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いわくつきより難しい  作者: 鹿音二号
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未練の短剣(3)


ビクトルを説得し、ついでに管理人の店主にも事情を説明して、だいたいの井戸の深さを聞き出しながらロープを用意。


「俺が行くって!」

「無理だ、俺しかわからない」


降りる段になって、ビクトルが駄々をこねている。


「なにか井戸の底にある。でもなにかは分からない。たぶん俺が見れば分かるが、お前は分からない」

「……でもよ!」

「もう大丈夫だ。俺が気づいたのをあっちも気づいた。もうほとんどあっちの目的は達成された」

「……くっ」

「さっと行って見てくる。ロープはお前に任せた。頼む」

「……分かったよ」


ビクトルと、近所の協力的な男性がふたり、一本のロープの端を胴体に結び、もう反対側をマキア胴に結ぶ。

蓋を開けると、湿気が立ち上る。変な匂いなどはないから、有毒なものはないだろう。

井戸の底は、光が届かず真っ暗だった。

ゆっくりと、足を石レンガの内側の凸凹にひっかけそうっと降りる。


「いいぞ、こっちで支える」


そろりと足を離すときは少し怖かったが、ロープ1本でぶら下がったマキアは、上のビクトルたちの力でゆっくりと井戸の底に降りた。

少し湿っているが、枯れきった井戸は暗いだけで特におかしなところはない。


持っていたカンテラの明かりをつけて、周囲を見渡す。

底は思ったより広い。四方4メートル近く泥と土ばかりで、足場は悪い。


「……そこか」


ふと、隅の方に気を引かれた。

何か他と変わったところはないが、ここだと思う。

泥のぬめりに顔をしかめながら、掘る。

数分で、かつ、と指先に何か硬いものが当たった。

ゆっくりと掘り出し……それを手に取る。

なにか、耳元で囁かれたような気がするが、よく聞こえなかった。


「ああ、あとは、しかるべきところに届けよう」


返事になるかわからないが……反応はなかったのでよしとしよう。


引き上げられ、井戸から出るとビクトルががっと距離を詰めてくる……ちょっと後ずさってしまった。


「大丈夫か!?」

「今日で何度聞いたんだそれ」

「何度でも言うわ。無事だな……良かった」

「ああ、あと、見つけた」

「……ん?」


持っていたものを見せると、ビクトルは首を傾げた。


「短剣?」

「やっぱりか、錆びていて確信はなかったんだが」


ボロボロなのと泥で汚れていて、詳しい外見などは今はわからない。


「……あの、少し思い出したことがあるんだが」

「ん?なんだ?」


ビクトルが衛兵だと知っているのか、手伝ってくれた男性の一人が声をかけた。


「俺が小さい頃に……たぶん、人が落ちてるのではないかと」

「……!本当か!」

「ああ、小さかったからな、あんまり覚えていないが……ちょうど、こうやってロープを引っ張ってる風景を、見た気がするんだ」

「何歳の頃とか」

「……4、5歳だったと思う。ああ、俺は今32なんだ」


人の良さそうな男で、ずっと同じ家に住んでいるのだという。


「……閉める前だとしたら、時期は合ってるな」

「俺はそのころ住んでいなかったな」


もう一人、40歳代と思われる男は首を振った。

管理人は少し考え、


「申し訳ない。そのころ私は別の仕事で家に出入りが激しく、そういったことは聞いたことがないのか忘れたのか……」

「だが、俺が聞き込んだときは誰もそういう話をしなかった」

「……おかしいな」


子供が不可解な状況で井戸の上で発見され、噂もあるのに、実際にあった被害は誰も語らない。


「……年かさの、どなたか信用できる方をひとり呼んでもらえますか」


管理人に頼むと、訝しそうだが了承してくれた。

管理人の店で、50歳くらいの男性と会った。

身なりはよくて、どうも貴族とも関わりがある仕事らしい。管理人の店主には席を外してもらった。


「あの時の衛兵の方ですね」


ビクトルを覚えていたらしい。

にこりとする顔は確かに人好きがするが、そればかりでもなさそうだ。


「改めて自己紹介を。俺は治安隊第7小隊のビクトルです」

「私は古道具屋を営んでおります、マキアという者です。……これを」


さっきの手紙を彼にも見せた。

ビクトルも見たらしく、んぐ、と息を吸い損ねたような音を出し、彼はぴくりとこめかみを引きつらせた。


「……具体的な関係を私はお答えできませんが、確認してくださっても結構ですので」

「……分かりました、ありがとうございます。では、何をお聞きになりたいのでしょう」

「あの井戸のことです。以前も彼に聞かれたのでしょうが、もう一度お聞きしたいのです」

「……そうですね、私は確かに噂以上は知らないと彼には答えました」


ふう、とため息をつく。


「私が言ったと、どなたにも漏らさぬようにお願いしてよろしいですか?」

「ええ、もちろんです」

「……頼みます。……お疑いになったのですね。ええ、あの井戸には、人が落ちてきます。2人です」

「……やはり」

「ひとりは、当時近所の家の手伝いだった女性です。水を汲もうとしてそのまま……ということで、事故だと片付けられているはずです。ですが、その時、別の仲の良い女性と話しながら水を汲んでいた。その方が言うには、楽しく話していたのに、突然黙り込み、そのまま井戸に落ちたそうです。悲鳴も、あがきもなく」

「……」


じっと、ビクトルはこちらを見ている。

まったく同じなのだろう、さっきのマキアと。


「その後、また似たようなことがあって、そのときは周りの人が食い止め、事なきを得ました。それで蓋をされたと思います。その後は……噂通りかと」

「なるほど」

「……当時を知っているものは、呪いだと言うでしょう」

「一人目の方の、ですね」

「ええ。貴族の、御令嬢です」

「……ああ、なるほど」


マキアは納得した。


(それで、あの感情か)


彼女が死の間際まで思っていたこと。


「……私も詳しくは知りません。ただ、御令嬢があの井戸に落ち、その後どこぞの貴族が絶対に漏らすなと一帯に脅しをかけたこと。それはたしかです。その2カ月後に、ふたりめの女性が落ちた。御令嬢の件でやはり怖がってしばらく使う人間もいなかったのですが、恐怖が薄れた頃に……井戸を使わないわけにもいきませんしね」


「ちなみに、いつ頃ですか」

「……30年は経っていませんね。すみません、記憶が薄れているので」

「……ありがとうございます。助かりました」

「私は名前さえ出されなければ構いません。そちらの事情といっさい私は関係がないことにしてくだされば十分です」

「ええ、もちろんです」

「……では」


一礼して、彼は去っていった。

ビクトルは黙り込んでいる。

管理人が伺いに来て、マキアたちは礼を言って帰ることにした。


「何かおかしなことがあれば私に言ってください。責任は取りますので」

「はい。その時はよろしくお願いします」


腰を折る店主も、文句はないようだった。


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