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いわくつきより難しい  作者: 鹿音二号
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忙しくなってきた古道具屋


古道具屋のすこし離れた場所までがビクトルの正式な巡回ルートだ。商業区を一回りして治安隊の兵舎に向かうのだが、今では気が向いたら古道具屋へと足を伸ばしている。

規則でも違反にはならないのだが、マキアに言うと弛いんだなと彼は皮肉げだった。

最近、裕福区でもビクトルの顔を覚えてくれる人がぽつりぽつりと現れた。


「……いらっしゃい」


ドアを開けると、今日はカウンターに店主のマキアが座っていた。


「よう、最近どうだ」

「最近って、3日前も来ただろ」

「そうだったか?こまかいこと気にするなって」


嘘だ、覚えている。

だがまあ、衛兵っぽく行きつけのところの確認をすべきかと思ったのだ。


「……って、またきたのか」

「ああ……」


布にくるんだ小さな包みがカウンターに乗っていて、その上にはもう見慣れた封じの札が。


「貴族ってのは、いわく付きを当てる専門なのか……」


ぼやく彼に、すこし疲れが見える。

ビクトルは苦笑するしかない。彼の仕事を文字通り増やした犯人の一人だ。


子爵夫人の件がひそかにカイメの貴族層に噂になっている。

出どころは間違いなく子爵夫人のところからだろう。

けれど、大っぴらにはしないでほしいというマキアの意思はそこそこ守られているらしく、本当に困って、藁をもすがる思いでという必死さが見える案件しか回ってこない。

ただ、貴族というのはものを溜め込むものだということを、マキアもビクトルも知らなかった。


古いものには念がこもる。

この店のツクモという名前は、その古くて念がこもり、最後には『カミ』となったものの総称だという。

カミはそのまま神、らしいが、神殿や魔法士が言うのに当てはめれば精霊と近い、と言うようなことをマキアは言っていた。よくわからない。

今のところそんなものは持ち込まれていないが、そのうち本当にそのツクモが来るのではと、マキアは怖がっていた。


「こいつはそんなにってやつか?」

「ああ、俺でも浄化できるから、いい日にやっておく。今日は……2件もきてな」

「それはまた、繁盛したなあ」


聞けばビクトルが来る前は年に2,3回がいいところだったらしい。

それが、すでに10件近くあるのだから、やはり貴族とはすごいものである、いろんな意味で。

もちろん、商売だから金銭は受け取るのだが、基本は謝礼というかたちでお気持ち程度らしい。品をタダで引き取るという手で片がつくことがほとんどだった。ところが、ここでも貴族の効果が発揮した。困っていた人ほど、感謝を表してかなりの金額を置いていく。


「ペチカも、毎日帳簿を見ては目を輝かせて鼻息も荒い」


マキアは結構ひどいことを言う。

なんというか、たまに口が悪いのがマキアだ。おとなしそうな顔をして、かなりの毒持ちである。

そこも、面白いところだが。


「と、今日もペチカちゃんは夕方来るのか?」

「いや、今日は……噂をすればだな」

「あ、ビクトルさん、こんにちは!」


チリン、とドアベルが鳴ったかと思えば、ひょいとペチカが入ってきた。手に大きな袋を持っているから、買い物だったのかもしれない。


「今日もご苦労さまです!」

「おお、ペチカちゃんもな」


今日は学校が休みだったらしい。

しかし、驚いたのはペチカが下町出身だったということだ。

しばらくお互い気づかなかったのだが、見事に顔見知りだった。


ペチカは3年ほど前まで下町に住んでいた。

それが、とあるきっかけで学校へと通うことになり、家も引っ越した。

だからビクトルは忘れていたし、成長したペチカの身なりも良くなっていたため一目では分からなかったのだ。今では平民でも余裕がある家庭になっているらしい。家族も元気だとか。

再会できたのも、幸せそうなのも、良かった。


「ゆっくりしていってくださいね!」

「あーありがたいが、今日は長居できないんだ。また今度、ゆっくりさせてもらうぜ」

「そうなんですか……あっ、これどうぞ、持っていってください」

「おっ?あ、ありがてえ!」


ペチカが差し出しだしたのは、パンらしい。薄紙に包んであるようだ。


「昼が早かったから、もう腹が減ってて。助かるー」

「よかったです!今度はお茶を出しますね、たぶんマキアさんが!」

「……勝手に決めるんじゃない」

「そんなこというなよ、今度レイチェルのところのチュロス買ってきてやるよ!じゃあなー」

「またのお越しお待ちしてます!」


元気な少女の声と、あきれたような店主の目に見送られ、店を出る……そのドアの脇においてある、ハサミの籠の中の半分が、赤茶から変わって鈍色に輝いてるのを見て満足した。知り合いの鍛冶屋に相談してみろと言ったのだが、どうやら聞いてくれたらしい。

薄紙を剥いて、中から出てきた焼き色のついた丸いパンにかぶりつく。


「……ん、チーズかな」


たぶんバーバラのパン屋だろう。あそこのパンと、クッキーは絶品だ。

チーズが練り込んであるロール型で、小麦の香りとチーズの塩気がちょうどいい。小腹を満たせそうで、なかなかいい貰い物だった。

さて、残りのお仕事もがんばらなければ。


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