お祓い(1)
ガギンッ!とひときわ強い音がしたと思ったら、ビクトルと剣を合わせた父が、よろめいて尻もちをつく。
「っと!悪ィ!」
「ああ、いや、大事ないさ」
父はちょっと驚いたようだったが、けろりとしていて、ビクトルが差し出した手につかまって立ち上がる。
「今のは良かった。いい力の乗り方とスピードだ」
「ああ、親父を打ち負かしたしな」
「たまたまだぞ、俺が少し油断しただけだ」
「たまたま、ねぇ」
ぺしんと父に頭をたたかれたがまあ痛くはない。
元衛兵の父は、足を悪くして引退したが、こうやってたまにビクトルの剣を見てくれる。本格的に打ち合うならともかく、練習などは教官よりもよく教えてくれるのでは、と思うが、まあ身内だから容赦がないのかもしれない。
「なんか調子を取り戻したみたいだな。数日元気がなかっただろう」
「……おう、まあ……」
「めずらしいから雪でも降るんじゃねえかと母さんと不安がってたんだが」
「るせ」
まあ、調子はだいぶ良くなった。
こんなに気の持ちようで色々とヘマをやったり人を心配させたことはなかったから、なんだか自分でも不思議だが。
しかも、親しいと勝手に思い込んでいた友人と、そうではなかった、くらいで。
なんでこんなに気落ちしたのかまだ自分でもよくわからない。ただ、彼、マキアと親しくなりたいという気持ちだけは自覚した。
そうだ、親友になりたいのだろう。
河岸区で偶然会って、買い物をしたとき、ただ色々と彼と見て回るだけで楽しかった。
極めつけはあの別世界のような店だが……あれは衝撃だった。
そして、マキアの半分は、あれと同じものなのだ。
なんでこの国で遠い異国の術など使っているのか、全く門外漢のビクトルにはわからないが、彼はなんであれ、彼だ。
そして――かっこいいのである。
貴族相手に堂々と仕事をし、ことを収めたのは鮮やかと言うしかない。ビクトルだって喧嘩の仲裁なんて山ほどしたが、それとはだいぶ違う。
例の首飾りの夫人は、今は元気だという。子爵からラインハルテにお礼があったというのだから、大成功だろう。まだ本当には解決していないから、マキア自身はその後に挨拶すると子爵のお礼を一旦返したという。……男前だ。
(あと、仕事着とかいったけな)
白一色の、見たことがない衣装。
神秘的、というのだろうか。彼がそれを着て戻ってきたときに、部屋の空気が変わったのが分かった。
自分たちも制服を着るときは治安隊の誇りを身につけるのだと訓示で言われ続けているが、つまり彼にとってそういう意味もあるのだろう。
さらに見慣れない道具で見たこともない文字や図形を書くマキアに、ラインハルテではないが内心大興奮だった。
彼の生きる世界が、自分たちとは違うのだとあの時分かった。――具体的にその世界を見られたのは、あの河岸区の店だったのだ。面白すぎる。
いつもビクトルを楽しませてくれる彼だが、彼自身のこともよく知らなかったのだと、あのナンリという男が現れて、思い知ったのだ。
マキアとは長い付き合いのような雰囲気があるナンリに、なんとなく近寄りがたく、色々とアウトな行動をとったと思う。だが、彼は気にしていないと、そう言った。
……なんとなく、マキアのあの人に親切な理由をみた気がして、また少し、胸がもやもやしたが、よくわからない。たぶんナンリのせいではないのだが。
「……あれ?兄ちゃんと父さん、またやってきたの?」
小さな庭……と言っても、昔家の裏手にあった小さな小屋が誰も使わなくなり、崩れそうだったのを解体して勝手に使っているだけの、小さな土地
だ、そこから戻ってきたのを妹が見つけた。
「兄ちゃん今日はお休みって言ってたっけそういえば」
「なんだ?ちょっと今から出かけるんだが」
「……ならいいや」
「……まあ、土産くらい買ってくる」
「ほんと!?」
ぱっと顔を輝かせる妹は、あの小箱の件から少し甘えたになった気がする。悪いことをしたと思っているから、なんとなく甘やかしてしまって拍車がかかっている。
「あら、出かけるの?じゃあ砂糖を買ってきてくれない?」
「あ?……まあいいけど」
ちゃっかりと聞きつけた母がお使いを押し付けてくる。
まあ、目的地に行く前に全部選んで忘れないようにしよう。
行きすがらに頼まれたものは買い、昨日も行った古道具屋へ。
けれど、そのドアを前に、呆然としてしまった。
「……そりゃそういうこともあるよな」
ドアにかかった「閉店」の文字。
定休日などはないと聞いていたし、用事があれば閉めているだろう。今までそんなことがなかったら失念していた。
なんとなく、いつもここが開いている気がしていた。
……そういえば、そんなに流行っていなさそうな店が、少なくともしょっちゅうビクトルが入れるほど開いていて潰れないのはなんでだろうか。
「うーん、どうすっかな」
腕に抱えた荷物を見ながら唸っていると。
ドアの内側で物音がした。
チリン、音を立てて、目の前の戸板が開かれる。
「え?」
「……え」
ドアを開けたのはマキアだった。
ビクトルを見て、目を丸くしている。あまり見ないような表情だ。
「よ、よう、あれ?」
「本当にいたな」
「え?どういうことだ?」
「……入っていくか?」
ふと、うっすらと笑ってマキアがドアを押さえながら身体を横に避けた。
「え、えーっと、なら、お言葉に甘えて」
いいと言うなら、入らせてもらおう。
中に入ると、人気が無い以外はいつもの店だ。
マキアが、白い。
服が、以前見せてもらった仕事着に似ているが、帽子はないし上着はなんだかちいさい気がする。
やっぱり、よく似合っていた。
「……ナンリが、お前が来ているって」
「え?どこから見ていたんだ?」
「倉庫から」
「……倉庫あるんだ」
「まあ、占いとかいうやつだと思う。俺もまだ分からない術だ。お前が来ているから入れろって言われて……本当にお前がいてびっくりした」
「だよな、すげえな」
当てずっぽうと笑うにはタイミングが良すぎるし、やはりマキアの色々を見ているとそうなんだろうとすんなり思う。
言いながら店を通り過ぎ、応接間も次の扉を開き、みじかい廊下の奥の部屋に入った。
当然来たことはなかったが、表以上に雑多なものであふれかえっている。なるほど、倉庫。
さらに、小部屋のようなところに入り込むと。
「やあ、ビクトル君」
倉庫、というにはちょっとおかしなところだった。
ほとんど壁は棚になっているのはいいが、中央は開けていて、そこになにか小屋のミニチュアのような物がある。
その前に、ナンリが立っているが……
「おっわ、すっげ」
服装が見たこともないものだった。
白くて、上下に分かれたところは隣のマキアと近いものがあるが、それに金色のストールに黒い丸い物が繋がったようなものをかけ、袖口とズボンの裾を縛っている。靴は履いておらず、縄を底板のような形にして直接足の甲に結んでいた。頭には小さな黒い帽子、手には長い杖が握られている。
「はは、素直だな。そう、このあたりでは見かけんだろうこんな格好」
ナンリは笑って、杖を振る。シャラ、と澄んだ音がすると思ったら、ヘッドのところは金属製で、輪がいくつも連なっている。
「頭悪いんで言いますが、かっけえっす」
「いやいや、褒め上手かな」
ナンリはひとつ笑って、こん、と杖で床を叩く。
「君にはやはり縁があるのだろう。見届けていくがいい」
「え?」
「あれ」
マキアが指差したのは、さっき小屋のミニチュアだと思ったその前に、台座があった。
そこに、見覚えのある首飾りが置いてある。
「あっ」
「今から祓うんだ。お前が来るとはな」
「それもまた森羅万象の理よ。では、始めるとするか」
ナンリのちょうど後ろの壁際にマキアと並んで立つ。
ナンリは腕を動かした。
声が、すごい。
早口だし、異国の言葉で何を言ってるのかはさっぱりだが、気迫がこもっている。マキアも前に異国の言葉を口にしていたが、全然違う。
一度、ナンリが大ぶりに腕を振った。じゃらんと、杖が鳴り……
「……っ」
マキアが息を飲んだ。見ると、少し青ざめながら、ナンリを見つめている。
「おい」
「大丈夫だ」
返事はあったが、食い入るようにナンリを見ている。
ナンリは先ほどよりゆっくりとしゃべりながら、杖を何度か鳴らす。
――空気が、ざわめく。
ざわざわと、音がしそうなほど揺れて、動く。
重い、と思った。上から押さえつけられるような圧迫感。
重くなるにつれて、ナンリの声と身振りが激しくなる。
数十秒程度だったのだろう。
けれど、もっと長い時間が経ったような気がして、唐突に、もとに戻る。
「はっ……」
息をいつの間にか止めていて、ビクトルは吐きだした。
マキアは……額から滴るほどの汗をかいている。
「大丈夫か?」
「ん?ああ、気にするな」
袖で汗をぬぐう彼も、ため息をついて肩の力を抜いていた。




