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非常にお待たせいたしました、ようやくまともな会戦です。まずは作戦会議から。ってまたここから長いな、ごめんなさい。
第7節11日正午過ぎ。
高星は安東家領中部の街・ツシの兵舎で、昨日10日に東部国境を守る歩兵第三大隊が反乱を起こしたとの情報を得た。
「詳しい情報は?」
「まだなんとも。斥候は放ちましたが、往復の距離を考えるとどんなに急いでも明日まで待たない事には」
「それはやむを得まいか」
「すでに緊急招集は掛けておりますので、今日中には出動できます。情報は道中で受ければいいかと」
そこで高星は少し顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。
「いや……歩兵第二大隊は招集後、命令があるまで待機。当地及び周辺地域の鎮撫に当たり、反乱に同調する者が現れない様にせよ」
「よろしいのですか?」
「よい」
「はっ」
「それと今日はここで可能な限りの指揮を執る。大隊長、机を借りるぞ」
「ご随意に」
「まず、食事を持ってきてくれ。片手で食べられる奴だ。それと従者二人を含めて宿泊の用意をしておいてくれ」
「了解いたしました」
「棟梁、俺は何をすればいい?」
「ジャンは今日の寝床を確認して、銀を案内して休んでいろ」
「そんな!」
「異論は認めん。いつもの政庁ならともかく、勝手の違うここでは資料も運べんだろう。それに慣れない山歩きの後で、疲労は相当溜まっているはずだ。休め」
「……はい」
指令室を追い出されるように辞し、宿舎に案内されるジャンは、歯噛みするのを止める事が出来なかった。
「また……こんな時にまた俺は、何もできないのかよ……」
結局その日、ジャンは為す事無く部屋の中で銀華と時間を潰すしかなかった。とても街を歩く気にはなれず、かといって寝てもいられず、部屋の中をいつまでも歩き回った。
そんなジャンを見かねてか、銀華が腰を据えて時間を潰せる物や事をあれこれと勧めてくれた。
気を使わせる事に対して申し訳ないという気持ちはあったが、体が動くのはどうにも抑えきれなかった。
◇
日付替わって12日早朝。昨日とは逆に、まだ日が昇らないうちに高星に叩き起こされた。
遅れれば置いて行くと言われ、寝惚け半分ながらもどうにか朝食を流し込み、身支度を整えて、日の出と共に舟を出した。
船上でならば今回の反乱に対してどう対処するつもりでいるのか、高星の展望を聞く事が出来るかとも思ったが、高星は終始無言で有無を言わせぬ雰囲気を漂わせており、とても切り出せる様な状態ではなかった。
伝馬船は流れが緩い分昨日よりは遅かったが、それでも飛ぶ様な速さで河を下って行った。
途中、一度も上陸しなかったが、こんな時でも銀華が何時の間に用意したのか、軽い昼食を用意していたのは舌を巻くばかりだった。
ジャンは知らぬ事だが、銀華の用意した食事は全速力で走る船に乗っている状態で、あまり多く食べて吐く事の無い様に量を控えめにしてあった。
そんな行程を経て、その日の午後三時頃にはトサの街まで帰り着く事が出来た。これは実に、馬を駆けたときよりも数時間早い。
街の正門が見えてくると、そこで安東家の家臣が一人、手を振っていた。どうやら帰りを待っていたらしい。となればすでに事態も把握して、動き出しているはずである。
「棟梁、お帰りなさいませ。実は――」
「解っている。第三大隊が反乱だろう? すでにツシである程度の手は打った。すぐに軍議だ、諸将を集めろ」
「はっ」
「銀、留守を頼む。あと舟も頼む」
銀華は、言葉は何も無く、黙って頷いた。
「ジャン、お前も今日はもう休め」
「そんな! またかよ! なあ棟梁、そりゃ俺はまともに戦えやしないけど、そんなに足手まといなのか!?」
「何を勘違いしている。お前なぞ端から戦力に加えてはいない。だが連れて行かないと言った覚えは無い」
「え……」
「初陣だ。休めるうちに十分休んでおけ」
「棟梁……」
「返事!」
「はいっ!」
「よろしい。行け!」
それぞれが、今やるべき事をするために散っていった。
◇
執務室の戸は全開に開け放たれ、ひっきりなしに人が出入りしていた。奥の机で代理として執務をしているのは、エステルと提督である。
「戻ったぞ。苦労を掛けたな」
「高星! よかった、もっと遅いかと思っていた」
「私としたことが迂闊な事をした、早くに過ちに気付いてよかったと思っている」
高星が執務机に着く。
「それで、状況は?」
「歩兵第三大隊は大隊長以下全員が反乱に参加している様だ。兵力約五百」
「と言っても、一兵卒までが明確に反乱の意思があるとは考えにくい。おそらく隊の指導者数人が扇動した結果だろう」
「ああ、父母を殺し、弟を追放した人倫にもとる暴虐の君を仰ぐ事はできない。亡き先君に代わって暴君を討つなどと唱えているそうだ」
「母は私が殺した訳じゃないのだがな……いや、言い訳か。反乱勃発からまだ三日経っていないはずだが、よくそこまで調べたな?」
「操のお手柄だ。一昨日の夜中にはもう、これだけの事を調べ上げて報告に来た。第三大隊を張っていたのは紅夜叉の指示らしいが」
「操が? そうか……斥候の才がある様だな」
「そうだな。それでどう対処する? 歩兵五百ならトサ駐屯の歩兵五百に騎兵三百を加えれば十分あしらえる兵力だが」
「いや、可能な限り大軍を動員する。トサ、ツシの全兵力に、南部国境の第四大隊からも半分引き抜く。すでに出動命令は出した、距離があるからまだ伝令が届いては居ないだろうが」
「すると総勢で歩兵千二百五十に騎兵三百強、工兵と輜重兵も全動員か?」
「当然だ」
「そこまで圧倒する必要があるのか? 騎兵の有無を考えれば、兵力をいくら増やしてもこちらの被害はそう大きくは変わらないと思うが?」
「……いや、可能な限り全軍で当たる必要がある」
「……訳を聞いてもいいか?」
「人払いを、エステルと提督以外は去れ」
執務室から、エステルと提督を除いた全員が出され、戸も鍵を掛けられる。
「今度の戦はただの戦ではない。反乱鎮圧戦だ。故にただ勝つのではなく、原因を一掃しなくてはならない」
「だから全軍で出るのですな」
「そうだ、流石に提督は解るか」
「どういう事だ?」
「つまりですな、此度の反乱は『若は安東家の棟梁にふさわしくない』という主張に基づいて行われているのです。ですからこちらは『若は棟梁としてふさわしい人物である』と言う事を証明する必要があるのです」
「そうか。棟梁としての資質を証明するのに、武勲を上げる事ほど有効な事は無い。だからできるだけ多くの兵の目の前で、華々しい戦ぶりを見せる必要があるという訳か」
「そう、それが一つ」
「……もう一つは?」
「第三大隊で反乱が起きた。ならば他の大隊でも反乱が起きないとは言い切れない。
例えば第一大隊と騎兵を率いて鎮圧に向かったとする。その留守をついて南部国境の第四大隊が反乱を起こしたらどうやって鎮圧すればいい?
ウトの第三大隊を鎮圧しに向かったところでツシの第二大隊が反乱を起こしたら、挟撃もありうる。
第二大隊には命令があるまで待機を命じた。先行させて第三大隊……いや、反乱軍と接触させたら取り込まれるかも知れない」
「だから、全軍を一つにまとめて目を光らせると? 反乱に同調する者が全軍を扇動したらどうする?」
「その心配はしていない。寝食を共にする同じ部隊を、時間をかけて下地を作り扇動するのに比べれば、普段交流の無い他部隊を扇動するのは危険すぎる。
最悪扇動に乗らず、その場で潰しに掛かられるかもしれない。そういう疑心暗鬼がある以上、一つにまとめておいた方が互いに牽制し合って安全だ」
「だが絶対と言う事は無いぞ?」
「その時は、ただ死ぬだけだ」
「……解った。だが万一の時は、私が命に代えても守る」
「頼りにしているよ。さて、納得がいったならこのまま作戦会議と行こうか?」
高星は机の上に地図を広げて作戦計画を練り始めた、と言うのは正確ではない。
すでに概要は出来上がっている、後はそれに対して他人の意見を聞き、異なる視点からの意見を加えるのが主な目的である。
「反乱軍の駐屯地であるウトの街まで、トサから歩兵部隊で一日と四半日程の距離。ツシからもほぼ同じ。
だが騎兵のみで駆ければ、朝に出陣すれば午前中には着く事が出来る。私自ら騎兵を率いて先行し、いち早くウトに入ろうと思う」
「いくら騎兵と言えども、三百騎で五百の敵が居る所に乗り込むのか?」
「いや、ウトの街自体にはおそらく兵は居ない。ウトの四万人の市民全てを反乱に同調させるのは不可能だ。まともな武装は無くとも、刃物や棒を持った市民が何千と襲い掛かってきたら、五百の兵では瞬く間にやられる。
こちらの部隊と対峙した時に、暴動が起きかねない都市は早々に捨てるだろう。むしろいち早くウトに入り、市民を安心させ、確実に味方にしておくのが良い」
「では反乱軍は郊外の兵舎で籠城を?」
「それも無い。兵舎は確かに砦造りにはなっているが、兵舎に籠城した場合、囲む側の我が軍はウトの街が本陣になる。
つまり兵站線の距離がゼロだ。兵站が完璧な敵を相手に籠城戦はしないだろう」
「では高星は反乱軍はどう出ると?」
「籠城戦には違いあるまい。ただし、場所は別……おそらく、南方の山のどこか、険阻な地形に依るだろう。それ以上は向こうの様子次第だが、いち早く鎮圧しない事にはまずい事になる」
「……背後、か」
「ああ、このタイミングでの反乱。裏で糸を引いている者が居る可能性が高い。もし居なくても、反乱が長引けばここぞとばかりに侵攻を許す事になるだろう」
「やはりか。高星を討つなどと、和解不可能な声明を出しておきながら、高星を打倒できるとは到底思えない反乱……。
何者かが支援しているからこそ反乱に踏み切ったと見るのが妥当と言うものだ」
「地理的に見てコルネリウス家かな……? まあそれは今は良い。大事なのは反乱軍は外部からの援軍を期待して、籠城を行うつもりでいる公算が高いと言う事だ」
「それに対してこちらは、速攻でそのもくろみを潰すという訳だな」
「兵は拙速を貴ぶものだ。ツシの第二大隊に即座に出撃の伝令をだせ。第四大隊にも今日中に伝令が到着するだろうから、ウトに全軍が揃うのは……早くて三日後か。もっと早いといいのだが」
「突然の事態と言う事を考えれば、十分早いと言うべきだろう」
「無いものをねだっても仕方がないか……。異論がなければこの通りに進めるが?」
「無い」
「結構ですな」
「出陣は明日早朝だ、トサの守りと兵站は提督が担当せよ」
「はっ」
「それとエステルには別件がある」
「別件?」
高星の語った別件、それはエステルを驚かせたが同時に納得もさせるものだった。
◇
夕刻、ジャン、イスカ、紅夜叉、操を含めた二十人程が指令室に呼び出された。
「高星、これで全員が揃った」
「うむ。お前達を呼び出したのは他でもない。本来はもっと落ち着いて話すつもりでいたのだが、お前達で新たに一部隊を編成する」
「一部隊を編成? 二十人しかいないぞ、一個小隊が良いとこだ」
紅夜叉が呆れているのか、小馬鹿にしているのか解らない様な言い方をする。
「言い方はともかく、紅夜叉の疑問はもっともだ。そこに置いてある箱を開けてみろ、そこに答えがある」
言われるがままに、近くの二人が部屋の隅に置かれていた箱を部屋の中央まで運ぶ。
ジャンはこの光景をどこかで見た事がある様な気がした。なんだったかと記憶を手繰り、クーデター直前のあの日、黒装束を支給された時だと思いだす。よく見るとここに集められた者達も皆あのクーデターに参加した者達だ。
箱の中に入っていたのは、あの日と同じ黒装束だった。ただし以前よりもずっと洗練され、デザインなどは帝国近衛兵のものに近い。しかし近衛兵の物よりも戦場での実用を意識した作りになっている。
「棟梁、これは」
「お前達二十人を以て一個小隊を編成、私直属の親衛隊とする。隊長はエステル、隊員は皆その制服を着用せよ」
エステルはまた自分の肩書が一つ増えたことに、内心苦笑していた。その一方で、親衛隊の編成から、高星の意図する事も読み取っていた。
この隊の所属者として高星が選抜したのは、全員がクーデター参加者である。つまり高星にとって、最も信頼できる者達と言う事になる。これはまず当然と言って良い。
しかし全員がクーデター参加者ではあるが、クーデター参加者の全員ではない。これは武芸に秀でた者を中心に選抜した結果であり、戦闘が不得手な者は除外されている。
だが例外がある。ジャンや操などは正面からの立ち合いでは、明らかに戦力外の実力しか持っていない。
高星は情が無い訳ではないが、情だけで物事を決める事は絶対に無いので、この二人の参加は意図する事があっての事で間違いない。
操に関しては比較的解りやすい。つい先日、斥候としての才能を見せたばかりであるし、そうでなくとも紅夜叉と一緒とは言え、蒼州の戦火の中を生き延びてきた少女である。
ジャンは今は見るべきところが有るとは言い難いが、高星が従者として常に傍に置き、何かにつけて指導している事を考えればその将来性を買っているのだろう。
つまりこの二人は、戦場での働き以外で活躍をさせるために親衛隊に組み込まれたと見るべきだろう。
そこから導き出される結論として、高星はこの親衛隊を文字通り自分を守るだけの部隊ではなく、自分の考えを即座に実行に移すための手足、補助機関の様なものにするつもりである事が窺える。
ならばその隊長を任じられた自分もそのつもりで隊を率い、育成していかなくてはならないとエステルは思い、また大変な仕事が回って来たものだと再び内心で苦笑した。
「一つ、いいか?」
珍しく紅夜叉が口を開いた。
「なんだ?」
「はっきり言って、動きずらい。戦場に出るなら、いつもの格好の方が良い。どうせ血で赤く染まるし」
そういえば紅夜叉は赤い衣服を着ている事が多かった。あれはどうせ血で染まるなら、最初から赤い方が良いという考えに依っていたのかと、その場の多くの者が初めて知った。
「あの……私も戦うときは変身するから、何を着ていてもあまり意味が無いと思うのだが……」
イスカがおずおずと言う。言われてみればもっともだ。
「私も、これを着ていたら今回みたいに敵陣を調べる時に目立っちゃいますね」
しまいには操までそんな事を言いだした。とは言え、実際その通りなのだから反論のしようもない。高星は右手で顔の上半分を覆った。
「解った……それぞれ必要に応じて適宜適した格好でよろしい。ただ何かあるときは礼服と言う事でそれを着てくれ……」
「高星、大丈夫か?」
「なんか、妙に疲れが……いや、良い。親衛隊、明日他部隊と共に出陣する。よく休んで、十分備えておく様に」
一斉に返事が揃う。とはいかなかった。イスカが返事と共に敬礼をした際に、持っていた制服を落として慌てて拾い。紅夜叉は他より遅れて態度の悪い返事をする。高星がまた右手で顔を覆った。
「しまらないなぁ……」




