第七十八話 呪いのブログ閲覧数 ― 前半 ―
黒猫呪術代行事務所。
窓際で揺れる薄いカーテンの向こう、秋風が静かに通り抜けていく。
零は机の上の護符を乾かし、ゆっくりと筆を置いた。
クロは黒猫の姿で棚の上に座り、尻尾をゆっくり揺らしている。
そんな静かな午後だった──はずだった。
事務所の扉が、突然 コン、コン……ッ と焦った調子で叩かれた。
クロの耳がぴくりと動く。
「零、なんか……急いでる気配。」
「わかっている。入れ。」
扉は勢いよく開き、深く息を切らした女性が飛び込んできた。
歳は二十代半ば。
薄いベージュのコートに黒髪のショートボブ。
目の下には涙の跡があり、指先は震えている。
「く、黒乃零さん……ですよね……っ」
零は椅子に座ったまま静かに頷く。
「依頼人か。座れ。」
女性は肩で息をしながら名乗った。
「……私、瀬川ひすい と言います……
あの……助けてほしいんです……私……もう……死ぬかもしれない……」
クロが毛を逆立てた。
「ま、また呪い系……?」
零の目が、わずかに細くなる。
「理由を言え。何が起きている。」
瀬川は震える声でスマホを差し出した。
「……私のブログ……これが……原因なんです……」
スマホの画面には、何の変哲もない日記ブログが映っていた。
料理、仕事、日常の愚痴──特に怪しいものは見当たらない。
だが、ただひとつだけ異様な点があった。
閲覧数:9,999,999
零は眉ひとつ動かさずに画面を見つめる。
「……異様だな。」
「そうなんです……。私、そんな人気ブロガーじゃないし……一日の閲覧数なんて数十くらいなのに……昨日、突然……“閲覧数が爆発した”んです……」
クロは首を傾げる。
「でも、それって普通なら嬉しいことじゃ……?」
瀬川は泣きそうな顔で首を振った。
「ち、違うんです……!閲覧数が増えるたび、私の周りで“妙なこと”が起きて……!」
「妙なこと?」
「朝起きたら……玄関に“誰かの足跡”が残っていたり……会社に行ったら椅子に“濡れた手の跡”がついていたり……夜、寝ていたら……“ひとりでにブログが更新される音”がして……!」
クロは零の後ろに隠れながら声を震わせた。
「それもう……完全に呪われてるよ……!」
瀬川の声は震えていた。
「そして今日の朝……閲覧数が……“9,999,999”になった瞬間に……ブログのタイトルが勝手に書き換わったんです……」
零は目で続きを促す。
瀬川は唇を噛みながら囁いた。
「──『閲覧数1,000万で、あなたは死ぬ』──って……!」
クロが跳ねるように叫んだ。
「えぇぇぇぇっ!?なにその呪い!?閲覧数カウントで死ぬの!?」
零は鋭くスマホを見つめた。
「ブログそのものに“呪縛式”が埋め込まれている。閲覧数が増えるほど、術式が発動する仕組みだ。」
「じゃ、じゃあ……あと 1回 誰かが見たら……!」
零はゆっくり頷いた。
「術式は完成する。お前は──死ぬ。」
瀬川の顔から血の気が引いた。
クロはたまらず叫ぶ。
「れ、零!どうにかしようよ!見られないようにするとか……!」
零は静かに首を振る。
「閲覧数は“現実世界のものではない”。これは“呪いの閲覧者”による数字だ。誰が見ているわけでもない。背後にいる“何か”が──自動で数を増やしている。」
瀬川の手が震えた。
「じゃあ……私は……もう助からない……?」
零はその言葉を否定しない。
代わりに、深く低い声で言った。
「いや、“呪いをかけた本人”を見つければ解呪できる。これは“意図的な殺意”による呪術だ。」
クロが疑問を口にする。
「でも……どうやって犯人を探すの?ブログの閲覧者なんて……」
零は画面をひと目見て、冷たく言った。
「簡単だ。“この呪いの形式に心当たりがある”。」
クロはえっ、と目を丸くした。
「零、知ってるの……このタイプの呪い?」
零は小さく息を吐いた。
「“閲覧数呪縛”。術式を刻んだブログを介し、閲覧数が一定に達した瞬間に対象を殺す術──数年前、俺が潰した呪術師が使っていた技だ。」
クロの表情が固まる。
「ということは……」
「ああ。“復讐だ”。潰したはずの呪術師の残党か、弟子か……あるいは──」
零は静かに口を閉じた。
瀬川ひすいは震える声で言う。
「お、お願いします……。私……死にたくない……!助けてください……!」
零は目を閉じ、短く告げた。
「安心しろ。必ず解く。」
そしてゆっくり目を開き、
黒い筆を手にした。
「ただし──“閲覧数が1,000万になる前に”だ。」
空気が張り詰め、クロの毛がふわりと逆立つ。
「零……これって時間との戦いだよね……?」
「そうだ。呪いの閲覧者が、いつ最後の1を刻むか分からない。」
零の声はいつもより低く、冷たい。
「行くぞ。呪い主──“ブログ制作者の影”を追う。」
豪雨の音が、より激しさを増した。
まるで何者かが笑っているかのように。




