表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

269/427

第七十四話 赤装束の女 ― 中半 ―

赤装束の女が袖を広げた瞬間、事務所の空気が“どす黒い赤色”に染まった。


風ではない。

熱でも冷気でもない。


それは──

怨念そのものが流れ込むような圧。


クロは思わず両手で耳を塞いだ。


「う、うぅっ……耳の奥が……痛い……!」


零はクロの前に立ち、黒い筆を横に構える。


赤装束の女の声は歌にも呪いにも似ていた。


『……黒乃零……あなたは救いすぎた……だから私はあなたを殺すために“生かされた”。』


クロが零の服を掴む。


「零……!この女……本当に……やばい……!!」


零は前を見たまま答えた。


「わかっている。」


赤装束の女は手首をひと振りした。


その指は長く、まるで“骨だけ”が残ったように痩せている。


すると、女の周囲に“赤い霧”が渦を巻きはじめた。


クロが絶句する。


「これ……霧じゃない……!なにかの……泣き声が混じってる……!」


確かに、霧の中では何百もの声が囁いていた。


──助けて

──呪われた

──裏切られた

──殺された

──あなたのせい


“恨み”だけを集めた霧。


女が言う。


『これは私が殺されたときの声。私を裏切った呪術師たちの声。そして──お前たちの声にもなる。』


零は筆を構えた。


「その霧は“血呪結界”の内側にいる者を腐らせる。吸えば、体内の血が逆流して死ぬ。」


クロは顔面を蒼白にする。


「ひ、ひどい……!」


女は怨念の霧を操り、零とクロに向けて流しはじめた。


霧が床を這い、壁に染み込み、黒い波のように押し寄せてくる。


クロが悲鳴をあげる。


「零!!くる!!」


零の筆先に黒い光が宿った。


封筆ふうひつ黒環陣こっかんじん。」


零が筆で“円”を描くと、円の線が光となって床に刻まれた。


霧がその円に触れた瞬間──


──ジジジッ!!!


煙をあげて弾かれる。


クロが息をついた。


「効いてる……!よかった……!!」


だが、女は微笑んだ。


『さすが……黒乃零。でも、その陣は“ただの封じ”。攻撃にはならない。』


女の声が甘いほど冷たい。


零は答えない。


赤装束の女は、霧をさらに濃くしながら続けた。


『あなたの封術は強い。でも私は、封印されても死ななかった巫女。封じるなど……無意味よ。』


クロが零を見上げる。


「零……!どうするの……?この結界……どんどん広がってる……!」


零は霧を見つめ、静かに呟いた。


「……あの霧には“血”が混ざっている。」


クロは瞬きをする。


「血……?」


零の目がわずかに鋭くなる。


「“血で構成された結界”は強いが、逆に“血が弱点”にもなりうる。」


女の目がわずかに揺れた。


雰囲気が一瞬にして変わる。


『……あなた……どこまで知っているの……?』


零は筆を回し、霧の一部を指先で捉える。


黒い筆が、霧の中の“赤い粒”を弾いた。


滴る血のように、粒が床に落ちて染みをつくる。


零は言った。


「“血呪結界”は、血そのものが“縛り”だ。」


女は初めて感情を見せた。


怒りとも怯えともつかない表情。


『……やめて。その理屈を言わないで。私は……私は……!』


赤装束の女の影が震えた。


クロは気づく。


「零……この女……なにか“触れられたくない”って……!」


零は静かに続ける。


「お前は“生前の血”に縛られている。血の怨念で蘇り、呪術狩りとして“殺す理由”を与えられた。」


女の声が震える。


『黙れ……黙れぇッ……!!』


霧が女の周囲で暴れはじめた。


怨念が叫び声をあげる。


──痛い

──ありがとう

──裏切られた

──救って

──殺して

──もう無理


クロが耳を塞ぐ。


「零……!この声……頭に響いて……!」


零は筆でクロの頭を軽く撫でた。


「大丈夫だ。耳でなく“心”に声を入れられている。俺の術で弾く。」


クロの瞳に少しだけ光が戻る。


赤装束の女は、霧を一気に零へと叩きつけた。


『死ねぇぇぇ!!黒乃零ぉぉ!!』


零は筆を振るう。


黒弧落こっこらく!!」


筆先から黒い弧が飛び、霧の中心を断ち切った。


霧が二つに裂け、部屋の左右へ分かれる。


赤装束の女は息を呑んだ。


『……血呪を……切った……?そんな……ありえない……!』


零は前に出る。


「お前の血呪結界は、“血のえにし”で循環している。その縁を断てば……崩れる。」


クロは零の言葉の意味を理解し、小さく叫ぶ。


「零……!じゃあ、この女の……“血のつながり”が……!」


女は絶叫した。


『やめろぉ!!私の“血”に触れるな!!』


しかし零は筆を構える。


「泣き声を聞け。霧の全てがお前の血族の声だ。」


霧から、子供の声が聞こえた。


──おかあさん……

──おかあさん……

──どうして……

──どこに行くの……?


女が叫ぶ。


『それ以上言うなぁぁ!!』


顔を覆い、体を震わせる。


零は静かに言った。


「……血呪で縛られた“怨念の子”。お前が死んだあと、お前の血を継ぐ者がどうなったか……知らないわけじゃないだろう。」


クロが察する。


「え……じゃあ……この女……子供がいたの……?」


女の震えが止まらない。


零は最後の言葉を告げる。


「“赤装束の女”──お前の血は、お前が呪術狩りになった瞬間、全部……呪いに喰われた。」


霧が一瞬止まる。


クロが青ざめる。


「え……それって……」


零は言う。


「“お前の子はもう生きていない”。血は呪いの燃料にされた。その怨念が、霧になっている。」


女は崩れ落ちた。


『……いや……いやぁぁぁ……!!返して……私の……子……!!』


その叫びは痛みでも怒りでもない。


“母の絶望”そのものだった。


霧が暴走し、部屋が真っ赤に染まる。


クロは零の背中にしがみつきながら泣いた。


「零……!この女……哀しすぎるよ……!!」


零も筆を少しだけ下げ、低く呟いた。


「……だからこそ、俺が沈める。」


筆が黒く光る。


決着の時。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ