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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
紅夜叉の不在
194/366

4

 (みさお)が自ら戦線復帰を願い出て、高星(たかあき)がそれを許可した。とりあえず懸念の一つは片付いたかと、エステルは胸をなでおろした。

 銀華(ぎんか)をミタクまで呼ぶように進言したのはエステルだ。他に良い方法も思いつかず、銀華なら何とかしてくれるのではないかと、半ばすがるような思いで提案した。

 提案したとき、高星は一瞬手を止めたが、エステルが良いと思うならそうしろと、そっけなく答えただけだった。

 操の方を本国に送還しても良かったのだが、戦を続けていくのなら、やはり操の能力は欲しい。斥候としての能力が、何と言っても頭一つ抜けている。

 だから銀華に来てもらう方を選んだ。結果としてはほぼ最高と言っても良いが、銀華を前線に近い所まで呼んだ事、操を戦力、もっとあけすけに言えば、駒として考えてこの決断をした事に、後ろめたい様な気持ちもある。

 自分は冷徹な方だと思っていたが、意外に情が厚いのかもしれない。しかしそれが、高星の副官として、親衛隊隊長として良いか悪いかと言えば、微妙な所だろう。少なくとも、手放しで良い性向だとは言えない。


「ところで高星、銀華殿に会わなくてもいいのか?」


 銀華が到着したばかりの時は、まず何よりも操の事を優先する必要があった。しかしそれももうない。高星さえその気があれば、銀華と二人の時間を過ごす事もできる。


「戦をしている間は、会わん」


 やはりか、と思った。高星がどういう気持ちでいるかまでは解らないが、多分会おうとしないだろうとは思っていた。避けている、と言っても良い。

 しかしそれでも、一応尋ねたとき、高星の手が一瞬止まった。やはり複雑な思いは抱えているのだろう。そういう時は、答えが予想できても尋ねておくべきだ。それで気持ちが動く事もある。


「まあ、銀華殿の方が押し掛けて来たときは、私の手の及ぶところではないぞ」

「……そうだな」


 高星が僅かに顔をしかめ、何とも言えない表情をする。嫌がっている訳ではないが、会いたくはない。それでも向こうから来かねないが、そのときはどうしたものか。そんな感情が入り混じっているのだろう。


「ともかく操の件はこれで大丈夫だろう。まあ良かったと思うよ」


 操の件はな。そう口の中だけでつぶやいた。


     ◇


 親衛隊は今、全部で三十人ほどが居る。高星が少しずつ増やしたり、一芸に秀でた者はハイタカこと寺山(てらやま)の様に、親衛隊員名義のまま新たな部署を立ち上げたりしているので、エステルの指揮下にあると言える人員は、時と場合によって多少変動する。

 エステルにしてみれば、この人数だから何とかやっていけているという思いがある。まず第一に高星の警護が役目である以上、隊士は絶対に信頼がおける人物でなければならない。

 一人一人を見極めて、全員が絶対に信頼できると言える。それができているのは、この程度の規模だからだ。もう少しならば増えても大丈夫だろうが、これが百人になったりしたら、流石にお手上げだ。

 やはり自分は、人の上に立つ器ではないと思う。例えば高星を守るために、自分が命を捨てる。高星には止められているが、いざというときは躊躇(ちゅうちょ)なくそれをできる。

 しかし何十人と言う親衛隊員に、高星を守るために全滅しろと言えるだろうか。自分がそれをするのはともかく、他人にそれを命じられるだろうか。

 一人の騎士として高星を守る立場であれば、どれほど気楽であろうか。しかし他ならぬ高星に親衛隊長を命じられて、部下を持つ身でいる以上、その期待に応え、責任を果たさなければならない。

 目下エステルが親衛隊長として考えるべき課題は、紅夜叉(べにやしゃ)が欠けた穴をどうするかだった。

 ただ一人の穴ではあるが、一人にしてはあまりにも大きな穴だ。親衛隊はおろか、安東(あんどう)軍全軍の中でも、間違いなく最高戦力が欠けたのだ。

 紅夜叉の抜けた穴を埋めるなど、不可能に近い。ましてや次の戦が間近の今、時間的余裕もない。

 紅夜叉は居ない。その事実だけ念頭に置いて、今の親衛隊にできる事、できない事。想定される事態への対処法を考えるしかあるまい。

 元々紅夜叉は、高星の護衛と言う意味では頭数にも入れられない存在だった。戦となれば勝手に斬り込んで行ってしまい、高星の事など顧みない。だから、高星の護衛に関しては問題無いだろう。

 問題を挙げるとすれば、親衛隊の部隊としての攻撃力が激減した、と言う事だ。先頭切って斬り込む最高戦力が欠けた以上、部隊攻撃力は半減か、それ以下と見た方が良い。

 いつぞやの様に、親衛隊だけで敵陣に斬り込み奇襲などと言う事は、絶対に諌めて止めなければなるまい。もっとも、高星ならばその程度の事は百も承知であろうし、次の戦は攻城戦になるという事なので、そんな戦法を取る機会もまずないだろう。

 ただこちらから仕掛けなくても、そうする必要に迫られる事態は考えられる。例えば敵に包囲されて、突破脱出が必要な時。そういう時に紅夜叉が居ないのは、かなり厳しい。

 そうならないようにするのは、むしろ高星の采配による領分だ。エステルが考えるべきは、もしそうなったときはどうするかだ。

 突撃は、先頭に立つ者の働きで勢いの半分が決まる。紅夜叉が居ない以上、そのときは今居る中の最高戦力に、最も重要で、最も危険なその役目を任せるしかない。

 となればやはり、イスカか。エステルが自分でやっても良いが、イスカの方が機動力に勝る分、適任だろう。

 だがどうしたって紅夜叉には及ばない。だからただイスカに任せる、ではなく、その先を考える必要がある。

 イスカが突破しきれないときは、余力の有るうちにイスカを下げ、自分が代わりに先頭に立つ。そうやって交代制を取る事で、突破力を維持できないだろうか。確か騎兵が、その様な戦法を使っていた。参考に聞いてみるのも良いかもしれない。

 交代時に危険が予想されるのは、操の援護を使うのはどうだろうか。煙幕や爆竹で、上手く交代時の隙を消せるだろうか。

 これはイスカ、操との打ち合わせが必要だ。そう結論を出したエステルは、さっそく二人の所へ足を向けた。今は二人とも、特に仕事は無いはずだ。

 もし都合が悪ければ、騎兵の戦法の聞き取りをしよう。高星に余計な手間は掛けさせたくないから、騎兵隊長のセイアヌスに聞く事になる。

 公務と私情は、別だ。


     ◇


 一日の仕事を終え、他の者よりも少し遅い夕食を、割り当てられた自室で取る。高星共々、なんとか夕食後も仕事に追われずに済むように仕事をこなした。

 陣中ではないので、酒も少しだけ自分に許した。あまり張りつめすぎていても、持たない。

 部屋の戸が叩かれた。扉の前で銀華が、盆に食事を持って立っていた。


「迷惑でなければ、ご一緒しても良いかしら?」

「もちろんだ」


 銀華と二人、向かい合っての食事になった。


「高星とは会ったのか?」


 銀華が首を横に振る。高星が会いたがっていないことを、彼女も感じたのだろうか。


「高星よりも今は、エステルちゃんの方が大変でしょう?」

「私? まあ、大変と言えばそうだが、大した事は無いさ。それより操は、本当にもう大丈夫なのだろうか?」

「ほら、それ。操ちゃんは自分の問題だったけど、あなたは自分以外の事を考えなくちゃならない。その大変さは、また違うものでしょう」

「自分以外の事を考えなければならない大変さ、か。そうだな、私はただ一人の騎士でいたい。私なんかが親衛隊長として皆を率いるなど、身の丈に合わない事をしていると思うよ」

「でもそれを高星に言った事は無いんでしょう?」

「無くは無いさ」

「本気で、自分を今の職から外して欲しいと頼んだ事は無いでしょう」


 思わず手を止めた。確かに、本気で自分を親衛隊長から解任してくれと頼んだ事は、無い。


「そんな事をすれば、高星に失望される。高星に見捨てられるんじゃないかって、怖いんでしょう」


 背筋に寒気とも言えない、ざわりとした感覚が走った。銀華が呆れ顔になる。


「相変らずねぇ。そんな事で、高星はあなたを捨てたりしないわ。それとも、高星の事を信じられない?」

「そんな事は無い!」


 高星はエステルの事を、提督と並んで同志と見ている。ただの手駒でも、家臣でもない。それは本人の口から直接聞いた事だ。そしてエステルも、高星の事を無条件に信じている。


「そんな事は無い、が……」


 語尾が弱々しくなる。


「自分に自信が無い所が、変わってないわね。例えあなたが何もできなくても、あなたは大事な私達の家族よ」


 そう言われる事は有りがたいが、言われるほどに自分にそんな価値は無いと思ってしまう。エステルの、自分でも逃れがたい宿弊だった。


「それにエステルちゃんは、貴方が自分で思うよりずっと隊長の才能があると思うわよ」

「私が? まさか」

「エステルちゃん、朝から晩まで率先して仕事をしているし、言葉の端から、思っているけど言い出しにくい事を、察してあげるのが上手じゃない」

「まあ、昔から色々あって、習慣になっているからな」

「それに公平で信用できるから、みんなの信頼を得ているわ。そして謙虚で慎み深い。十分に人を束ねる資格はあると思うけど?」

「褒め過ぎだ。私なんかただ真面目に仕事をこなしているだけに過ぎない。高星の様に、一千、二千を率いるなんて無理だ。高星ならば、一万でも十万でもきっとまとめ上げるのだろうが」

「確かにエステルちゃんには、一万人十万人をまとめるのは無理でしょうね。でも百人二百人は十分まとめられると思うし、そういう人は絶対必要よ。一万人の才能が無い事を気に病む必要は無いわ」

「一万人居ても、百人の才は必要か。そうだな、たとえ一兵卒でも、必要とされる役目を果たせるのなら、胸を張るべきか」

「一兵卒と言わず、千人の長だって務まると思うけど」


 銀華がため息気味に言う。


「まあいいわ。胸を張って、しっかり高星を守るのよ。親衛隊長さん」

「心得た。と言いたいところだが、肝心の高星が私達を置いて、騎馬で駆け去ってしまうからなぁ。何のための親衛隊なのやら、困ったものだ」


 そう言うと、銀華はコロコロと笑い転げた。エステルもそれに応じて笑う。

 それから先は、高星の愚痴を肴にして、二人でささやかな楽しいひと時を過ごした。

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