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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
北の流刑地
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2・人形

「イヌワシの森が見えたぞー!」


 ある朝、そんな声で目覚めた。正確にはその声に続く喧噪で目覚めた。

 元からこの軍艦に乗っていた子爵の家来たちが喜んでいるところを見ると、いよいよ故郷に帰ってきたのだろう。

 そこではたと気が付いて、子爵を捜す。幸い甲板の上で一人だけ違う服装の高星たかあきは、すぐに見つかった。

 同時に向こうもこちらに気が付いて声を掛けてきた。


「おい、今日中には陸に上がれるぞ。昼食は船の上だろうが、残り物の始末で多少豪勢になるだろう」


 高星は今までに無い屈託のない笑顔を見せていた、故郷に帰ってくるとはどういうものか解らないが、うれしいものらしい。


「まだ、聞いていない事があった」

「なんだ?」

「この船は……俺はどこに行くんだ?」


 子爵は一瞬考えた様な顔をし、次に驚いた様に聞き返した。


「話していなかったか。行先……我が領地の事を」

「ああ、聞かなかったからそっちも話すのを忘れたんだろう」

「そうか、いやそうだったか。これは迂闊(うかつ)だった。しかし」


 少し間を置き、呆れた様にため息を一つ吐く。


「お前は本当に、流される事に慣れきっているのだな」

「そうか?」

「普通、自分の乗っている船の行先に無頓着な人間はいまい」

「そうかもしれない」

「かもしれないってなぁ……まあ、いい。ゆっくりと故郷の話を聞かせてやろう」

「頼む」

「安東子爵家領は帝国の最北端の半島、所謂いわゆる辺境の地だ。一年の三分の一から半分は雪に覆われる」

「雪と氷に閉ざされた辺境の地、か」

「貧しい田舎を想像したのならそれは違うぞ。

 まず土地はかなり豊かだ、半島の付け根である南部の山々から、大きな川が半島を南北に縦断しているのだが、その川が土を堆積させて出来た沃野よくやが広がっていて、収穫は多い。主に稲作だな。

 まあ実際、冷害で収穫ゼロという事も珍しくは無いのだが、我らは土地と農業にしがみつくような生き方はしていない」

「どういうことだ?」

「ほとんどの民は複数の生業を持っている。農業の次に多いのが漁業だ、この辺りは海も豊かで魚介類も豊富だ、農業が駄目でもすぐに飢えたりはしない。最低限は、だがな。

 しかし、今の我が領地で最も重要な産業は交易だ」

「交易……船で荷を運ぶのか?」

「そうだ、半官半民で各地の物産を運んでいる。

 我が子爵家と民間で費用を半分ずつ出し、利益を家が三分の一、民間に三分の二と分けるのだ。

 主にうちが船や船乗りを出し、仕入れを民間がやっているな」

「費用は半分持っているのに、利益は三分の一じゃ儲けにならないんじゃないのか?」

「あくまで費用を引いた残りの利益だ、赤字にはならない。それに我が子爵家はこの船と同じ二百トン級船を四十隻保有している。

 一部はこの船のように純粋軍船として警備任務に就いているが、大多数は自衛戦力を載せた商船として活用している。これで三分の一の利益×三十隻程度で十分大きな利益になるのさ。

 それに民間の方も船を用意しなくていいのと、軍船を借りることでより安全な航海ができる事から投資する金額も大きくなる。結果として我らの利益も大きくなるという訳さ。解るか?」

「大体は理解できた。交易商人ってのは皆そんなシステムを利用しているのか?」

「いや、このシステムはうち独自のものだ。他でやっている話は知らないが、これだけの軍船を保有していないか、持っていても民間に貸したくはないのだろう。

 船は個人財産で、どこの馬の骨ともしれない人間をやすやすと乗せたくはない貴族が多いのだろうな。

 それに、このシステムを創ったのは曾祖父だから、そもそも知られていないのだろう」

「あんたのひいじいさんがってことは、始まってから百年してない制度なのか」

「八十年もしていないな、今の繁栄はみな曾祖父の遺産と言っても過言ではない。

 いや、それでは祖父と提督に悪いか。富が集まるようになればその利益を、ときに武力ででもかすめ取ろうとする輩が出てくる。そんな連中相手に戦って利益を守り抜いたのが祖父と、祖父の幼馴染だった提督の二人だ。

 昔から二人の華々しい戦果をよく聞かされたものだ」

「あんたのじいさんは、今はどうしてるんだ?」

「とうに亡くなったよ。私が五つの年だから、もう十八年も前になる」

「じゃあ、いまの当主はあんたの親父さんなのか」

「ああ……」


 ほんの少しだけ高星の声が低くなったが、すぐに元と変わらぬ調子で言葉を続けた。


「で、そんな我が安東子爵領の南の境界線が、向こうに見えるイヌワシの森だ」


 子爵が指差した陸地には、一面の濃い緑が広がっている。いつの間にか冬の厚い雲が空を覆っている中で、その森だけは暖かそうな気がした。


「伝え聞くところでは、神話の時代から変わらぬ姿で茂っているという深い森だ。地元の猟師なんかが時々入るくらいで、全くの手つかずの森が広がっている。

 私も一度だけ入ったことがあるが、何百年立っているか知れぬ大木が一面にそびえ立っている様は圧巻だったよ。

 そしてその大木の上に、森と空の覇者であるイヌワシが巣を作っている事から、イヌワシの森と呼ばれている」

「森と空の覇者、か……そう言えば、この船に掲げてある旗にも鳥が描いてあったが、あれはイヌワシなのか?」

「そうだ、正確にはイヌワシに限定せずに鷲という事になっている。星を追う鷲が我が家の紋章だ。

 鷹を紋章にする貴族は多いが、鷲を紋章にしているのはうちだけだな」

「どうして鷹は多くて鷲はここだけなんだ? そもそも鷹と鷲はどう違う?」

「鷹と鷲の違いは大型のものが鷲で、小型のものが鷹という程度の違いだ。

 空の王者である猛禽類もうきんるいを家紋にするのは武官系の家に多いのだが、鷲を避けるのは我が家と同じ紋を避けているのだろう」

「なぜあんたの家と同じ紋を避ける必要があるんだ?」

「……我らアラハバキの民は、古来より逆賊朝敵とされているからな。そんな奴らと同じ紋は嫌なのだろう」

「アラハバキの民?」

「我々は異民族という事さ。もう四百年も前、帝国の初期に土地を追われ、この地に押し込められた。

 南部と東部は天険が連なり、北方は未だ未踏の地、唯一開けた西方の海、つまり今いる此処の海の事だが、それも冬になればまともに航海はできなくなる。

 そんな四方を塞がれたこの地に住み、逆らわない事を条件に、帝国内の辺境の地として何とか生き延びたのが我らだ。

 お前にも関係ない事ではあるまい?」

「俺に? なんで?」

「我らがここで暮らす条件がもう一つある。それはここを流刑地とし、流刑者の監視役をすることだ。

 この土地はどこにも居場所が無くなった者達の最後に残された居場所、居てもいい場所だ。つまり、お前にとっても居ていい場所ということだ。最後のな」

「最後の居場所……そうかもしれないな」

「中央の連中は、我らの事を内心では人間扱いしていない。逆賊も流刑者も亡命者も犯罪者も、みな人の形をしてはいるが人ではない、人形扱いだ。我らは『流刑人形』なのさ」


『流刑人形』。初めて耳にした言葉だが、そこには何か重いものを持つ響きがあるように感じた。


     ◇


「そう言えば、もうこの辺はあんたの家の領地なんだろう? まだ船を着けないのか?」


 つい黙り込んでしまい、妙に気まずい雰囲気になったので、ぎこちないと思いつつも話題を振った。


「ん? ああ、港まではまだあるな。陸の方をよく見てみろ、何が見える?」


 言われるがままに目を凝らして、陸地をよく見てみる。


「砂浜以外に特に何もないようだが?」

「そうだ、砂浜だ。この辺りはずっと直線に砂浜が広がっていて、しかも遠浅になっている。船を着けるのには良い条件とは言えないのだ。だからこの辺りには小さな漁村くらいしかない」

「海水浴には良さそうだな」

「残念ながら北の海は夏でも冷たいぞ、どうせ水につかるなら温泉の方をお勧めする。東の山脈が火山だから温泉が多く湧いて、結構それで潤ってるくらいだ。

 提督によれば昔は中央のお偉いさんもお忍びで来ていたそうだが、今はさっぱりだな」

「そんな所にも、都の政治とかいうやつが関係してくるんだな」

「お前の事を何も知らないと言った理由が少しは解ったか?」

「まあ、な」

「他にもいろいろ故郷自慢をしたいところだが、下船に備えて私はそろそろ仕事をしなくては。悪いが後は一人で暇をつぶしてくれ」


 高星はそう言うと、また返事も聞かずにさっさと行ってしまった。一人残されたジャンは陸地の方をぼんやりと眺めながら、流刑人形という言葉について、しばらく取り留めもない事を考え続けた。


     ◇


 昼食後どれくらい経っただろうか、季節は第19節、北国の秋の陽はもう傾きかけている頃、船は目的地へとたどり着いた。


「ようやく帰ってきたか、そしてようこそ我が安東子爵家領のみなと・トサの街へ」

「これは……湖、なのか?」


 安東子爵がトサと呼んだその街は、海とつながった湖の周りをぐるりと取り囲むようにできていた。湖の中には多くの船が行き交っているのが見えた。


「河口の汽水湖をそのまま天然の港とし、その周囲にできた町さ。

 注ぎ込む河を河船でさかのぼれば、内陸部にも直接荷を運べる。領内全ての特産物がここに集積されているうえ、北方航路と東方航路の交わる交易拠点でもあるから、この街で手に入らない物はもう、都に行かないと手に入らない物だけと言っていいくらいだ」


 安東子爵が今までで一番誇らしそうにしていたが、すぐ別の事に気を取られた。


「この船、港に入らないのか? このままだと素通りするように見えるが?」

「ああ、大船は別に専用の港があるのさ。特にこれは軍船だからな。汽水湖に入れるのは危険がある」

「危険? なにが危ないんだ?」

「船がなぜ浮くか知っているか?」


 船が水に浮く、それはそういうものだと疑問にも思わなかったが、なぜと聞かれると解らないような気がする。少し考えて、答える。


「船が軽いから……水に浮く」


 我ながら、考えたにしては頭の悪い答えだと思う。


「まあ、正解で良いかな。浮力うんぬんの話は長くなるから今はいいだろう。では、真水と海水とはどっちが重い?」

「それは海水だろう、塩が混ざっている分重い。それくらいは解る」

「そうだ。と、いう事はだ。重い海水の上を走ってきた船が、海水より軽い汽水の湖に入ったらどうなる?」

「沈む……のか」

「その通り。そうなると海なら平気で通れた深さでも座礁するようになる。その危険を回避するために、大船は海の方に別の港をわざわざ造ってある。この船はそちらの方に行くのだ」


 なるほど湖の北に丘があり、その上に大きな屋敷が建っているのが見えていたが、その丘の裏に隠れるようにもう一つの港が見えてきた。

 さっきの活気ある街の港とは違い、厳めしい雰囲気のドッグが建ち並ぶ軍港だ。

 港の傍まで寄ると船が帆を下した。そして今まで気にも留めていなかったが、船の側面にぴったりと着けられていた、片側二十本の大きく長い櫂が海面に下ろされ、一斉に一糸乱れぬ動きで船を漕ぎ出した。


「なるほど、櫂で漕いだ方が港に入るときは便利なんだな」

「それもあるが、帆船と櫂のある船では機動力が違う。

 船戦の場合、純粋な帆船は櫂のある船に一方的に餌食にされる。だから軍船は皆、櫂がついているものだ。

 ちなみに帆船が港に入るときは、小舟や陸から曳航えいこうしたりする。船にも色々あるが……話している暇は無いな」


 確かに話をしている間にすでに船は港に入ってしまった、接岸のために船乗りたちが忙しく働いていたので、邪魔にならない様に高星と共に少しの間船室で待機したが、それも長くはなかった。

 ベテランの船乗りたちは瞬く間に錨を下ろし、(もや)づなを結び、はしごを下ろしてしまった。

 高星の後に付いて船を降りた。陸地を踏んだのは何日ぶりだろうか、高星も目一杯伸びをしている。


「さて提督、そっちは後は任せましたよ。万事よろしく頼みます」

「ええ、お気遣いなく。若」

「さて、では行こうか」

「行くって、どこに?」

「それはこちらの台詞だ、お前は行く当てが無いのだろう? 落ち着き先が決まるまでうちで面倒を見るといったはずだ」

「ああ……そういえばそんな話になってたな」

「お前の事だろうに。ま、せいぜい真っ当な落ち着き先を探すんだな。こっちだ」


 今は高星の後にくっついて行く以外にしようが無い。今までと同じ事、ただついて行く相手が変わっただけだ。


「悪いがまた船に乗るぞ、市街地まで運河を行く。まあ、今度は小舟ですぐだがな。……ん」


 高星が急に不機嫌な、声でもうなりでもない様な音を立てた。何事かと思ったが、見ると前から一人の若い男がやってきた。年は二十歳くらいだろうか、服の上からでは解りにくいが、良く鍛えられた肉体をしている様だ。


「おや、初めましてどちら様」


 その男は子爵を見るなり嫌味ったらしい言い方をしてきた。


「貴様、ぬけぬけと白々しいことを。礼儀がなって無いな」

「お前の礼儀が世間の礼儀と同じだとでも思ってるのか?」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

「生憎、礼儀なんて持ってないし。勝手に壁にでも返してな」


 子爵が奥歯を噛みしめたのが傍目にも解った。


「なんか言ってみろよ、ほら、ほらほら?」

「貴様、自分の立場が分かっているのかッ」

「知ったこっちゃねーし?」


 それだけ言うとその男は拳を握りしめている子爵の脇をさっさと通り過ぎて行ってしまった。


「……誰だ? あれ」

「……ジョバンニ・アンドウ、弟だ。認めたくもないが。今見た通り、礼儀のレの字も無いごく潰しの放蕩ほうとう息子さ」

「なんか、大変そうだな」


 その後、運河に降りて小舟に乗り、汽水湖に注ぐ川の河口部まで移動したが、子爵は終始不機嫌そうな様子で黙っていたので、気まずいことこの上なかった。

 しかし、小舟を降りる頃にはいくらか落ち着いたのか、また元の様子に戻っていた。


「なあ、子爵様」

「ん?」

「あの丘の上にあるのがお屋敷だろう? だったらさっきの港から真っ直ぐ歩いたほうが早かったんじゃないか?」

「あー……それだがな。私はあそこに住んでいないのだ、だからこれから行くのも別の屋敷になる」


 どうもこの子爵様は家族関係の話になると口ごもる様だ、まあお偉いさんの家庭なんてものはやはり色々とわずらわしい事が多いのだろう。

 この子爵様も都のよく居る貴族とは大分違うので、家と衝突する事も多いのだろう。その時はそのくらいに考えていた。


「まあ、お前みたいのを置いておくにはあちらの方が都合がよい。

 むしろ、今更1人増えたところでどうということもない。だからお前も気楽に世話になって構わんからな」


 そんな事を言われたが、漠然と聞き流しながら河沿いの道を、河の流れに沿って下り歩いていた。

 なにげなく川面に目をやると、何処から流れてきたのか葉っぱで作った船が一つ、歩みと同じ速さで流れていた。

 その葉船と一緒にこの町に足を踏み入れた。否、流れ着いたというべきだろう。


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