6.マスコットな従業員たち?
店長室から退室して準備のために談話室の前を通ると、何やらワイワイとはしゃぐ声が漏れ聞こえる。それが気になり、開きっぱなしの扉から中を覗くとそこにはテーブル上に山と盛られたお土産に目をキラキラさせて物色する双子とその光景にうっとりとしているお師匠様。
そして、その横には可愛らしいモフモフとした私よりもはるかに大きなウサギさん。
「シアちゃーん!」
名前を呼べばウサギさんはゆっくりとこちらに身体の向きを変えた。そこへドーンと抱き着けばよろけることもなくしっかりと受け止めて抱きしめてくれた。
肌触りはしっとりなめらかでスリスリと頬擦りするととても気持ちいい。
(モフモフさいっこ~!!!)
暫くの間その着ぐるみの触り心地の良さに身を委ねていたが、ふと我に返って名残惜しくも身体を離す。
顔を上げて見つめたウサギさんの顔もかわいい。
「会長と一緒に帰って来たの?どれくらいここにいるの?」
私が尋ねるとコクンと頷いた後、器用に着ぐるみの人差し指と中指に当たる部分を立てて数字の“2”を表現する。
「二週間も居てくれるの?!」
「…(フルフルッ)」
「じゃあ、二日だけ?」
「…(フリフリッ)」
「もしかして二か月?!」
期待を込めた眼差しで上目遣いに見つめるとシアちゃんは首肯し、その期間の長さにテーブルのお土産から視線を外さず聞いていた双子とも巻き込んで「やったー!」と盛大に喜ぶ。
ふたりは常に行動を共にしているため、シアちゃんがここに滞在するということは会長も同様の滞在期間だということ。
子供である私達には何かと理由を付けては外出に連れ出して、色々な物を買ってくれるのだ。
嬉しいに決まっている。
「今回は随分と長いわねぇ?」
「…(コクン)」
「…後でクロノスに聞くわ」
一言も話さないシアちゃんにお師匠様は呆れてそう返した。
シアちゃんが喋るところを誰も聞いたことがない。
それどころか着ぐるみの中を知る者もおらず、性別すらも定かではない。
知っているのは会長やセバスさんくらいのものだろう。
「…(スッ)」
「あっ!」
お師匠様との会話を終えたシアちゃんがどこからともなく出現させたのは会長が言っていたドライフルーツの詰め合わせ。
シアちゃんは空間魔法の使い手で、魔法で管理する異空間は凄まじい容量を誇るらしい。そこからテーブル上のお土産もこのドライフルーツの詰め合わせも取り出したのだろう。
手渡されたドライフルーツの詰め合わせは前回貰った物とは中身が違い、見たことも名前も分からないフルーツが殆どであったが、どれもこれもおいしそうで今すぐにでも開けて全種類を食べ比べしたくなる。
「ありがとう、シアちゃん!大事に少しずつ食べるね!」
「…(フルフルッ)」
首を横に振って否定を示したシアちゃんにこちらも首を傾げて疑問を表す。
すると、異空間から追加で何袋ものドライフルーツの詰め合わせを取り出してズイッと私に全て差し出してくる。
どう頑張っても一人で食べきれるような量ではない。
「こんなに食べられないよ。皆で食べよ?」
「…(コクンッ)」
嬉しそうな雰囲気を醸し出したシアちゃんから袋を受け取ってテーブルの上にどうにか乗せてその中から一袋手に取り、すぐ近くにいたエリアスに袋の中身が見えるように広げて「どうぞ~!」と選んでもらう。
ジュリアスとお師匠様にも取ってもらった後にふたつのドライフルーツを袋から取り出してひとつをシアちゃんの着ぐるみの口元に寄せる。
「シアちゃんもはい。あ~ん」
差し出したドライフルーツに齧り付くことなく手に取ったシアちゃんは右脇腹辺りに隠されたファスナーをジィー…と下げ、そこからドライフルーツを着ぐるみの中に入れてジャッとファスナーを元に戻した。
それを確認した私も手に持つ緑色のドライフルーツを食べる。
程良い弾力と酸味があっておいしい。種っぽいところの食感も面白い。
一口一口噛み締めるように食べているとあっという間に食べ終えてしまい、次のドライフルーツを求めて袋へと手が伸びていく。
「これもおいしいっ!」
赤いフルーツにオレンジ色のフルーツなどなど。みんなとあれこれと感想を言い合いながら食べ比べをしているうちに時間はどんどんと過ぎていき、気が付いた時には丸々一袋分のドライフルーツを平らげていたのだった。
慌てて時計を確認して予定時刻ギリギリであることを知って断りを入れ、ドライフルーツを一袋手にして談話室を後にした。
今度こそ準備に取り掛かろうと胸に誓う。
ここでいう準備とは、刺繍と料理の技能習得である。
ネーロはまったくといって良いほど刺繍が出来ない。料理は焼く・煮る・茹でるくらいのレベルでなら可能といった程度。
上手とは程遠い場所にいる。
しかし、その技術を早急に習得しなければ依頼を達成することは叶わない。無謀もいい所ではあるが。
かといって何もしない訳にはいかないのだ。
前以て声を掛けて置いた人物との待ち合わせ場所であるキッチンへ入っていく。
そこでは既に料理の準備をする約束の人物がいた。
「遅れてすみません!ピエールさん」
「問題ナイヨ!スグにでも始めるカイ?」
私の声に振り返った人物は今日も今日とてカラフルな全身ピエロ姿をしており、背は私の首が痛くなるくらいに見上げないといけないほどに高く、裏声と思しきその話し声は仄かに男性的な印象を齎す。
顔は毎日表情が変えられており、今日は号泣顔だった。
日替わりのコミカルなピエロ顔は見慣れていないと笑ってしまう人が多いが、私は初めて見た時から普通にかわいいと思った。
それを口にすると、大体「趣味が悪い」と言われる。
今日は料理をするからか、ピエロの色彩に負けない真っ青なエプロンを着用していた。
派手な色味ばかりで目が少しチカチカする。
「はい、お願いします!あ、これ会長からのお土産です」
袋一杯のドライフルーツの詰め合わせをピエールさんは嬉しそうに受け取った。
顔はとても悲愴な号泣だけど。
「アリガタイネ!後デ頂こうカナ。今日作るのはミートパイだヨ。ハイコレ、レシピ」
「ミートパイ?!楽しみ!」
ピエールさんから渡された紙には手書きで書かれたミートパイのレシピだけでなく、スープや副菜、他にも付け合わせとしてオススメな料理のレシピが載っていた。
手順やアドバイスなども書き込まれていてとても分かりやすい。
「今日ノ夕食に出す予定ダカラ頑張ろうネ!」
「は~い!」
返事をしてキッチンに置いておいた自分のエプロンを着用して、レシピを見ながらピエールさんの説明と実際の動きに注視する。
どれをとってもピエールさんの料理工程には無駄がない。これを私が習得するには一朝一夕では不可能である。
ならばどうするか。
ズルをするのだ!
「ジャア、ネーロ。やってミテ」
「はい。任せて下さい!」
今こそ全属性適性を役立てる時!
じっくりと観察したピエールさんの包丁捌きをトレースするために操作魔法を自分に掛け、そっくりそのままに玉ねぎのみじん切りを行う。
「素晴ラシイヨ!完璧ネ!」
切り終えた玉ねぎはきれいなみじん切りとなっており、それにピエールさんはパチパチと拍手をしてオーバーリアクションで称賛する。
「ありがとうございます!ピエールさんの教え方が上手だからですよ」
「ソンナコトないネ!ネーロは物覚えがイイカラ、じゃんじゃんイクネ!」
「どんと来いです!」
それからもピエールさんに実演披露をしてもらい、その後に自分も実践する。
初めてのミートパイ作りは順調に進んでいった。
が、思わぬところで躓くこととなった。
それは味付けである。
料理の最も大事な工程でありながら、最難関。
料理に慣れている人は感覚で調味料を足したり、引いたりするけれど、素人にそんな高度なテクニックは出来ない。
そこで役に立つのが、計量カップやスプーン。
そして、忘れてはならない最後の味見。
ピエールさん曰く。
「味見シテ薄かったら塩や胡椒ヲ少しずつ足シテ、その都度味見スレバ良いヨ!」
だそうだ。
「濃かったらどうしたらいいの?」
という問いには。
「材料ヲ追加したり、パンと一緒に食ベる用のオカズにしタリ、スープなら水を足セバ良いね!」
と返答があった。
そして、ピエールさん監修の元できたミートパイと具沢山スープ、季節野菜を使った副菜にドライフルーツのマフィンまで作ったのだが、余裕で夕食の時間に間に合った。それを振舞ったみんなからは大好評で料理の自信が少し付いた。
後日改めて教えてもらった刺繍と新しいレシピの料理では、はたまた操作魔法が大活躍したのだった。
同じ作業であれば操作魔法で再現可能であったが、刺繍のデザインだけを渡されて縫うということは出来ない思わぬ誤算があった。
そのため、甘いスケジュールを組んでいたネーロは他人が刺繍を刺しているのをただ眺めては再現するだけで一日が潰れてしまい、魔石の魔力補充も思いの外枯渇した魔石が多く時間を取られ、その他にもスムーズに事が進まず予定日時を大幅に遅れてしまったのだった。
比較的得意な手紙は貴族が好む流麗な文字でデートに誘う恋文をささっと書き上げて、ラインハルトが住む寄宿舎へと送付した。
全ての段取りを終えて便利屋から自宅になった家へと移動が完了したのは、ラインハルトと最後に逢ってから既に一週間が過ぎていた。