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9. 忠実な理想と優雅な午後を

二度目の偽装デートは一度目から約一週間後となった。


手紙でのやり取りは三日に一回程度。

多忙な魔導騎士相手なことを考慮すると、妥当かむしろ多いくらいの頻度だろう。


コレットはコレットで花屋の看板娘をして仕事終わりには行きつけの店で食材を購入し、帰宅後夕食を作って食べ、翌日の昼食の準備をする。着実に王都へと馴染んでいき、人々には絵に描いたような良い子の印象を与え続ける。今までも、これからも。


唯一無二の魔導騎士様の恋人役に、力不足など許されない。






既に粗方の調理は終えて後は仕上げをするのみで来訪を待ち侘びていると、いつかと同様の昼下がりに予定時間ピッタリにドアが叩かれた。


「は~い」


パタパタと玄関へ駆けていき、開扉した先には予想通りの人物が立っていた。

本日は貴族らしさが垣間見えるような装いだった。仕事終わりに汗だけ流してそのまま来たのだろうか。


「いらっしゃい。逢いたかった」

「…私もだ」


まだ玄関ポーチで人目があるが、お構いなしにラインハルトから熱烈な抱擁がされた。


昼時の休日の住宅街で貴族風の男性が庶民女性を抱きしめる。

注目を浴びない訳がなく人々の視線が突き刺さるが、両者ともにまったく意に介さない。


一度目の偽装デートの際の反応がそれはもう散々だったが、二度目だからか随分と手慣れている。これならば今後は安心してもいいだろう。

胸中でそう評しながら嬉しいのだと伝えるためにギュッと抱きしめ返した。


微かに香る、汗と石鹸。

鍛え上げられた分厚い彼の胴体は腕を目一杯伸ばしてどうにかギリギリ後ろまで回り切れるほどで、ラインハルトとの年齢差をこんなところで実感した。


「…ラインハルト様…」


いつまでもこうしては居られないため、恋人らしく名残惜しさを秘めた呟きを漏らして抱擁を解くと、上目遣いで見つめる先もまた、寂鬱が燻っていた。


「入ろう」

「ええ」


扉を抑えて身体を寄せ、動線を空ける。

玄関扉の施錠をしてから「どうぞ」と促して案内する先のリビングルームは庶民が一人暮らしをするのに一般的な広さしかないが、それと引き換えにキッチンの設備は充実している。


木目調の自然素材とナチュラルカラーで統一された安心感や温かさを思わせる内装には、所々に可愛らしい小物も飾ってある。

これらはコレットの設定を忠実に再現するためにわざわざ流行を押さえて揃えた物ばかり。


自室に必要最低限の物しかない私にとっては違和感しかない部屋であったが、住み続けている内に少しずつ見慣れてきていた。

今では選んだ小物たちにも何だか愛着も湧いていた。


「すぐに作っちゃうからそこで待ってて」


二人用のテーブルセットを指し示してからキッチンに立つ。

温め直すためにオーブンの火をつけ、その間にスープを仕上げて副菜もそれぞれ盛りつけていく。


今日のメインは初めての料理指南で教えてもらったミートパイ。

昼食には時間が遅く、ティータイムには少々早すぎる微妙な時間だから食事として不足なく、軽食としても重すぎないように。


かといって、ラインハルトの嗜好を詳しくは調べられていないため、苦手な料理ばかりになってしまわないように味の系統が被らないようにもしてある。

おかげさまで料理の品数も量も尋常ではない。


「お昼ご飯はもう食べたの?」

「いや、まだだ」

「良かった。張り切って作りすぎちゃって」

「それは楽しみだ」


作った料理が無駄にならなそうなことをひとまず喜び、合間合間でオーブンのミートパイの焼き加減を確認つつ仕上がった料理を次々に配膳していく。


最後に綺麗な焼き目の付いたミートパイをテーブルの真ん中に置いて全ての料理が出揃った。


「これはまた豪勢だな」


隙間が殆どないほどテーブル一杯に並べられた料理の数々にラインハルトの眼は点になっていた。

貴族で公爵家の一員な彼にとってこの品数は多くないはずだけど、想像は超えていたようで何よりだ。もしかしたらどーんとした飾り気のない迫力ある盛り付けが珍しいのかも。


「うふふ。デザートもあるの。全部貴方の為に作ったんだからいっぱい食べてね?」

「善処しよう」


フォークとナイフを手に取ったラインハルトの目の前のお皿に一切れのミートパイを取り分けると、湯気と共に食欲をそそる香りが宙を舞う。


ゴクリと喉を鳴らしてもなお上品な所作でミートパイを口に運ぶ正面の彼に反して、私はお構いなしに食べ進めていく。


ホロホロかつ肉々しい挽肉、パリパリサクサクのパイ生地、丁度いい塩加減。

ピエールさんのレシピに忠実に最初から操作魔法で作った一品だから、美味しくないはずがない。


だけど、やっぱり自分で作った物よりピエールさんの方が断然美味しい。

操作魔法でも一朝一夕に巧みな技術は再現不可能だった。


「おいしい?」

「…うまい」

「良かったぁ」


満足げなその表情と手が止まらないことに安堵する様子を見せて、内心では仲間の素晴らしさに胸を張る。


(本物はもっとおいしいんだぞ!)


と。


ラインハルトは手を止めることなく次から次へと料理を口へ運んでいく。

騎士をしているからか食べる量がとても多く、早い。けれど、徹頭徹尾優雅で上品に見えるのは流石お貴族様だと思う。


全種類偏りなく食している事から嫌いな食べ物はなかったようで、あんなに大量に作ったのにほとんど余ることがなかった。


食後には庶民には少しお高い茶葉で紅茶を淹れて一息吐く。

満腹感からいつもの勇ましさは迷子になってしまったらしく、睫毛が影を落としている。

のんびりと時間が流れる中で、紅茶片手に西日がオレンジに染まるまで他愛のない会話をして。


「これ、良かったら貰って?」


別れ際にお手製の刺繍入りのハンカチを渡した。


ラインハルトの表情は夕日の眩しさで霞んでいた。

コレットはきっと、その曖昧さに気づかない。

ミートパイって軽食やおやつとして食べるんですね…。メイン料理兼主食みたいなものかと思ってました。

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