表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/427

第四話 夢の契約 ― 中半 ―

光が、ゆっくりと薄れていった。

気づけば、そこは夜と昼の狭間のような世界だった。

空は淡い青と紫が混ざり、地平には月と太陽が同時に浮かんでいる。

足元は水鏡のように透き通り、歩くたびに波紋が広がった。


「ここが……夢の中?」

葵の声が震える。

零は頷いた。

「お前の夢の断片だ。だが、今は“他人に使われている夢”。本来のお前の記憶と混ざって、構造が崩れかけている」


クロが空を見上げ、しっぽを揺らした。

「うわ……空、逆さまに流れてる」

「時間のない世界だ。夢とは、魂の“未練”が見る現象だからな」


葵が一歩踏み出した瞬間、地面の光が強く脈打った。

「……ここ、知ってる」

彼女の声が微かに震える。

「小さい頃、よく夢で見た場所。白い花畑で、誰かが私を呼んでた」


風が吹き抜け、花弁が舞い上がる。

その香りは懐かしく、どこか悲しかった。

零は静かに言った。

「夢の核に近い。ここに“取引の相手”がいる」


葵が頷き、歩を進めた。

クロがその隣を歩く。

風に混じって、かすかな歌声が聞こえ始めた。

――それは子守唄のようで、同時に祈りのようでもあった。


“眠れ、眠れ、夢の底へ”

“願いの果てで、愛を見つけよ”


歌声の方へ進むと、白い花畑の中心に“男”が立っていた。

白衣を纏い、金縁の眼鏡をかけた穏やかな顔。

だが、その笑みの奥には――何もなかった。


「久しいな、黒乃零」

零の足が止まる。

「……やはり、お前か。御影の残滓」


男は微笑む。

「残滓とは失礼な。私は“夢を統べる者”。御影が肉体を失ったあと、夢の中に残した“意志”だ。今は“夢喰い”と呼ばれている」


クロが低く唸った。

「この人が葵の夢を食べたの?」

「正確には、“買い取った”。彼女が差し出したのは、叶わぬ未来――つまり“希望”だ」


葵が震える声で言った。

「……希望?」

男は穏やかに頷いた。

「君は言った。“あの人をもう一度夢に見たい”と。だから私は、君の夢を買った。君は安らかな眠りと引き換えに、“永遠の再会”を手に入れたのだ」


葵の瞳が揺れた。

「そんな……。私は、彼を失ったのが辛くて、ただ……夢の中で会いたいと思っただけで」

「それが契約だ」

零の声が割って入る。

「夢貨の取引は、“心から願った言葉”に反応する。お前が『もう一度会いたい』と願った瞬間、契約は成立した」


葵は膝をついた。

「そんな……それじゃ、私は……自分で……」


男が優しく微笑んだ。

「君の望みは純粋だった。だが、夢に“永遠”を求めてはいけない。夢は刹那の祈り。閉じ込めた瞬間、それは“呪い”になる」


クロが叫んだ。

「それをわかってて買ったんでしょ!」

「もちろんだとも。私は“夢”を糧に存在する。人が夢を見る限り、私は生き続ける。――だが、黒乃零。お前が来るのは予想していた」


零は前に出る。

「俺の目的はただ一つ。彼女の夢を返してもらう」

男は笑う。

「夢に返すべき所有権などない。夢は誰のものでもない。ただ、見たいと願う者のものだ」


「違う。夢は“生きるための嘘”だ。お前のように現実から切り離してはならない」


男の微笑みが消える。

「……では問おう。お前は夢を見たことがあるか?現実に抗うほど強い夢を、見たことがあるか?」


零は静かに答えた。

「ある。叶わぬ夢でも、誰かの祈りになり得る」


その言葉に、空気が揺れた。

白衣の男の瞳が微かに光る。

「やはり……お前の中には、御影の系譜が残っている。お前が夢を否定しない限り、私は消えない」


次の瞬間、地面が割れた。

花畑が闇に沈み、空が反転する。

葵が叫ぶ。

「いやっ――!」


零が手を伸ばし、葵の腕を掴む。

だが、重力が反転し、二人の体は浮かび上がった。

クロが叫ぶ。

「零! 夢界が崩壊してる!」

「……夢喰いが、意図的に“終焉”を起こしている」


白衣の男が、闇の中で手を広げる。

「夢は、終わらなければ価値を持たない。終わるからこそ、次を願う。ならば、夢の終焉こそが究極の目覚めではないか?」


零の声が低く響く。

「違う。終わらない夢は、“死”と同じだ」


光が走り、零の掌に黒い符が現れる。

「“夢界解呪陣”――展開」


符が宙に散り、無数の光の糸が葵の周囲を包んだ。

彼女の胸元から、淡い光の欠片が浮かび上がる。

それは小さな花びらの形をしていた。


「それが、お前の夢の核だ」

零が囁く。

「それを掴め」

葵は涙を流しながら手を伸ばした。


しかし、その瞬間――

白衣の男が指を鳴らした。

闇が爆ぜ、無数の“夢の断片”が葵に襲いかかる。

過去の記憶、愛した人、叶わなかった未来――。


「零っ!」

クロが跳び上がり、葵を庇った。

彼女の小さな体が光に包まれ、闇を弾く。


「大丈夫、葵! その夢は、あんたの中にまだある!」

葵は唇を震わせた。

「でも、怖い……また失うのが……!」

零が叫ぶ。

「失うのは“夢”ではない。“願いを閉じ込める心”だ!」


葵は目を見開いた。

胸の奥で何かが弾けるように光を放つ。

そして――花びらの欠片が一枚、彼女の掌に落ちた。


その瞬間、世界が静止した。

闇も光も止まり、時間が凍りつく。


白衣の男が低く呟く。

「……まさか、夢の所有権が、変わる……?」


零は微笑んだ。

「夢は“見る者のもの”じゃない。“信じ続ける者”のものだ」


葵の体が淡く光り、花弁が舞い上がる。

白い花畑が再び咲き、闇が後退していく。

クロが息をつく。

「やった……!」


だが、白衣の男はまだ笑っていた。

「だが、夢の取引は終わっていない。代価は、支払われねばならない」


零の胸の符が赤く光る。

「……まさか、契約が俺に」

「そうだ。お前が夢界を“現実に戻した”代償として、夢の管理権はお前に移った。――お前は、夢を持たぬ呪術師。ならば、夢を背負って生きるがいい」


男が消え、闇が完全に崩れ落ちた。

光が一瞬、すべてを包む。


そして――静寂。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ