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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
鵺の尻尾
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4・呪われた勝利

「提督、反乱の後背については何かつかめたか?」


 トサに帰還してから三日、直接的な戦の事後処理がほぼ片付いたところで高星(たかあき)は、裏の動きの調査状況を提督に尋ねた。


「五人とも観念した様で、すぐに口は割りました。それによるとコルネリウス家の御用商人を名乗る者から資金援助を受け、反乱に合わせて軍事支援も行うという計画だったそうです」

「そうか、それで実態は?」

「全くのデタラメですな。コルネリウス家に動きがあった形跡は無く、御用商人を名乗った者もどこの誰ともしれませぬ。

 これは決して嘘の証言という訳では無く、単に彼らも騙されていた様ですが、証言を拾う限り実に言葉巧みに信用させており、この手の事に慣れた者の仕業かと」

「結局トカゲの尻尾切りか」

「まだ手が無い訳ではありません。今は関係の深い商人達を通じて、最近の金の動きを調べさせております」

「出所はどこかの貴族勢力だろうな。500アウレという額は一個大隊には過ぎたものだが、一貴族には大した額ではない。

 無駄な出費となったとしても小さいし、丸々押収した我らにとっても大した収入ではない。この金銭感覚はそれなりの兵力を抱える貴族だからこそ出るものだと思う」

「同感ですな。ともかく調べられる限りは調べてみます」

「苦労を掛けるな」

「なんの、こういう仕事は経験豊富な年寄の得意とするところです。では殿、また報告に上がります」

「ああ、頼む」


     ◇


 あの反乱の後、小さな変化があった。提督や弓術師範の一文字(いちもんじ)といった老将達は、今まで高星の事を『若』と呼んで親しげにしていたが、あれ以来『殿』と呼ぶ様になり、少し余所余所しくなったようだ。

 『若』呼ばわりしていた事が高星を軽視する風潮を生み、反乱の遠因になったと考えているのかもしれない。トップは孤独なものだという言葉を聞いた事があるが、その実例を見る思いがした。


「ジャン、何をしている。手が止まっているぞ」

「あっ、失礼しました」

「戦場が懐かしいか? 普段の政務を怠る様では一介の部将程度にしかなれんぞ」

「そういう訳では……」

「口より手だ、その書類をよこせ」

「あっ、し、失礼しました」

「やれやれ、先が思いやられるわ」


 戦後処理は終わったが高星は以前よりさらに仕事を増やした。反乱が起こった事を踏まえてこれまでの計画や事業を残らず再調査し、修正を加えている。


「そうだ、大事な事を忘れていた。ジャン、提督を呼んでくれ。あと一応、エステルも呼んでおくべきか」

「提督とエステルさんですね? 解りました、すぐに呼んできますので」


     ◇


 提督とエステルが執務室に呼ばれると高星は鍵を掛けさせた、内密の話である。


「殿、如何様なご用件で?」

「反乱軍首謀者達の件だ。提督、彼らからこれ以上有益な情報を引き出す事は望めないのだな?」

「……はい、これ以上は特に何も得られないかと」


 要件を察した提督は少し考えてから答えた。


「では反乱の(かど)で刑に処す。直ちに執行させよ」

「刑は如何様に?」

「斬首、(さら)し首」

「……極刑ですな」

「私に剣を向けた以上、当然の処分だ。エステルも異存は無いな?」

「元より死罪より軽い刑には反対だったのだ、異存は無い」

「決まりだ、明日には処刑せよ」

「承知いたしました」


     ◇


 大隊長と四人の中隊長の処刑は翌日密かに行われた。元より異論をはさむ余地など無い処刑であるが、高星は慎重に、誰にも気づかれないうちに刑を執行させた。

 執行してからその事実を大々的に公表し、自分に対して刃を向けた者は誰であろうと極刑をもって応える事を宣言した。

 また処刑の直後に軍の再編に着手し、反乱に参加した兵は徹底的に分散して再配置した。

 その徹底ぶりは、小隊レベルですら反乱参加者が例外なく半数以下になる様に調整され、反乱の余波を完全に消滅させる事に腐心する様子が見受けられた。


 そんな中、ジャンは街の南の外れにある刑場を一人訪れた。

 普段は墓場の一部くらいにしか思えない刑場は、カラスの鳴き声が絶えず響き、絵に描いたような不気味な雰囲気を漂わせていた。


「あれか……!」


 首が五つ、台の上に並べられている。その隣には罪状を記した高札が立っている。死体慣れはしていたが、(さら)し首を見るのは初めてだった。流石に不快感が込み上がってくる。

 人影に気付いて思わずぎょっとした。昼間から幽霊も無いだろうが、どうにも臆病になっている様だ。

 影の正体が(べに)夜叉(やしゃ)だと解ると、奇妙な安心感があった。幽霊が襲い掛かって来ても、返り討ちにする様な気がするからかもしれない。


「よう、棟梁の剣」

「……なんだそれは」

「いや、論功行賞の時、棟梁がイスカを我が盾、操ちゃんを我が目って呼んでたから、ならお前は剣だろうなって思って」

「くだらん」

「まあ、お前はそう思うだろうな」

「こんな所で何をしている?」

「ん、なんて言うか……刑場見物、かな? なんとなくこれを見に来ようと思って。嫌な思いをするのは解ってるのにな。お前は?」

「先の戦はまるでやる気になれない(ぬる)いものだったからな、戦場の空気を吸いに来たというところか」

「戦場の空気……するのか?」

「ああ、わずかだが屍が延々と折り重なる戦場跡と同じ空気がする。ある意味俺はそこで生まれた、生まれた場所の空気が一番性に合ってる」

「……凄い、と言うか、凄まじいのか?」

「あれは言葉には出来ない気がする。強いて言うなら熱くて、冷たくて、満たされていて、虚しい場所だ。俺にとっては、だがな」

「そうか」

「俺はそこで生まれたからそこで生きるしかないが、他の生き方もあるのにわざわざこっちへ来るお前は、俺以上の人でなしかもしれんな」


 嘲笑(あざわら)う様な言い方をする紅夜叉に対し、ジャンはどう答えるべきか少し考えた。ややあって静かに答えを紡ぎだした。


「……冗談じゃない。俺はちゃんと人だし、お前だってそうだ」


 ジャンの返答に、紅夜叉は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。


     ◇


「おや、確か高星の従者君。ジャンといったかな?」

若水(じゃくすい)道人(どうじん)

「そちらは初めて会うね。君のお仲間かい?」

「紅夜叉と言って、同じ棟梁の親衛隊で……何と言いますか、戦場慣れした奴です」

「紅夜叉……ああなるほど、君が噂の赤鬼か。なるほどそんな目をしている。安東(あんどう)殿も厄介事を抱え込むのが好きだな」

「俺もあんたの噂位は聞いた。最近居ついたという道士だな?」

「若水道人と名乗っている。年に一度やってくる季節みたいなものだと思ってくれていい」

「さながら春でも告げに来たか」

「どちらかと言えば秋の方が好きだがね。美しいから」

「どうでもいい」

「つれない事だ」


 若水道人が肩をすくめる。


「道士様はなんでこんな所に?」

「なに、安東殿のやる事を見物すると決めたからね。その一つさ」


 若水道人は(さら)し首に向き合い、手を合わせた。


「しかしまあ、果断と言うか過酷な処分を下したものだ。これほど瞬く間に制圧するとは思わなかった」

「棟梁は軍才がありますから」

「それもあるが、私とは全く発想が違った事が、私の予想を超えたと言うべきだろう。

 私だったらまず言葉による説得を試みた、だが彼は試みようともしなかった。その差を見せつけられた思いだ」

「確かに、説得で済ませられたらその方が良い気がします」

「どうかな。今だから言えるが、彼の採った容赦なく攻め潰して、その有様を全軍に見せつけるという方法こそが、最適解だったと思うよ。

 私だったら言葉で決着を付けようと試みて……言葉でどうにもできない事に打ちのめされるのがオチだったろう」


 若水道人が遠くを見る様に目を細める。


「棟梁は、この先も果断に戦いぬいて……その先に、棟梁の目指す物にたどり着けると思いますか?」

「さて、それは本人に聞くべきだろう。だがそうだな……多くの者を殺す者はその報いを受けてしかるべきだが、近くの多くの者を殺しても遠くの者をそれ以上助ければ、あるいは報いから免れられるやもしれん。私に言えるのはそれだけだ」


 自分が高星の人を殺す罪をいくらか引き受けて、高星の殺した者を助けた者より少なくすれば、報いを受けさせずに済むだろうか。

 そう考えて止めた。そうやって誰かの為に自己を犠牲にして自分だけ死ぬのは、イスカが断固として認めないだろう。


「ここで会えてよかったと思います」

「私に会いたければ、その思いを風に乗せる事が出来ればいつでも参上しよう」

「道士の修行をしろと?」

「修行をしなくても、強く思えば心はどこへでも行くものだ」


 本当だろうかと疑いながらも、やはり本当なのだろうなと思った。例えそれが別れ際のちょっとキザな言葉でも、本当だと信じておこうと思った。


     ◇


 その日は朝からどんよりとした雲が垂れ込めていた。高星や提督は春の嵐になるだろうと言っていた。その言葉通り午前中から雨が降り出し、だんだん強くなっていった。

 いつもの様に執務室で高星が提督と打ち合わせを行い、ジャンが傍に控えて資料を出したり、記録を取ったりしているときだった。雨音に交じって廊下を走る音が近づいてきた。

 足音ははっきりと執務室の扉の前で止まった、だが中に入ってくる様子は無い。高星と提督が顔を見合わせ、ジャンに(あご)で指示をする。ジャンが扉を開けると一人の文官が躊躇(ちゅうちょ)していた。


「どうした、用件があるなら入れ」

「あ、いえ。殿にではなく、提督にご報告です。まだ速報の段階なので、殿にご報告する価値があるかは解りませんので、ここで待ちます」

「かまわんよ。この場で私が判断して必要ならご報告申し上げる。よこしなさい」

「はっ、ではこちらを……」


 提督が渡された報告書に目を通す。(しわ)の多い顔にさらに(しわ)を寄せた。


「これは確かか?」

「そこに記されている分に関しては、確かです」

「解った、下がりなさい」


 報告書を受け取ったまま文官を退出させる。


「提督、何があった?」

「反乱軍に援助されていた資金の出どころを探るため、いくつかの勢力のここ最近の資金の流れに不審な点が無いか、商人達を使って調べさせておりましたが、予想外の事実が判明いたしました」

「予想外……申してみろ」

「シバ侯爵家が1,000アウレ程の使途不明金を動かしておりました。その行方を探っていたところ、300アウレがとある人物の口座に振り込まれておりました」

「誰だ?」

「ジョバンニ・アンドウ……弟君です」

「なに!」

「どうやら弟君は殿に追われて以来、都のシバ侯爵家屋敷に招かれていた様です。最近、振り込まれた300アウレをすぐに引き出して屋敷を出たそうです」

「その後の消息は?」

「不明です」

「シバ家があいつを、それも現金を渡すのではなくわざわざ口座に振り込んだ。明確に支援している訳か……」

「あ、あのう、棟梁。なんでわざわざ口座に振り込んだんですかね? 現金を直接渡せば解らなかったと思いますが」

「それはな、例えば1,000アウレを借りてすぐに700アウレ返すとしよう。現金で取引するのと口座に振り込むのでは何が違う?」

「え……どっちも手元に300アウレ残りますよね? 他に違いは……現金を直接運ばなくていい事ですか?」

「答えは記録だ。口座に振り込むと1,000アウレ借りたという記録が残る。これは金の出所が明確な上、1,000アウレを貸して、返してもらえるという信用を借り手が持っている証拠になる。

 一方現金取引だと、出所を証明するものが無い上に、実在する300アウレ分の信用しか認めてもらえない」

「じゃあ足が付く危険を承知で口座で取引したという事は、シバ家が弟君を支援していると公式に認めたという事で、それがまた信用になって別の所で役に立つと?」

「そういう事だ。これでシバ家は敵に回る事が確定したな」

「二大勢力を同時に相手にする事になりますな」

「いや、まだだ。まだ子爵家の次男であるあいつを侯爵家が支援したというにすぎん。我々と戦端を開くと明言した訳では無い。まだシバ家とコルネリウス家を同時に相手にする事は避けられるはずだ」

「とりあえず、弟君が今どうしているかを調査させます。……ご命令とあらば、用意もさせますが?」


 何の用意かは言葉にしなかったが、それが暗殺である事は言わずとも察せられた。


「いや、いい。不用意な事はせず、監視だけしておけ」

「はっ」


 暗殺は一度失敗すれば二度と機会は無くなる上、試みた事が明るみになれば、相手に絶好の大義名分を与えかねない。高星の性格的にも好む手段では無かった。


「……反乱を支援していたのも、シバ家だと思うか?」

「可能性は高まった、とだけ言っておきましょう」

「そうだな。もうこれ以上、トカゲの尻尾には構う必要も無いかもしれん」


 勢いよく扉が開けられた、いつの間にか雨音がさらに激しくなっていたので、息せき切って駆け込んできた足音も聞こえなかった。雷も鳴っている。


「い、一大事です! これを!」


 高星の執務机に置かれたそれを一読して、高星はさっと顔色を変えた。


「……やられた……!」

「殿、どうなされました?」

「読んでみろ」


 高星から受け取った紙を、提督が声に出して読み上げ始めた。


「去る昨年秋の帝都での凶事以来、皇統は二つに分かれて相争い、未だ収束の目処は立たず、世間の動揺は日増しに大きくなる一方である。

 今や止めどない争いの危機はこの変天(へんてん)属州にも足元まで迫っており、多くの無辜(むこ)の民をこの災禍から守るため、属州総督の下で皇族コルネリウス公爵家及びシバ侯爵家は北朝を正統と認め、協力して当属州の平和の為に尽力する事をここに宣言す。

 正義と平和を望む属州内の貴族・領主はこれに賛同し、争いを武力によって解決しない事を宣言せよ。これに背き、私利私欲のために世を乱す不逞(ふてい)の輩には、断固とした処置が下される事であろう」

「棟梁、これは……」

「シバ家とコルネリウス家の実質的軍事同盟だ。さらに大義名分まで先に掲げられた。これで我らは正面から戦うしかなくなったな」

「そうなんですか?」

「この宣言に賛同して北朝方に付く事を宣言すれば、同じ北朝方の仲間になる勢力と戦えなくなる。かといって南朝方ははっきりと劣勢、そちらに付けば孤軍奮闘を強いられる」

「どっちに付くとも明言しないってのは?」

「皇統が割れた混乱につけ込んで、反旗を翻そうとする朝敵の烙印を押されるだろうな。実際その通りなのだが、味方どころか中立すらも失うだろう。下策でしかない。

 結局、全てを諦めるのでなければ、不利を承知で南朝方を名乗って正面対決をするしかない。どちらかが滅ぶまで妥協無しの戦いになる……」


 徐々に高星の声が震え、ついに机に拳を叩きつけた。


「くそっ! 完全にやられた! 全てはこのために計画された事だったのか!」

「どういう事です?」

「私が晩秋にクーデターを起こして、他国の介入を受けない冬の間に足元を固めた様に、反乱を(あお)って我々の目をそちらに向けさせ、その間に事を進めていたのだ。どう考えても我々の動きを、先手を取って封じる事が目的の内容だからな……。

 提督、末尾の署名にシバ家からは誰が名を連ねている」

「シバ家からは当主と……リョウシュン殿が名を連ねておりますな」

「十年間沈黙を保ってきた(ぬえ)(きょう)が公文書に名前を出してきた。一連の動きを誰が計画したかは明白だ。これは勝利宣言なのだ」

「完全に、してやられたという訳ですか」

「謀略面での完全敗北と言って良いだろうな……。あの反乱はトカゲの尻尾かと思ったら、鵺の尻尾だった訳だ」

「鵺の尻尾?」

「ジャンは鵺を見た事があるか?」

「実在するんですか?」

「いや、実在は多分しないが、絵は見た事はあるかと聞いている」

「ありません」

「鵺の姿は様々言われていて定説はないが、一説に頭は猿、胴は狸、手足は虎、尻尾は蛇と言う。さらに物によっては尻尾と言ってもむしろ、頭の付いた蛇が尻尾として生えている。

 今回私が(つか)んだのはまさにその鵺の尻尾、毒蛇の頭だな。咬みつかれた上に毒まで食らった格好だ」

「やられたものはどうしようもありません。善後策を練るべきです」

「元よりこのまま引き下がる気は無い。次の手は決まった」


 高星は属州全土の地図を机の上に広げ、まずシバ―コルネリウス間に線を引いた。


「敵がこう来るならこちらは……こうだ」


 最初に引いた線に交差するように縦線を引く、安東家から残る列強であるシュヤ家を繋いだ。


「機を見て遠くないうちにシュヤ家と接触する。その結果で我らの未来が決まるだろう。

 ただ我らの力のみによって、五倍を遥かに超える敵と孤独な戦いを繰り広げるか。それとも……」


 春の嵐は、大荒れに荒れていた。空を割った様な雷が、荒々しい光明の様でもあった。


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