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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
窮地
153/366

3

 アダマン山麓の村で、先遣隊は宿を取る事にした。山越えは朝から始めて、日のあるうちに越えるのが鉄則である。

 小さな村で、宿泊施設の様なものは無く。村人の家に分散して泊めてもらう。最も大きい村長の家に、十人が泊めてもらった。


「後から来る四十人ほども、十分泊められるとの事だ。寝床は確保できたな」


 部屋で車座になって、今後の計画を練る。何があるか解らない道中、体力の温存のために宿を確保する事も馬鹿にできない。


「いよいよ問題の、山中に潜伏していると言う男との接触ですね。何か当てはあるんですか、エステルさん?」


 ジャンの問いかけに、エステルは曖昧な表情を浮かべる。


「当てと言うか、考えは無くは無いのだが、色々と懸念もまたある。

 いくら山中に潜伏していると言っても、完全に誰の目にも止まらずに拠点を築く、と言うのは無理だろう。ならば、付近の村の協力があるのではないかと思う」

「つまり、この村もその協力者かもしれない?」

「そうだ。ならばそれとなくこちらの意図を伝えてみて、取り次いでもらえないかと思っている。

 だが協力者では無かった場合、あまり詳しい事を教えると、代官所にでも駆け込まれたら一気に窮地に陥りかねん。特に、私達よりも後続の高星(たかあき)が危ない」

「どこまでの事を話して様子を見るか、それを悩んでいるという訳ですか」

「そうだ。だから皆の意見を聞きたい。どこまで話して様子を見るべきだろうか?」


 家人に聞かれないように密かに、しかし激しく意見がぶつかり合った。確かなものが無い状態で、どの程度のさじ加減でこちらの情報を公開するか。

 あまり秘密にすると信用を得る事が出来ない。あまり情報を与えすぎると、敵に回られたときに危険な上、その事自体が村人を恐れさせ、敵に変えてしまう危険がある。

 結局、誰の身にも危険が及ばぬよう、安全第一でほのめかしてみる、と言うべき結論でまとまった。

 議論を一歩引いた位置から聞いていたジャンは、高星であったら誰にも相談せず、独断でどこまでやるかを決めるだろうと思った。

 思ったところでエステルには、ましてや自分にも、高星と同じ様な独断ができる訳でも無いのだが。


     ◇


 食事は台所を借り、持参した物を調理して、家人とは別に食べる。そのため落ち着いた頃を見計らって、エステルが村長の所へ直接尋ねに行った。


「村長殿、少し良いだろうか」

「どうかなされたか」

「実は少しお尋ねしたい事は有りまして」

「ふむ。答えられる事ならば答えましょう」


 エステルは改めて、あくまで慎重に言葉を選ぶことを意識する。


「私達は朱州(しゅしゅう)に行って来た帰りなのだが、朱州で手紙を預かったのだ。その手紙の届け先なのだが、この辺りに居るという事らしい」

「どこかの村人ですかな?」

「いや、他所からこの辺りに来ていて、山の中に居るはずだと聞いている。それ以上詳しい事は知らないのだが、最近山でそれらしい人を見なかったか」

「そう言われましてもな。その者の姓名はなんと?」

「知らん。集団で何らかの作業をしているそうだが、そのまとめ役の者宛てだと聞いている」


 自分達が何者で、誰が誰当てに手紙を出したのかは決して教えない。それならば最悪、人物を特定されない。

しかしやはりこれでは、仮にこの村が協力者だったとしても、信用はされないか。


「その人達かは解りませんが、最近山に居ついている一団ならばおります。旅人を襲う様な事はいたしませぬが、下手に近づいた場合は保証できません。村の者にも関わり合いにならぬ様に言っております」

「それだけ聞ければ十分です」

「そうですか。あまり力になれず申し訳ない」


 少なくとも、目的の人物の一団らしきものが、山中に居る事は解った。この村が協力しているのならば、すぐにでも知らせが行くだろう。そうで無いとしても、村人に警戒される事は避けられたようだ。

 あとは、直接その一団に接触を図るのが一番早いだろう。


     ◇


 翌朝、先遣隊はアダマン山中に入った。山越えと言っても、本格的な山道は5㎞程なので、一日あれば抜けられるだろう。

 山越えの前に一人をリアルトの高星の下に送り、山裾までの安全は確認した事を伝えさせた。アダマン山系越えの安全が確認できたなら、すぐに本隊も山を越えられた方がいい。


「越えるだけなら、大した山でも無いと言う感じですね」

「そうだな」


 ジャンもエステルも、余裕のある表情でのやり取りだった。先遣隊の他の者の様子をジャンは窺ったが、やはり皆余裕がある様に思えた。

 しばらく行くと、道が分かれていた。直進する道から枝分かれする様に、脇道が伸びている。

 エステルは分かれ道の前で少しの間立ち止まり、脇道の方に入って行った。

 脇道入ると俄然、道は険しくなった。木の根が出ていて濡れており、滑りやすい。所々に薄く雪も積もっている。それだけで同じ様に歩くにも、大分体力を多く消耗した。


「この辺りで休憩しよう。火も熾して、昼食を取る」


 エステルの指示で、すぐに小さな焚き火が三つ(おこ)された。流石に山は冷え、麓よりも一枚多く羽織っているが、火を(おこ)すと大分温かいと感じる。

 ジャンが焚き火で干し肉を(あぶ)っていると(とう)(めい)が隣に座り、枝に差した餅をほとんど火に突っ込む様に(あぶ)り始めた。


「几帳面なんだな、お前」

「陶明。お前、そんな焼き方すると、真っ黒焦げになるぞ」

「すぐに焼けりゃあ、それでいいんだよ」

「ああそうかい」


 いまさらなので何も言う気にもならず、戟を脇に抱えて片手で串の餅を焼く陶明を眺める。


「食える野草とか、その辺に生えてねえかなぁ」

「確かに食料の調達ができるに越した事はないけど、流石に4節じゃあ何も生えてないだろう」

「いや、餅だけだと味気ないから」

「そっちか!」


 危機感の無い奴だと思うが、人里離れた荒野を延々と旅する訳では無いので、野草を採らなくても食料は調達できるか。と思い直す。


「もういいか」


 陶明が餅を取り出してかぶりつく。案の定、表面は焦げて苦そうだ。


「あづっ! あっづぅ!」

「何やってんだよ。美味いか?」

「中が固くて冷てぇ」

「当たり前だ」


 もう陶明の事は放っておいて、自分の干し肉の焼き加減を気にする。良い具合に焼けて来たと思う。

 脂っ気の無い赤身の干し肉は、あまり焼くと僅かな脂が流れ落ちる。焼き過ぎない方が良いだろう。

 一口かじった。まあこんなものだろう。噛んでいると、僅かな脂が染み出してくる。

 イスカが焚き火を挟んで向かいに座った。違和感を覚えたが、それがなんであるか気付くのに、少し時間が掛かった。

 変身して、戦闘態勢でいるのだ。

 はっとして、慌てて干し肉を水で流し込み、剣を引っ掴んだ。陶明が、とっくに焚き火に背を向けて、木々の間を見ていた。


「ようやく気付いたか?」


 陶明がここぞとばかりに、普段の仕返しの様に笑って言う。苦り切った笑みを返すのが精一杯だった。

 囲まれている。人数は解らないが、警戒されている事は確かだ。


「いつから気付いてたんだ?」

「山に入った時から見張られてたぜ。ここで休んだら、一気に囲んできた。親衛隊長さんも、そっちのお嬢ちゃんも、最初から気づいてたんじゃないか?」

「山に入った時から、気配は感じていた。まだ敵意は向けてこなかったがな」


 陶明に嬢ちゃんと呼ばれたイスカが答える。陶明があんな餅の焼き方をしていたのも、手早く腹ごしらえを済ませてしまうためだったのだろう。

 間抜けな事に、自分だけ暢気に肉の焼き加減を気にしていて、その挙句に噛まずに水で流し込んだ訳だ。情けない。


「飛び道具が無ければ、小さく固まっていればしばらくは凌げるだろうな」


 頭を切り替えて、目の前の敵に集中する。山中で戦うのに、それほど多くの飛び道具は持っていないはずだ。

 先遣隊はしばらくの間、お互いに背中を預ける格好で、姿の見えない敵と向かい合っていた。冷えるはずなのに、汗が頬を伝う。

 やがて少し高くなったところに、男が一人姿を現した。


「お前達は何者か」


 男の問いかけに、エステルが一歩前に出て答える。


「旅の者だ。南都まで行く」

「旅の者だと。ならばなぜわざわざ脇道に入る事が有る」

「旅のついでに、頼み事を受けている。今この山に居ると言うある男に、手紙を届けてくれとな」

「手紙だと? 誰から誰への手紙だ」

「宛先の者以外には教える訳にはいかない。ましてや、山賊になどは教えられない」

「我らがただの山賊ではないと証明すれば、教えると言うのだな?」


 男がにやりとした。


「山賊ではないなら、手紙の宛先の者である可能性が高いからな」

「間違いの無い事だ。この山には我ら以外、山賊の一人もおらん。身元を明かせと言うならば、明かしてやろう」

「ほう、名乗ってもらえるのか」

「お前達が我らの敵ならば、この山に踏み込んだ以上、全員殺せる。我らは南朝の征西将軍・アウグスト皇子の付き人、アクセル・イズミ様の手の者だ」


 エステルの表情がほっと緩む。


「間違いない。エドガー・チャベス殿から、アクセル・イズミ殿宛の手紙がここに有る」


     ◇


 アダマン山中に、城が建てられつつあった。ただし、縄張りと積み上げられた木材・石材ばかりで城は影も形も無く、工事現場と言う方が近い様子だった。

 寝泊まりする小屋だけは建ち並んでいて、その中の、他と外見の変わらぬ小屋の一つにその男は居た。


「確かにチャベス殿からだ。わざわざこうして情報を伝えてくれるとは、チャベス殿も律儀なものだな」


 アクセル・イズミは高星と同じくらいの若い男だった。身長は平均かやや低いくらいで、あまり強い外見的印象は無い。


「お役に立てましたか」

「まあ、役に立ったと言えば立ったかな。情報にはっきりとした確認が取れた」


 つまり、手紙に書いてあるような情報は、すでに掴んでいるという事か。


「それで、ただの郵便配達ではあるまい。何が目的だ?」

「私達は帝都に向かっている。イズミ殿ならば、この先の道について詳しいだろうと聞いている」

「そういう事か。その程度、安い用だ。君達だけ、ではないな?」

「本隊は、四十人ほどで山の麓までは来るように伝えてある」

「その中に君らの主人、いや主君もいる訳か」


 エステルは答えに詰まった。詰まってから、それこそがなによりも雄弁な肯定だと気付いて、顔をしかめた。


「詳しい話は君達の主君としよう。好きにしていくといい。と言っても、見ての通り何も無いのだが」

「城の間取りを見せて構わないのか?」

「君達は、敵ではないのだろう?」


 事も無げにイズミはそう言って、小屋を出て行った。


     ◇


 翌日昼になって、高星率いる本隊は合流した。


「エステルよくやった。これで一つ難所は越えたな。皆も良くやってくれた」


 高星が先遣隊の一人一人に労いの言葉を掛けて回る。全員を労ったところで、イズミが近づいて挨拶をする。


「アクセル・イズミです。今は南朝の征西将軍となられた、アウグスト皇子に幼少の頃からお仕えしております」

「タカアキ・アンドウです。一応、南朝の威遠将軍という肩書ではあります。イズミ殿にはこの度お世話になります」

「そう(かしこ)まらんでください。成り上がり皇帝の第二皇子の付き人など、威張る方が恥ずかしい様なものです。それに、本当は貴族でもない。祖父の代に貴族の格を買った、元運送業者です」


 イズミが歯をむき出しにして苦笑を浮かべる。


「では歳も近いようですし、対等に行きましょう」

「そうですな。それが一番気楽でいい」

「ではまず火を貰えますか? 話は昼飯の後にしたい」


 イズミが愉快そうに笑い、ここに居た兵士か工事人夫か解らない者達と一緒に、昼食の支度に取り掛かった。

 高星が何やら白い物を持っていると思ったら、兎だった。焚火のそばで兎を捌き始める。


「ジャン、良いか見ていろ。兎と言うのは皮が簡単に剥げる。こうやって足を上にして吊るし、切れ目を入れると手で剥ぐ事が出来る」


 高星がメリメリと兎の皮を剥いでいく。あっという間に兎が肉の塊になった。


「ほう、アンドウ殿は兎を獲られるか」


 イズミが感心したように覗き込む。


「途中の山道で見かけましたので、昼飯にしてしまおうと。イズミ殿は狩りは為されるので?」

「猟師に少し教わったが、まだ下手でな。集団でなら、猪を獲った事もあるのだが、兎はいつも逃げられる」

「兎は斜面を上から下に追うと良い。兎は前足が短いので、上りは得意でも下りが苦手だ。脅かすとよく崖下に転がり落ちてくる」

「そうなのか、それは知らなかった」

「ところでこの兎の毛皮、良ければ差し上げましょうか? 冬毛で白いので、4セルスくらいの値は付くでしょう」

「いただこう。麓の村に少しでも礼ができる」

「ほほう。麓の村が協力していましたか」

「解っている事を、さも驚いた様に聞くのですな。協力者無しでこの城は造れない。それ位はもう読んでおられるのでしょう?」


 高星は低く笑っただけだった。イズミも特に何か反応を返しはしない。やがて兎の肉が焼けて来た。良い音を立てて脂が落ちる。干し肉とはえらい違いだ。


「見た目の割に肉が少ないのが兎の唯一の欠点だな。毛皮を剥ぐと半分に減った様に思える」


 高星は兎の肉にかぶりつき、小骨は焚き火の中に吐き出していく。美味そうだが、ジャンには分けてくれるそぶりも見せない。食いたければ自分で獲れ、という事かもしれない。

 一通り食べ終わり落ち着くと、高星は戦の話を始めた。


「まず間違いなく、ロベールを中心とした軍勢が、幽州(ゆうしゅう)から三山関(さんざんかん)の突破を狙って東進するのでしょうな」

「それが主攻になるでしょう。ロベールの顔も立てねばなりませんから。チャベス殿もロベールの旗下に組み込まれるでしょうな。また嫌な思いをさせる事になる」

「勝てますかな?」

「まず無理でしょう」

「あっさりと言ってのけますが、味方の事でしょう」

「味方と言うならアンドウ殿も同じ事。つまり、その程度の味方です。三山関は精兵が三万もあれば落とせない要塞ではないでしょう。しかし数に頼る限りは落とせません」

「そして精兵も無く、名将も無いと?」

「少なくとも神州に攻め込む事の出来る様な名将は、今の南朝には居ないでしょう。それどころか、兵の質・量ともに劣っている現状では、まともな戦になれば勝つ事もできません」

「その割には、追い詰められたようには見えませんが」

「追い詰められてなどいませんから。ロベールの軍勢、アウストロの私兵、それはそれで個別に戦えばいいし、戦うでしょう。誰かの旗下に入るなど、良しとしないでしょうから。

 我等はいわば南朝の本隊であり、我々の戦略で戦います。碌に兵力もありませんが、それならそれで負けない戦をするだけです」

「南朝の本隊? もしや、大将軍のウンベルト皇太子も?」

「今頃募った兵を率いて、山塞の防備を固めている頃でしょうな。敵はまずロベール、次に皇太子に向かうでしょうから、こっちはまだ5・60日くらいは猶予があるでしょうな。できればあと半年欲しかったところだが」


 南朝の人物の中で、これから始まる南北朝の戦いに具体的な構想を持っているのは、イズミただ一人である様だ。少なくとも、高星が出会った中では。

 名目上の最高司令官であるはずのウンベルト皇太子は、碌に兵も無い中でイズミの描く戦略を入れて行動しているらしい。つまりイズミが軍師という訳だ。

 しかしチャベスや本人の言葉によれば、イズミの主君は皇太子の弟。はるか西に派遣された、アウグスト第二皇子のはずだ。

 イズミが皇帝ロベールやアウストロ一門を冷ややかに見ている事は間違いない。ならば、そんな男が、南朝そのものに対してだけは無条件の忠誠を尽くすだろうか。

 イズミは、南朝すらも利用する気でいるのではないか。そのために今は南朝に存続してもらう必要がある。だから南朝のために戦う。

 自分がもっと南朝に近い立場であったら、やはりそうしたかもしれない。そう高星は思った。


「ところでアンドウ殿。あなたに是非に聞きたい事が有る」

「聞きたければ聞けばいい。答えるかは別だがな」

「アンドウ殿は北方航路でかなりの荷を動かしていると聞く。水運から上がる利益は、やはり大きいのか」

「水運に関する事ならば、臨都のゲラン殿に聞けばよろしいのでは? 親しいのでしょう?」

「まあ、それなりには親しいし、すでにゲラン殿の話は聞いた。しかしそれはゲラン殿の見聞きしたものだけ、内海の水運に関してだけだ。他の海、他の者の話が聞きたい」

「こればかりは、あまり申し上げる事はできませんな」

「なら話せる事だけでいい。水運、いや物流全般と言ってもいい。そこから上がる利益は、どれほどの大きさになるのか」

「……条件にもよるでしょうが、土地から上がる利益などは比べ物になりませんな。特に水運の利は、計り知れない」

「やはり、そうか。一辺の土地も無くても、物流だけで大きな利を上げる事は可能だろうか?」

「可能です。我が家も中間貿易に進出して、さらなる利益を上げつつありますから」

「中間貿易……。土地で作った物を売りに行くのではなく、他所の土地で作った物を買ってきて、そのまま別の所に売るのだな?」

「そうです。売る前に少し手を加えたり、相場を見て売り買いが出来れば、さらに利益は増えます」

「それだけ聞ければ十分だ。やはり私の考えは、間違っていなかった」


 イズミは感じ入った様に、天を仰いだ。


「礼をしなければならないな。手紙を届けた分と、有益な話を聞かせてくれた分。

 手紙を運ばせれば、私が礼をするだろうと考えたチャベス殿は甘いと言わざるを得ないが、アンドウ殿はおそらく必要な人物であろうからな」

「それは、誰にとってですかな?」

「誰に取ってでも構わないでしょう。少なくとも今は」

「確かに」


 高星とイズミが、共ににやりとした笑みを浮かべる。


「このまま本道に戻り、山を下りると広大なヒノワ盆地です。山を下りたら真っ直ぐ北上し、最短距離でオー川流域に出るといい。後は川に沿って上流に向かえば南都。このルートが最も安全です」

「理由は?」

「オー川は南都への水運の道です。帝都のルー川と同じ役割ですね。それだけに流域の確保には熱心で、治安もいい。他は野盗がうろつき始めている。もっと性質の悪い傭兵団もうろついている」

「解った。気を付ける事にする」

「待った、まだあります。これを持って行くといい」


 イズミは木片を差し出した。絵が描いてある木の板を、途中で割った様な物だ。


「これは、割符か?」

「南都には私の手の者が居る。これを見せれば私からだと解る。南都と帝都を行き来して、荷を運ぶ仕事をしている者達です。この時期に神嶺を越えるのなら、道案内が無ければ危険です。彼らに道案内を頼むといい」

「なんだ、とっくに物流に手を出していたのではないか」


 高星が笑うが、イズミは小さく首を横に振った。


「帝都と南都の間だけ、それも陸運です。オー川の水運に手を出す事を考えていたのですが、そこまでは手が回らない。とにかくこれで帝都までは行けるでしょう」

「ありがたい。帝都まで戻れればどうとでもなる」


 高星が割符をエステルに預けた。ぐるりと首を回して、まだ造り始めても居ない城を見る。


「最後に一つ聞かせてくれ。貴殿は何のために戦う?」

「なんのために戦うとは、また難しい問いだな。だがまあ、一言で言ってしまえば、夢の為です」

「夢のために戦う、か。栄耀栄華の様な小さな野望ではなさそうだが、何も無い様にしか見えない御身が抱くには、無謀すぎる夢ではないのか?」

「確かに私には名声も無く、地位も無く、兵力すら大して無い。敵にとっても味方にとっても、居ても居なくても同じ様な一人の男に過ぎない。

 だが一人の男がその全てを賭けて立ち上がったのだ。恥じる事は何も無い。大げさに考える必要も無い。夢が潰えれば死、その覚悟だけあればいい」


 高星とイズミは、しばらく剣の立ち合いでもあるかのように、視線を合わせたまま立っていた。やがて高星がふっと目を逸らす。


「また会いたいな。それだけだ」

「会えるでしょう。お互いに、容易く死ぬつもりは無い様ですから」

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