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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
膠着
173/366

1

 セベナ村―シザン村間の兵站線を構築した安東(あんどう)軍は、いよいよミタク城下に迫った。

 セカタ平原中央部を東西に流れる大河セカタ川を越えると、ミタク城の城塔が見えてくる。

 更に近づくと、見えてきたのはミタク城の城壁、だけではなかった。

 城外に敵軍が待ち構えている。行軍のための隊列を、素早く戦闘態勢に変えた。

 敵は歩兵三千が城外に出て、魚鱗陣を組んでいた。騎兵は居ない。こちらは兵站線が伸びた分、その守りに兵を取られて、歩兵二千八百と言う所だ。


「城を攻めれば城外の兵が、城外の兵を攻めれば城内の兵が側面を突く。掎角の備えだな」


 騎兵が城内に居るのは、少ない兵力でも攻撃力があり、退くときもすばやく退けて、敵を城内に入れないためだろう。

 悪くない判断だと高星(たかあき)は思った。自分でもおそらくそうする。城の守りは、一千いれば十分持ちこたえられる。


「どうする、高星?」

「どうと言う事はなかろう。見たところ外の隊を指揮しているのは、ティトウスでは無い様だし」


 ティトウス自身が指揮を執っているのなら、それなりに対応してくるだろう。しかし、そうで無いならばむしろ、待ち構えている事が命取りだ。


「セイアヌス!」

「はっ」

「あの敵を蹴散らせ。歩兵は、正面から圧力を掛けさせる。できるな?」

「お任せください」


 歩兵に横陣を組ませて、じりじりと前進を始めた。騎兵が飛び出し、真っ直ぐ敵に向かっていく。

 騎兵が正面から突っ込み、敵を断ち割った。長柄の武器を突きだしていたが、槍衾(やりぶすま)と言うには密度が足りない。

 騎兵を止められるだけの槍衾(やりぶすま)を作ると、動きは(いちじる)しく悪くなる。どんな事態にも対応できるように備えた事で、騎兵への対処が甘くなっていた。

 それに、小さな横陣を重ねて∧型陣を作る魚鱗陣は、正面から中央の一点を突破すると、左右の大部分の兵が遊ぶ。三千の敵と言えど、立ち塞がるのは一千に満たない。

 突っ切った騎兵は反転し、後方から敵に襲い掛かる。横陣の発展形である魚鱗陣は正面に強く、機動力もあるが、側背が弱いのは横陣と変わらない。

 歩兵が圧力を掛けているので、反転する事が出来ない。城内の兵も、安東軍の歩兵がにらみを利かせていては、出るに出れなかった。

 結局陣形が崩壊した敵が、一目散に城内に逃げ込んでいった。三百騎で蹴散らしただけなので、損害はそれほど与えていないが、まずまずだろう。


「一番の失敗は、魚鱗陣を組んで待ち構えていた事だな。ティトウスが指揮していれば、戦いながら変幻に手を変えただろうが、あれでは手の内を晒しながらカードゲームをする様なものだ」

「始めっから魚鱗陣を組んで、それで戦う気でいたので、手の内を晒してこちらに考える時間を与えた、と言う事ですか?」

「そうだ。ジャン、お前ならどういう風に待ち構える?」

「敵が負ける所を見てからそれを言うのも、卑怯な気がしますが」

「構わん」

「見た目はごく単純な、横陣あたりを組んでおいて、実は二つの方陣を並べた陣にするのはどうでしょう。騎兵が突っ込んでくれば、二つに分かれて受け流す。もし片方が崩されても、もともと二つの陣形なら、もう片方までは崩れません」

「そんなところだろう。我が軍の騎兵は三百騎と言うのは知っているのだから、三千なら四つに分かれても良かっただろうな」


 敵を蹴散らすと安東軍は、城の前に陣を築く作業に入った。シザン村からここまで、さらに新たな兵站線も構築する。

 兵站に関しては、セカタ川からミタク城内まで運河が掘られているので、これを利用して水運で運ぶという手があった。

 しかしご丁寧な事に、水中には無数の杭が打ちこんであった。一本一本抜いて行くしかない。うっかり見落としがあって船が座礁すれば、始末にかかる手間が杭とは比べ物にならない。

 今後、攻城戦をする事を想定した陣地は堅牢で、陣地と言うよりちょっとした砦か城だった。兵の寝床に掘立だが宿舎を建て、食料は運ぶしかないが、水は井戸を掘った。

 各種の工事の計画は、全て高星が自ら目を通し、指示を与えた。


「敵の狙いは、遠征軍のこちらが疲弊するのを待っての反撃だ。兵糧庫は分散、防火を徹底しろ」

「高星、包囲は無理でも、せめて城の西と南にも兵を展開しないか? 今のままでは敵が自由に出入りできてしまう」

「そうしたいのは山々だが、兵力はこちらが少ないからな。下手に兵力を分散して、各個撃破されるのは避けたい」

「兵站線の警護に当たっている兵を引っ張って来るというのは? 敵をここに抑え込めるのなら、後ろの脅威は減るだろう」

「焼け石に水だ。絶対数が足りない以上、どこかは手薄になる。しかし、兵站線を手薄にするのはまずい」

「しかしこのままでは、こちらから手の出し様が無いぞ」

「そこをどうにかする手を考えさせろ。二節もただにらみ合っている気は無い」

「二節?」

「だいだい二節後には、提督が攻城兵器を手配して海路で送ってくれる。十分とは言えないが、大分マシにはなるだろう」

「安東軍は、野戦を主眼とするのではなかったのか?」

「城を落とされないと敵が思えば、野戦には出てこない。城を落とされるかもしれないと思わせる事で、野戦にも引きずり出せる。だから、城を落とせそうな手を考えろ」

「将校達に意見を出させてはいる。だが圧倒的に攻城戦の経験が足りんからな。期待はできないと思うぞ」

「それでも考えるしかないのだ。もういい、巡察に出る。伴」


 高星が親衛隊を連れて、工事中の箇所を中心に陣中の見回りに出る。

 巡察の最中に、ジャンが高星に尋ねた。


「棟梁、前みたいに俺を、ミタク城に送り込まないので?」

「今はまだだ。警戒も厳しいだろうしな。ただやるにしても今回は、お前だけで行ってもらう事になるだろう。(みさお)は手元に欲しい」


 操が欲しいとは、つまり斥候が欲しいという事だ。やはり高星の狙いは、敵を野戦に引きずり出す事にある。そうジャンは確信した。


「そろそろ麦の収穫時期だな。徴発を行って足しにしようか」

「あまり住民感情を悪くするような事は、避けた方がいいのでは?」

「しかし、敵には豊富な兵糧がある。対してこちらはぎりぎりで、兵には漠然とした不安が広がっている」


 確かに、はっきりと兵糧が足りない訳ではないが、去年が不作だったことは皆知っている。それが漠然とした不安感となって、兵の心の片隅に引っ掛かっている様だった。


「戦だ、綺麗事では済まんさ。勝った後の統治への影響よりも、目の前の勝利の方が優先なのは仕方が無い。ただやはり、代金くらいは払ってやれ」

「金がいくらあっても足りませんね」

「来年には新しい収入源が動き出せるはずだ。多少大盤振る舞いしても構わん」


 話しながらも高星は、見るべきところはしっかりと見ている。この場に居るだけでも三千を数える兵が出す、排泄物の処理体制が不十分だと指摘して、早急に対処せよと命じた。

 ジャンがまた駆け回る事になり、結局付近の農民に、ただでやるから持って行け、と半ば命じる事になった。

 命令半分とは言え、ただで肥料を配布するというのだから、反発は無かった。まあ悪くない始末の付け方だった、と言えよう。


     ◇


 上級将校達を集めて連日軍議を重ねる。攻城戦の策を考えさせているが、これと言った策は出ない。


「セカタ川の水を引いて水攻め、というのは? 運河を導線にすれば、容易に水を引けるかと」

「地形が平坦過ぎて、水がたまらん。却下」

「坑道を掘って城内に入るか、城壁を破壊するのは?」

「坑道を掘れるだけの技術が無い。専門の鉱山人夫を召集するのは有りだろうが、おそらく攻城兵器が届く方が早い」


 出てくる案は、どれもこれも実現性に乏しいものばかりだ。安東軍の攻城戦の経験の無さが、露骨に出ている。


「……ワイズマンは、何かないか?」


 帝都出身のワイズマンなら、多少は違った視点が無いかと思った。


「さて、現状可能な方策となると、かなり難しいものがあります。しかし愚考を申し上げますと、攻城兵器をこちらでも製作する、というのはいかがでしょう?」

「攻城兵器を造る?」

「セベナ川上流域から、木材は大量に調達できます。それで城壁より高い櫓を組んで攻撃すれば、少しはマシになるかと。製作にもそれほど高度な技術を必要としませんし」

「ふむ、悪くはないな。しかしそれには大量の資材が必要だ。運河の水運が使える様になるまで、運搬に手間がかかる」

「それはどうしようもないかと。ただ、運河に打ち込まれた杭。引き抜いたあれを使えませんか?」

「あれか、確かに今は、ただ野積みにしていたな。よし、乾いた物から順に、資材に転用させろ」


 久しぶりに良さそうな案が出た。しかし、まだ実現可能かは解らない。新たに攻城兵器製作の資材を運搬させるとなれば、輸送の人員も新たに割かねばならない。

 それに伴って輸送路、食糧配給、警備などなど、関連業務が山ほど発生する。本来の兵站業務を圧迫し過ぎるようなら、割に合わないとして計画は中止だ。それでも検討に値する案が出ただけ、良い方だろう。

 軍議を解散し、高星だけの業務に取り掛かった。すぐに気配を感じた。


「操、遠慮は要らん。報告をしろ」


 掘立小屋の部屋には戸が無い。戸の代わりのすだれを(くぐ)って、操が部屋に入ってくる。ほとんど音を立てなかった。


「周辺に、動きは無いか?」

「ありません。エイジスの二千も動きを見せませんし、周囲に別の部隊がいる様子も見られませんでした」

「そうか、ご苦労。下がってよし」


 手足を引っ込めた亀の如く、城に引きこもって完全防御の姿勢と見て良いだろう。守る側の方が兵力に勝る城など、下手に手を出せば痛い目に遭う。

 ティトウスの、と言うよりも、コルネリウス家の得意とする戦法だ。優勢な兵力を持って、定石通りの隙のない戦い方で、勝ちを急がず確実に押しつぶす。

 下手な小細工など弄さずとも、このまま城に籠っていれば、苦しくなるのはこちらの方だ。当然と言えば当然の判断だろう。

 策をもって敵を引きずり出す必要があるのはこちらだが、出てくる気の無い敵を引っ張り出すのは、容易ではない。

 結局のところ、策を使うにしても、しばらく真正面からの攻城戦を続けた後でなければ、掛かって来ないだろう。

 あとは、いかに犠牲を少なくして攻城戦をするかだ。

 報告書に目を通し、攻城戦の準備の進捗を確認する。石が思うように集まっていない。投石機などは無くても、投石紐(スリング)での投石は、弓矢と並んで重要な飛び道具だ。

 平野部では、石の調達元が意外に少ない。山間部から運搬しようにも、大量に運ぶとなるとかなりの重量になる。

 いっそ街道の敷石を剥がそうかと思ったが、兵站線のルートになりうるものを自分から潰して、後になって後悔したら目も当てられない。

 十分な用意をする時間が欲しい。だが時間が経つほどに兵糧などは減っていく。いくら万全の兵站線を構築しても、持って来た兵糧には限りがある。

 結局のところ、徹底的に効率化を進めて、迅速に準備を進めるしかない。あらゆる面で絶対数に劣るこちらは、一日一物たりとも無駄にできる余裕はない。

 厳しいが、なんという事はない。今までも辛うじて渡ってきた綱渡りを、今回も落ちずに渡りきればいいだけの事だ。

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