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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
雨の戦場
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4・徒花

 コズカタの城の窓から、秋晴れの空がのぞいていた。長く降り続いた雨も、ようやく終わりを迎えたのだろうか。


「ヴァレリウス殿ではないか。いつコズカタに来た?」

「これは、ティトウスさま。今朝着いたばかりです。最近は領地とコズカタを行ったり来たりですな」

「ならば、まだ聞いてはいないか」

「何か、ございましたか?」

「またアンドウが我が領内を荒らしに来た。それでこれから父上に、出陣の許可をいただきに行こうと思っている。急ぎでないなら貴殿も来るか?」

「では、同席させていただきましょう。急ぎで無い訳ではありませんが、手が離せない程でもありませんので」


 ティトウスとヴァレリウスは当主ルキウスの居室を訪ねた。二言三言、簡単にあいさつを済ませると、ルキウスの方から切り出してきた。


「アンドウ軍は、セベナ川の氾濫によって後続と断たれたらしい。後続には輜重隊が居るそうだ」

「それは、またとない好機と言えましょう。ルキウス様」

「うむ。アンドウ軍は今、下セカタで立ち往生している。ヴァレリウス、お前の仕込んだ『郷軍』も役に立ちそうだな」

「もったいなきお言葉」


 春の戦の後、ヴァレリウスの発案で『郷軍』と名付けた仕込みをした。

 次の戦場として想定される地域の村々で、自警団と正規兵を密かに入れ替えたのだ。自警団はミタク城に集め、戦闘技術の手ほどきをしている。治安の向上に寄与することだろう。

 入れ替わりで村々に入った正規兵は決して多くは無い。しかしただ一人の首を挙げる様な事は、奇襲に成功すれば一個小隊でも可能だ。上手く行けば、安東(あんどう)高星(たかあき)の首を取れるかもしれない。

 無論、この状態をいつまでも続けられる訳も無く。今年一杯の予定で実行した。だが予想通り、安東軍は今年のうちに再び侵攻してきた。

 ただ欠点が無い訳でも無い。ミタク城に詰める兵のうち、一個大隊程度を『郷軍』として散らしてしまったため、実兵力が減っている。

 城を空にする訳にもいかず、集めた自警団員は戦力として期待できないので、動かせる兵力は歩兵一千と騎兵五百程度になってしまう。

 安東高星が将帥として卓越している事は、過去二度の戦で証明されている。それに対して少ない兵力で当たると言うのは、いかにも無謀だった。

 せめて、こちらもそれなりの将を出したい。それも、できれば倍する兵力を持った状態が望ましい。

 コルネリウスの家中で、連隊級以上の指揮官として最も優れているのは、やはり当主ルキウスと、嫡子のティトウスだろう。


「父上、私に出兵をお命じくだされ。この機を逃さず、必ずやタカアキ・アンドウの首を討ち取って御覧に入れます」

「ふむ……」


 ルキウスは即答せず、やや間を置いてから、おもむろに問い質した。


「お前、去年の敗戦と、今年の儂の負けでムキになっておらぬだろうな?」

「全くその気持ちが無いと言えば、嘘になります。しかしながら頭に血が上っては無いと、自分では思っております」

「では、アンドウ軍に対する戦術に関して、考えがあるのだろうな?」

「父上さえ肯いていただければ、騎兵一千を率いてアンドウ軍を蹂躙して見せます」

「騎兵一千」


 ヴァレリウスは思わず声を上げた。騎兵一千とは南北の領境に駐屯させている騎兵を除く、ほぼ全ての戦力に当たる。

 しかも、単に数の問題では無かった。全騎兵を動員するという事は、コルネリウス家最強の切り札を使うという事を意味していた。


「『連環鉄騎(れんかんてっき)』を使うか。確かに敵軍が退路を失った今が、使い時である事は間違いなかろうな。

 だがティトウスよ、この戦、負けは許されぬぞ。『連環鉄騎』を使うと言うのなら、なおさらだ」


 コルネリウス軍は安東軍に対し、主要な会戦で二連敗を喫している。これ以上負けを重ねる事は、コルネリウス家を中心とする同盟に綻びを生じかねない。

 そしてコルネリウス家の切り札、最強部隊を投入するという事は、それで負ければ将兵に対して深刻な精神的打撃をもたらすと言う、諸刃の剣でもある。


「承知の上です。故に『郷軍』というもう一手がある今、使うべきだと考えます。

 『郷軍』で事が済めばそれでよし。それで駄目でも、奇襲を受けて立ち直り切らないところに『連環鉄騎』を当てれば、とても耐えられるものではないかと。

 無論。機に非ずと見れば、戦わずして退く事も覚悟しております」


 ルキウスは目を閉じ、腕を組んだままの姿勢で動かない。


「ルキウス様、差し出がましいようですが、私もティトウス様のご出陣を支持いたします。

 ここは、負けて失う物を見るよりも、勝って得る物を見るべきです。タカアキ・アンドウの首を取る。もしくはアンドウ軍に再起不能なほどの大打撃を与える。それは、アンドウ家の息の根を止める事を意味します。

 その機会が、手の届く場所にあります。逆にここで我らが敗れても、情勢は厳しくなりましょうが、コルネリウスの家は滅びません」

「父上」

「殿、御決断を」


 ルキウスの眼が、かっと見開かれた。


「出陣を許可する。ティトウス、すぐに騎兵一千を率いて出陣し、ミタク城の戦力と合わせて敵を撃滅せよ」

「はっ! かならずや、賊将タカアキ・アンドウの首を持って凱旋してまいります!」


     ◇


 軍の練兵場では、少なくない数の兵が一糸乱れぬ行軍を見せていた。それを横目に見ながら、ティトウスとヴァレリウスは並んで道を歩く。


「ヴァレリウス殿は、領地に戻られるのか?」

「なにぶん、税の徴収やらで忙しい時期ですので。それでもできるだけ、コズカタに滞在したいと思っております。戦の様子も気にかかりますし」

「安心せい。今度こそ賊将の最後だ」


 二人の向かう先、練兵場の一角では、剣の鍛錬がおこなわれていた。

 その男は遠くからも良く目立っていた。見上げる程の身長に、堂々たる体格。服の上からでもはっきり解る隆々たる筋骨をしたその男は、大剣を構え、三人の兵を相手にしていた。

 勝負は一瞬だった。息を揃えて一斉に襲い掛かる三人の剣を、その大男は瞬く間に弾き飛ばしてしまった。

 力では無く、巨躯に似合わぬ素早い身のこなしと、緻密な技で成した事だ。どんな素人でも、今の立ち合いを見れば、その男がただ者では無い事を察するだろう。


「見事だ、ヨウユウ」

「若、それにヴァレリウス様」


 ヨウユウと呼ばれた大男が、礼儀正しく頭を下げる。


関北虎(かんほくこ)の異名は伊達では無いな。その武勇、戦場で発揮する時が来たぞ」

「戦という事は、アンドウでございますか?」

「そうだ、お前の率いる『連環鉄騎』で賊軍共を踏みつぶしてしまえ」

「おまかせくだされ」


 ヨウユウは関北虎、または関北(かんほく)(とら)の異名を持つ、コルネリウス家が抱える家中最強の、否、変州(へんしゅう)でも最強と謳われる武人だった。

 関北とは変州と他州を結ぶ陸路のうち、主要な幹線道路にはいずれも関所がある事から、変州の異称である。つまり、変州の虎だ。そして、『連環鉄騎』の隊長でもある。

 無論、今まで変州では大規模な戦乱は無かったので、いくら最強の武人、最強部隊を名乗ったところで、実戦に出れば解らないと口さがない者は言う。

 それはそれで事実ではある。競技としての剣術の達人が、戦場に出れば立つ事もままならなかったと言うのは、珍しい話ではない。

 だがそんな口の悪い者でも、ヨウユウの前に立てばそんな悪口も言えなくなるだろう。どれほど礼儀正しく振る舞っていても、その目は異名通り、猛り立った虎を思わせる。

 しかし今の変州には、あの紅夜叉(べにやしゃ)が居る。そうヴァレリウスは思った。果たしてどちらが強いのか。興味深くはあるが、その様な一騎打ちが起きる機会は無い方が良い。


     ◇


 ティトウス率いる一千騎のコルネリウス軍は、ミタク城に入城するやすぐに戦闘態勢に入った。

 斥候の情報によると、安東高星の本陣が置かれている村まで、騎馬のみなら一日の距離である。


「兵は鎧を着たまま、馬にも馬甲を付けろ。『郷軍』に繋ぎを付け、すぐに行動を開始させろ。半日休んだら出る」


 ティトウスは兜も脱がぬまま、矢継ぎ早に指示を出していく。


「地面の状態はどうだ? 近頃雨が多かったのが気がかりだが」

「良好です。氾濫したセベナ川流域以外は、地面はしっかりしています。元々草地なので、土埃で視界を塞がれる事も無いでしょう。騎兵には最適かと」

「ならば良い。斥候を多めに出し、常にアンドウ軍を見張るようにさせておけ」

「あまり斥候を増やすと、敵に見つかる可能性も増えますが。ましてやこの辺りは、見晴らしの良い草原地帯です」

「むしろ、見つかるために出すのだ。斥候をうろつかせる事でこちらに注意をひきつけ、『郷軍』の発覚を遅らせるのだ」

「はっ」

「ヨウユウ、『連環鉄騎』は万全か?」

「問題ありません。矢の一本まで丁寧に点検をさせております」

「『連環鉄騎』は維持費も馬鹿にならんが、肝心な時に整備不良では困る」

「それに見合うだけの戦果は、上げて見せましょう。いや、必ず上げます」

「頼もしい事だ。『連環鉄騎』の指揮については全て任せる。私が全力を挙げて支援するゆえ、思う存分蹂躙せよ」

「仰せのままに、若様」

「タカアキ・アンドウ。お前の命日はすぐそこだ」


 ティトウスは小さく、しかし力を込めて言い、低く笑った。

 その日の午後、コルネリウス軍千五百騎はミタク城を出た。途中で一夜野営して、明日の昼頃には安東軍と接触するはずである。

 無論その前、コルネリウス軍が野営をする間に、『郷軍』が安東軍を襲うはずである。

 行軍しながらティトウスは、自らの有利な点を一つ一つ数え上げた。

 安東軍に手の内を知られていない切り札『連環鉄騎』の投入。至近からの『郷軍』の奇襲。退路無き安東軍。そして安東軍の精鋭三百騎を超える、千五百騎という数的有利。

 負けるはずが無い。天の時地の利共にこちらにあり、人に関しても質量共に優れ、付け入られる隙は無いはずだ。

 所詮無謀なのだ。滅びゆく者達がいくら身を寄せ合い、決死の反撃を試みたところで、堂々たる王道・正道を持って進む者に敵うはずも無い。一時華々しいだけの徒花(あだばな)だ。

 徒花は徒花らしく、秋の終わりとともに散るがいい。

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