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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
潜竜ここにあり
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2

 華やかな一行だった。

 黒服の親衛隊を中核とする安東(あんどう)家の一行は、シオツチの街からシュヤ家の本拠であるタガの街へ続く街道を行進していた。

 親衛隊の服装にも今日は銀製の装飾品が多く着けられている。これに関しては高星(たかあき)はだいぶ悩んだらしい。表向きは婚礼の祝いに来ているのである。現に、親衛隊以外の兵は紅白の装いだった。

 シオツチからタガへは大した距離ではない。戦争に行く訳でもないので身軽でもあり、八時間も歩けば着く距離である。

 式自体はとっくに終わっているので、いつまでに着かねばならないという期日も無い。あまり遅れると、宿泊施設の手配などで迷惑をかける事になるが、その心配が必要な程の事も無い。

 シオツチ―タガ間の街道は、古くから塩の道として整備されている。

 現代も大型荷馬車が六台は横に並べる幅の道に敷石舗装がなされ、両脇には歩道も完備されている。

 街道沿いに種類も時代も様々な建物がびっしりと建ち並び、いつ市域を抜けたのかも解らない。何百年もかけて街道沿いの建物が増え、ついに隙間無く並ぶに至ったものだ。

 ただそれは街道の北側の話である。南側にはシオツチの街の南の境界となっていた河が流れている。

 昼休憩を取り、また2時間程行進を続けると、ついにタガの街へと辿(たど)り着いた。


 タガの街は、古くから軍事拠点として栄えた町である。

 街の北部と西部は丘陵地帯になっていて、天然の城壁と言うにふさわしい。南部はシオツチから街道に沿ってたどってきた河が(さえぎ)り、橋は見受けられない。そして唯一開けた東部はシオツチの港から海へと続いている。

 そんな軍都も今は領主の婚礼を祝うムードで一色であり、祝いにかこつけて昼間から飲んだくれている男達もチラホラみられる。

 街の至る所に花が飾られ、色とりどりの幕が下げられている中を行進するのは、自然と背筋が伸びた。

 幕はよく見ると二種類の紋様が描かれている。青地に赤眼の黒龍の紋はシュヤ家の物、若草色の地に白く染め抜いた狼の紋はヤリュート家の物だ。

 ジャンは勝手な事をするのはまずいかと思いながらも、時々見物人の群れに手を振ってみたりした。大きな歓声が返ってきたので、どうやら招かれざる客とは見られていない様だ。

 神社の一件もあったので、少し胸をなでおろした。

 そんな事をしているうちに、一行は西部の丘陵地帯に建つシュヤ家の居城へと入城した。

 城内の屋敷の一つへ案内され、礼装を解くと、充実感もあったが流石にどっと疲れを感じた。


 しかし高星にはこれからが本番である。礼装を着替えるのももどかしく、屋敷に不審な点が無いか調べさせた。

 行進の間浮かべていた対外用の笑顔が消え、眼差しは戦場に立つときのそれに近い。ここが敵地ではない保証は無いのである。

 とりあえず屋敷には何も異常は見られず、万が一襲撃を受けても脱出は可能だろうとの報告を受けていた時、シュヤ家の使いが訪ねてきた。


「タカアキ・アンドウ様におかれましては本日は遠路はるばるよくおいでくださいました」

「こちらこそ、ご当主のご婚礼を心よりお祝いいたします」

「つきましては当家の主、ナリチカ・シュヤ様がさっそくお会いしたとの事。ぜひご同行願いたい」

「いいでしょう、お邪魔いたしましょう」


 高星が立ち上がると、当然の様にエステルも立ち上がって、高星の護衛として同行しようとした。


「お待ちくだされ。伴の方のご同行はご遠慮願えますか」

「なにっ」

「我が殿はアンドウ様と二人だけで話がしたいと仰せなのです」

「馬鹿を言うな、主君を護衛の一人も無く送り出せるものか!」

「そうは申されましても、我が殿は家来の者を隣の部屋に控えさせるのも、聞き耳を立てさせる様で嫌だと申しておりまして、二人だけでの会談を望んでおられます」

「その様な申し出は却下だ。副官を務める以上、いつでも耳が聞こえなくなる事はできる。護衛無しなど絶対に応じられないとお前の主君に伝えろ」

「我が殿は人に言われて、はいそうですかと意見を変える方ではございません。その様な事を申されても、私が途方に暮れてしまいます」

「まだ言うか! いいからさっさとシュヤ家の若造に伝えろ!」

「エステル、口を慎め」


 激昂するエステルを高星がなだめる。流石に言葉が過ぎたと気付いたエステルは口を(つぐ)むが、いまだ主張の方は一歩も引かぬという構えを崩さないでいる。


「いやいやこれは、アンドウ様は良い家臣をお持ちだ」


 不意に声がした。若い男の声だ。見れば部屋の入口にいつの間にか若い男が一人立っていた。


「殿!」

「殿? ではあなたが」

「シュヤ家当主、ナリチカ・シュヤです。タカアキ・アンドウ殿、お会いできて光栄です」

「いえ、こちらこそお見苦しいところをお見せいたしました」


 エステルが気まずそうにしている。たった今、若造呼ばわりしたのを聞かれたとあっては居心地が悪いのも当然である。

 もっとも、ナリチカ・シュヤは未だ19歳であり、若造というのも言葉は悪いが、間違ってはいない。


「アンドウ様の家臣は主人思いですな、うちの者共は一人でと言われたら言われるままに主君を一人で送り出します。さ、伴の方々もどうぞ。何人でも遠慮はいりません」

「……いや、伴は要りません。私一人でまいりましょう」

「高星」

「エステル、留守を頼むぞ」

「……はっ」

「はっはっは、ではこちらへ」


 この様な状況で伴を連れてなどと言い出せるはずもない。そんな事を言えばあまりにも度量が小さく見える。これから同盟か否かという相手との会談である。虚勢を張るつもりは無くとも、情けない姿など見せられなかった。


     ◇


 高星が一人で会談に臨んだ以上、留守番のジャン達には何が話されているのか、いま高星がどうしているのか解らない。


「シュヤ家の当主は棟梁と一対一で何を話しているんでしょうか」

「さてな。だがこちらがまずは相手の力量を図ろうと考えていた様に、向こうも高星がどんな人物か確かめたいと考えての事かもしれない。

 なにせこの婚礼でシュヤ家は我らと同じ敵をわざわざ抱え込んだのだ、向こうも同盟の意思はあり、それに先立って腹を割って話を、という事かもしれない」


 そんな事を話しながら、為す事も無く備え付けのお茶と茶菓子をつまんでいると、突然廊下(ろうか)を走る騒がしい音が響いた。

 何事かと(いぶか)しむ前に勢いよく戸が開けられ、安東家の者が血相を変えて駆け込んできた。


「おい水だ! 水を持って来い! それから桶と薬!」

「何事だ!」

「棟梁が毒を盛られた!」

「なんだと!?」


 血の気が引くのを感じた、目の奥がすっと冷たくなる。

 そこに高星が転がり込んできた。足取りはしっかりしている様だから、幸いまだ軽症なのだろう。

 水と桶と持ち込んだ薬を箱ごと運ばれてくると高星は、まず水を飲み、指を(のど)の奥に突っ込んで桶に胃の中の物を吐き、それから毒消しの薬を飲んだ。


「高星、私が解るか!?」

「ああ、エステル。大事無い、意識はしっかりしている」

「一体何があった」

「茶か茶菓子に毒が仕込まれていたらしい。急に胸が悪くなり、奴の顔を見ればにやついていたのでこれはまずいと思い逃げ戻ってきた。まさかいきなり毒を盛られるとは……」

「おのれよくも! 殺してくれる!」

「落ち着けエステル。毒を盛られた証拠は無い。吐いた物を調べれば解るかもしれんが、それより今はいち早く脱出する事を考えるべきだ」

「ぐっ……」

「屋敷の外に兵は?」

「今のところ、囲まれているような様子は無い」

「下手に手を出すより、まず逃げ道を確実にふさぐ気か……?」

「あ、あのう……」


 深刻な空気が漂う中、一人の兵が気まずそうに声をかけてきた。


「なんだ」

「今、表にお客がいらっしゃって……」

「客?」

「はい、シュヤ家家臣、ミツツナ・ノギと名乗っております」

「おのれどの面下げて会いに来た! 有無を言わさず剣の(さび)にして――」

「待て、一人で来ているのか?」

「はい。謝罪に来たと申しております」

「高星を毒殺しようとしておいて何が謝罪だ!」

「……会ってみよう。通せ」

「高星!」

「エステル、私が何も言わない限り何もしてはならんぞ」

「……解った」


 エステルは傍から見ても怒りを抑えるので精一杯という様子だった。高星の制止が無ければすぐにでも剣を抜いただろう。高星に万が一の事があれば、城内の者を皆殺しにしようとしたかもしれない。

 他の者も気持ちとしてはエステルと同じである。そんな今にも斬りかかりそうな剣幕の者達が居並ぶ中で、高星はシュヤ家家臣、ミツツナ・ノギと面会した。

 歳は30前後、一見すると武人と言うより文官と言う風の優男で、何やら四角い物を包んだ包みを持参している。


「シュヤ家家臣、ミツツナ・ノギでございます」

「タカアキ・アンドウだ。それで、謝罪に来たという事だが一体何の謝罪でしょうかな?」


 高星の言葉にも流石に棘がある。しかし次の言葉はそんな空気をぶち壊すものだった。


「謝罪と言うのは他でも無い、我が主、ナリチカ様が性質(たち)の悪いいたずらでご迷惑を掛けまして誠に申し訳ありません、という事でございます」

「……いたずら?」

「はい、アンドウ様は毒を盛られたと思われたでしょうが、それは勘違いでございます」

「……話が呑み込めないのだが、一体どういう事か説明していただけますか?」

「そのために私が来たのです。時に今何時でしょうか?」

「今は午後の3時を過ぎたくらいだが……」

昼餉(ひるげ)からしばらく経ち、そろそろ小腹もすく頃でしょう。ナリチカ様との会談の時、茶と茶菓子がございましたでしょう」

「あったな」

「どんな茶菓子でしたか?」

「芋の焼き菓子だったが……」

「甘味の強い芋の焼き菓子となれば、あまり食べれば胸焼けがいたします。また(のど)も渇きます。そこで飲まれた茶はナリチカ様がご自分で淹れた物でしょう?」

「確かに私の目の前で自ら淹れられた」

「そのとき胃薬と間違う程特別濃い緑茶を淹れられたのだと思います。そんな茶を飲めば胃が痛くなって当然」

「……つまり私は胸焼けのする菓子と濃い茶で胸が悪くなったのを、毒を盛られたと勘違いしたと……?」

「そういう事になりますな」


 高星は思わず目のあたりを掌で押さえた。まんまとからかわれたのだ。あの笑みも勘違いさせるための演技と、いたずらが上手くいった事を笑っていたのだろう。


「一つ聞きたい。この様にすぐに謝罪の使者が来るところを見るに、シュヤ殿はいつもこのようないたずらをされているのか?」

「この手に引っかかった方はアンドウ様で四人目でございます。その他様々ないたずらの前科は数えきれません。その度に謝罪に出向くのは私の役目でして」


 もはや怒る気にもなれなかった。この様子ではいたずらが過ぎると抗議しても、戦で敵の事を知るのは初歩の初歩、だというのに敵か味方かも定まらない相手の事を何も調べずにのこのこと出向いて、出された物を口にする方が悪い等と返されかねない。


「……いろいろと苦言を(てい)したいところではあるが、こうして謝罪に来られた以上、この件はこれで水に流しましょう。使者殿も御苦労であった。

 ……御主君に言伝(ことづて)を頼んでもよろしいかな?」

「なんなりと」

「この一件は高く付く。そう伝えてくだされ」

「解りました、確かに伝えましょう。ただ無礼を承知で申し上げるならば、ナリチカ様はそう言われると却って燃え上がる方でございます」

「望むところだ」

「左様ですか、ではこれにて失礼」


 ノギは深く一礼して退出しようとして、思い出した様に振り返った。


「そういえば、お詫びの印を持ってきていたのを失念していました。どうぞお納めください」


 そう言ってノギは包みを解いた。出てきたのは菓子の箱である。


「芋の焼き菓子です。食べ過ぎに気を付けて皆でお召し上がりください」

「……これはご丁寧に」


 高星の笑顔は、流石に少し引きつっていた。


     ◇


「全く、何から何までしてやられたわ」


 ノギが帰った後の屋敷で、高星は焼き菓子を食べながらぼやいていた。本当に食べて大丈夫かと危惧(きぐ)する声もあったが、高星はいまさら毒殺も無いだろうと口に放り込んでしまった。


「確かに、こんな菓子をあまり食べれば胸焼けもする。銀、茶を淹れてくれ。薄いやつを頼む」


 銀華(ぎんか)はノギが帰った後、ずっと思い出し笑いをしている。全てがいたずらだったと判明した途中から笑いをこらえるのに必死だったらしい。


「しかし初対面の客にいきなり性質(たち)の悪いいたずらをしかけるなど、いけ好かない相手だ」


 エステルは銀華とは対照的に、ずっと不機嫌でいる。毒殺未遂ではなかったものの、からかわれたはからかわれたで腹に()えかねる様だ。


「だがそれだけの事を、しかも一度ならずしているあたりかなり豪胆な人物だ。当たり障りの無い話しかしなかったのが悔やまれるな、次はもっと突っ込んだ話題を振ってみたい」

「大物だというのか?」

「少なくとも小心者ではないな。もちろん平凡な人物でもない。ある意味では頭がおかしいが、それを言うなら世界全てを敵に回してでもと言う私の方が頭がおかしいと言える。

 ジャン、お前はどう思った?」

「俺ですか? 俺はシュヤ家の当主よりも、あやまりに来たあの家来も大変だなという事の方ばっかり考えてました」

「むしろ、ああいう臣下を持っているから遠慮無くいたずらができているとみるべきか。だとするとミツツナ・ノギと名乗ったあの男、側近かもしれんな。あれもあれで有能な人物と見た」

「それで、棟梁は今後どうするつもりですか? というより、俺達はこの後どうすれば?」

「私は明日正式に新郎新婦に面会して、祝いの品を贈って祝辞を述べる。その時は流石にお前達も同行できるだろう。

 その後はどうなるかな。常識的に言えば会食にでも招かれて、酒でも酌み交わしながらそれとなくお互いの意思を探るのだろうが、あの男に常識が通用しないのは良く解った。

 ま、出たとこ勝負かな」

「会食になったとしたら、そこが怪しいですね。また何かいたずらがあるでしょうか」

「普通冷たい料理を熱々にして出して来たりするかもな。まあそんなのはこの際どうでもいい、ここまで来たら向こうの真意がどこにあるのか探るだけだ。

 いたずらを仕掛けてきたのも、向こうもこちらに興味があるというメッセージととる事もできる」

「そうでしょうか?」

「興味の無い相手に余計なちょっかいも出さない……んじゃないかな?

 向こうがこちらに興味があるから、こちらの興味を引くためにあんないたずらを仕掛けてきたとも考えられる」

「考えすぎじゃないですか?」

「……かもな。そうやって考えすぎる事自体、向こうの術中にはまっている様な気もするし……」


 高星はしばらく何やらぶつぶつ(つぶや)いていたが、やがてひとしきり頭を()(むし)ると、振り切る様に言い放った。


「とにかく、ここからは相手の出方に応じてこちらも動く機動戦だ。敵地での戦いであり不利な状況ではあるが、必ず勝機はある。

 お前達もしっかりついてきて、如何様(いかよう)にも動ける様に常に覚悟しておけ。敵はどこから仕掛けて来るか解らんぞ」

「はっ」


 真面目な表情を作って返事をしたが、ジャンは高星が妙にムキになっている事に対して、笑いたくなる様なおかしさを感じずにはいられなかった。


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