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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
戦陣
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1

思い交錯して戦野に風を呼び

夜叉の不在、心を映す

死闘、ますます激しく

流れる血は山野を染める

 ミタク城を攻略し、そこに腰を据えた安東(あんどう)軍は、続いて周辺地域の鎮定を進めた。

 コルネリウス軍が動かない事を確かめながら、軍を分け、各地の村落に派遣して、今後は安東家の支配下に置かれる事を認めさせた。

 それに関しては、滞りなく済んだ。極端に税が上がるのでもなければ、民衆は誰が支配者に成ろうと、あまり気にはしない。余程の憎悪が無ければだ。

 占領地の人間を本国の民より低く扱い、力でそれを押さえつける手法は、高星の好むところではない。またそれを為すだけの軍事力も足りなかった。ただ情況によっては、決して悪い手段とも言えない。

 下セカタ地域を掌握すると、すぐに行政に取り掛かった。ジャンの働きで、ミタク城陥落の際に書類資料の類を抑えていたので、滞りなく進める事が出来た。

 とは言え、下セカタ地域だけで本国の四割近い面積と人口を誇る。これを治めるのは、並大抵の事ではなかった。

 海路、攻城兵器を運搬してきた提督や、本国から呼び寄せた官僚団なども加わって、ミタク城は、トサの政庁が越してきた様な政府になった。

 何よりも優先しなければならないのは民生、民の暮らしの安定であるが、それに次ぐ重点として、高星は産業の整備と振興を進めた。税収の上がらない土地に意味は無い。

 北のジヘノ平地もそうであったが、セカタ平原は山がちなこの一帯では貴重な平野部だ。しかし、農耕に適しているとは言い難い。

 土地は痩せて保水力が無く、夏でも北西の風が吹いて気温が上がらない。大山脈の東西でこれほど違うのかというほどに、貧しい土地だ。一目で解るほどに、農地が少ない。

 農作物に乏しければ、必然的に牧畜に重点が置かれる。都市周辺では羊も飼っているが、何と言っても馬だ。

 それもセベナ村、ダワトの街と言った、山に近い地域の馬は体格が良く、足腰が強い。軍馬として、高星の求める水準を十分に果たしていた。

 コルネリウス家も決してこの地の馬を軽視していた訳では無い様だが、安東家の人間の目から見れば、まだまだ牧を拡張する余地がある。将来的には、総勢一千騎の騎馬隊も夢ではない。

 それに、牧畜だけではない。自給自足という考え方を捨てれば、土地に適した作物はいくつか候補が上がった。ベリー、ニンニク、ある種の薬草などの栽培に適している。どれも安東家の交易ルートに乗せれば、金になる作物だ。

 穀物を育てる事、土地からの上がりだけで生活していく事。その二つの考え方から自由になれば、この土地はまだいくらでも豊かに成れる余地がある。

 それを確かめただけでも大きな収穫だったが、もう一つ、思わぬ利益を手に入れた。

 セカタ川は、ミタク城を避ける様に、大きく北に蛇行して流れている。昔は真っ直ぐミタク城の辺りを流れていたらしく、川砂の砂地として残っている。

 その砂地から、鉄が豊富に採れるのだ。たたら士と呼ばれる小規模製鉄業者が、盛んに砂鉄を集めて鉄を精製していた。

 安東家の泣き所の一つが、鉱山資源だった。銀は出ても金は無い。銅は豊富だが鉄は少ない。それが安東家のどうしようもない弱みだった。

 特に鉄は、歴代当主が苦心して屑鉄を集めてまで確保していた。そのため長く不足する事は無かった。

 しかし高星が戦を始め、鉄の需要が増えたこと。さらに天下が騒然とし、屑鉄も高騰を始めた事は、十年先を考えると深刻な問題だった。

 だからこそ高星は、どこよりも先んじて戦を始め、速戦即決で新たな国を建てるしか方法が無かった。

 しかしミタク市近郊から出る鉄は、五年十年の戦を支えるのに十分な物があった。城を攻略してから初めてそれを知った高星の喜びようは、尋常ではなかった。

 川砂の砂鉄でこれだけの量があるという事は、セカタ川の上流地域には鉄の大鉱脈があるのではないかと思われたが、そちらは当分後回しとなった。今は、やるべき事が多すぎる。ただ夢は大きく膨らんだ。

 ミタクには外港がある。ウトの港からそこまでの、定期便を始める手配を進めた。

 経済的な利益と、軍事的な利益を完全に分けることは困難だが、これは当面の間、軍事目的が主となるだろう。

 もちろん海路の物流は、陸路よりもずっと早くて太い。経済の活性化に大きく寄与することは疑いの無い事だ。

 しかし現段階では、海路による兵站線の構築が大きい。本国から海路で、前線基地となったミタク城へ大量の物資を運べるのだ。戦における行動範囲も、行動期間も、ずっと大きくなる。腰を据えた戦も可能になる、という事だ。

 それが解らないコルネリウス家ではない。安東軍が野戦に長けた遠征軍から、長期にわたる攻城戦も可能な軍隊へ変貌する事は、戦略を根底から覆すはずだ。

 当然、何かしらの手を打って来るはずだ。妨害・諜報・攪乱なども考えられるが、最終的には決戦に訴えるしかない。特に、水面下での工作が功を奏しなかった場合は。

 それこそが高星の、安東軍の思い描く最終目標であり、ミタク城及び周辺地域を制圧した事による、最大の利益と言えるだろう。


     ◇


 安東軍の騎馬隊は、五百騎に増強された。高星は新兵の調練に出た。一泊二日の予定である。

 この忙しい時に高星が丸一日も政庁を離れる事に、エステルなどは苦言を呈したが、これだけは譲れなかった。

 元からの三百騎をセイアヌスに任せ、高星は新兵二百騎を連れて出た。調練に出る前に、セイアヌスは勝ってしまって構わないのかと念を押してきた。勝つ気の無い調練に、意味は無い。

 両軍が所定の位置に就いて、にらみ合った。二つ並んだ同じくらいの高さの丘で、間に五百騎がぶつかり合えるだけの平場がある。両軍は丘の上で陣を組んだ。

 セイアヌスは、全軍を一つにまとめている。だがそれは、三つにも、九つにも、そして無数に分かれては、また集まる事の出来る軍だ。

 高星は二百騎を、五十ずつ四段に分けた。平凡な陣形だ。それだけに、自由に動く事ができる。相手には動きを読み難いはずだ。

 セイアヌスは、動く様子を見せなかった。数で勝り、騎馬隊でありながら、動かない。それは正しい判断だ。

 騎馬隊は動いてこそであり、特に質量ともに劣るこちらは、動かざるを得ない。動く事でしか活路はない。だからそれをじっくり待ち構えて、討ち果たそうというのだろう。

 高星は五十騎に丘を下りさせた。平場に出る。セイアヌスはまだ動かない。丘を駆け登り始めたところで、逆落としを掛けて来た。ただし七、八十騎だけだ。

 両軍が平場に下りてくる頃を見計らって、高星は全軍を駆けさせた。平場に下りた敵に、逆落としを掛ける。セイアヌスも、平場に下りてきた高星の全軍に、逆落としを掛けて来た。退く。

 丘の中腹まで退いた。セイアヌスも全軍をまとめて、丘の中腹に陣取ってこちらを見据えてきた。

 こうなると本格的に、騎馬同士の戦いだった。陣形よりも、どう動くかが勝負を決める。

 五十騎が、高星の横に展開してきた。背後の丘の頂上を獲れば、上下から挟み込んで圧倒的に有利になる。こちらも五十騎を充てて、それを阻止。もう五十騎で、セイアヌスの背後の丘を獲ろうとする。

 お互いに、そう簡単に有利な地点を獲れるとは思っていない。わざわざ頂上を空けたのは、敵を誘い出すためだ。誘いで敵を誘導し、一方で誘いに乗ったふりをして、相手の隙を突く。複雑な読み合いと、敵味方入り乱れた掛け合いが、日没まで続いた。

 日が暮れると、お互いに丘の上に戻って夜営した。これも調練の内であり、お互いに夜襲を掛けあう。どちらも夜襲への備えは、完璧だった。


 翌日、高星はあえて力押しの攻めに出た。正面からぶつかり、押す。押し返してくる。高星は一旦離れ、全軍を大きく広げた。

 敵を包み込む構えで、もう一度押す。数が少なくても、囲みこんでしまえば兵力は意味をなさなくなる。

 セイアヌスは、一点突破を図ってきた。当然、そうするだろう。大きく広がって包囲を狙う相手に対し兵をまとめて、薄くなった一点を突破する。

 押しながら兵を小さくまとめた。突破を狙う一点に兵をまとめる。正面切ったぶつかり合いになった。時間との勝負だ。そう高星は思った。

 敵の押す力が弱くなった。敵の背後、丘の頂上に、五十騎が陣取っている。広げた兵を小さくまとめる時に、五十騎だけ離脱させて、敵の背後に回らせた。

 小さくまとまって行くときだから、離脱して兵が減ったのを気付かせずに済んだ。あとは敵が気付く前に背後に回れるかだったが、新兵は十分な速度を見せた。

 高星が軍をまとめて丘の頂上に退く。二つの丘の頂上から、平場の三百騎を見下ろす格好になった。

 セイアヌスは、迷わず本隊の方に突撃してきた。逆落としを掛ける。セイアヌスの部隊が二つに割れて、逆落としを受け流した。

 しかし、逆落としを掛けさせたのは五十騎だけだ。二つに割れた片方に、高星が百騎を率いて逆落としを掛け、粉砕した。

 残らず叩き落とし、残る敵は百五十騎。それを半日かけて、ことごとく叩き落とした。最後の数騎になったとき、セイアヌスは武器を捨てて降参した。

 せめて高星と刺し違える事を狙うくらいの気概は見せて欲しかったが、セイアヌスの性格では、それを期待するだけ無駄であろう。


 日を改めて、歩兵を相手にした調練を行った。正規兵、朱耶(しゅや)軍、海兵から任務から離れられない者を除いて、二千。それを五百騎で打ち破る。

 本来ならば、歩兵だけではなく、歩騎混合の部隊を相手取って調練をするべきなのだが、そこまでの数が無い以上、止むを得まい。

 歩兵は流石に騎兵に対する守りを固めている。だが突破しようと思えば、突破できないものではない。

 騎兵を完全に止められるだけの槍衾(やりぶすま)を作ると、前には強いが機動力はほぼ無くなる。側背を守る友軍、味方の騎兵がいなければ、回り込まれる。

 今歩兵が組んでいる陣は、騎兵の突撃を完全には止められないが、それなりの抵抗はできる。その上ある程度機動力を持ち、側背からの攻撃にも対応できる。

 一方の騎兵は、犠牲をいとわない攻撃を仕掛ければ、歩兵を突破する事は可能だ。しかし、安東軍において犠牲をいとわない攻撃は、厳禁としている。


「セイアヌス、三百騎で敵を牽制しろ。古参兵を使って良い」


 セイアヌスが三百騎を率いて、歩兵の周囲を駆けまわる。時折突っ込むと見せかけては、直前で反転したりする。調練なので木剣しか持っていないが、実戦なら弓矢を射ち込んでいる所だ。

 高星は二百騎を率いながら、じっと歩兵の様子を窺った。歩兵の一部が、しつこく牽制を掛けるセイアヌスに痺れを切らし、囲い込もうとする。セイアヌスが素早く離脱した。

 駆けた。二千の歩兵が見せた僅かな隙に、二百騎で突っ込む。最初のぶつかり合いで勢いを殺せなければ、突撃した騎兵を止める事は難しい。突きぬけると、反転した。百ずつに分かれ、二つに割れた敵に、それぞれ突っ込んだ。

 また突きぬけるとセイアヌスの三百騎と合流し、全軍で押した。歩兵が圧力に耐え切れずに下がる。が、隊列を崩さぬようにしながら下がり、潰走には至らぬ様に退いている。

 1㎞ほど押し込んだところで、調練を終了した。あえてどちらが勝利したとも言わなかった。それぞれが、自分の課題を見つけることができればよい。

 ミタク城に戻ると、まずエステルを呼んだ。


「装備、糧秣、軍馬、どれをとっても、騎兵の自由な行動を妨げないように、万全の手配をしておけ」

「またすぐにでも軍を動かすような備えだな」

「動くと決めてすぐ動けずして、何の騎兵か」

「解った。他には?」

「ミタク以南の地形を、詳細に調べておけ」


 更に戦を続ける。そういうつもりで言った。エステルも、それは察しているはずだった。

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