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5.率いる者

ラインハルトが退店後、すぐに店長室へと向かった。

王女が我が儘を言いだした日には既に動き出しているのだが、これまで不確かだった方針が本日やっと固まったのだ。悠長にしては居られない。


古めかしい木造建築に相応しくない豪奢な扉が姿を現す。これが店長の執務室や仮眠室、果ては私室へと繋がっているのだ。その扉を迷いなく三回ノックすると、暫くして「どうぞ」と返事があった。


「失礼します!…って会長帰ってきてたんですか!?」


挨拶と共に入室した先には知性を感じさせる青い瞳を持ち、白髪をオールバックにした落ち着き払った初老の男性と空気感からして不可解なほどにテンションの高い青年がいた。


その落差が便利屋に来た当初は違和感満載に移るのに、ある程度見慣れた今では妙にしっくりとくる。これが便利屋の組織人あるあるとして周知されているのは、従業員内だけの話。


「ひっさしぶりぃ!その姿も似合うね!元気にしてたかなぁ???」


私との間隔は数歩分しか空いていないにも拘わらず、ぶんぶんと腕を振って歓迎を示す彼はこの便利屋の総責任者である会長・クロノス。国内に複数存在する便利屋支部にも顔を出しているため、この王都本部に勤めていても逢えることは中々に珍しい。


どこかあどけなさを感じさせる顔立ちに灰色の髪に同色の瞳をしており、本人は魔法使いですらないのか魔法を発動している姿を誰も見たことがない。もちろん私も。


しかし、便利屋に所属する誰もが会長を尊敬や畏怖、または憧憬などの眼差しで見つめている。

時々恍惚としているヤバイ人も中にはいるけど。


「お久しぶりです、会長!お土産下さい!」


そんな組織の中で私は会長と性格的相性が良いのか、親しみやすさを初対面の時から感じていた。

尊敬してはいるが、敬愛や親愛という言葉がしっくりくる。


「いいぞぉ!前にネーロが好んで食べていたドライフルーツの詰め合わせもたっくさん買って来たから、後で腹がはち切れるくらい食べなさい!」


他の人達にはない私の距離の近さや砕けた口調が会長も嫌いではなく、今では近所のお兄ちゃんと接するような関係性を築いている。


「本当?!ありがとうございます会長~!大好き!」

「私もネーロのこと好いているぞ!相思相愛だなぁ!」

「イエーイ!」

「ウェーイ!」


少々…いや、随分と仲が良すぎるかもしれない。


両手を高く上げたハイタッチを決める私達に、頭が痛いと右掌を前額部に当てて悩みの種を振り払うかのように頭を振る便利屋店長ことセバス。

ピシッと皺なく着こなされた燕尾服が静謐さを与え、胸を張って背筋を伸ばした凛々しい姿は老いを感じさせない。


「お二人とも。その辺でお止め下さい」

「ノリが悪いなぁ、セバス!」

「ノリが悪くて結構です。それでネーロは依頼の件でここに来たのでしょう?どうぞ、話を聞きますよ」


相手にしないと態度で示すセバスさんに会長は唇を突き出して横でブツブツと文句を垂れている。それを黙殺してセバスさんは視線で会話を促した。


「ラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズ魔導騎士の依頼に関してですが、追加料金の支払いをした上で恋人役を依頼され、受諾しました。したがって、先日の申請項目の履行をお願いします」

「やはりそうなりましたか…」


セバスさんが面倒そうに呟いた。


「相手が王族だからか手荒な手段は認められないのかと」

「二月後には我が国の王族から除籍されるというのに、律儀なことですね。迷惑極まりない」


セバスさんの辛辣な王女批判発言に内心では賛同する。

容姿は美しく、気品に溢れる姿はまさに王族なのだが、専属侍女や国家財政を把握している者からすれば我が儘放題の浪費家としか思えない。


しかし、民草や王侯貴族の間で可憐な王女の評判は頗る良く、その人々からの評価を最大限活用できる婚姻だけがこの国に寄与できる、彼女の唯一の価値。

その価値に汚名を着せる行動をとる訳にはいかないのだろう。


だからこそ、便利屋の面々は「四の五の言わずにとっとと隣国へ嫁げ」と。

「慈悲なんてやらずに即断しろや」と王女本人だけでなく、王侯貴族達にも心の底から憤っている。


セバスさんが執務机の上で組んでいた手を組み替え、握り込む。


「委細全て完了しています。物件は既に確保していますので、家具はある物をそのまま使用して下さい」

「ありがとうございます。手配が完了次第そちらに移ります」

「…それ、便利屋がするような内容かなぁ?」


今まで黙っていた会長が依頼内容について疑問を投げかけた。


「そうは仰られようとも、事の次第によっては戦争の危機に陥ります」

「解ってるけどさぁ…!」

「何が言いたいのでしょうか?」

「…娘が盗られるみたいでやだぁ!!!」


駄々を捏ねる子供のようなことを言い始めた会長にセバスさんは白い目を向ける。

いつまでも「やだやだやだぁ!」と繰り返し続ける状況にセバスさんは深~い溜息をひとつ吐いた。


「この人のことは今一度視界から存在を抹消して下さい。移住の件は承知致しました。申し訳ございませんが、ここを発つ前に魔石に魔力を注いでもらえますか?」


魔石。

それは魔法使いにとってはなくてはならない必需品。

これは魔力が豊富な鉱山などで採掘されるため、小さな物でもそれなりに値段が張る。


そして、一つの魔石にはひとつの属性があらかじめ定められている。

水属性の魔石ならば水系統の限られた魔法しか発動できないし、火属性の魔石からは火系統のこれまた限られた魔法しか発動できない。

魔法使いにも得意な属性や系統があり、不得手な系統魔法を発動することは困難を極める。


利点として、魔石は内部魔力を全て使い果たしても再度同属性の魔力を注ぎ込むと何度も復活させることが出来る。魔石本体が破損しない限り使い続けることができ、どんなに小さな魔石でも最低100回は使用可能だ。


この特性があるからこそ、前代未聞の全属性適性持ちで保有魔力が膨大なネーロへの指示なのである。

全属性持ちであることを知るのはここに居る会長とセバス、そしてお師匠様のみ。

この場での指示は従業員内でむやみやたらに情報共有をしないためだ。

いつ何時、スパイや裏切者、盗聴があるかわからないのだ。警戒しておくに越したことはない。


そして、魔石への補充だけならば、魔力を豊富に持つ者にとっては何ら苦労のない作業。

それでも今は少しの時間も惜しい。


「全部は難しいと思います。優先順位を教えてもらえますか?」

「いつも通り、幻視の魔石等の消費が激しい物から順にお願い致します」


確かにいつも通りのオーダーだが、それだけ魔石の数も多い。

顔に出さないが、内心では辟易した。


「かしこまりました。それでは私はこれで失礼します」


踵を返して扉へと向かっていくと背後から「ネーロぉ…!後でお菓子持って行くからな~!!!」という声が聞こえ、「楽しみにしてます!」の返事と共に手を振って、執務室を後にした。

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