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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
ミタク城攻略戦
179/366

1・木無原会戦

 昼を過ぎていた。

 しかしコルネリウス軍は、戦闘態勢を整えて迫って来る。明朝を待ったり、ましてや兵を休ませるつもりは無い様だ。ティトウスの焦りが見える。

 兵を休ませようとしたところで、その時はこちらから仕掛けて、休ませるつもりなどは無い。だが向こうから来るというのは、やはり都合が良かった。

 高星(たかあき)の策略にまんまと乗せられて、襲われてもいないダワトに急行したコルネリウス軍は、これ以上、安東軍の好きにはさせられないと、無理を押して帰路を急いだ。

 途中で安東軍が待ち構えていると知ると、それこそが狙いだったかと勘づきつつも、決戦を挑んだ。

 コルネリウス軍四千が、V字型の陣形で迫って来る。左右の端に騎兵を五百ずつ置き、明らかな包囲志向の陣形だった。

 横陣より融通が利かず、性急だが、兵力の多さ、それも歩騎共に多い事を活かして、一気に決めようという腹だ。

 それに対する安東軍は二千八百。民兵は全て兵站線の警備と、敵を誘い出す前衛に投じたので、全て正規の兵だ。

 高星はこれを、魚鱗(ぎょりん)に近い形にした。前衛左に第一、右に第二大隊。後衛右から順に、第三大隊、海兵大隊、朱耶(しゅや)家援軍。後備に騎兵を置いて、高星が指揮を執っている。

 海兵を後衛中央に配置したのは、本来船上で戦う彼らは、接近戦には強いが隊列を組んだ戦いは苦手としている。そこで乱戦気味になってから敵とぶつかる様に、内側に配置した。

 定石を言えば、兵力で勝り包囲を狙ってくる敵に対して、正面に強い魚鱗陣で抵抗しながら、完全包囲される前に突破口を見つける戦い方になる。事実、騎兵を後衛に配置するのは、突破口を探り、見つけ次第突撃する構えだ。

 しかし高星は、定石通りの戦などするつもりは無かった。

 高星だって好き好んで定石を捨てている訳ではないが、劣勢を覆すには、どうしても奇策が必要なのだ。特に、定石で押してくるコルネリウス軍の様な相手に対しては。


     ◇


 コルネリウス軍が、鯨波(とき)の声を上げて迫ってきた。

 高星は全軍を、右へ移動させた。コルネリウス軍左翼を正面に捉える様に位置取る。

 敵の左翼騎兵が躊躇(ちゅうちょ)した。軽騎兵では、隊列を整えた歩兵に正面から突撃するのは難しい。

 一見しただけでは解らない敵の油断や隙を突けば、正面からでも敵を崩せる。しかしそれには、率いる将に優れた洞察力が必要だった。

 コルネリウス軍の騎兵指揮官は、そこまでの洞察力は持ち合わせていなかったようだ。あくまで迂回して、安東軍の側面に回ろうとする。

 しかしそちらには、すでに安東軍騎兵がいた。安東軍全体が横移動する間に、足の速い騎兵は歩兵の右に出ていた。

 安東軍の弓騎兵が一斉に矢を放つ。横から矢を射たれた敵騎兵は、バタバタと打ち倒された。騎兵は、横から攻撃されると明らかに的が大きい。

 コルネリウス軍騎兵は、自分達が死地に陥りつつあることを感じ取った。正面には安東軍歩兵が壁のように立ち塞がっている。左は安東軍騎兵に塞がれた。右は味方の歩兵が敵とぶつかっている。

 三方を塞がれ、騎兵の最大の強みである機動力を殺されつつある。一時離脱して、態勢を立て直すしかないと考えたコルネリウス軍騎兵は、安東軍騎兵の右端を掠めて、左手後方に突破を試みた。


「構うな!」


 高星が騎兵を制止して、離脱を図るコルネリウス軍騎兵を通す。安東軍騎兵の右手を抜けて行く敵が、半分ほど抜けたところで、横合いに突っ込んだ。

 敵を断ち割ると反転し、広がって、断ち割った後ろの隊を歩兵の方へ押し込む。敵の前半分が味方を助けに戻ってくる。反転して、そちらへ向かった。

 歩兵が繞回(じょうかい)して、敵騎兵の後ろ半分を、騎兵に代わってコルネリウス軍の方へ押した。第二大隊の七戸(しちのへ)大隊長。頭の回る男だ。

 敵騎兵が味方を救援しようと突っ込んでくる。避けるように一度左に避け、敵の先頭に横からぶつかった。頭を横から叩かれ、敵の隊列が崩れる。

 もう一度反転し、横腹に突撃した。貫くと隊を三つに分け、二つに割られた敵にそれぞれ一隊を当てた。

 高星は敵の動きを見ながら、突くべきところを探した。後方、歩兵に押し込まれている敵騎兵は、このまま味方の中に押し込まれるよりはと、バラバラになって離脱を始めていた。

 中核となるものさえ与えなければ、あれはもうまとまれない。逆に言えば、中核を粉砕できなければ、バラバラになった敵はまた再集結する。

 二つに割られた敵のうち、頭の方に襲い掛かった。最初に先頭を叩かれたので、乱れが大きい。二隊で挟み込み、絞り上げる様にしながら追い立てた。

 追い立てられた敵が、味方の方へ逃げ込んだ。それでもう一方の騎兵も、敗走する味方に巻き込まれて隊列を崩す。できるだけ敵が散る様に、三隊を放射状に走らせて追い散らした。


     ◇


 敵左翼騎兵を散らしてしまうと、部隊をまとめて敵歩兵の側面を討った。

 敵の左翼一千と、こちらの前衛一千が正面から押し合う形になっている。互角の押し合いだ。

 敵の側面から背後に掛けて走り回り、矢を射ちこんだ。敵が動揺する。すかさず第二大隊が押し出した。騎兵も敵の背後から、広がって押した。

 前後から圧迫を受け、敵が苦しんでいるのが良く解った。しかし、踏みとどまっている。ここで討ち死にしてもと言う気迫を出している。

 こちらが敵を崩すのに手間取れば、その間にコルネリウス軍の右翼が回り込んできて、勝負が決まる。そう考えている。

 事実、敵に回り込まれる前に、敵を崩す事が出来るかの勝負だった。第一大隊などすでに、敵の左翼に加え、中軍の一部も相手取って奮戦している。


「押せ! ひた押しに押せ!」


 押し切るしかない。そう思った。敵は足に根が生えたように動かない。千錬剣を抜き、斬り込んだ。

 包囲どころか、挟撃でも味方が崩れかねない兵力差なのだ。その前に決めるには、命を張るしかない。

 一人を斬り倒し、もう一人突き殺した。流石に敵も、背後からの突撃には対応しきれていない。

 止めきれないと見るや、突き出たような陣形をいくつも組んで、一体となっての突撃を乱そうとして来る。明らかに、対騎兵を想定した訓練を積んだ兵だ。

 駆け続けなければ、槍を持った兵に囲まれる。味方の歩兵の方へ駆けたが、堅い。こちらは無理と判断して、方向を変えた。

 騎兵の戦い方が、敵を断ち割り、崩して敗走に追い込む事も知られている。何としても突破はさせない。そういう戦い方だ。

 突き出された槍を払い、蹄に掛けた。押す力が足りない。いや、押し返す力が強いのだ。逃げ場がないため、敵は必死で押し返してくる。

 しかし逃れられるようにしても、敵は敗走しないだろう。隊列を保ったまま退き、抵抗を続ける。それでは駄目だ。

 行く手を敵の一団が遮った。小さく固まっている。先頭の何人かが犠牲になる覚悟でぶつかり、こちらの足を止めて囲みこみ、槍で突き殺すつもりだろう。

 いきなり矢を放った。弓は手薬煉(てぐすね)で左手に張り付けてあるので、すぐに射てる。後続の兵が続いて射ち、塊が揺らいだところを突破した。

 突破してもなお食い下がって来る兵がいて、槍を突きだしてきた。突きだされた槍を掴み、剣で柄を払って奪う。奪った槍を敵兵の胸に突き立てた。

 一度下がって、再び突撃を掛けるべきか。敵は確実に消耗しているが、これ以上の乱戦は、こちら側の被害も大きい。しかし、その余裕があるか。

 そろそろ敵の右翼が、味方の側背へたどり着いている頃だ。それを想定して戦う用意はしてあるが、どれだけ持ちこたえられるかは、味方の働き次第だ。

 美しい銀髪を流した騎士が、高星の目の前で敵を斬り伏せた。


「高星、あまり無茶をするな」

「エステル、味方はどうなっている?」

「どこもまだ奮戦している」

「背後は?」

「見事に敵騎兵を止めている様だ。まだ少しだけ、時間はある」

「よし、一旦離脱する」


 有能な副官のおかげで、情況の把握が早くて助かる。高星が離脱に走る間、エステルは高星の左に付き、襲い掛かる敵を二人、三人と斬り倒して駆けた。

 敵から距離を取りながら部隊をまとめ、反転し、助走を付けて再び敵に向かう。敵もすばやく陣形を立て直すが、堅固だった陣に、綻びが生じている。


「あそこだ、突っ込め」


 綻びに切っ先を向けて、走り出した。ぶつかる。堅い物に当たった様な感覚は一瞬で、敵が崩れた。

 だが崩れたのはごく一部で、周囲は混乱を避けてしっかりと部隊をまとめている。そして空いた穴を素早く塞いで、こちらを閉じ込めようとしてきた。

 閉じ込められる前に素早く退いた。罠では無いと思う。崩されても、それに対応してきたのだろう。

 しかし、堅固だった敵が、僅か一部であっても崩れた。限界が近づいてきている。もう一度、突撃態勢を取る。今度は、目一杯行く。


「続け!」


 敵陣の、いちばん堅いと見られるところへ、剣を掲げて突撃した。最初の一人を斬り倒し、後は周囲の者に任せてひたすら突き進んだ。

 将校と思われる騎士が、挑んできた。すれ違い様に、お互い剣を振るう。一太刀目は空を切り、反転してもう一度ぶつかった。

 手応え。相手の肩口から赤い線が引かれる。剣をしっかり構え直し、もう一度ぶつかっていった。向こうも逃げずに立ち向かってくる。

 金属同士のぶつかり合う音。相手の剣だけが折れた。いや、千錬剣が、相手の剣を斬った。

 すかさず左手を伸ばして相手を掴み、馬から引きずりおろして投げた。地面に叩きつけられた敵に、下馬した兵が襲い掛かって止めを刺す。

 不意に、敵の抵抗が弱くなった。堅い物を砕いたような感覚だ。

 第二大隊が押していた。騎兵の突撃を見て、勝負どころだと悟った歩兵が、押しまくったのだ。二方向から押され、ついに敵が敗走に陥った。


「この戦もらったぞ! 我に続け! 押しまくれ!」


 敵最左翼の歩兵部隊が崩れた事により、第二大隊が敵を側面から攻撃できるようになった。その分騎兵は、敵の背後に回れる。

 三方から囲みつつ、敵を討つ。それで勝敗は決まるはずだ。高星は腹の底から声を上げて、また馬を駆け始めた。


     ◇


 安東軍が右に移動して、コルネリウス軍左翼を正面に捉えたため、コルネリウス軍中央から右翼は、敵を追って大きく回り込む形になった。

 前衛が敵とぶつかっていた頃、後衛の三部隊は向きを変え、側背に回り込んで襲い掛かろうとする敵に備える。

 後衛左に位置していた朱耶家の部隊は、左に向きを変えて敵を待ち受ける。元の陣形の位置から、く字の頂点に当たる位置で、突出して敵と当たる事になった。

 そのため僅か五百の部隊が、敵中軍の大部分と右翼の一部、およそ一千近い敵を相手にする事になった。

 しかし朱耶軍は主君の気風の影響か、士気が非常に高く、圧倒的な敵を相手にする危険な位置にありながら、守るどころか激しく攻め立てた。

 それに対するコルネリウス軍の中軍は、ティトウスの指揮の下、堅牢な防御を見せ、数で劣る朱耶軍は、何度も跳ね返されて損害を出した。

 朱耶軍五百の損害は、最終的に戦死者三十人を出す事になる。むしろこの程度で済んだのは、圧倒的劣勢でありながら攻め続けたのが功を奏したと言える。その代り、負傷者は数えきれないほどに上った。

 その猛攻はコルネリウス軍右翼をして、下手に前進して陣が薄くなれば、そこを突破されて背後から挟撃を受けかねないという危惧を抱かせ、足を鈍らせる成果を上げた。

 無論、高星は朱耶軍のその様な奮戦を、最初から当てにする様な事はしない。朱耶軍の士気は高く、五百と言えども期待できる戦力と認めつつも、その背後に海兵隊を配置して、備えさせた。

 士気の高い朱耶軍の後ろに、隊列を組んだ戦いは不慣れだが、接近戦には強い海兵を置いたのは、まず合理的な配置と言えるだろう。

 他家からの援軍なら、どれだけ犠牲が出てもそれほど惜しくない、という思惑が有った事は否定できない。

 海兵隊の任務は、朱耶軍の後衛だけではなく、回り込んでくる右翼を阻止する役目を負った第三大隊の補助もあった。

 しかし朱耶軍の予想を超えた奮戦のおかげで、コルネリウス軍右翼歩兵は前進を躊躇(ためら)い、第三大隊は最右翼の騎兵だけを相手にすればよいと言う情況になった。


     ◇


 ワイズマン率いる第三大隊は、敵右翼を抑え込む要、対騎兵を任務としていた。

 それはあくまで主要な任務と言う事で、騎兵だけを相手にしていれば良いという事ではなかった。しかし、朱耶軍の奮戦の影響で、期せずして騎兵だけを相手にすればよくなった。

 歩兵五百で騎兵五百を止める。決して容易い事ではない事は、兵達も良く理解している。しかし、歩騎共に相手にしなければならないと思っていた所が、騎兵だけを相手にすればよいとなって、精神的に楽になった事は確かだった。

 また、大隊長のワイズマンにも、勝算ではないが、見通しはあった。高星の策に(はま)ったコルネリウス軍の強行軍は、騎兵にも負担を掛けたはずである。残りの体力、持久力において、敵騎兵には余裕が無い。ましてや今また、予想外に大きく走り回ったばかりである。

 苦しいのは初めだけ。耐え続けられれば、光明は見えてくるはずだ。

 敵騎兵が迫って来る。正面は流石に避けて、側面に回り込もうとする。しかしやはり余力に不安があるのか、最低限の移動で済まそうとする。

 中央を前に出し、左右を下げ、半円形の陣を取った。さらに円周に身動きが取れないほど兵を密集させて、ハリネズミのようにする。古代の戦法だが、正面への強さだけは現役で通用する。

 これには流石に敵も突撃を断念した。正面に捉えている限り、軽騎兵はそれほど恐るべき敵ではない。

 敵が背後に回ってきた。こちらにはほとんど機動力が無い。無防備な後ろから突撃を受け、陣形が崩された。


「慌てず、同じ隊の者と行動を共にせよ」


 ワイズマンは小隊を率いて、崩された味方をまとめ直した。規律を保った小隊が核になった事で、素早く隊列が整え直される。

 思うように崩せていないと気付いた敵は、再び突撃を図ろうとする。


「諸君、この攻撃を凌げるかは、諸君の勇気に掛かっている。安東家は騎兵だけではないという事を、見せてみろ」


 完全に立て直す前にもう一撃加えようと、敵が突撃してくる。兵達は正面から突撃してくる敵騎兵を十分に引きつけ、武器を水平に振るい、馬の脚を狙って攻撃した。

 強行軍から休む間もない戦闘で、馬も疲弊して速度が落ちていたのが災いした。少なくない馬が棒立ちになり、それに巻き込まれる後続も出た。

 騎士も馬も万全の状態であれば、この程度の攻撃は、容易く飛び越える事が出来たであろう。

 落馬した者は元より、足を止めてしまった騎兵も、素早く囲みこんで仕留めていく。


「海兵隊に援護を要請。このまま乱戦に持ち込む」


 言うや否や、ワイズマン自身剣を抜いて敵に向かっていく。それを契機に、第三大隊が一斉に攻勢に出た。こうなると、騎兵は脆い。

 コルネリウス軍右翼歩兵部隊が、ようやく前進して安東軍とぶつかったが、もはや機を逸した感は否めなかった。歩兵と騎兵の連携など、もはや望むべくもない。

 安東軍も、海兵隊が本格的に参戦して、剣の腕を見せつける。コルネリウス軍右翼対安東軍後衛は、ほぼ拮抗した乱戦に突入した。

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