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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
進撃
170/366

4

 コルネリウス軍が、行動を起こした。

 斥候の報告によると、歩兵二千、騎兵一千の軍勢が、街道を北上してセカタ川を越えたという。

 高星(たかあき)は民兵五百をセベナ村に残し、全軍を率いて迎撃に向かった。珍しく数の上ではこちらが優勢だ。

 しかし、敵の半数はミタク城にいる。あくまで籠城前の前哨戦、そういうつもりなのだろう。

 様子見の小競り合いと言うのは、こちらも同じだ。敵が籠城するにしても、どういう経過を経て籠城に入るのかで、こちらの戦略も変わってくる。それを読み取って、先手を打てれば有利になる。

 両軍が街道沿いの平原で向き合った。コルネリウス軍は歩兵の横陣の左右に騎兵を配置した、包囲戦志向の常識的な布陣だ。

 対する安東(あんどう)軍は、歩兵をおよそ一千ずつの三段に分けた。一段目と三段目が正規兵で、二段目に民兵と海兵。朱耶(しゅや)家の援軍は、一段目に組み込んだ。騎兵は手元だ。

 このままぶつかるという事は無いだろう。お互いに陣を組んだのは、それに対して相手がどう動くか、それを確かめるためのものだと思った方が良い。

 コルネリウス軍から、歩兵が二百ほど前に出てきた。こちらも一段目から二百を出してぶつからせる。念のために、騎兵にも備えをさせた。

 コルネリウス軍の二百は、二手に分かれて安東軍を挟み込む様に動いた。それに対して安東軍は、小さく固まる。一見防御の態勢だが、隙を見せれば一点突破で敵を突き崩す事を狙っている。

 コルネリウス軍は攻める姿勢は見せるだけで、実際に攻めては来ない。守りの堅い敵を攻撃するのを嫌ったか、それともこちらの意図に気付いたか。

 コルネリウス軍が一つにまとまり、縦陣になる。突破しようにも縦に厚く、横に広がると突き破られる。

 安東軍が魚鱗陣を取った。中央が厚いので易々と突破されず、左右に広がりがあるので、縦陣の側面に出られる。部隊が、敵に向かっていく。

 ぶつかる直前、コルネリウス軍が左右に分かれた。縦陣の先端が大きく開き、後方は繋がっている。V字型の鶴翼陣になった。安東軍は包囲される格好になる。

 高星は思わず騎兵に出動を命じようかと思った。しかし三方から包囲された部隊は、小さく固まってその場で守りを固めた。

 包囲される事に焦って、無闇に退こうとすると、かえって隙を晒す。その場で守りを固めたのは、悪くない判断だ。遥かに数の多い本隊がすぐ傍に居る以上、しばらく耐えれば抜け出せる。

 コルネリウス軍もそれが解っているので、包囲はしたが襲い掛かりはしなかった。しばらく包囲を続けた後、小競り合いの勝利を誇る様に、悠々と退いて行った。


「あれは、二百の部隊ではなく、相当連携の取れた百の部隊二つ、だな」


 ティトウスは、この様な兵を育てているという事だ。ならば今見せているあの横陣も、実際にぶつかると自在に変化するのだろう。


「どうするかな」


 陣立てを見せ合っただけの、演習の様な戦闘だったが、負けは負けだ。にらみ合うにしても、一つ負けた分一つ勝ってからにしたい。意地や面目ではなく、士気の問題として、必要な事だ。

 それに、お互いに相手の様子を探るという観点から見ても、コルネリウス軍は将校や兵まで調練が行き届いている、という事を示した。

 対する安東軍は、敗戦の影響で兵や小・中隊長級の将校の質では、一歩劣るという事を晒した。一方的に弱点を知られたような形だ。

 戦の主導権、もしくは流れとでも言う様なものを掴むためにも、やはりここは一矢報いたい。


「セイアヌス、任せる」

「はっ!」


 騎兵隊長のセイアヌスが、勇躍して出撃した。三百騎が歩兵の前に出る。コルネリウス軍からは、五百騎が出てきた。高星自身が指揮を執っていないからか、一千騎を出すと、小競り合いというレベルを越えるのを嫌ったのか。

 三百騎対五百騎だが、やはりこちらが弓騎兵である事は大きな強みだ。敵は軽騎兵なので、矢が当たりさえすれば、距離があっても十分な威力がある。

 敵騎兵は、五つに分かれた。常道だ。騎兵には防御力が無い。だから騎兵が身を守る時は、当たらなければいいと、回避に徹する。的が五百騎の一団から、百騎の部隊五つになれば、格段に捉えにくくなる。

 しばらく駆け合いが続いた。騎馬同士の機動戦は、お互いにぶつかる意思が無ければ、なかなかぶつかり合わない。

 駆け合いを続けながらも、セイアヌスは流石に敵を良く見ていた様で、他より動きの悪い一隊に狙いを定めて襲い掛かった。三隊に分かれ、追い込む。

 他の敵が救援に向かってくる。セイアヌスは、あっさりと獲物を手放した。襲い掛かられていた敵部隊が、味方と合流する。

 その間に、敵の三部隊がこちらの騎兵に挑んでくる。セイアヌスはそれを相手にせず、部隊を一つにまとめ、馬速を上げて敵を振り切った。

 戦場から離脱するような形で、敵との距離を取る安東軍騎兵。ある程度距離を離すと反転し、戻ってきた。敵三百が、それを迎え撃とうとする。

 敵が散った。いや、慌てて避けたという方が正しい。一度離脱するように動き、助走をつけて戻って来た安東軍騎馬隊の勢いを、受け止められないと気付いたのだ。

 駆け抜け様に矢を射込んで、安東軍騎兵は真っ直ぐ反対方向へ駆け抜けた。ある所まで走ったところで、また反転して戻ってくる。

 敵騎兵が、一つにまとまった。あの勢いを受け止めるには、そうするしかない。

 安東軍騎兵が、コルネリウス軍騎兵に正面から突っ込んだ。だがやはり、押しきれない。途中で勢いがなくなる。

 そう思われた時、突撃した安東軍の後ろから、さらに百騎が突っ込んで、コルネリウス軍を押した。それで勢いを取り戻し、安東軍騎兵は敵を断ち割った。

 飛び石、と安東軍では呼んでいる戦法だ。最初の突撃は二百騎だけで行い、勢いが衰えたところで百騎がさらに突撃して、勢いを盛り返した。タイミングさえ合っていれば、同じ兵力でより厚い敵陣を突破できる。

 しかし高星は、舌打ちをしていた。小競り合いで、本気を出し過ぎだ。ぶつかり合いをすれば損害が出る。戦果に比べれば十分許容できる損害だろうが、今そうまでする必要は無い。敵を翻弄し、敗走に追い込む程度でよかったのだ。


「歩兵五百を前に出せ。槍衾(やりぶすま)


 しかしこうなった以上、よりしっかりした戦果を得るに越した事はない。支援部隊として、槍衾(やりぶすま)の歩兵を前に出させた。

 金床戦法だ。騎兵を活用した戦術としては最も古いとも言われる。こちらの騎兵で敵を、歩兵の密集隊形に追い込んで挟み撃つ。セイアヌスなら、すぐにその意図は察せられるだろう。

 しかし、こちらの歩兵が前に出るのに合わせて、向こうも歩兵隊を出してきた。敵の騎兵は追い込まれる前に、歩兵の後ろに逃げ込む。

 一目散に逃げ出した、と言うべき動きだったので、あらかじめ決められていた動きだと思った。

 その後態勢を立て直した敵騎兵は、大きく迂回して、こちらの歩兵の側面を狙う動きを見せた。こちらの騎兵がそれを阻止するように動く。

 騎兵同士が駆け合いをしている間に、敵の歩兵が前進して距離を詰めてきた。こちらの歩兵と槍先が触れ合うか合わぬかという位置まで出てきて、にらみ合う。

 こうなると歩兵同士の戦いだ。もしこのまま本気で戦端を開くつもりなら、負けるのはこちらだろう。

 こちらの騎兵は、歩兵の側面を狙う敵騎兵を止めている。しかし敵にはあと五百騎が控えている。そもそも同数の歩兵の小競り合いで勝てないのは、つい先ほど証明された。

 退却の鉦を打たせた。騎兵が素早く退いて備え、歩兵もじりじりと退く。こちらが退くと、敵も退いて行った。


「初戦は、あまり良いとは言えないな」


 エステルが渋い顔で高星に言う。


「まあ、全体としては負け気味かな。しかし見えるものは見えた」

「何が見えた?」

「こちらが歩兵を出した時の、敵の対応の速さを見ただろう? あれは、あらかじめ決め事があったから早かった、と見る」

「決め打ちか、一つの手ではあるな」


 どこを狙うかや、どういう戦い方をするかと言った事柄を、戦う前に決定してその通りに戦う。臨機応変の判断を捨てて、終始決め事に従って動く戦い方。

 突発事態に陥っても、決めた事に従い続ければよく、迷う事が無い。またバラバラに分かれていても、全軍が統一された行動ができる、という利点もある。

 臨機応変の判断と言えば聞こえがいいが、めいめい勝手な判断をして、統一された方針無しに戦う事になる恐れもある。それを避ける戦い方だ。


「敵の動きを見るに、歩兵には歩兵を、騎兵には騎兵を当てる戦い方だろうな。騎兵同士では勝てなくても、しばらく動きを止める事が出来る」

「その間に得意の歩兵戦で全体の勝負を決する、か?」

「大体そんなところだろうな」


 敵はこの小競り合いで、その方針への自信を強めただろう。しかし、数百の戦いと、数千の戦いは違う。それは向こうも解っているはずの事で、この程度で勝てるなどとは思ってはいまい。

 数百ならば質がものを言うが、数千になると質より数がものを言い始める。これが数万になると、また数の多寡はそれほど重要ではなくなってきて、戦力をどう活用するかが重要だ。

 それに、安東軍は騎兵隊長のセイアヌスを投入したが、どちらも指揮官はほとんど戦術に指示を出していない。指揮官同士の戦いは、まだしていないのだ。

 指揮官の力量こそが最も重要な要素。それは、双方の指揮官本人こそが、一番良く解っている事だ。


     ◇


 セイアヌスが帰還した。すぐに使えそうな軍馬を一頭鹵獲し、しばらく傷を療養させれば使えそうな軍馬も五頭鹵獲したと、得意気に報告を上げてきた。

 小競り合いとしては十分な戦果だ。安東軍では調練された健常な軍馬一頭の鹵獲は、小隊長級の首一つとほぼ同じ戦果とみなされる。

 だがやはり、先走り過ぎな行動だった。特に行動に制限を()めた訳ではなく、ほぼ無条件の裁量を与えてはいた。だから命令に違反した訳ではない。

 しかし、全体を見ずに自分の手柄を優先した感はぬぐえない。総指揮官は高星、という理屈は当てはまらない。騎兵隊長ともなれば、自分の行動が全体の中でどういう意味を持つかを考えた上で、動きを決めるべきだ。

 結果的に敵の方針らしきものは見えたが、結果が良ければ過程は構わぬ、という訳ではない。戦果を挙げれば命令違反は不問と言う慣習は、高星の思い描く軍には無用だ。

 しかしそれは腹の内に収め、一通りセイアヌスの手柄を讃え、褒賞を出しておいた。今はそれでいい。この男は、まだ必要だ。


     ◇


 両軍とも、これ以上小競り合いを続ける理由は無く、一旦距離を取った。平原の中でも少しだけ守りに適した地形を選び、陣を敷いてにらみ合った。

 どちらも積極的に仕掛ける決め手を得ず、表向きは静かなものだった。しかし、水面下では激しい攻防が繰り広げられている。


(みさお)、戻りました」


 敵陣の偵察に行っていた操が戻る。報告を受ける高星の幕舎には、高星とエステル、それにジャンだけが居る。


「敵の様子は?」

「部隊を動かす様子は有りません。それ以外にも、軍事的な行動を起こすそぶりは今のところありませんでした。ミタク城の部隊も、動きはありません」

「腰を据えた戦ができるのは、向こうの方なのだから、こちらの出方を待つつもりかな?

 他に、気付いた事は?」

「お酒を、兵に振る舞っていました。全員にです」

「そんな事を調べてなんになる」


 エステルが呆れたように言った。しかし、高星はそうは思わなかった。


「葡萄酒か? 穀物から造った酒か?」

「米の酒でした」

「米から作った酒を、全軍に振る舞うだと……。見せつけられたな」

「偽装でしょうか?」

「いや、ティトウスの性格からして、そんな事はしないだろう」

「あの、棟梁も操ちゃんも、何の話をしているので?」


 話について行けないジャンが、混乱した様子で尋ねる。


「ジャン、去年の夏は、嫌に涼しかったな?」

「はあ、確かに熱くはなかったですが」

「おかげで去年は不作気味で、穀物の値を安定させるために古米を放出したな」

「そんな事もありましたね」

「我が領内だけが不作、なんて事はあるまい」

「まあ、気候の事ですから、そこそこ広い範囲で同じ事が起こったでしょうね」

「ならコルネリウス家も不作に見舞われたはずだ。だというのに、食料を大量に消費する戦で、穀物から造った酒を数千の兵士全員に振る舞う余裕がある。うちにはもちろん無い」

「つまり、兵糧は余るほどあるぞと言う事を、兵に示している?」

「そしてこちらにも見せつけている。斥候が見ているだろう事を予想して、わざわざ酒を振る舞って宴会騒ぎをして見せたんだ。こちらの焦りを誘う気だろう」

「でもそれは、偽装ではなく本当に兵糧に余裕があると棟梁は見ていると」

「ティトウスが不確かな偽装のために、下手な無駄遣いをするとも思えんからな」

「コルネリウス家の経済力のなせる業、ですか」

「いや、どうにも引っ掛かる」


 高星が眉を寄せた。


「エステル、コルネリウス家の経済力に関する推計を出してくれ」


 すぐにエステルが資料の束を持ち出して来る。それを受け取った高星は、しばらく紙をめくりながら、ぶつぶつとつぶやいていた。


「どうだ? 高星」

「やはり、コルネリウス家独力でそれだけの兵糧を調達できるとは思えん。土地の広さや位置、農業以外による経済力。それに不作の予兆が出てからの時間的余裕を考えても、不足はしないが余裕も無い様な状態になるはずだ」

「だが実際は、豊富に食料があるとしか思えない行動を見せつけている。我らの知らない財源があるのか、それとも単にこけおどしなのか」

「どちらも考えにくい事だがなぁ……」

「ただでもらった、と言うのは?」


 ジャンが指摘する。


「なに?」

「だから、支援ですよ。どこかから食料の支援を受ければ、辻褄が合います」

「……『鵺卿(ぬえきょう)』!」


 高星が叫んだ。コルネリウス家に莫大な食糧支援をするとすれば、シバ家しかあり得ない。

 大量の物資を陸路で運搬すれば噂にならないはずが無く、海路でも安東家の目に留まらずに運び込むのは不可能だ。情報は商売を成功させるのに不可欠として、東方航路での船舶の動きも相当な程度に把握している。

 だがシバ家からの支援なら、大山脈を越える必要が有るとは言え、僅かな道筋で済む。むしろ大山脈を抜けるが故に、人目に付きにくい。


「『鵺卿』め、このところ大人しいと思ったら、コルネリウス家の兵站を担う気か?」


 ありえない事ではなかった。自ら戦おうとしないシバ家だが、それだけに後方支援に徹する事は考えられる。

 その上兵站を担うという事は、その軍隊を支配するという事だ。シバ家は、いや『鵺卿』ことリョウシュンは、コルネリウス家の軍隊を、自分の意に沿って動かす気かもしれない。

 コルネリウス家が兵站を他者に頼り切るとは思えないが、軍事行動に対するシバ家の発言力が大きくなる事は想像できる。


「あのジジイ、戦場を掌に(もてあそ)ぶ気か」


 吐き捨てるように高星が言う。


「高星、推測よりも今は、目の前の戦だ」

「ああ、そうだったな。諸将を集めろ」

「もう戦略が決まったのか?」

「敵さんはこちらが焦って出てくるのを待つつもりだ。ならお望み通り、出ていってやるさ」

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