悲劇の誕生
注意と言うかお詫び。
一応、戦記物となっておりますが、本格的な軍勢のぶつかり合いが起きるのはおよそ20万字以上先になります。
それまでは小規模戦及び、個人戦闘のみになります。ご了承ください。
風の無い夜だった。どんよりと厚い雲が垂れ込め月も星も無い。流石の都もか細い灯火がチラチラと揺れるだけの暗い夜だった。
しかし宮中の奥、玉座の間は魔法庁の魔術師が灯す明かりで真昼の様な明るさだった。
だがどこか人工的な白い明かりが空の玉座を照らす様は、より一層不安という闇を大きくするばかりだった。
空の玉座の前で群臣達が声を潜めてささやき合っている。もう何時間これが続いているだろうか。
「このようなときに朱天属州で大地震とは」
「救援要請が来ているがこの状況ではどうにも……」
「どのみち被害状況が分からぬことには本格的な支援もできまい、動かせるだけの金を送ってあとは属州総督に任せてしまえばよかろう」
不意に静寂を破って騒がしい足音が聞こえてきた、それはだんだんと大きくなり近づいてくる、そして勢い良く扉を開ける音が響いた。
群臣達がさっと顔色を変えてそちらを見る、駆け込んできたのが軍装姿の兵士だと分かった一瞬、誰の顔にも安堵と怒りと戸惑いが混ざった表情が浮かんだが、すぐにそれを隠し、下っ端に対する貴族出身の高官の顔を作った。
「何事か、騒々しい。今がどの様なときか知らぬ訳ではあるまい!」
いつものように叱責する様な口調で一撃を加え、ひれ伏させようとする。しかし兵士はまるで聞こえていないかの様に息を切らしたまま、まくしたてた。
「い、一大事で、ございます! 東方の蒼天属州で、反乱が起きましてございます!
首謀者はユウキ公爵! フリードリヒ大公を旗頭にし、すでに属州の半分の貴族が反乱軍に加わっているとのこと!」
「なんだとっ!?」
群臣達が一斉に色めき立つ、大抵のことでは動揺を見せない老獪な政治家達すらも動揺を隠しきれないでいた。
「こんな時に……。いや、もしや今だからこその反乱か?」
「いや、それはなかろう。こちらの事が知られているには早すぎる。知っていたとしても準備もなく反乱など」
「その様な事はどうでもいい! 早急に鎮圧の手段を講じねば!」
「し、しかしどうやって。とても都から軍を送れる状態では……」
「昌国君に命令を送ればよい、いつもと同じことだ。いや、あ奴のことだ、もう動き出しているやもしれぬ。」
「しかし、昌国君がこれ以上功績を立てるのは……」
「背に腹は代えられぬであろう、今は反乱鎮圧こそが最優先であり……ん?」
再び足音が近づいてきた、今度はパタパタとした文官のものである。
扉の前で一旦立ち止まり、おそらく呼吸と衣服の乱れを整え、入ってきた文官の顔は蝋のように真っ白だった。
その顔で見た瞬間、居並ぶ群臣達は言葉を待たずして全てを悟った。
「陛下が……陛下が……、ご逝去なされました」
予想通りの答えが返ってきたからと言って、冷静でいられるとは限らない。ついに主を失った玉座の前で、群臣達のざわめきはこの日最大の喧騒に達した。
「して、後継ぎは?」
「定めの通り皇太子殿下にと、遺言立会人も遺書も用意してございます」
「結局あの馬鹿か……」
「しっ! これからは皇帝陛下だ、せいぜいゴマをすらなくては」
「これで権力は一気にアウストロ一門の手に渡るか……」
「それよりも今は決めねばならぬ事がある。まずは国葬の日取りと内容、諡号も決めなくては」
「それに新帝即位式典も……」
「それはアウストロ一門が全て取り仕切ってしまうだろう」
「むしろ今のうちに既成事実を作って奴らの動きを封じるべきでは?」
「やれやれ、なんにせよ忙しくなる……」
その夜、朝日が昇るまで宮城の明かりが消えることはなかった。
◇
時に帝国歴392年第16節9日の夏の盛り、第14代皇帝崩御、霊帝と贈り名された。
ほぼ同じくして帝国西南の朱天属州で大震災発生、死者は五千五百人を数えた。また、東方の蒼天属州で反乱が勃発、後にユウキ合戦と称されるこの戦乱は1年に及ぶ事となった。
後世の史家はこの年をしてこう記述する。――悲惨な時代の最初の年――と……