿に火薬を入れる。ここに火を点けると中の火薬にも燃え移る仕組みだ」


 火皿に火薬を入れると再び火蓋を閉じ、火縄を火皿の上に出た火挟みに挟む。


「暴発を防ぐため火蓋を一旦閉じてから火縄をセットする」


 兵が演習場の向こうに設置された的に向かって銃を構えた。地面に立てた指叉(さすまた)状の足に銃身を乗せる者と、銃床(持ち手)を肩に担ぐ者とが居る。


「構え」


 克用の号令で火蓋が切られる。


「撃て」


 雷の様な大音声が鳴り響き、銃口から白煙が上がる。油断していたジャンは心臓が飛び跳ねる思いがした。完全に不意打ちだったら腰を抜かしていたかもしれない。


「今のが一連の流れだな、何か質問があれば答えるぞ」


 克用がにやついている。初めて鉄砲を見たジャン達の驚きようを見て悦に入っているのかもしれない。


「的まで50mというところか。有効射程はどの程度になる?」


 だがそんな中、高星は冷静に新兵器の性能を測っている様だ。


「流石にこの程度じゃ驚きもしないか」

「なめるな。実物を見たのは初めてだが、情報はすでにいくらか得ている。武器商人の間では新たな商品としてどれほど売れるか話題になっているのだ。それで、射程は?」

「最大で100m。それ以上は命中率が低くて当てにはならないな」

「弓の直射と同程度、曲射の半分か」

「長弓ならな。全国的には短弓の方が主流だろう。むしろ長弓を使う騎馬なぞ、お前のところ以外に聞いた事も無いわ」

「なら『一般的な』弓と比べれば有効射程はほぼ同程度か」

「ただし威力に関しては圧倒的に上だな。100mの距離でも鎧を撃ち抜ける。試してみたら鎧に当たった衝撃で弾が粉々に砕けてな、鎧の内側に無数の破片が食い込んでいた」

「それを人間が着ていたら内臓がズタズタになるだろうな。苦しそうな死に方だ」

「割とえげつない武器さ」

「連射は? どこくらいの頻度で撃てる?」

「一発撃ってから次を撃つまで二十秒ってところか」

「その間に弓矢なら四発射てるわ。それに射程100mとして、一発撃つのに二十秒なら、一発目を射程ギリギリでやり過ごせば、次を撃つ前に走って肉薄できる。使い物にならん」

「まあ、そこは問題だな。対策はいろいろ考えられている様だが、俺は飛び道具とは考えなければいいと思っている」

「なに?」

「弓矢の様な遠距離戦の飛び道具ではなく、中距離で戦う特殊な槍の一種だと思えばいい。実際、鉄砲の事を火槍と呼んでいる地域もあるらしい」

「ふむ、遠距離ではなく中距離の武器か。確かにそう考えるとどんな槍よりも長く、威力も申し分無いな。だが装填に時間がかかる点はどうする?」

「それこそ中距離戦なら、接近戦になったら鉄砲を捨てて剣を持つなり、他の武器を持った兵と組ませるなり、最後は接近戦に持ち込む事を想定する事になる」

「確かに。蒼州(そうしゅう)ではどんな運用をしているか解るか?」

「騎馬の多い蒼州の野戦ではあまり鉄砲の活躍は無いな。鉄砲が活きるのは攻城戦の、守備軍側だ」

「なるほど、城に(こも)っていれば装填時に無防備な事も、連射が利かない事も気にする必要が無い訳か」

「そうだ。城壁の中で安全に弾を込め、城に取りついた敵を引き付けて一人一人確実に撃ち殺す。

 刀剣と違って手入れをきちんとすればいつまでも使える鉄砲は、小勢力にとっては安価で強力な武器でもあるから一気に広まった。

 おかげで蒼州の戦は、野戦で勝っても城はほぼ落とせない戦が続いている。

 野戦の強い軍に従いはするが、どんな小勢力でも城は守り切れるので、付いている勢力が不利になると一斉に勝っている方に寝返る。

 そんな戦がずっと続いている状態だ。それも鉄砲が『防御用の兵器』として猛威を振るっているからだ」

「『防御用の兵器』ね。城を守るときの鉄砲の有用性は実戦で証明されている訳か」

「攻撃の時にどう鉄砲を使うかが今後の課題だろうな」


     ◇


「鉄砲を実際に手に持ってみたいのだが」

「かまわんぞ、高星だけでなくそっちの連中も遠慮なく触ってみるといい」


 克用の言葉に甘えて、思い思いに鉄砲を手に取る。ジャンもさっき鉄砲を撃っていた兵の一人から、手渡される。


「うわっ!?」


 重い。思わず声を上げてしまう程に重かった。刀や槍とは比べ物にならない程重量がある。


「7㎏と言ったところか」


 鉄砲を手にした高星がつぶやく。


「平均して7㎏半だ。確かにこの重さは問題だと思っている」


 先程の射撃の際、指叉(さすまた)状の足に銃身を乗せていたのはこの重さが原因だったのか。足を使わない兵も肩に担ぐ様にして構えていた。


「一発撃つのに使う火薬の量は?」

「これで3g程だな。もっとでかいものもあるが」

「硝石七割として――」

「いや、鉄砲に使う火薬は爆薬よりも硝石が多い方がいいと聞く」

「なら九割として、一発2.7g。百丁の鉄砲が百発ずつ撃つとして、一万発で必要硝石27㎏か。

 硝石は30㎏で7アウレが相場だから……まとまった利益を出すにはせめて年八十五トンは売りたい。そうなると一日当たり八万五千発以上が撃たれないとそれだけの需要は無いな」

「ま、まあ、火薬の使い道は他にも多いだろうし、なんとかなるだろ。商売の事はまかせる」

「おい、目をそらすな」


 高星と克用があれこれと()めている横で、ジャンは鉄砲の各部をあれこれと動かしていた。

 引き金を引くとそれに合わせて火挟みが下りる。引き金を半分だけ引くと火挟みもまた半分だけ下り、引き金を放すと元に戻る。当然、火挟みが下がり切らなければ火薬に火は点かず、発射されない。


「これ、動く的に当て辛くないか?」

「なに?」

「だってこれ、引き金を引ききらないと撃てないだろ。戦場で動く的を狙った時、引き金を引ききる前に敵が動いたら当たらないんじゃないか? 騎兵なんかは特に動き回るだろうし」


 高星と克用が顔を見合わせる。


「なるほど、騎兵の多い蒼州の野戦で鉄砲があまり役に立っていない理由の一つはそれか」

「弓なら動く的も、ある程度熟練者ならば届くまでの時間と的の動きを予想して当てられる。

 だが、ここだという時に手を放せば飛ぶ弓矢と、引き金を引く時間が余計にかかる鉄砲では大きな差が出るだろうな。

 予想しなければならない時間が長くなるほど、予想が外れる可能性は高くなる」

「つまり、ここだという時にすぐに撃てる鉄砲があればいいんだな。よし解った、すぐに開発させてやる」

「いい気なものだ、開発に悩むのはお前ではないだろうに。そんな安請け合いをして、頭を抱えるのは臣下の者なんだぞ」

「なに、このくらいの無茶はいつも笑って承知してくれる奴らばかりさ」

「いつもやっているのか」

「まあな。それより少年、他に何か気付いた事はあるか? 何でも言ってくれ」


 ジャンに迫る克用は子供の様に目を輝かせていた。ジャンは少し気圧されはしたが、それ以上に親しみを感じた。

 思えば十七歳のジャンに対して克用は十九歳、二十四歳の高星よりもずっと歳が近いのだ。


「ええと、弾を込めるのがめんどくさいとか、あとやっぱり重いとか、そんな事くらいしか解らないですけど」

「いやいや貴重な意見だ。やっぱり鉄砲隊を組織しようと思ったら、扱いは簡便でなきゃいけないよな」

「それにやはり重すぎるぞ、弾や火薬も持ち運ぶ必要がある以上、総重量は相当なものになる。これでは他の武器を持たせる余裕が無くなる」

「鉄砲だけで戦えればいいだろ」

「それができないから悩んでいるのだろうが」

「まあそうだけどさ、そこはこう何とか」

「話にならん。まあ、研究を続けてもらうのは無益な事ではなさそうだ」

「研究成果だけ持っていく気か? いくら技術提供の契約があるからって、少しは手伝ってくれてもいいだろうに」

「資金は援助してやるから、研究はそっちで進めろ。うちにそんな事まで手を回す余裕は無い」

「仕方ないな。その代り資金や火薬の調達は期待させてもらうぞ」

「価値に見合う分だけは提供してやる」

「まだ研究段階の物に価値に見合う分だけと言われても、価値がまだ定まっていないじゃないか」

「だから、その価値をできるだけ高く決するのが仕事だろう。資金提供は価値の期待値に応じて算定するから、できるだけ有用で、現実味のある研究をしてみろ」

「まあ、がんばらせてみるか。その価値と言うのは、技術だけでなく運用も含めると見ていいんだな?」

「そうだ。お前なら鉄砲をどう使う?」

「とりあえず数を(そろ)えるかな。明らかに集団戦向きの武器だろうし、二・三百(そろ)えて斉射すれば結構効くんじゃないかな?

 お前ならどう使う?」

「使わない」

「使わない?」

「無理に新兵器を導入したところで、使いこなすにも訓練がいる。それよりはあくまで鉄砲を仮想敵として想定しつつ、今ある精兵を鉄砲相手にも精兵でいられる様にした方が早くて強力だ。

 まずは軍馬を鉄砲の音に慣れさせる事から始めるかな。元々音には十分慣れさせているからこれはすぐに済むだろう」

「慎重だな。面白くない」

「進取の気風を失ってはならんが、むやみに新しいものに飛びつけばとんだ(まが)い物を(つか)まされるのがオチだ。

 新しい流れを抑えつつ、むやみに飛びつかずに慎重に価値を測るのが商人のやり方だ」

「交易で生きる人間の発想と言うやつか。なかなかに参考になるな」


 その後もしばらく鉄砲を手にあれこれと話が出たが、技術者ではない以上それ以上特に進展も無く、この新兵器の改良と運用の研究を続けることを確認しただけで終わった。


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