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いわくつきより難しい  作者: 鹿音二号
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先日の衛兵


今日は晴れていて、学校に行く前にマキアの世話をしに来たペチカがご機嫌だった。

洗濯物がよく乾くらしい。

いつものとおり、ペチカに叩き起こされ、買ってきてもらったサンドイッチを並べてもらい。きっちりお茶を淹れたペチカは笑顔で店を出ていった。

元気な子である。


対して、朝に弱いマキアはふらふらと船を漕ぎながら無理やりサンドイッチを口に運び、お茶を飲むと、やっと頭が動き始めた。

今日はいつものように、店が出来てからずっと押し込められていて何があるのか分からない物品のリスト化を進め、前回使った分の御札を補充する。


「……今日も一日忙しくなりそうだな……」


つまりまあ、暇である。

服は汚れてもいいように麻のシャツにズボン、さらにエプロンをして、店の奥のわけがわからない物の山の前に立つ。

崩れない程度に積み上がっていて、ほとんどガラクタに見えるのだが、中にはとんでもない値打ち物があるのは経験済みだ。

元はこの店のオーナーが買い集めた骨董や彼基準で気に入ったものだが、一時的に保管場所を移動に次ぐ移動をしたらしく、ようやく落ち着きこの店に来たときはこんな状態だった。


……押し付けられたのだが、まあ彼の恩に対してこれくらいは大したことではない。

店はマキアの好きにしていいと言われているのだし。

この店が出来て3年、いつもの日常だった。


作業を始めてから1時間ほど。

ドアベルがチリンと鳴った。

慌ててエプロンを外し、いつも服をごまかすために着ているローブを羽織る。

表に出てみれば……


「よう」

「……いらっしゃい」


先日の衛兵だった。

笑顔で片手を上げる彼に面食らいながら、何かあったのかと心配も芽生えた。


「どうされました」

「いや、近くを通ったから」

「……」


……つまり、近くを通ったから、なんだ?

意味はわかる。けれど、自分にそんなことをする必要があったのだろうか。分からない。

答えに詰まったマキアを、けれど気にした様子もなく衛兵――ビクトルといったか、彼は店の陳列棚のひとつを指さした。


「気になってたんだが、このナイフの並べ方……」

「……ええ」

「さすがに戦闘用ナイフと料理用のナイフは分けたほうがいいんじゃないか」

「……あ」


今まで思いもしていなかった。

どうせ売れないだろうし、刃物はまとめて置いたほうが管理しやすいと思っていただけなのだ。


「……ありがとうございます。ちなみに、どれが料理用です?」

「ん?ああ……」


近寄ったマキアに一瞬不思議そうな顔をしたビクトルだったが、すぐに笑顔に戻る。


「これとこれ……あ、持ってもいいか?」

「ええ」

「……うん、これもだな。錆びてはいるが、研げば使えるぜ」

「……その、料理も戦いもしたことがないもので……」

「あーそれっぽい」


軽く笑われたが、悪い気分にならない。

こんな笑い方をする人間には会ったことがなかった。

ビクトルは持ったナイフを上に持っていって眺めている。


「しっかし、状態は悪いな。ああ、すまん、職業柄気になるだけだ」

「いえ、管理はしますが、そのあたりを今は気を配れないので」


承知で並べている。


「しかし……これなんかは、ちょっともったいねえな」

「……」


彼の腰に下がっている剣をぼんやりと見る。

マキアは刃物の良し悪しは勉強中で、ともかく分類に精を出している最中だ。

けれど……これはいいチャンスかもしれない。


「もしよろしければ、良いものを見分けるコツを教えていただけますか?不勉強なもので……」

「え?ああ、いいぞ」


あっさりと請け負われた。

いくつか教えてもらい、ついでに店頭にあるものから、良品順にピックアップしてもらった。

10本程度なので、時間はかからなかったが……これは、謝礼を出すべきか。


「ああ、そういうのダメなんだ」


笑って断られた。


「賄賂とかにあたるんだと。人助けが仕事なのにいちいちもらってたらおかしいもんな」

「……失礼しました。では……」


昨日ペチカが買ってきたクッキーしか思い当たらなかった。

袋いっぱいで、どうやら気に入ったらしいのだが、ペチカにはわけを言って謝ろう。


「これを……差し入れということで、みなさんで」

「お、バーバラさんのところのか!じゃあ、ありがたく」


知っていたらしい。

いったいどこにその店があるのか――ぐっと聞くのをこらえて、渡した。

ビクトルはぱっと笑顔で受け取るので、謝礼のものも対応も悪くなかったらしい。


あまり、人付き合いは上手い方ではない。

奇跡的に人がいい……よすぎる衛兵だったからよかったものの、この短い間にいくつやらかしたかあまり考えたくはない。

そういうお詫びも兼ねてだったが、彼は気づいていないようだった。

けれど、店を出る時になって、じっとこちらを眺める。


「……何か」

「あー……しゃべり方、それお客用だろ」

「ええ、お客様でいらっしゃいますから」

「うーん、こないだの、普通のでよくね?」

「は、」


……そういえば、前回は途中から面倒になって素で喋っていた。


「あのときは……失礼を」

「だから、ああいうのでいいぜ?俺もこんなだし、歳近いだろ?」

「……ですが」

「な?」

「……分かった」


このあとそうそう会うこともないだろう。

同じ街でこういう店だと知られたから、また似たような件で訪ねられるかもしれないが……その時覚えていたらだ。


「おお、じゃあな」


なんだか満足げな顔をして、ビクトルは去っていった。


――そう、人付き合いがないと、こういうことも見逃す。

通ったついで、が、いったいどれくらいの頻度で、また社交性のある人間というのはともかくマメだということを、マキアはこのとき知らなかったのだ。



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