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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
潜竜ここにあり
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3・ナリチカという男

 雛人形だなと思った。

 タガ城大広間で、高星(たかあき)は公式に新郎新婦に面会し、祝辞を述べた。

 十九歳の新郎と一つ年下の花嫁が並ぶ姿は、一人の男とその嫁と言うよりは、等身大の人形の様に思えた。

 思ってから自分が他者を人形の様だと思うとは皮肉と言うか、冗談が過ぎると顔に出さずに自嘲した。


「祝いの品をこれへ」


 桐の箱が運ばれてくる。今日は流石に一人ではない。贈答品の運搬も兼ねて親衛隊を同行させている。

 (べに)夜叉(やしゃ)などは留守番をさせようかと思ったが、騒ぎを起こせばそれはそれで面白いと考え、全員同行させた。


「まずは漆器の椀と箸、それに杯でございます。ご夫婦で(そろ)いの物を用意いたしました」

「ほう、これは見事な物ですな」

「我が領地には良い木材と良い漆がありますので。続いてこちらは奥方に」


 二つ目の箱を開ける。こちらは都から取り寄せた豪華な絹織物の詰め合わせである。取り出した途端、花嫁がまあきれいと声を上げた。


「お気に召した様で。特にこちらの(しゅ)(ちん)は皇室お抱えの職人の手に依る物で、繊細な文様は並の職人では再現不可能な一品との事」


 花嫁はすでに満面の笑みである。夫の方と違ってこちらはごく普通の、中級貴族のお嬢さんの様だ。


「次、あれを持て」


 高星の指示で最後の品が運ばれてくる。広間に広げられたそれは、6枚繋ぎの屏風絵だった。それも一面に金箔が張られ、煌びやかな絵が細かく描き込まれている。


「お二方の婚礼祝いに特別に描かせた物でございます。他にも色々とございますが、後は目録をご確認くだされ」


 エステルが進み出て贈答品の目録を渡す。ここに持ち込めない品として、名馬や刀剣、食料品などが記されている。全て合わせれば大変な額である。

 だがそんな事はどうでもよかった。大事なのは今ここという見せ場で、いかに相手を驚かせる事ができるかだった。金額よりもそういう見せ方で人物は測られる。

 そして今、高星の贈り物には満座のシュヤ家家臣達も目を()いていた。勝った、そう思って上座に座るナリチカ・シュヤの顔を見る。

 笑っていた。


「これはこれは、大層な贈り物の数々誠に痛み入る。ささやかながらお返しをしない訳にはいかぬな。あれを持て」


 ナリチカの指示で別室から盆に乗った袋が一つ、運ばれてきた。素早く周囲を見回すが、ここに居並ぶシュヤ家の家臣達も、何だろうという顔をしている。

 高星の目の前に盆が置かれた。ナリチカが席を立ち、盆を挟んだ位置に座る。


「これはささやかながら返礼である。数々の贈り物にはとても及ばぬが、私自ら渡す事で埋め合わせてもらいたい」


 そういってナリチカは袋の口を開き、逆さまにした。

 中から光る砂が零れ落ちてくる。金だ、袋の中全て砂金だ。見る見るうちに盆に砂金の山が築かれる。


「おっと、これは失礼」


 ナリチカはわざとらしく砂金をこぼすと、ただの砂ででもあるかの様に手で払って見せた。


「さ、少ないがお納めくだされ」

「……ありがたく頂戴いたします」


 負けた。見事なまでに演出で負けた。投じた金額でも、見た目の派手さでもこちらが勝っていたのに、演出で完敗した。そもそも品物の派手さに頼っていた時点で、負けていたのだ。


     ◇


「どうにもいかんな」


 城内の控室で着替えながら、高星は消沈していた。無理も無い、昨日今日と短い間に二連敗を喫したのだ。

 公式の面会は終了し、この後は宴席に招かれているが、どうにも気分は晴れない。


「あまり相手にしようとせずに、本来の目的だけに集中するべきではないのか?」


 エステルの提案は一理あるが、高星はそういう気にはなれなかった。


「そうかもしれないが、むしろそれ以外の部分でどれだけ余裕があるかを試されている様な気もする」

「そうだとしたら、それこそ無理をして張り合おうとするべきではないだろう。そういう詰まらん事には関わる気は無いという態度を見せるべきでは?」

「やはりそれがいいのかな。まあこの後の宴席で、それとなく向こうの意図を確かめてみる気ではいるが」

「次は何を仕掛けてくるやら……」

「一応、注意はしておくべきだが非公式の宴席だ、お前達も好きに楽しんで構わんぞ」

「護衛が酒を飲む訳にはいかん」

「相変わらず真面目だな。それが頼もしいのだが」


 やがて下女がやって来て宴席の支度ができたと告げ、高星達は宴席となった大広間を再び訪れた。


     ◇


 先程と違い、大広間に花嫁の姿は無く、男ばかりが入り口から向かって左側の席に並んでいた。

 当主ナリチカも先程の上座ではなく、居並んだ列の最奥に座している。高星は右列の最奥、向き合う位置に座った。

 全員が席に着くと酒が注いで回られた。全員に酒が行き渡るとナリチカが杯を手に取る。


「まずはそれがしが毒味をしよう」


 そう言って一息に酒をあおった。


「さ、皆遠慮なく楽しんでくれ。乾杯!」


 大勢の乾杯の声が広間に響き、宴が始まった。しばらくは酒と料理を楽しみながら他愛ない会話が続く。

 ジャン、イスカ、(みさお)は、酒は最初に一口を付けただけで、後は膳で運ばれてくる料理の方にばかり手を付けた。

 紅夜叉は酒も料理も遠慮無く手を付けている。反対にエステルはどちらにもあまり手を付けていない。

 高星はと言えば、料理にはあまり手を付けず、ぐいぐい酒をあおっている。飲みながら対面に座るナリチカの様子を探る。程々のペースと言ったところだ。


「よーし、誰か余興の一つでも見せようという者は居るか?」


 程良く盛り上がってきたところで、ナリチカがそんな事を言い出した。


「ではちょっと失礼して私が」


 シュヤ家の家臣の一人が立ち上がり、広間を出て行った。少しして戻ってきたその男は、両手に2m程の棒を二本持って戻ってきた。


「さあさあ皆々様。この天下の英雄双槍将、サイフク様の妙技をとくとご覧あれ!」


 言うや否やその男は、両手に持った二本の棒を左右の手の中で同時に回し始めた。


「こんなものは準備運動、これからが本番! (まばた)きせずにご覧あれ!」


 男は右の棒を宙に放り投げ、落ちて来る前に左手の棒を右手に移し、左手で落ちてきた棒を受け取ると同時にまた右の棒を放り投げる。その間、棒は回転を続けたままである。


「まだまだ序の口!」


 今度は棒のお手玉を背中の後ろで行い、その場で回転しながら棒を放っては受け止める。


「こんなはどうだ!」


 片方の棒を宙に放り投げ、もう片方を右手で持つ。落ちてきた棒を右手の棒でひっかける様にしてその場で回転させ、また宙に放る。


「さあて、決めるぜ!」


 再び最初の様に両手で棒を回す。二本の棒を同時に宙に放り投げると、男も跳躍した。空中で一回転しながら、二本の棒を落とす事無く(つか)み取り、着地して決めた。

 広間が歓声に包まれた、見事な妙技に誰もが等しく歓声を送っている。


「いやあ、やっぱ俺凄いし、まあこのくらい当然?」


     ◇


「良い臣下をお持ちですな」


 広間の誰もが妙技を披露したサイフクに注目する中、高星はナリチカとの距離を詰めた。


「愉快な奴ですよ。それだけでなく槍の腕も確かです」

「若い将の様ですが、いつから家臣の列に居るので?」

「私が家を継いでからです。それまでは浪人として槍の腕を売って、仕える主君を探していたそうですが、妙に意気投合しましてね」


 この性格の持ち主ならばさもありなんと思った。


「それで、わざわざこうして他人に聞かれずに話ができる距離まで来て、何を話そうというのですかな?」

「なに、もう腹の探り合いは止めて、肝胆(かんたん)(あい)()らして話そうと思いましてな」

「なるほど、腹を割ってという訳ですか」

「そういう事になりますな。……シャヤ殿のご婚礼は誰が決められたので?」

「縁談を持ちかけてきたのは向こうですが、決めたのは私の意思です」

「それが解せない。わざわざシバ家との()め事を抱えるヤリュート家の姫を迎える、しかも今シバ家を敵に回すと、コルネリウス家や属州総督まで敵に回す。下手をすると北朝に弓引く者と見なされます。

 その様な縁談を何故受けたのか。ヤリュートの姫に一目ぼれでもなされましたか?」

「ふふふ、それは貴方の算盤ではそういう計算になるのでしょう。しかしこのナリチカの算盤は少し違います」

「ほう、どう違うと?」

「仮にここでヤリュート家との縁談を蹴ったとしましょう。こちらと手を組む腹積もりで持ちかけてきた縁談を断られたら、ヤリュート家は他の家と手を組む事を考えるでしょう。

 そうなればヤリュート家は敵になる、ヤリュート家は小さいながら小規模戦では手ごわい戦ぶりを発揮して、未だシバ家に屈せずにいる家。その様な家をわざわざ敵に回す事も無い」

「ふむ、なるほど確かに小さいと言ってもわざわざ敵を増やすのは愚かな事。しかしヤリュート家と組めば強大なシバ―コルネリウス同盟を敵に回すのは必定(ひつじょう)、ならば相手の面子が立つ様な断り方をした方が御家(おんけ)のためでは?」

「その逆だ、大きな相手を敵に回すから手を組む価値がある」

「……どういう事で?」

「大きな相手と組んで小さな相手を攻めれば、勝ってもそれは当然と見られ、負ければ小国一つ下せないと軽く見られる。

 だが小さな相手と組んで大きな相手に戦いを挑めば、勝てばその利益と称賛は計り知れず、負けてもよく戦ったと声望は上がる。

 そもそも古来より大きな者にくっついて自主独立を保てた例は無い。まず属国扱いになり、やがて臣下の扱いになり、最終的にはどんな理不尽な要求にも黙って従う他無くなる。

 その時になって反乱を企てたところですでに同志は無く、敵は態勢を固めつつあり、あっけなく潰されるのが落ちというもの」

「確かに強者に付いて独立は保てないでしょう。だが強者を敵に回したらそのまま叩き潰されるのでは?」

「そうでもない。敵が強大で戦うより他に生きる道は無いとはっきり解っていれば、誰もが腹をくくり、知恵を絞り、力を尽くす気になる。

 そういう覚悟を上下が(そろ)って固めれば、そうやすやすと滅ぼされるものでもない。

 むしろ敵か味方か判然としない立場に立ち、じわじわと隙を見ては侵食してくる相手の方がずっと厄介だ」


 背水の陣。ナリチカが語っているのは理論としては背水の陣――即ちあえて退路の無い、敵を打ち破らなければ死ぬしか無いという死地に軍勢を置き、決死の力を引き出すという戦術と同じものである。

 だが大きい。限り無く大きい。背水の陣を戦略よりもさらに大きい、政略というレベルで行おうと言うのである。


「……だがそれなら最大勢力のコルネリウス家あたりに敵を絞り、シバ家等とは中立を保つべきでは?

 わざわざ属州各地の小勢力を糾合しつつある同盟全てを敵に回す必要は無いだろう」

「それは少々違うぞ」

「どう違うと言うのだ」

「同盟全てを敵に回せば、同盟参加勢力全てを叩く口実ができる。そうなれば当家と境を接している小勢力を併呑する口実ができるうえ、味方の小勢力が窮地とあらばコルネリウスやシバは救援に出て来ざるを得ない。

 そうなれば強大な相手を、遠征軍かつ地の利はこちらにあるという有利な情況で迎え討つ事ができる」

「あっ……」

「さらに姫はヤリュート家の一人娘だ、これを嫁に迎える程確かな人質はあるまい。今後ヤリュート家はどんな苦境に陥っても私を見捨てないだろう。

 なにせ私が亡べば可愛い一人娘も道連れになるのだからな」


 高星は何も言わなかった。何も言えずに絶句していた。

 自分より五つも年下の、どちらかと言えばジャン達に近い世代のこの若者が、自分を遥かに超える程深く情勢を読んで、立ち回っていたのだ。

 この様な男が同じ時代の、こんな近い所にいたのか。そして何の縁が有ってかこうして会い(まみ)えた。

 高星はこの男、ナリチカ・シュヤが少なくとも敵にはならないであろう事に、心底安堵した。


「ところでアンドウ殿」

「何か?」

「共に若くして当主の座を継いだ身同士だが、あなたは少し急ぎすぎましたな」

「どういう事ですかな?」

「一冬の間、誰も身動きが取れないのを利用して内を固めるつもりでいたのでしょうが、急ぎ過ぎた。改革が急進過ぎたと言って良い。

 新体制を定着させるのに一冬十節程度では短すぎる。半年も無いのだからな。それでは反乱の一つも起こされて当然だ」

「なら、貴殿ならどうなされる?」

「情況が違うので単純に比較はできないが、私は三年待つ事にした。父の残したものはあくまで父のもの、それを私のものに作り替えるのに三年と見た。

 故に三年の間は行動を慎み、戦に明け暮れた父ができなかった内政を整え、軍を我が手足の如く動く様に再編し、亡き父を慕う諸侯との交流を保つ。

 その間自分の立場を明確にする事は避け、情勢を見ながら今後の方針を練り、密かに根回しを進めてきた。三年待つ事で若造と見られる歳だった私も、一応大人として見られる歳になった事も大きいだろう。

 去年の戦も幸運とアンドウ殿のおかげで、明確に政府と対立せずウヤムヤのうちに済ます事が出来た。その政府も今や二つに割れ、皇帝はついに4人立つに至った。世は混迷を深め、立ち上がる機は熟しつつあると言って良いだろうな」


 この男は十六の時にこれだけの事を考えていた、それに対して驚きはもう無い。この男ならそれくらいは考えているだろうという思いがあるだけである。ナリチカはさらに言葉を続ける。


「それに比べて貴殿は急ぎ過ぎた。貴殿の置かれていた情況が私よりずっと猶予の無い物だった事はあるが、それでもやはり急ぎ過ぎた。

 その結果、内を固めるのが不十分なところを付け込まれ、いいようにしてやられたという訳だ。まあ、あれで内部の火種を一掃する事に成功した手腕は見事だったがな」

「全て、お見通しか」

「別に隠しても無いだろうに。それにあの手紙以来、ずっと貴殿の事は気になっていたのだ」

「それは光栄な事です」


 受け答えをしながらも高星はナリチカの語った戦略を反復していた。

 この若者は三年待つ事にした、それはつまり三年たったら動く気でいるという事。当主の座に就いたのがこの若者が十六の歳の秋なので、その三年後は今年の秋になる。

 実際、機は熟しつつあると言った。後はきっかけだけを待っていると見るべきだろう。それも中途半端な小戦をするのではなく、己の野望を高らかに宣言する機を待っている。

 その機は今になるかもしれない。この若者は自分を待っていた、必要な事だけを簡潔に書いたつもりの、高星のあの手紙に何かを感じ、会って言葉を交わす日を待っていた。

 そもそも高星は同盟相手を求めてここに来た、それはこの若者も感じているだろう。両者が同盟し、新たな国を目指して共に歩む。それは同盟者ではなく、同志と言って良い。

 そこまで考えて高星は一旦、否定した。まだこの若者の目指すものが何であるかを知らない。違う人間は、全く同じ世界を見る事は出来ない。二人の目指すものは、相容れないかもしれないのだ。


「ナリチカ殿、このような場で失礼だが、交渉を申し込みたい」

「なんの交渉で?」

安東(あんどう)家とシュヤ家の、同盟の交渉です」

「いいでしょう。明日、じっくりと交渉をいたしましょう」

「よろしいので?」

「なに、細かい手続きは全てミツツナにやらせますので。私は私自身交渉の席に着くと決めるだけですよ」


 そういってナリチカは酒を一気にあおって大きく笑った。高星も同じ様に酒をあおり、笑った。

 宴はその後、ナリチカが酒四合を干して潰れたところで終わった。その時高星はすでに一升を空けていたが、頭の芯は冷たく明日の交渉の駆け引きを図っていた。


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