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クレイジーマンと呼ばれる高校生  作者: 続けて 次郎


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第一章 正常という名の檻

 俺は正常だ。少なくとも、俺自身の中では。

 だが世間は違うらしい。

 高校三年の春、担任は俺を「要観察」と書いた紙切れ一枚で片付けた。母は泣き、父は黙り、クラスメイトは距離を取った。俺がしたことといえば、たった一つの提案だ。「この学校の校則は非合理的だから、明日から全員で破ろう」と言っただけ。合理的じゃないか。多数決は民主主義の基本だ。なのに俺は職員室に呼び出され、「危険思想」と言われた。


 理解できないのは彼らの方だ。

 俺はいつも最短距離で物事を考える。

 たとえば、赤信号で立ち止まる理由は何だ? 事故を避けるためだろう。ならば車が来ていなければ渡ればいい。だが人は「ルールだから」という曖昧な神を信仰する。俺にはそれが理解できない。ルールは目的のための手段であって、目的そのものじゃない。


 俺の名前は相良狂志。狂う志と書いて、きょうし。親がふざけたのか、本気だったのかは知らないが、この名前は妙にしっくりくる。周囲は俺を「クレイジーマン」と呼ぶ。最初に言い出したのはクラスの陽キャ代表、藤堂だ。昼休みに俺が購買のパンを全部買い占め、「需要と供給の実験」と称して倍額で売ろうとした日からだ。経済の授業で習ったことを実践しただけなのに、教師は没収、藤堂は爆笑、俺は停学。理不尽という言葉は、俺のためにある。


 だが俺は落ち込まない。落ち込むのは「こうあるべき」という幻想があるからだ。俺にはない。

 むしろ面白い。人間の反応は実験材料として優秀だ。少し刺激を与えるだけで、驚くほど単純なパターンを描く。怒り、嘲笑、恐怖。ほとんど三択だ。


 ただ一人、違う反応を見せる奴がいた。

 同じクラスの如月澪。成績優秀、運動神経も悪くない、目立たないが常に中心にいるタイプ。俺が「学校の購買は独占市場だ」と騒いだときも、彼女だけは首を傾げて言った。「それ、目的は何?」

 目的? 面白い質問だ。

 俺は答えた。「証明だよ。人は簡単に操作できるって」

 澪は少しだけ笑った。「それって、あなたも操作されてるってことにならない?」

 その瞬間、俺の脳は一瞬だけ停止した。

 操作されている? 俺が?

 ありえない。俺は常に俯瞰している側だ。盤上の駒ではなく、盤面そのものだ。


 だがその言葉は、妙に引っかかった。


 俺はクレイジーだと呼ばれている。

 だが本当に狂っているのはどちらだ? 無自覚に流される多数派か、それとも流れを読み切ろうとする俺か。

 答えは簡単だ。多数派が正しいわけじゃない。歴史が証明している。ガリレオだって最初は狂人扱いだった。ならば俺も、未来の教科書に載る可能性はゼロじゃない。


 そう思っていた矢先、事件は起きた。


 放課後、俺は屋上に呼び出された。呼び出したのは藤堂たち三人組。理由は簡単、「ムカつくから」。人間の動機は驚くほど単純だ。彼らは俺を囲み、くだらない正義感を振りかざした。「お前さ、みんな困ってんだよ。空気読めよ」

 空気。読めないものを読めと言うのは、非科学的だ。

 俺は冷静に言った。「空気は酸素と窒素だ」

 次の瞬間、拳が飛んできた。


 痛みは嫌いじゃない。生きている証拠だ。だが不合理な暴力は嫌いだ。俺は倒れながらも、頭の中で計算していた。ここで反撃すれば退学の可能性は四割。やり返さず証拠を押さえれば、停学で済む可能性は七割。

 最適解は後者。

 俺は抵抗せず、ポケットのスマホで録音を続けた。


 結果は予想通りだった。翌日、藤堂たちは処分を受け、俺は「被害者」になった。クラスの空気はさらに冷えたが、俺の中では一つの確信が芽生えた。

 人は簡単に崩れる。

 少し押すだけで、正義も友情も瓦解する。


 だがその夜、母が俺の部屋に入ってきた。

 「どうして、普通にできないの?」

 普通。

 その言葉は暴力よりも鋭かった。

 俺は答えなかった。普通とは何だ? 多数派に従うことか? 思考を止めることか? それが正しいと誰が決めた?


 母は泣いていた。

 俺はその涙を観察していた。感情の発露。瞳孔の変化、声の震え。

 だが心のどこかが、わずかにざわついた。


 翌日、学校に一台の黒塗りの車が止まった。スーツ姿の男が校長室に入り、数時間後、俺は呼び出された。

 「相良くん。君に提案がある」

 男は名刺を差し出した。そこにはこう書かれていた。


 ――内閣特別行動分析室。


 「君の思考は異常だ。だが、我々はそれを“才能”と呼ぶ」

 俺は笑った。

 ついに来たか。世界が俺を必要とする日が。


 男は続けた。「君のような人間が必要なんだ。常識に縛られない、倫理に囚われない判断ができる人材が」

 倫理に囚われない。

 なんて甘美な響きだ。


 だが俺は即答しなかった。

 「報酬は?」

 男は少しだけ口角を上げた。「金でも権力でもない。君が欲しいのは、それじゃないだろう?」

 図星だ。

 俺が欲しいのは、証明だ。俺の思考が正しいと世界に示す舞台。


 男は最後に言った。「明日までに決めてくれ。君は“クレイジーマン”として生きるか、それともただの変人で終わるか」


 帰り道、澪が隣に並んだ。

 「なんか面白いこと、始まりそうだね」

 俺は彼女を見た。「聞いてたのか」

 「顔見ればわかる」

 彼女は少しだけ真剣な目をした。「ねえ相良。狂うって、自由なことだと思う?」

 俺は答えた。「自由だ。制限がない」

 澪は首を振った。「違うよ。孤独になることだよ」


 孤独。

 その言葉は、なぜか胸に残った。


 その夜、俺は天井を見つめながら考えた。

 俺は狂っているのか?

 それとも、世界が狂っているのか?

 答えはまだ出ない。だが一つだけ確かなことがある。

 退屈な日常は終わる。


 俺はスマホを手に取り、あの男にメッセージを送った。


 「面白そうだ。やる」


 既読は一秒でついた。


 ――ようこそ、クレイジーマン。


 こうして俺の人生は、実験室から戦場へと変わった。

 世界は広い。そして愚かだ。

 ならば証明してやろう。

 狂気こそ、最も合理的な武器だと。

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