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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
渡りの道人
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4・占術

 市(いち)が立っていた。

 山中深く、およそ人の住む村落など見当たらない様な場所に、百人弱の人が集まり、取引が行われていた。

 その場所は草木の生い茂る山の中で、そこだけぽっかり空いた様な広場で、湧水の流れ込む泉に接していた。

 だが何よりも目を引くのは広場の奥に立つ巨木で、幹の太さは大人が五人居てもまだ囲むのに足りないのでは無いかと言う太さだった。


「すげぇ……」


 ジャンは、その圧倒される様な、だが美しいとさえ思える光景に対して、そんな言葉を漏らすのがやっとだった。


「ここに居るの、全部渡りの衆なのか?」

「いや、三人に一人くらいは近くの里の者だろう。渡りの衆と言えど様々な形で里と関わって生きている。むしろ、彼らの造る道具や薬なんかは重宝される程だ。

 見て回るだけでも退屈しないから、しばらく冷かしているといい」


 そう言って高星(たかあき)も敷物を敷いた上に並べられている、珍奇な品々を物色する。銀華(ぎんか)の方は、知り合いらしい数人と近況を報告し合っていた。

 並べられている品々は、なんだか解らない様な物も多かったが、一見ごく普通の物もあった。茶碗が一つ売られていたので何となく手に取る。


「お、ボウズお目が高いね。そいつは世にも不思議な茶碗だ」

「どう不思議なんだ?」

「見ての通り傷一つ無い茶碗だが、不思議な事に水を入れると穴も無いのに水が漏(も)る」

「なんだそれ、ガラクタじゃないか」

「不思議な事に違いは無いだろう。誰でもいいから良い値で買ってくれねぇかな」

「そんな物好きどこに居るんだ」


 茶碗を突き返し、他へ移る。薬草の類が多い、それに珍しい話や不思議な話を書き記したと言う巻物も売っていたが、立ち読み禁止だと言う。一文字も読ませずになんだか解らない書物を買えと言うのは、詐欺ではないかと思う。


「ジャン、若水(じゃくすい)道人(どうじん)が戻って来た。私と銀(ぎん)は行くが、お前はどうする?」


 妙な品も気になったが、それ以上にあの若水道人と言う道士が高星と何を語るのかが気になったので、ジャンも同行する方を選んだ。


     ◇


 若水道人は泉の上を歩いて戻って来た。歩くたびに足元に波紋が立つくらいで、まるでアメンボでもあるかの様に、全く足が沈んでいなかった。


「待たせたか?」

「そうでもありません。山賊達は?」

「蔓で手足を縛って捨ててきた。ついでに起こしておいたから、騒いでいれば獣に襲われる事も無いし、近くを誰かが通れば見つけてもらえるだろう。死にはしないよ。

 ところで私の道術もなかなかのものだろう?」

「道士のくせに見栄ですか」

「そう僻(ひが)むな。そこの少年の様に目を輝かせてくれていいのだぞ」


 それを聞いて、銀華が口元を押さえて笑う。


「そうですね。道士様昔は泉の上に立っていたら、くしゃみをした拍子に泉に落ちて溺れそうになりましたっけ。私もう、あのときはおかしくておかしくて……」

「ぐ……そう言えば、抜け殻の様だった君が初めて笑ったのはあの時だったな」

「あの後道士様、お師匠様に怒られるどころか呆れられて、しょげ返っていましたっけ」

「解った解った私の負けだ。まだまだ未熟者の分際で、ちょっと技を見せびらかそうとする方が間違っていた」


 若水道人が降参だと言う様に両手を肩の高さに上げる。


「銀華さん。今の話を聞くと銀華さんはこの道士様と、ひょっとして棟梁よりも古い付き合いですか?」

「そう、高星と会うよりももっと前。私に生きる意味をくれた恩人がこの道士様よ」

「それは過大評価と言うものだ、私は何もしていない」

「いいえ、道士様に助けていただかなければ私は生きていませんでした。そうなれば高星と会う事も……。

 道士様のおかげで今の私も、間接的に高星もあるのは間違いありません」

「君も割と頑固だな。……ここは少し昔話をしようか。事実だけを述べて、それをどう捉えるかはそれぞれの判断に任せよう」


 若水道人が地面に腰を下ろす。高星、ジャン、銀華もそれにならい、四人で車座になった。


     ◇


「さて、あれは確か四年と少し前の事になるのか。君はあの頃の事を覚えているか?」

「いいえ、あの頃の事は今でもほとんど思い出せません」


 銀華が力なく首を横に振る。


「だろうな。廃墟となった村の外れで君を見つけたときは、人はここまで空っぽになれるのかと驚いたものだ。絶望の底で自害する気力すら失い、惰性で生きているという感じだった」


 以前、銀華が高星との出会いを語った時に少し聞いた、戦火で村と家族……幼い一人娘を失った頃の銀華の事である事が解った。


「捨て置く訳にもいかず、拾ってはみたもののどうして良いか解らず師匠に相談したら、私が面倒を見ろと言われた。

 私にはどうすれば救えるか解りませんと言ったら、救えないし救ってやる必要も無いと言われた。そして共に修行に励めば良いとも言われたな」

「救えないし、救ってやる必要も無い? 捨てておけという訳じゃ……無いですよね?」

「人は誰か大きな力を持つ者が助けてくれる事を願うが、外の人間は救済者とは成れず、内部の人間しか助けることはできない。特に、自分の心の問題は、自分自身を救うより他に手が無い。

 外の人間にできるのは手助けだけだ、自ら立ち上がろうとしない者はいくら手助けしても立つ事が出来ないし、自ら破滅を願うものはたとえ神でも救えはしない。

 とまあ、これが師匠のお言葉だった。それに続けて努力させろとも言われた、無駄な努力でもいいからひたすら努力させろと」

「無駄な努力をさせろ?

 ……道士の教えってのは、みんなそう解りにくいのか? 棟梁も時々そんな事を言うけど」

「おい、それは聞き捨てならんな。私はこれほどへその曲がった事は言わん」


 どの口が言うか、と思ったが流石に高星に向かってそんな事は言えなかった。銀華がコロコロと笑いながら、引き分け引き分けと言っていた。

 若水道人が咳払いを一つして続ける。


「つまりだな、専心して努力し、何かに没頭している間は他の事は考えない。それはつまり、努力している間は辛い事も忘れていられると言う事だ。

 一時、憂いを忘れるために、将来何の役に立ちもしない、無駄な努力であってもひたすらに励むのは有りだと言う。将来のための努力ではなく、今のために努力をするという事も、有りなのだと言う。

 ついでに共に修行に励む者が居れば、私の修行も少しははかどるだろうとも言われたな」

「それで、銀華さんは道士様と一緒に修業を始めた訳か」

「初めの頃は実に大変だったよ、放っておくといつまでも虚空を見ている状態の君に修業をさせるだけでも大変だった。

 だがそのうち修行の時だけは自発的に行動する様になり。一度笑ってからは、別人の様に見違えたものだ」

「そうですね。私も古い記憶は色が無いけど、新しい記憶になるにつれ色が着いていきますから、大分変ったのでしょうね。

 そのうちこの炎を出せる様になってからは、道士様の方が出来が悪い、私を少しは見習えとお師匠様に説教をされて……」

「うぐぐ……君は正式に修行を積んだ訳では無いから、気質に合った能力としてその炎だけを身に付けた。私は正式に修行を積み、気力の使い方から学んでいるから目に見える技は無いという違いがある。

 だがそれでも師匠に、先達でありながら後から来たものにたやすく抜かれるとは情けないと叱られて、違う意味で私の苦労は絶えなかったよ」

「それは道士様の自業自得です。修行中にお師匠様に気付かれないよう、こっそり居眠りする術ばっかり上手になられるんですもの」

「なっ、気づいていたのか!?」

「それは、隣で寝られたら気づきますよ」


 銀華がまたコロコロと笑う。若水道人もしかめっ面ではあるが、まんざらでもない風にも見える。高星は無表情のまま、黙って話を聞いていた。


「道士様はどんな道術が使えるんですか?」

「色々できるぞ……と言いたいところだが、実はまだ道術の基本である『気』の活用位しかできない」

「『気』っていうのは、山賊を気絶させたあれですか?」

「そうだ、あれは『気』を一気に放出した物だ。山賊達は強い『気』に当てられて気を失ったのだ。二度目に見せたのは、それを一方向に収束させたものだ」

「その『気』っていうのは。いや、そもそも魔術と道術の違いが良く解らないんですが」

「ふむ……どう説明した物かな。まず魔術は魔力、道術は『気』即ち気力を使用して超自然の現象を起こす技術だ。

 しかし魔力と気力は実は表裏と言って良いものだ、我らは魔力を陰気、気力を陽気とも言ったりする」

「魔力と気力……どこが違うんですか?」

「働きが違う、と言うべきかな。どちらも生き物が生きるのに必要な力で、気力は活性を司(つかさど)り、魔力は鎮静を司(つかさど)っている。

 体内で気力が強くなりすぎると、異常な興奮や体温・脈拍・呼吸数・心拍数・血圧の上昇を起こす。逆に魔力が強くなりすぎると、鬱になったり低体温になるなど逆の症状を示す。何事も均衡が大事という事だ」

「魔術は持って生まれた魔力量の差で使える人と、どうやっても使えない人が居るそうだけど、道術もそうなんですか?」

「いや、そこが大きな違いの一つなのだが、道術は訓練さえ積めば誰でも使える様になる。

 もちろん最終的にどの程度の事が出来る様になるかは才能だが、必ず一定の水準は身に付ける事が出来る。後は呑み込みの早さだな」

「それだと道術の方が魔術よりも便利そうですね」

「ところがそう上手くはいかない。道術を使うために必要な気力は何を司(つかさど)ると言った?」

「活性を司(つかさど)る……ですよね?」

「そうだ、気力は活性を司(つかさど)り、激しく反応する。つまり散ってしまうのだ。収束が難しい。故に魔術の様に細密(さいみつ)な術式を発動させるには向かず、汎用性・多彩さで劣るのだ。

 魔術の研究が進んだ今の時代では、魔術の方が道術よりもずっといろんな事ができる」

「魔術の方が使える人間は限られるけど扱いやすい。道術は修行すれば誰でも使えるけどできる事に限りがある。という事ですか?」

「その認識で大きく間違ってはいないだろう。ただ一応言っておくと、道術だって決して応用では負けぬぞ?

 単純故に応用が利く。さっき私が水の上を歩いたのも道術の基本である『気』の操作によるものだ。

 もっと高度な道術ならば風に乗って空も飛べるし、水中で息をする事もできる。専用の道具を使えば魔術と遜色(そんしょく)無い事もできる。まあ、道具に頼っている時点で負けているとも言えるか」

「十分凄いと思います」

「そう言ってくれるか、他にも独自の肉体鍛錬で身に付けた技や、『気質』に由来する術もある」

「気質に由来する術?」

「人は皆持って生まれた『気質』と言う物がある。霊的な才能と言ってもいいものだ。『気』を自在に操る事が出来る様になると、その気質が活性化して各人固有の術に目覚める様になる。

 銀華君の炎はまさにそれだ。銀華君の気質は『離(り)』……即ち火であったから、まさにそのものの術に目覚めたという訳だ」

「へぇ……道士様はどんな術ですか?」


 この時、それまで気さくに話していた若水道人が沈黙し、少しの間が生じた。


「……私の気質は『坎(かん)』……水だ。水は智を表す物でもある。私の術は占術、占いだ」


 ここでそれまで黙って話を聞く側に回っていた高星が、初めて口を開いた。


「それは初耳だ。だがずいぶんと卑しくて汚らわしい術を持っているものですな」


 すると若水道人は、はじめ小さく含み笑いを、やがてそれを抑えきれないと言う様に高笑いをした。


「安東(あんどう)高星(たかあき)ともあろう人が、ずいぶんと乱暴な事を言う。占いは尊貴なものだ、それを卑しいだの汚らわしいだのとは何事か」

「世に占い師が高い地位を得た事は無く、占い師が高い地位を得たときは必ず良からぬ結果を生んだ。だから卑しいと言った。

 また占い師はとにかく真実か嘘か確かめられぬ大嘘をつき、見料として法外な金を取る。だから汚らわしいと言ったのだ」

「ふふふ……なるほど。まあ、肩の力を抜いて聞いて欲しい。私の言う事が全て正しいとは限らないのは承知の上で言わせてもらう。

 鳥達を見よ、陽が昇れば活動し、陽が沈めば休む。行動を見れば天地の理(ことわり)に沿って動いている。しかしそれは天地の理(ことわり)を理解している訳では無い。

 同じ様に人も道理に沿って行動しているからと言って、道理をわきまえているとは限らない。にもかかわらずその行いだけを見て道理を知っている賢者だと思う。これでは真の賢者を見つける事はできないだろう」

「まあ……確かに。行動が優れているからと言って、知力が優れているとは限らないのは認める」

「本当の賢者と言うものは、真っ直ぐ正しい道を進み、正しい意見を述べる。3度意見して聞き入れられなければ未練無く身を引き、善を褒めるのに代償を望まず、悪を批判するときに報復を恐れない。

 ただ国家と民衆のためを思って行動し、どんな高位高官も自分には務まらないと思えば断るし、どんな褒賞高禄も自分にふさわしくないと思えば受け取らない。

 不正や汚職を見れば相手が誰であろうと遠慮はせずに弾劾し、一時の損得で一喜一憂しない。

 例え牢に入れられようとも無実の罪であるならば少しも恥じず、平然としている。これが真の賢者と言うものだ。

 ならば占い師が高位高官にふさわしくなく、低い地位に甘んじているからと言って賢者で無いとは言えまい」

「ぐ……確かに地位は高いが盗賊の様な連中が居る事は良く知っている。占い師の賢者が居ない事は無いだろう。

 だがそれは誰にでも当てはまる事だ。占い師が特別尊貴だと言う事にはならないはずだ。むしろ占いなんて如何(いかが)わしい嘘を、もっともらしく並べ立てるのが良い事には思えない」

「確かに占い師は嘘を吐く事もある。だがあなたが皇帝の臣下で、今皇帝の過ちを正さなければならないとしよう。

 ただ一言で人の心を動かす事はなかなかできない。だからまず歴史上の例を語り、伝説上の理想の時代を語る事から始める。

 過去の偉人の偉業を誇張し、その失敗も聞かせる事で自分の意見の正しさを主張するのだ。嘘と多弁と言うならばこれに勝るものは無いだろう。しかしその結果、意見は取り上げられ国は強くなり、君主に忠を尽くす事が出来る。

 占い師は、心迷える人を導き、愚かな人を教えるもの。相手を正しくてより良い道に導くためなら、言葉は多くても良く、嘘を交えてもいいのだ」

「……正しい目的のために使うならば、嘘を吐く事は何も悪い事は無いと?」

「あなたなら良く解るはずでは?」

「……まだ、まだ高額な金を取る事については聞いていない。人を導くために占いをすると言うならば、無償でするべきではないのか」

「かつて占いは、神の声を聴く事が出来る支配者の技だった。時代が下り支配者と占い師が別れても、占いは国家の大事として命まで懸けて行ったのだ。

 さらに時代が下って占いが誰にでも開かれたものになると、その言葉が真実の占いであると言う保証が必要になった。国家の命運を背負っていたという責任が無くなったため、無責任な占いをする者が現れたのだ。

 そのため占い師は見料を取る様になった。代金を受け取る事で、それに見合う真実の占いをすることの誓約としたのだ。それに違(たが)うときは天罰を受ける覚悟である事の宣言が、代金を受け取ると言う行為なのだ。

 もちろん世の中には、金儲けの事しか考えない占い師は掃いて捨てる程居るだろう。しかし占い師の誇りを持つ、本物の占い師にとって代金を受け取る事は、依然として自分の仕事に責任を持つという誓いが第一なのだ」


 若水道人の占い論がようやく終わった。ジャンは目まいさえ覚えた、想像を遥かに超えた理論に呆然とし、口を利く気力も無い。若水道人がとても神聖な存在の様な気がした。

 高星もまた、視線を落として押し黙っていた。しばらくの間、息遣いだけが辺りに小さく響いていた。


「安東家の若い当主には、認めたくなくても認めざるを得ない話だったかな。しかしそう占いに敵意を向ける事も無いだろう。占いは別に怪しげなものでは無く、『兆しを見る』技術なのだから」

「兆しを見る?」

「そう、例えば夕焼けを見れば明日は晴れる事が解る。種を見ればどんな木に育ち、どんな実を付けるか解る。人の動きを見れば世の中の動きが予想できる。そういう一を見て二を知るという事は、誰もが無意識にやっている事でしょう。

 占いはそれをさらに進めて、一を見て十を知る技術なのです。それはこの世の全てに共通する大きな法則、理(ことわり)を知る事によって可能になる。そしてその理(ことわり)を知り、理(ことわり)を利用する事で軛(くびき)から解かれ、自由自在に生きる技術。……それが道術なのです」


     ◇


 気づけばすっかり暗くなっていた。夜の山道を下るのは危険すぎるので、今夜はここで一晩を明かす。

 野宿かと思ったが泊まり込みで来ている里の者も多く、そんな者達を相手に商売をするために来ている者も居たので、意外と快適に過ごせそうだった。大きな幕舎を張って、簡易宿屋として商売をする者や、大鍋で料理を売っている者も居た。


「軍営と変わらんな。私はこういうのは嫌いではない」


 高星が料理を売る列に並びながらつぶやく。


「渡りの人達も買ってるみたいですね?」

「皆が皆、私の様な修行者ではないからな」


 後ろから声がしたので振り向くと、なんと若水道人がジャンの後ろに並んでいた。


「道士様もこういうのを食べるんですか!?」

「道士をなんだと思っている、霞(かすみ)なんぞ食って生きていける訳が無かろう。まあ一日一食で十分ではあるが、こういう機会でないと里の者が作る料理は食べられないのでな」

「お金持ってるんですか?」

「道士と言うだけでただで食わせてもらえるのだ」

「えー……」


 せこいと言うか、ずるいと言うか。何とも言えない釈然としない思いがした。


「さらに言うと、三日間絶食しても平然として居られるし、三人前を一度に平らげる事も可能だ。さらに酒ならば一升を軽く飲み干せる」

「その程度なら私だってできる」


 高星が冷静にツッコミを入れてきたが、両者ともただの呑兵衛だ。

 その後も何かと若水道人はジャン達と行動を共にし、遠い土地の話や何故知っているのかと思う様な古い昔の話で楽しいひと時を過ごした。


 やがて夜も更け、高星と銀華は幕舎の一角を借りて眠りについたが、ジャンは興奮冷めやらず、未だ起きて若水道人と静かに話を続けていた。

「……なあ、道士様」

「なんだね」

「道士様は、未来が解るのか?」

「解ると言えば、解る」

「俺の未来も占えますか?」


 ジャンが真剣な表情で尋ねる。


「自分の未来が知りたいのか?」

「はい、俺は……俺は棟梁の役に立てるのか、本当に今やっている事が将来に繋がるのか、知りたいです」

「君を占ってやる事はできる。だが、駄目だ」

「何故?」

「君の主人は、そうやって決められた未来を知る事を拒み、未来は自分で掴(つか)むと決意しているからだ。

 ならば君にも同じ様に、未来を決められたものだと思って欲しくないだろう。だから駄目だ。どうしてもと言うならば、君の主人の許可を取ってきなさい」

「……頼んでも駄目そうです。あきらめます」

「それが良い。その方が良い。君の主人、安東高星と言う人物は実に面白く、興味深い人物だ。だから私は、彼に内緒で勝手に彼の未来を占った事がある」

「……どうでしたか?」

「後悔した。とだけ言っておこう。光の無い、闇の中を手探りで生きていくのは辛いだろうが、光しかない、何もかも見えているのに、何一つ動かせない世界で生きると言うのもまた辛い。

 全てを運命(さだめ)と割り切って生きるのは、とても覚悟の要る事だ」


 若水道人が空を仰ぐ。ジャンもつられて空を見た。夜の闇の中で、焚火の火よりか細い星が輝いている。


「……光なら、あります」

「ん?」

「どんなに小さくても、棟梁には道を示す星明かりがあります。多分、俺にも。だから、闇だけじゃない……と思います」

「そうか、それは得難く幸福な事だろう。その光を見失わずにいなさい」

「……はい」

「さて、未来は占えないが、君の『気質』ならば占えるが、どうする?」

「気質っていうのは、霊的な才能……でしたっけ?」

「そうだ。だがそれだけではなく性格や行動、嗜好、運勢にも影響を及ぼす。まあ、知っていて損は無かろう。どうだ?」

「じゃあせっかくなので、おねがいします」

「よろしい。では」


 若水道人が、五十本の細い竹の棒と六つの木製の直方体、それに一冊の本を取り出す。直方体は四面がそれぞれ違う模様で塗られている。


「それは?」

「商売道具と言ったところかな。この竹棒が筮竹(ぜいちく)、こっちの木片が算木(さんぎ)という。まあ、見ていれば解る」


 若水道人は、筮竹を手にすると一本だけ抜き出して横にして地面に置いた。そして残りを念じながら手の中で混ぜ始める。


「本式でやると手間と時間が掛かるから、少し略した中筮法にするか」


 手に持った筮竹を二つに分けた、そして右手に持っていた方は1本を残して置き、左手に残った方を数え始めた。


「春(しゅん)、夏(か)、秋(しゅう)、冬(とう)……」


 一言ごとに二本ずつ数え、八本を一組として除いていく。やがて三本が残り、それをさっき残した一本と合わせて四本にする。


「まずは、少陽……」


 算木の一つを、一面同じ色で塗られた面を上にして置く。これで一つの操作である。この後若水道人は最初に置いた一本を除く筮竹を再び手に取り、同じ操作を合計六回繰り返した。


「よし、出たぞ。これは……ほう、なるほど」

「……なにがでたんですか?」

「君の『気質』は震下兌上(しんかだじょう)の『随(ずい)』の卦、即ち動きに喜んで従うというものだ。となれば君の主人に付き従っているのはまさに所を得ていると言えるだろう。あれほど活発に動く人もなかなか居ないだろうからな。

 新しい道を切り開くものでは無いが、正攻法で進むには良いだろう」


 若水道人は本を広げてさらに言葉を続ける。


「ふむ、確か君は去年の秋に高星の従者になったのだったな?」

「はい」

「それが転機だろう。狭い世界から離れて広く人と付き合うようになったな? そのままいけば功績を立てる事もできるだろう」

「過去まで解るんですか」

「そんな大したものでは無い。割と当たり前の事を言っているだけだ。つまらぬ人間との付き合いにかまけると、君の主人から見放されて災いを招くぞ。心しておけ」

「……さっきからその本を見ながら話してますけど、まさかそれがあれば誰でもできるんじゃ……」

「そう思うなら見てみるか? ここが今読んだ部分だ」


 若水道人が本を手渡す。そこには『官渝(かんかわる)ることあり、貞(てい)なれば吉なり。門を出でて交われば功あり。象(しょう)に曰(いわ)く……』と、さっぱり理解できない文言が並んでいた。


「……なんだこれ全然解らん。どういう意味だ?」

「どういう意味かと聞かれても、こういう意味だとは答えられないな。解釈はいろいろあるのだ。そこを現実と突き合わせて、どう解釈するかが占い師の腕とも言える」

「はあ……」

「さ、満足したらもう寝ることだ。明日は早いのだからな」

「え?」

「明日になれば解る。疑問に思っても今はただ寝る事だ」


 それ以上は何を話そうとしても無駄だと言う事が直感的に感じられたので、ジャンは大人しく眠りに就く事にした。

 こういう有無を言わせない雰囲気を出すところは、高星と若水道人は良く似ていると思った。


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