別荘にて(9)
数日経って、男爵から街に戻ってきてもいいと連絡があった。
別荘をあとにするとき、今度は近いうちに来てください、と使用人全員にすがられ、さすがに頷かざるをえなかった。
マキアが来たら面倒ではないのだろうか。今さらという声がどこからか聞こえてきそうだが……
案外すぐに日常は戻って来る。
ペチカは、マキアが帰ったその日に店に顔を出し、明日から来ますからね!とやたら上機嫌だった。
ビクトルはしばらく店には来られそうにないと、なんだか肩を落として帰って行ったが……
ナンリが次の日の夕方に戻ってきた。
「……………………………」
カウンターの上におとなしく座る黒猫を凝視している。
「ねこ、私も見れたら良かったのに残念ですー」
ペチカはすこし唇をとがらせている。
「……見間違いでなければ、マキア」
「ああ」
「猫又では?」
「やっぱりそうか」
なうん、と一声鳴いた。
「……すまんな、なぜ、ちょっと山に行っただけで猫又を連れて帰ることになるのか、理解がしがたくてな」
「やはり変か」
「……マキアであるしな」
「そのすべてを諦めたような目こそ不可解なんだが」
猫のことは村で聞いた。尻尾が2本であること、少しばかり賢かったこと以外、おかしなところはないのだが。
「しかし、いやはや、お前はマキアを待っていたのだろう?」
なーう、と返事をする。
「……そうなのか?」
うーるる、と中途半端に喉を鳴らし、マキアの手に首をこすりつける。
ナンリは生暖かい目でそれを見ている。
「こやつはきっと、お前が大事にすれば神霊にもなるだろう」
「そんなに」
「ああ、今から祀る準備をせねばならんのでは?西で神霊が存在するとなると……」
なにやらナンリの悩みは尽きないらしい。
数日静かな日々だったが、突然男爵が店にやってきた。
衛兵の格好のビクトルも連れている。
「……治安隊は?」
「さあ……どうにかなるんじゃないか……?」
さすがのビクトルも、本当にどうにかなるのか不安なようだが。
男爵はそういう下々のささいなことはどうでもいいので、マキアに会うなりニヤニヤと笑顔になる。
「ははは、すごいぞ、占いは不得手と言っていた気がしたんだが?」
「何のことです?」
「ナンリから聞いたぞ、ロウド・ブラウンを占って、水の事故に気をつけろと言ったと」
「はあ。……え」
「王都に帰る途中、川に落ちたそうだ」
「……本当に?」
「ああ。残念なことに助かったようだが」
「……」
別に死んでほしいとは思っていないのだが。
カイメから王都に行くまで、3本の川を渡る。
1本は大河ノウスール。もう2本はその支流だ。
その支流の1本の、橋が壊れたようだ。
ちょうど王都の魔法士一行が通りかかったときで、ロウドの乗った馬車が崩落に巻きこまれた。
「ご丁寧に、他の連中は水につかった程度だったのに、ロウドだけは相当流された。命に別状はないが、かなりショックを受けているそうだ」
「言霊が効いているな」
ナンリは満足そうだ。
マキアは……まあ、胸がすく。
しかし、事後報告ではなく、自分でそれを詳細に視る事ができたら、なおさら良かっただろうと思う。
やはり、修行あるのみ。
「それと、ブラウン家に書状を送った。ロウドがやらかしたことについて」
「やらかしたこと?」
「私の街で、クレイトス男爵庇護下にあるマキア・ブラウンへの名誉毀損、暴行未遂」
「……!?」
「店の周辺で逮捕者が出たのは知っているだろう?大げさには書いたが、結局あれはどうにかお前を伸してこの街から追放するつもりだったのだから、変わらんだろう」
「……ブラウン家に、それを?」
「お前を引き取った手前、報告以外の意味はない。まあ、それを見た地主らが……どうするかは注視するが」
「……俺は……」
何を言うつもりだったかは分からない。
自分の家族のことは、もう思い出さなくなってきていた。
今聞いても戸惑うだけで。
ビクトルの心配そうな視線は分かるが、顔を上げられなかった。
けれど、男爵はあっさりしたものだった。
「お前にどうしろというわけではない、報告だけだ。それよりも、別荘の鎧のことについて聞きたいのだが」
……そっちが本題か。
がくりと肩を落とす。力が抜けた。
まあ、いろいろこちらも言いたいことはある。
まずは、いわく付きが出てきたら、ナンリかマキアに必ず言うこと。
これだけは覚えて帰ってもらわねばならない。




