第七十八話 呪いのブログ閲覧数 ― 後半 ―
追跡符が示した“呪い主”の所在は──
瀬川ひすいが、かつて交流していたブログ仲間の一人。
名前は 榊原いろは。
ひすいは肩を震わせた。
「さ……榊原さんって……昔、一緒に創作ブログやってた子です……でも……どうして……?」
零は歩き出しながら静かに言う。
「理由は現場で聞く。どちらにせよ──“お前を狙っているのは確定”だ。」
クロは零の横を並んで歩きながら、不安そうに尋ねる。
「零……いろはって子、本当に呪いなんて使えるの……?」
「呪いの深度から察するに……本人が術式に精通しているとは考えにくい。だが、怒りや憎しみが強ければ──“触媒”として呪いを生む事がある。」
ひすいは顔を青くしながら呟いた。
「……怒り……?私……榊原さんに……何か……?」
零は振り返らない。
ただ一言。
「お前が覚えていなくても、相手は覚えている──よくある話だ。」
クロは少女姿で、ひすいの手を優しく握った。
「ひすいさん……大丈夫。わたしと零が絶対に守るから。」
その言葉に、ひすいの呼吸が少しだけ落ち着く。
古いワンルームアパートの一室。
玄関前に立つと、空気が明らかにおかしい。
湿り、重く、濁った“呪いの膜”がかかっている。
クロが鼻をしかめた。
「く……っ……すごい匂い……怒ってる……恨んでる……そんな感じがする……」
零は静かに頷く。
「呪詛が溜まりきった家特有の臭気だ。扉を開けた瞬間、何か飛び出すぞ。」
ひすいは震える声で言った。
「わ、私……本当に入らなきゃ駄目ですか……?」
「お前が入らなければ、この呪いは終わらない。」
零がノブに手をかけた瞬間──
“ギィィ……ッ……”
扉の隙間から冷たい風が流れてきた。
風の中に混じる“すすり泣き”。
――ひゅ……ひゅる……うぅ……うぅ……
クロが一歩退く。
「あの声……ブログの閲覧数が増えるたびに聞こえてた声だ……!」
ひすいは震えながら零の背に隠れた。
「榊原さん……なの……?」
零は短く答えた。
「本人か、“呪いの化身”かは開けてみれば分かる。」
零は扉を押し開ける。
部屋は真っ暗だった。
唯一の光源は、床の上で光るノートパソコン。
その画面には──
瀬川ひすいのブログのコピーが、無数に表示されていた。
クロが息を呑む。
「これ……全部……?」
零は頷く。
「“偽装閲覧”。呪い主が、ブログを閲覧した扱いにして数字を増やしている。」
ひすいは震えた。
「どうして……どうしてこんな……」
すると奥のベッドの影から、すすり泣きが聞こえた。
――ひぃ……ひぃぃ……なんで……なんでなの……ひかり……
クロがひすいを見る。
「名前……呼ばれた……!」
影の中から、一人の少女が浮かび上がるように姿を見せた。
顔色は真っ青。
血の気がなく、虚ろな瞳。
だが──
瀬川ひすいとよく似た年頃の少女。
榊原いろはだった。
ひすいは口元を押さえる。
「榊原さん……?そんな……なんで……」
いろはは涙を流しながら震えていた。
「ひ……ひかり……どうして……どうして私のブログ……消しちゃったの……?」
ひすいは目を見開いた。
「…………え?」
零は眉ひとつ動かさずに言う。
「ひすい──説明しろ。」
ひすいは混乱しながらも震える声で言った。
「消したなんて……そんな……!私、何も……」
だがいろはは叫ぶ。
「嘘!!あなたが言ったの……!“もう見てる人いないし、消したほうがいいよ”って!!だから私……全部……消したのに……あなたは……次の日……“自分のブログだけ”新しく作った……!!」
ひすいの顔が凍りつく。
「そ……そんな……そんなつもりじゃ……!」
零の目が鋭く細められた。
「お前の何気ない一言が、相手にとっては“人生を奪う言葉”だったわけだ。」
いろはの周囲の空気が濁った。
「ひかり……ひどいよ……私、あの日から……ブログが……全部……“声”になって……泣いて……泣いて……消しても消しても……見てって言う声が……やまなくて……」
クロがひすいを見る。
「ひすいさん……謝らないと……」
だがいろはの身体に黒い影がまとわりつき始めた。
「見てよ……私のブログ……“見て”よ……ひかり……じゃないと……あなたの“ブログ”を奪うしかないよね……?」
零が前に出る。
「もう十分だ。」
いろはの影が獣のように膨れ上がり、部屋いっぱいに広がる。
――ミセロ……
ミセロ……!!
ミセロォォォ……!!
クロが叫ぶ。
「零!!くる!!」
零は筆を走らせた。
「“呪滅筆降”──」
黒い筆跡が雷のように走り、影を切り裂く。
影は悲鳴を上げ、いろはの身体が膝から崩れる。
ひすいは思わず駆け寄る。
「榊原さん!!」
いろははぼろぼろ泣きながら言った。
「ひかり……本当は……ずっと仲良くしたかった……でも……あなたは……あの時から……私のこと……いらないって……」
ひすいは涙を流しながら首を振る。
「違う!本当にそんなつもりじゃなかったの……!!ただ心配で……あなたに無理しないでほしくて……でも……言葉が……足りなかった……ごめん……ごめんね……!!」
クロが嗚咽しながらいろはに近づく。
「もう……ひすいさん……ちゃんと謝ったよ……だから……呪いなんて……終わらせよう……?」
いろはの涙が止まる。
「あ……あたし……もう……いいの……?ひかり……許してくれるの……?」
「許す……何度でも許す……だからもう……泣かないで……!」
いろはは微笑んだ。
ほんの少しだけ、生前の少女の表情で。
黒い影が静かに薄れ──
その姿は雨粒に溶けるように消えていった。
零は静かに目を閉じた。
「“呪い主”──消滅。呪詛の根は断てた。」
ひすいは涙を拭いながら、崩れ落ちるように座り込んだ。
クロが少女のまま寄り添い、背中を撫でる。
「大丈夫……もう誰もあなたを狙わないよ……」
ひすいは震える声で言った。
「……ありがとう……本当に……ありがとう……零さん……クロちゃん……」
零は淡々としながらも、どこか優しい声で言う。
「帰るぞ、クロ。」
クロは振り返って笑う。
「うん!」
外はいつの間にか雨が止み、雲の隙間から柔らかい夕日が差し込んでいた。
まるで──
ひとつ、救われた魂を天が静かに見送っているかのように。




