閑古鳥が鳴く
外が薄暗くなりかけた時間、店のドアがチリチリとベルを激しく揺らして開かれた。
「遅くなりました!」
見慣れた少女だ。薄い色の金髪をおさげにして、丸い目は青い。服は簡素だが傷んでいないワンピースに、肩掛けのかばんを下げていた。
いつもの元気な声に、カウンターのスツールに腰掛けていたマキアは苦笑した。
「急がなくてもいいと言っているだろう」
「いえ……っ、マキアさんがご飯食べてるか……心配でっ……」
「またどういう心配だ」
「前科は……いっぱいありますよね?」
マキアは目を逸らした。
あまり食に興味がなく、面倒になって抜いたことは、記憶に何度か。
……今日は大丈夫だ。
少女はまだ疑わしい顔のまま店の奥に入り、しばらくするとお茶とお菓子の乗ったトレイを持ってきた。
「珍しいですね、お客さんがいらっしゃったんですか?」
「……ああ」
客用に出したカップを見たんだろう。洗って拭いておいたが、水気が気になってしまっていなかった。
「ごはんも大丈夫そうですね。良かったです」
「まるでお母さんのようだぞ、ペチカ」
「誰のせいですか?」
もう、と頬を膨らませる少女、ペチカは近所に住んでおり、お手伝いとして店で雇っている。
近所と言っても、ひとつ道の向こうの、平民の区画である。この店を構える区画は裕福層で、その差は一目見て分かる。貴族層の区画もあるのだが、あくまで裕福な人々の区画がここだ。
「すみません、毎日こんな時間になって……」
「いや、雑用と事務処理を手伝ってもらうだけで十分だ。それより学校にちゃんと行くことが一番だ」
「ありがとうございます……」
スツールをカウンターの下から引き出し、それに座りながらペチカは微笑む。
お菓子……クッキーは見覚えがないから、ペチカが買ってきたんだろう。後で駄賃をやらないと。
「それ、今日のお客さんのですか?」
カウンターに出したままだった小箱を見て、興味を惹かれたらしい。
「ああ」
「え、このままで大丈夫なほうですか?」
「ふ、大丈夫じゃなかったが、大丈夫にしたから問題ない」
ペチカはきょとんとした。
「あれ?待たずにお祓いしちゃったんですか?」
「ああ……」
まあ、別に深い意味はない。
いろいろと聞いてくる客で、これはきっちり話さないとあとが怖いな、となんとなく思ったから実演までしてみただけだ。
マキアの実力でなんとかなる、軽度のものだったからもあるが……
開いてみていいかというので頷くと、やはり騙されて四苦八苦するペチカ。
笑いながら助けてやると、意地が悪いと怒られた。
「お客さんにもそういうことしたんじゃないですよね?」
「……それはしてない」
「それ絶対なにかやってますよね」
ペチカはため息をつく。
「マキアさんって、おとなしそうに見えてたまにすごく意地悪だからなあ」
「人と場所は選んでるぞ」
「そーゆーとこ」
呆れた目で眺められるが、性分だ、仕方がない。
箱を組み立て直しているペチカは、
「けど、そこまでちゃんとお話しするお客さんだったんですね。珍しいですよね、マキアさんいつもお客さんには最低限の会話しかしないじゃないですか」
「……衛兵、だった」
「え?衛兵さん?」
きょとんとした少女は、けれど納得したと軽く笑った。
「衛兵さん、いい人が多いですものねえ。これもなにか住民から言われたんでは?」
「……ふうん、ペチカもそう思うのか」
「当たりでした?」
「ああ」
あまり関わったことがなかったが、どうも地域密着型の頼りになる兵隊らしい。いいことだ。
それでもおかしな客だったな、と回想する。
ものすごく距離が近かった。
結構脅すような事も言ったのだが、真剣に聞いているのですこし罪悪感があるくらい。嘘はついていないが。
なんでも物珍しいものには反応し、少年のように顔をキラキラさせて……そこまで面白いことをした覚えはないのだが。
けれどわきまえていて、こちらが不快になる線引きを確かめているようだった。なんとなく、そういう気遣いができるとは見えなかったのだが。
ぼんやりと思い出しながらお茶を飲むマキアの横で、ペチカは紅茶と、さっくりとしたクッキーを口に頬張った。
「……では、残りのことしちゃいます!今日はもう店を閉めますか?」
「あー……」
なんとなく、このままがいい気がした。
「いや、閉店時間まで開けておこう」
ほんの1時間もないのだけれど。
「分かりました。何だか機嫌が良さそうですねえ、マキアさん」
「……」
そんなことは、ないはずだが。
「……さあな」
自分でもよくわからないことは、流しておくに限る。