4・銀華、そして安東高星
暦が第21節に変わった日、銀華が帰ってきた。十五日間会わなかっただけなのだが、なぜかとても懐かしいような気がして、心はその日の秋晴れの空の様だった。
銀華の帰りを待ち望んでいたのは皆同じらしく、一斉に集まってきては旅支度のままの銀華に口々に留守の間の様々なことをまくし立て、十人の話を一度に聞いたという古代の聖人でも音を上げるのではないかという感じだったが、銀華はいつもの優しい笑顔のまま頷いていた。
ようやく一段落がつき、普段着姿となった銀華は、帰って来て早々だというのに自らお茶を淹れ、広間の縁側に腰掛けた。ジャンを含め数人が傍にいるが特に話をする訳でもなく、それぞれ好きに過ごしている。
それなら別にここでなくても良いはずなのだが、なんとなく銀華の傍が良いのだろう。そうしているとエステルが銀華の隣に腰を下ろした。
「全く、お茶くらい頼めば皆淹れてくれるだろうに。もう少しゆっくり休んでもいいのですよ」
「ありがとう、でもやっぱり自分でするのが一番落ち着いて」
「日数から察するに、ほとんど行って帰ってきただけではないですか?
向こうには旧知の者も多いでしょうに、こちらの事は気にせずとも心配はいりませんよ」
「まあ、皆しっかりしてるけれども。今回は仕事で行ったんだし、それにあそこは安東家が財産運用を請け負ってるから、私が居るのが知れたら高星に迷惑がかかるわ」
「その可能性は無いとは言えないが、そんなに危惧する程のものではないだろうに」
「いいのよ、今の私にとっての優先順位に従っただけなんだから」
「そうか、ではひとつ朗報だ。五日前までは高星の思惑通り、戦闘は始まっていないようだ。あなたの届けた密書が上手く働いてくれているのかもしれません」
「仮に駄目だったとしても、高星ならどうにかしたでしょうけれど。とりあえず良かったわ」
高星にいちばん近いところにいる二人が話し込んでいるのを、ジャンは傍らでぼんやりと聞き流していた。
「そういえばそこのジャンが高星のことを聞きたいそうですよ。この頃皆に高星の人となりを聞きまわっているそうで」
いきなり話題の当事者にされて狼狽える、ふわふわと思考を浮遊させていたら、いきなり地面に叩き落とされた感じだ。
今このタイミングで言わなくていいだろうと思う。しかも皆に聞きまわったことまで。
文句を言おうとしたら、エステルがこっちを向いて笑みを浮かべていた、どうやらからかわれているらしい。やられたという感じがして文句がどこかへすっ飛んでしまった。
「あらあら、高星は人気者ね。それじゃあ話してあげるからこっちに来て座りなさい」
ここで意地を張って拒否したらそれこそ子供っぽいだろう、それにもともと折を見て尋ねたかったのだ、要は断るという選択肢は無い。
ジャンが銀華の隣に微妙に距離を開けて座ると、それに合わせてエステルが立ち上がる。
「あら、エステルは聞いて行かないの?」
「うむ、そろそろ政庁の方に戦況報告が届いている頃なのでな。高星が上手くやれているか確認してこなくては」
そういってそそくさと行ってしまったが、いかにも言い訳臭い。それは銀華も承知の上らしく声を立てずに笑っている。
◇
「さて、じゃあ昔話の始まりと行きましょうか」
「子爵に関わる話ならそんなに昔でもないでしょう?」
「そうね三年……春の事だったから三年半前のお話ね。当時の私はシオツチ神社が流民救済事業で運営している合同寮で暮らしていたの。今もお友達が多く暮らしているわ」
「銀華さん……流民だったんですか!?」
「私の話はまたいつかね。それでシオツチ神社の財産運用を請け負っているのが、安東家だっていうのはもう知っているわよね?」
「はい、銀華さんに密書を持たせる案が出たときに聞きました」
「その提案をしたのはあなただって聞いているわよ」
「いやそんな大した事は……駄目元で率直な感想を言っただけです」
「……合同寮で暮らしていた私のところに……正確に言えば大家で経営者である神社のところにある日、安東家家老という人が思いつめた表情でやって来たわ」
「あの提督ですか、なんだか子爵の話をするといつもあの人が出てくるな」
「あの人は高星の事をとても気に掛けているから。
あの時も高星の事を相談するために仕事の合間に神社を訪れたの。そして詳しい内容は知らないけれど、高星の傍にいてくれる人を探していたの」
「傍にいてくれる人?」
「他に表現のしようがないのだけれど、精神的な意味で高星の傍にいてあげられる人が必要だと考えていたみたい。
それで私を含め何人かに声がかかって、同行して来ていた高星を神社に泊まらせて、さりげなく会ってみることになったの」
◇
三年前、春の早朝。陽が少しずつ高くなり、窓から日差しが部屋の中に差しこんでくる時刻、まだ肌寒い春の朝の、張りつめたような空気も緩んでいく。
板張り廊下を摺り足で歩く静かな音が、明け方の静寂の中に微かに響く。次第に近づいてくる音が障子の前で止まる。見れば障子に映った人影がすっと腰を下ろす。
「もし、お起きですか?」
鈴を転がしたような声、その問いかけに部屋の中からは「ああ」とだけ返事が返る。
「食事をお持ちいたしました、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ほとんど音を立てずに障子が開けられる、朝の日を浴びてきらめくような金髪の女性が朝食の乗せられた箱膳を持って部屋に入り、また音も無く障子を閉める。
「神社に使用人がいるなんて知らなかったよ」
言葉だけを拾えば軽口とも取れるが、抑揚のまるでない平坦な物言いは、その真意が軽口なのか皮肉なのか、それとも本気なのか判然としない。
「ここの慈善施設でお世話になっていまして、お客様がおいでなのでお手伝いに来ております」
「そうか」
興味など無いと言わんばかりのそっけない応答、膳の食事に目を落とした若者は無言で湯呑を差し出す。女性が差し出された湯呑を受け取って茶を淹れ、返す。
湯呑を受け取る瞬間、二人の目が合った。だが若者の方がすぐに目をそらしただけでなく、顔も背けてそっぽを向いて茶をすする。女性は座ったまま一礼して部屋を去った。
聞くところによると今年で二十歳になるという若者とは一瞬目が合っただけだった、しかし強く印象付けられて容易には忘れられそうもなかった。
光の無い瞳は生きることを諦めた者の目だった、全てに絶望した者が自分の精神を守る最後の手段としてなにもかも――それこそ生きることすらも諦めてしまった目だった。
それは勝手な当て推量ではなく、実際にそうして諦めて、そのまま沈んでいった者達を見たことのある経験に基づく確信だった。
しかしあの若者は故郷を失い、家族を失い、自分の最も大切なものまでも奪われた流亡の民ではない。いや、最も大切なものは失ったのかもしれない、だからこそ今の彼なのだろうか……。
『とりあえず会ってみよう』、だった彼女の心は今やはっきりと『何としても彼の心の扉を開いて見せよう』に変わっていた、それがおせっかいだからこそ試みる価値があるとも確信していた。
安東家家老という老人のもとを訪れた彼女は開口一番、あの若者の事を教えて欲しいと告げた。
「若の事を、か……。
解った、何でも聞きなさい。私に答えられる限り答えよう」
「では……若様にご家族はいらっしゃるのですか?」
「間違いなく血の繋がったご両親と弟君が居られるが……なぜそんな事を?」
「若様の目を見たとき見覚えがあると思いました。それがなんなのか考えたところ、親を失った子供達が同じ様な目をしていた事に思い至りました。思い当たる節はございませんか?」
「……解る者には解るものなのか。確かに思い当たるものがある、若は今現在に至るまでご両親に一顧だにされていないのだ」
「自分の子であるのにですか?」
「我が主を責めないでやってくれ。先代・先々代の御当主は偉大な方々であった、その後を継ぐにはあの方は普通の人過ぎるのだ。
その肩に背負うには重すぎる責任を負って、それでもなお責任を果たそうとされているがために、若の事を見ていられる余裕も無いのだ」
「ならば母親の方は?」
「あの方は妻としてよく御当主を支えていらっしゃる、誰もが認める良妻だ。だがやはりそれで手一杯なのだ」
弁護と言うよりどこか弁解の様な物言いに納得のいかない彼女は、刺すような視線を家老に向ける。そのまなざしに思わず目を伏せてしまった家老は呟く様に言葉を続ける。
「……確かに、本当は単に若に対して無関心なだけなのかもしれん。現に御当主は性格の近い弟君は気に掛けておられる。
しかしそれでも儂は信じたくは無いのだ、御当主が若の事を無視しておられるなど、自分の子に対してそのような薄情であるなどとは信じたくは無いのだ、理由があってやむをえない悲劇なのだと思いたいのだ。
……それがかえって若を辛い立場に追い込んだのかもしれぬ」
沈黙、安東家家老の老人は一回り小さくなったかの様な錯覚を覚える程にうなだれている。
「それで、彼はそのような境遇にあってどうされていましたか」
沈黙を破ったその声に非難の色は無い。
「……若は幼い頃から武芸や勉学に良く励んでおられた、そしてその成果をよく周りの者に見せて回っていた。しかし本当に認めてもらいたい方には見てもらえていなかった。
それと、思えば儂は若が努力をしている所を見た事が無い。いつだって若が結果を出して初めてそれに気づいていた。
誰も知らないところで一人黙々と励んでおられたのだろう、誰かに教えを乞う事も無く、誰かと競い合う事も無く、一人で……。
今思うとあれは一人遊びだったのだろうか、そう言えば若が遊んでおられるのを見た事が無い……。
駄目だな儂は、若に対して無関心だったのは儂も同じだったのか」
「彼が今の様になったのは何時頃からでしたか?」
「何時、と問われれば何時からだろうな。徐々に影が深くなっていった様に思う」
「なるほど……」
目を閉じて黙想し得た情報を整理する。彼の過去、取り巻く情況、思い……決定的に突き落とされたのではなく、徐々に沈みつつあるのならばあるいは今すぐにでも、という考えがよぎる。
「ご家老、解りました。あの子は私が助けます。助けて見せる、ではなく助けます」
「それは……もしそれができるなら願っても無い事だが、できるのですか?」
「あの子を助ける術を求めてあなたはここにいらっしゃったのでしょう?」
「いや、そうだが……」
「ご心配には及びません、あの子に必要なものは解ります。そしてそれは私にとっても必要なものです。ですから、必ず助けますし、助けられます」
「……解った、あなたにお任せする。どうか、どうか若をよろしくお願いいたす」
そう言って老人は自分の半分の歳も無い女性に深々と頭を下げた。老人の陰からポタポタと水滴の落ちる音だけが切れ切れに響いていた。
◇
陽はもうすっかり昇り、部屋の中にも暖かな日差しが差し込んでくるようになった。
少し前に聞いたのと同じ摺り足で歩く静かな音が再び近づいて来る。そしてやはり先ほどと同じ様に音を立てず障子が開けられ、例の金髪の美しい女性が姿を現す。
「お食事はお済みになりましたでしょうか?」
「ああ、膳はそこに寄せてある」
見れば膳は部屋に入った体勢からすぐに取れる位置に寄せてあり、食器類も持ち運ぶときに邪魔にならない様に整理されている。やはり本来、こういう細やかな気遣いができる人なのだ。
「お話があります」
「ん?」
「今日、今この時から私はあなたと暮らします」
「…………なんだと?」
およそ想像の範囲を超えた事を突然言われ、理解が全く追いつかないというのが傍目にも良く解る様な顔だった。だから噛んで含める様に、一言ずつ決意を込めて、もう一度宣言する。
「私は、あなたと、これからずっと、同じ所で寝起きして、一緒に毎日の食事をして、一緒に暮らします」
「……一応、子爵家の跡取りだから嫁は誰でもいいという訳にはいかないんだが」
「別に結婚するという話じゃありません、ただあなたとずっと一緒に暮らすと言うだけです」
「それこそ訳が解らん、何だってそんな事を言うんだ」
「あなたにはそれが必要だからです」
「勝手な事を言うな」
若者の顔にありありと不快の色が浮かぶ。
「いいえ言わせてもらいます、言わなくてはいけないんです!」
「一緒に暮らすと言うが、家中の者がそんな事を認める訳が無い」
「家老さんの同意は得ました、他の方々も説得してくださるそうです」
「外堀から埋めるか、嫌な奴だ」
「嫌な女で構いません、私はあなたの傍に居続けます」
「なんのために」
「あなたと私のために」
若者の目にはもう、はっきりと敵意が浮かんでいた。
「ふざけたことをぬかすな! 貴様、何の企みがあってそんなことをする! 言え! 言わなければ言いたくなる様にしてやるぞ!」
「私の企みですか? それはあなたに必要なものを満たしてあげる事で、私も欲しい物を手に入れることです」
「何が欲しいというのだ」
「家族」
「ふざけるな!」
「私は大真面目です」
「私に家族が必要などとぬかすが、そもそも父上がそんなこと認めまい!」
若者の顔はすでに怒りで真っ赤になっている。
「いいえ認めるでしょう、ただし知ろうともしないで。あなたが一番良く解っているはずでは?」
「……」
「それにさっきから何かと言えば家の事ばかり、あなたはどうなの! 家の事を言い訳にして逃げているばかりいないで、あなたの気持ちを言いなさい!」
「――っ!」
もはや声にもならずギリギリと奥歯を噛みしめ、爪が食い込むほどにきつく握りしめた拳をわなわなと震えさせている。
「そのままでは苦しいでしょう? だからほら、全部言って」
ふっと力が抜けたような優しい声、それとともに右腕を伸ばし若者の頬に優しく触れる。
若者は触れられた瞬間ビクリと体を跳ね上げてその手を払いのける、そしてそのままの勢いで目の前の女の頬に平手打ちを叩きつけた。そして天井を突き破るのではないかと思うほどの勢いで立ち上がり絶叫する。
「うるさい! 貴様に……貴様に何が解る!」
平手打ちを受けてその身を倒した女性が毅然として立ち上がり、言葉を返す。
「解らないわ、何も解らない。……だから、解るようになりたいの」
そのまま女性はその長い金髪をなびかせて正面から抱きしめた、強く、痛いほど強く。若者の体は再びビクリとするが、今度は何も抵抗しなかった。
若者の頭脳はすでに機能していなかった。何も考える事ができず、ただただ体の内から脈打ってくる何かと、体を外から抱きしめている体温を感じていた。気づけば頬を熱い物が流れている。
「私ね、娘が居たの。生きていれば今年で四歳になるはずだった」
「……」
耳元でつぶやく女性の声が、若者には自分の奥底まで染み込む様な気がしていた。
「私は家族を、一番大事なものを、命に代えても守りたかったものを失って、それなのに生き残ってしまった。
あなたは家族を知らず、最後の最後まで味方をしてくれる、無条件で自分を認めてくれる人を知らずに、彷徨っていた。
あなたに必要なものを満たしてあげるなんて偉そうな事を言ったけど、そうじゃない。あなたは今まで一人でも、苦しくても生きてこれた。でも私にはそんなことは無理、だから……」
二人がお互いの肩に手をかけ、両腕を伸ばした距離で向き合う。
「だから私のために居て欲しい」
「……居て欲しい?」
「そう、居て欲しい」
「……私は、居てもいいのか?」
「居て欲しいの」
◇
春の陽はすでに高くなり、新緑はその瑞々しい青さを余すことなく陽光の下で輝かせていた。爽やかな乾いた風が草木を揺らし、日陰のジメジメとした湿気も吹き払われていく。
シオツチ神社の客間で一組の男女が互いの両肩に両手を乗せて見つめ合っている。だがそれは恋人同士の睦み合いとは違う、もっと爽やかな何かだった。
「……一つ聞かせてくれ」
「なに?」
「家族には、どうやって成るんだ?」
「家族に成り方なんてないわ、これからずっと一緒にいるうちに家族になっていくの。だからまずは名前を教えて、あなたの口からあなたの言葉で、あなたの名前を教えて」
「私は……私は安東高星、アラハバキの民の棟梁を継ぐ者だ」
「ふふ。よろしくね、高星」
「あ、ああ……」
「私は銀華。今まではただの銀華という名の女、これからはあなたの家族の銀華よ」
「そう、か。その……なんだ……よろしく頼む」
「ねえ、高星」
「ん?」
「名前を呼んで」
「名前?」
「私の事を、名前で呼んで。まずはそこから始めましょう」
「……分かった、じゃあ、ぎ……ぎ……銀……」
蚊の鳴く様なその声は結局最後まで発音されなかった。
「ふふふ、仕方ないわね。銀、で良いわ。うん、その方がいいかもしれない」
一人の若者と一人の女性改め、安東高星と銀華はこうして出会った。
◇
「なんだか聞いてて恥ずかしくなったんですが」
「あら、あなたも同じようなものよ」
「俺が?」
「あなたも家族で居られることにとても惹かれている、だからその中心に居る高星のさらに中心にある物を、この家族の核となる何かを知りたいと思っているのよ」
「そう……なのか? いや、そうかもしれない」
「皆そう、それぞれ言葉には出来ないけれど、なんとなく同じものを感じているからここで一緒に暮らすことを選んでいるの」
「そうだとして、結局その核になるものは、子爵はどういう人なんでしょうか?」
「そうね……高星みたいな言い方をすれば、物の見え方は一つじゃない、それぞれ違う立場の人間が同じものをそれぞれ違う様に見ている。そしてそれはそれぞれ真実なの。
だからあなたもあなたの見方でそれを見なさい、それが貴方の真実だから」
「俺の見方……」
結局自分にとって安東高星子爵とは何者だろうと考えた。それはつまり自分自身が何者で、安東高星子爵に何を期待しているかという事になるのだろうか。
イスカは悲しい別れを自分がする事も、誰かがする事も良しとしない。だから子爵が少しでも悲劇を止めてくれることを期待し、悲劇を止めようとする子爵を優しい人と見ているのだろう。
紅夜叉はどうだろう。紅夜叉が色々と人として壊れた奴だというのは解った。だが操の話によると彼は人外の何か――それこそ夜叉――である事を良しとせず、人間らしくありたいと思っているらしい。だから人のために、操のために、自分の壊れた部分を振るう。
誰にでもではなく操のためだけなのは、紅夜叉はこの世界が理不尽でくだらないと思っている、そこに生きてる人間の命や存在もくだらないと思っている。
だからくだらない物のために戦う気になれないが、ただ狂気に身を委ねるのも良しとする事が出来ず、人である事と夜叉である事を辛うじて両立させるために、操のために戦うという理由を作りだしている。
という事は高星が何か価値のある物を示して、その価値のある何かのために戦える事を期待しているという事だろうか。気に入らないが自分も紅夜叉と同類かもしれない。
操はおそらく、紅夜叉のためだ。操は紅夜叉が人間であるというものすごく基本的な事に、だが多分彼らにとってはとても難しいことを守るために、全てを捧げている。
そして高星の下にいる事が、そのために最善の道ではないかと思っているからこそ、紅夜叉がここで馴染める様にあれこれと世話を焼いているのだろう。
エステルは高星と同じものを見ている。それは現状を変えようという思い、それもおそらく大きな目標、夢。少なくともエステルは高星とそれを共有していると信じている。
だから一時、高星が一人で何かを抱え、それをエステルに教えなくても、信頼し続けている。究極的に見ている物はいつも同じだと信じているから。
銀華はここにいる皆が家族であると言う。ここにいる皆のそれぞれ互いに家族で
居たいと思っていて、それが皆の中心である高星に対して惹かれる理由だと言う。
そして皆がそれぞれ高星に自分の理想を見ている。銀華にとっては今ここ、この空間が求める物なのだ。高星を中心としたこの、銀華曰く家族そのものがあの人の求める物なのだ。
そういう意味ではあの人は本当に『お母さん』なのだ。尤も、高星と銀華それにエステルという最初の三人の関係はまたそれ以外とは違う様な気もする。
皆それぞれ高星に違うものを期待している、そして違う部分を見ている。だがそれは全て真実で、その違いは見ている側にとって何が一番大事なのかの違いが生んでいるらしい。
なら自分はどうだ。高星になぜか惹かれているがその理由が解らなくて、こんな事をしている自分は。
きっと自分自身に何も無くて、自分が何者なのか解らないでいるから、ちっとも高星に惹かれる理由が解らないのだ。それでも惹かれてはいるのだから、自分も高星に何かを期待しているはずだ、だが一体何を……。
前進したような気はするが、結局何も解らないまま天を仰いだ。秋晴れの空を雲が流れている。
ふとこんな景色をいつかどこかで見た事を思い出した。そう、あれは高星と出会ったばかりの頃だ。最初の会話でへそを曲げ、意地を張って高星と話すまいと心に決め、甲板で雲を眺めて時間が過ぎるのを耐えていたのだ。結局三日で降参したが。
つい最近と言っていいくらいのはずなのに、あの時何を話したかよく思い出せない。確か船と風と……運命の話をしたような気がする。
高星は運命の存在を否定していた、運命が全てを決めているという考えを強く拒否していた。
その高星がむしろ運命の出会いとでも言うべきものを、多くしている様にも見える。
イスカ、紅夜叉、操、エステル、銀華。皆がここに集まったのは運命の仕業なのだろうか? それとも運命に抗った結果なのだろうか?
この七日後に高星は帰ってきた、そして全てが動き出す大事件が始まった。それは定められた運命なのだろうか? それとも自ら望んで選んだことなのだろうか?




