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コルネリウス軍の戦略は、籠城し、安東軍の疲弊を待って反撃に出る事にある。
しかしだからと言って、城から一歩も出てこない訳では決してない。むしろ、安東軍による総攻撃の後、頻繁に出撃しては戦いを挑んできた。
安心して兵を休ませられる城があるコルネリウス軍は、同じ様に戦っても、安東軍よりも消耗が少ない。故に、城に籠りながらも連戦に訴えた方が、彼我の余力の差は開いて行く。
もちろん安東軍も、ただやられてなどいない。総攻撃を断念し、有効な攻撃手段を用意できてなく、ましてや強攻に出るつもりは無い高星にしてみれば、敵が打って出るのは、籠られるよりは敵に打撃を与える好機と捉えていた。
それでも、無条件に敵の跳梁を許す訳にもいかない。ミタク城北側の本陣が完成した今、包囲は無理でも、他の城門をにらむ位置に新たに陣を構え、敵を牽制しようとした。
本陣構築に従事したおかげで、一般の兵も大分土木作業に慣れている。加えて本陣を構築する際に引いた図面を再利用して素材を加工し、ある程度組み立ててから現場に運び、組み立てる。これによって工事にかかる時間が、大分短縮できた。
作業が早ければ、敵の妨害を受ける回数も減り、大きな遅れも生じない。ミタク城西門をにらむ位置に西陣を敷き、第三大隊をそちらに移した。
こうなると敵も、西陣を攻撃目標として狙う様になる。敵の襲撃を察知すれば、騎兵が壁の側面を突くべく移動するが、基本的に第三大隊長・ワイズマンの裁量で、西陣の防衛に当たる事になる。
◇
「隊長、敵軍が城内から出撃して、展開しております。その数およそ八百。全て歩兵です」
「陣内防御の態勢を取ります。弓兵を前面および側面に配置。百程の兵を前に出して、敵を引き寄せます。誘いの兵は、二つに分かれて動きなさい。それ以外の兵は、待機」
兵が素早く配置に就く。誘いの部隊が陣の左右に出て、敵を挟むように前進を始めた。無論、百に満たない兵が挟み撃ちをしたところで、八百の敵が崩れる事はまずない。
敵は、囮の兵を蹴散らして西陣に迫ろうと、前進を始めた。囮の兵が退く。その際に、真後ろではなく斜めに後退する囮の兵を追って、敵軍は横に広がりながら迫ってきた。
「斉射!」
陣から一斉に矢が放たれる。横に広がった敵に、弓の一斉射は非常に有効だった。しかし敵も、この程度で易々と崩れはしない。
囮の部隊を陣内に収容すると、ワイズマンは敵右翼への集中攻撃を指示した。予備の弓兵、側面後方を担当していた弓兵が配置転換し、連射を浴びせる。密度の上がった矢の雨に、敵が崩れを見せる。
「よし、敵右翼を撃破する。出撃!」
ワイズマンが自ら兵を率いて、動揺した敵右翼に襲い掛かった。ただ出撃しただけではない。自ら剣を振るい、敵と渡り合う。大隊長がそうあれば、部下も奮い立たずにはいられなかった。
たちまち敵の右翼を敗走に追い込む。それを見て敵は、このままでは側面から攻撃を受けて崩されると、総退却に移った。
追撃はしなかった。逃げる敵を追う機動力は持ち合わせていないし、うっかり城壁の射程距離に入れば、矢の雨を浴びる事になる。大隊の任務は、西門をにらみ、敵の自由な行動を牽制する事であって、打撃を与える事ではない。
「勝鬨を上げろ!」
おお、と天を衝かんばかりの意気が上がる。第三大隊は、士気も非常に高く保たれていた。
◇
「ワイズマンから、要請だと?」
「陣地強化のために、追加でこの様な工事をしたいそうだ」
エステルが図面を差し出す。
「これは……」
図面には説明書きがされているが、それを読まずとも図面を見ただけで、高星には大まかな意図が察せられた。
「面白いかもしれんな」
「大隊の任務から、少し外れるのではないか?」
「いや、大隊の任務のうちだ。工事の許可と、資材を送ってやれ」
「心得た」
高星から正式に許可を得たワイズマンは、さっそく陣地の拡張工事に着手した。陣地の南に、出丸として三角形の突角を増築した。
ただいかにも急ごしらえと言った趣で、土塁も空堀も無く、柵に使った木材も、西陣本丸と比べて、一回りか二回りは細い物を使用していた。
また同時に反対側、陣の北から西に掛けて、ミタク城との間に当たる一帯の木々を切り払い、出丸の資材に使った。資材調達よりも、見通しを良くして、遮蔽物を無くす事が主眼だった。
これでこちら側から攻め寄せる敵は、姿を丸見えに晒す事になる。
コルネリウス軍は、これに反応した。これ以上守りを固められる前に、本隊から別れた一個大隊を始末しておきたいと思ったのだろう。西陣攻略に、歩兵二千を投入してきた。
流石に四倍の敵を相手取るとなれば、陣地を捨てて退却しても止む無しと言う所だった。しかしワイズマンは、援軍は要請しても、撤退はせずに抗戦すると決めた。
拡張した陣地を見て攻撃を決断したのなら、援軍到着まで持ちこたえられる。その自信があった。
コルネリウス軍二千は、正面に五百、北側に五百、そして南から出丸を狙う部隊として八百を展開し、残り二百は予備隊の構えだった。
予備隊に旗が上がっており、ティトウス自身が指揮を執っているらしい。二千の部隊ともなれば、不思議は無い事だった。
一方のワイズマンは、出丸に五十を配置し、残りは本丸の防衛に立て籠もらせた。
コルネリウス軍が攻撃を始めた。正面からはそれなりに、北側からは無理攻めをせず、牽制程度に攻める。
猛攻を仕掛けてきたのは、やはり南だった。出来が良いとは言えない出丸に、八百の兵が殺到する。三角形をしているので、二辺から挟み撃つように攻撃を受けた。
同じ様な突角が他にもあれば、そちらから援護射撃も望めたであろうが、出丸に援護射撃をできる陣地は存在しなかった。
そこを五十の兵で守れという方が無理な話だ。ただただ集中攻撃を受けて、出丸は敵の手が着いてから、僅か五分足らずで陥落した。
しかし、そこからが本領であった。出丸から本丸へ攻撃を掛けようとするコルネリウス軍は、近距離からの激しい斉射に襲われた。
しかも八百の兵が出丸に入ったために、思うように身動きが取れず、バタバタと打ち倒される。
わざとこの狭い出丸に敵をおびき寄せて叩く。それがワイズマンの狙いだった。敵を誘引して叩こうというのは、大隊の任務から逸脱の懸念があった。
しかし、あくまで敵が攻めて来た時の備え。と言う事で、大隊の任務の内と判断され、思い通りの陣地を構築する事が出来た。
これを見てコルネリウス軍は、すぐに退却の合図を出した。敵にしてやられた今、攻勢にこだわってぐずぐずしていれば、安東軍の騎兵が到着し、厄介な事になる。そうティトウスが判断しての、素早い退却の決断だろう。
援軍の騎兵が到着したのは、コルネリウス軍が退却していくらも経たないうちだった。コルネリウス軍は、際どい所で退いた、と言う事になる。
以後、コルネリウス軍は西陣に対する認識を変えたようで、不用意な攻撃は仕掛けて来なくなった。こちらも、膠着である。
◇
安東軍の陣地は、全体として楽観的な雰囲気に有った。
度重なる敵のうるさい攻撃は、何度となく撃退した成果か、このところ絶えて無い。こちらからの攻勢も今は手詰まりではあるが、海路から攻城兵器が運搬中だという。
兵站線も今は十分に機能してあり、警戒も決して怠ってはいない。要は、頭を悩ませなければならない様な問題が、何一つないのだ。
その唯一の例外が、高星だった。高星を悩ませているのは、次にティトウスがどう出てくるかに他ならなかった。
この膠着状態の中で、ティトウスも次の手を探っていることだろう。それを読み切り、逆手に取らなければ勝利は無い。無論、ティトウスも同じ様に考えているはずだ。
まず狙うとすれば、兵站か。しかし、敵軍の監視は強めている。兵站線や、物資の集積拠点攻撃のための軍勢を城外に出せば、見逃しはしないはずだ。
こちらの目を眩ませられるような小規模な軍勢では、民兵とは言え総勢八百を警備に当てている兵站線を、そう易々と絶てるとは思えない。
それに、この戦役だけではなく、もっと大きい視点で考えれば、兵糧を焼き払って安東軍を撤退に追い込むような勝利では、満足できないはずだ。
コルネリウス家の望むところは、安東家を滅ぼす事だ。そのための方法として、高星を討つ事、もしくは戦力の要である騎兵を撃滅して、軍を無力化する事を望んでいる。
ならば、昨年の連環鉄騎投入に匹敵する勝利を得て、今度こそ安東家の息の根を止めたいはずだ。
そのためには、どんな手を打って来るだろうか。
まず考えられるのは奇襲。いや、敵の兵力の方が多いので、強襲と言うべきか。こちらの隙を突き、一大攻勢を仕掛けて、殲滅する。単純かつ、強力だ。
しかし、長期戦による消耗はどうしようもないが、精神的な油断は万全ではないにしても、防げる。特に現状においては、敵はこちらの消耗を待って反撃に出る可能性が高いという事を、すでに周知させている。
長期の対陣による気の緩みは、それぞれが意識して引き締めさせている。この状態を維持し続けられれば、不意を突かれて崩れる事は、無いはずだ。
兵站の守りも、本陣の警戒も厳重だ。ならば、敵はどこを狙ってくるか。どこを討てば、我が軍を壊滅させられると思うか。
敵に付け込まれる隙を作らない事で、かえって敵の動きが読めなくなった。いっそ、穴を作って誘ってみるか。例えば、偽装退却で敵を城外に誘いだす。
だが誘いは誘いだと気付かれてはならない。不自然で無い誘いをするには、今の情況は適していなかった。今の安東軍に退く理由は無い。ここで退けば、怪しまれる。
やはりしばらくは、攻城戦を続けるしかあるまい。矢や梯子などの補充は進んでいる。堀の埋め立ても続けさせているし、前回は無かった投石の用意も揃ってきた。
操が見せた様に、炸裂弾を使えればもっと有利に戦えるかもしれないが、流石に火薬は欲しいからと言ってすぐに用意できる物でもない。そもそも手元にある硝石は、ほとんど卸先が決まっているので、勝手に使う訳にはいかない。
城一つより、商売の信義の方が重い。それで戦費を作っているのだから、なおさらだ。
それに城壁に上がるのも大変だが、上がってからが問題だという事が前回の攻撃で分かった。城塔からの攻撃、火車による挟み撃ち、狭い空間に密集しなければならない不利。
腕に装着出来て、両手を塞がない小型の盾を即席で作らせている。無いよりマシだが、矢は防げても、落石を防げる強度は無い。
結局のところ、敵が対応できなくなるまで波状攻撃を繰り返すしかない。これが現代の攻城戦の限界なのだ。
城攻めのやり方を根本から変える何かが無い限り、力で落とすにはそうするしかないだろう。
だが今の安東軍に、城を落とすだけの力はない。仮に落としたとしても、見えているのは外城壁でしかないのだ。まだ内城があり、そこはさらに守りが固い。
そこまで迫れば、エイジスに駐屯している二千も救援に動き出すだろう。そうなれば、挟撃だ。
やはり、策をもって一気に落とすしかない。しかし、敵は策略に対する守りも硬く、情況も適してはいない。
堂々巡りか。ひたすらに、機を待つしかないのか。
高星は卓上に置かれたミタク城周辺の詳細図から目を上げ、背筋を伸ばした。壁に掛けられたセカタ平原の地図が目に入る。にわか作りの兵舎の壁は、地図や資料で埋め尽くされている。
「ん?」
たまたま目に入った文字列が、何かに引っかかった。木無原台地。セカタ川の上流、ここから西に行った、ダワトの街周辺の地名だ。文字通り、木の一本も生えない荒涼とした台地だという。火山灰が堆積した土地だそうだ。
台地と言うからには、周囲より高くなっているのだろう。そして台地の上は、それなりの広さがある。現に地図上でも、その様な地形になっている。
ならば台地の麓からは、台地の奥の方にあるものは見えないだろう。在るものを隠したり、無いものを在ると思い込ませたりできるかもしれない。
台地にあるダワトの街に関する資料を見た。人口は二万八千。市壁が有り、一個中隊程度の自警団を持つ。主要産業は、牧畜。セベナ村の数倍の規模の牧場がある。
高星の頭の中で、急速に戦略が組み上がっていく。敵を誘い出し、打ち破る事はできそうだ。だがミタク城を完全に陥落させるには、まだいくつか手を打つ必要がある。
偽の命令書。一枚だけ用意したあれを、使う時が来たようだ。それから、城内への工作もいる。
ジャンを呼び出した。
「棟梁、何の御用でしょうか?」
「ミタク城へ侵入しろ」
「ではいよいよ?」
「勝負に出る。お前の任務は、内側から城を混乱させて、本丸に敵が立て籠もって抵抗するのを防ぐ事。そして統治に必要になる書類資料の類を、処分される前に確保する事だ」
城から落ち延びる時は、重要な情報を敵に渡さない様に、資料の類は焼き捨てるのが基本だ。その前にそれを確保する。場合によっては、敵の重要機密を得られるかもしれない。
「前回より、侵入への警戒は厳しいと思いますが」
「侵入に関しては、見兵衛の手の者が手引きしてくれる。ただし侵入だけだ。工作は、お前一人でやるしかないだろうとの事だ」
「俺一人、ですか」
「操も見兵衛も、これから手元に欲しい。お前一人に重要な任務を任せるのは、初めてになるな」
「大した意味はありません。初めてが無ければ、二回目も三回目もないでしょう」
「失敗すれば、死ぬぞ」
「死にたくはないので、頑張ります」
「お前にはまだ、生きようとする執念が足りんな。まあ、それは今はいい。明日、二度目の攻撃を掛ける。その騒ぎに乗じて侵入しろ」
「はい」
「よし、すぐに掛かれ。次は、ミタク城内で会おう」
「出迎えの用意をして、お待ちしてますよ」
ジャンも、なかなか言う様になったではないか。そんな事を思った。
一人になると、卓上遊戯の駒を出して、敵味方に想定して並べた。敵との会戦に勝たなければ、全ての策は何の意味もない。
勝つ自信はあるが、何度でも、何通りも、会戦を想定するに越した事はなかった。
会戦に思いをはせると、心が震えた。




