21.エピローグ
目まぐるしく過ぎ去っていく日々に私は少しずつ日常を取り戻していった。
依頼を熟したと思ったら、また次の依頼が待ち構えている。目も回る忙しさとは正にこの事だった。
しかし、漸く落ち着きを取り戻してきた。隣国との国境沿いが以前の状態に逆戻りしたからだ。今も小競り合いがどこそこで起きていて、いがみ睨み合い続けているだろう。
余裕ができた私はセバスさんに頼まれた枯渇魔石への魔力補充をして、それが終われば魔石の解析に取り掛かる。
魔石の中には未だに用途が不明な魔石も数多く存在している。それらに魔力を注いで解析を行うことも私の業務に入っており、系統が判明したのは両手の指の数を越さない。
それだけ解析は根気のいる作業だ。そして、発現する魔法が不明であるため不容易に魔力を注げないのもまた大変なところだ。大災害を起こしては目も当てられない。
慎重こそ解析作業の鍵だ。
「ネーロはいるかしら?」
「お師匠様?」
部屋に足を踏み入れず、扉から覗き込んでいた。
「店の方であんたを呼んでたわよ~」
「わ、分かりました!」
一言だけ残してさっさと立ち去ってしまった。お師匠様に声を掛けられて依頼を押し付けられないだなんて珍しい事もあるもんだ。警戒していたのに。
持っていた魔石を元位置に戻して一階に降りる。奥の部屋には誰もおらず、カウンターにもいない。
個室の扉は開けられていた。使用中は閉めるのがルールだ。
「~~~何でいるのさ!?」
念の為に覗き込んだ室内にはソファに腰を落ち着かせて優雅に寛ぐラインハルトの姿があった。
騎士を辞め、ただの魔導士に戻った彼はそれでも何だかんだ忙しいはずだ。
そして、今後逢わないと私は彼を拒絶した。
「マローネ、か?」
「!?」
やらかした!
今の私はコレットの姿でもマローネの姿でもなかった。
本当の、ただのネーロだった。
突然のことで何も言い訳が思い浮かばず沈黙で肯定を示してしまい、驚愕を露わにしたラインハルトの瞳が更に見開かれる。
こうなってしまえば、逆に堂々とした方がマシだ。
「君、また面倒事を抱えたの」
「そうではないが」
「じゃあ何?遊びに来たとか意味不明なこと言わないでよね」
「用がないと来ては駄目なのか?」
平然と言ってのけたラインハルトは以前の意気消沈っぷりはどこへやら。精神的な余裕を取り戻していた。
その佇まいは英雄に相応しい風格だ。
だからといってここに居ることの正当化はできない
「当たり前でしょ。ここ便利屋だよ?営業妨害になるんだけど?」
「では、面会料金を支払おう」
いつかの場面を再現するように小袋がテーブルに置かれた。そしてご丁寧にも、チャリーンと一枚の硬貨が零れ落ちて高音を響かせる。
「そういう問題じゃない!というか、どうやってここに入ったの」
お金を払えば何でも引き受けると勘違いされたら堪ったものではないと、落ちた硬貨と共に小袋を持ち主へ押し付け、質問も投げつける。
「それなら…」
「わたくし様が招き入れたのさ!」
ティーセットを乗せた盆を片手に音もなく入室してきたのは、高貴なお貴族様を彷彿とさせる金髪蒼眼で麗しい容姿の美青年だった。
「何してるのアーサー!」
「愛しの君に逢いたいと願う。そのようないじらしくも尊き想いを引き裂くなど、わたくし様には出来ない!」
芝居がかった大袈裟な身振りで舞台に立つ俳優が如く。その腰には常に鞭が収まっている。
便利屋構成員のひとりだ。ほとんど絡んだことがなく為人も詳しくは知らないが、まともではないことだけは確かだ。
「君が私を呼んだの」
「そうだとも!」
無駄のない動きで優雅に三人分のお茶を淹れるのは、無駄に高い技術の無駄遣いだ。心の底からそう思う。
「そんな理由でよくここの使用許可が下りたね?!ホント何してるの!」
「何を言うか!使用許可なんて激情の前では些事に等しい!」
「…つまり。許可なく招き入れたね?」
「その通り!」
その整った顔面で無邪気に微笑まれてもはいそうですかとはならない。むしろぶん殴りたい。
「…この後予約が入ってるはずなんだけど?」
「そうなのだね!それは知らなかったよ!」
「…」
頭が痛い…。
これには後々説教をかますとして、問題は正面のこの人だ。今すぐ追い出さないともしもがある。
「という訳で今すぐ帰ってもらえる?」
「了承しかねる」
「何で?」
「今日はデートの誘いに来たのだ」
(何言っているの、この人?)
頭でも打ったのかと本気で考えてしまった。
そうでもなければ、監視の付いた魔導士という名の火種がここに居ることがバレた時の被害が解らない訳がないのだから。
「自分が何言われたかも忘れたの」
「忘れるものか」
「じゃあ何!?」
忘れてないのなら何なのか。依頼も、用もない。後暗く背負う物もない英雄が本来関わるべきではない場所なことぐらい理解できているはずなのに。
「私は、私の想いを貫くだけだ」
熱を宿した瞳でこうも真っ直ぐに見つめられてはどうにもならない。
「…もういいよ。好きにすれば?」
「そうか!では、今からデートに行こう!」
「コレットの姿で街を歩けると本気で思ってるわけ?分かったら帰った帰った!」
ラインハルトの腕を掴んで引っ張り上げようとした。
でもそれは、彼に腰を抱かれて引き寄せられたことで阻まれてしまった。
「そのままでいいだろう?」
さっきよりも遥かに近づいた距離に否応なく感情の重さを見せ付けられて。
「……帰る気ないの」
「そうだ」
好きにすればといった手前今更覆すことも、説得することもできないだろう。
ここは私が折れる以外の道はもう残されていないらしい。
「……はあぁぁぁ~~~………着替えてくるから待ってて」
幸い、今日中にしないといけない仕事はもうない。
「了解した!外で待っている!」
喜色満面の笑みを浮かべて個室を後にしていくラインハルトに、思わず溜息が漏れた。
「貴方はこれで満足なのかしら?」
今の私はダークブラウンの髪にツリ目気味で橙色の瞳をしている。
客観的に見てコレットとは正反対な容姿と空気感だろう。それでもこの男はまだコレットの幻想を抱き続けるのだろうか?
「コレットも、マローネも、さっきの君も、今の君も。全部君だ。本質は何も変わらないだろう」
「…何も、知らないでしょ」
(私のことなんて)
心の中で悪態を吐く。そこには知らず知らずのうちに諦念と期待が入り乱れていた。
「ならばこれから知っていけばいい」
「…好きにして」
「そうする」
上機嫌にも断定する彼に何を言っても無駄なのだろう。
そして、そんなラインハルトが心底嫌という訳ではない私も、便利屋の一員として失格だろう。
裏稼業に生きる魔導士と栄光に満ちた正道を行くはずだった魔導騎士。
交わるはずのないことは誰の眼からも一目瞭然だった。しかし、新たな道は紡がれた。
結ばれた縁はそう易々と断つことはできない。
ネーロは半ば諦めの境地で上手く付き合っていくしかないのだろう。
示し合うことなく大通りを逸れたふたりが向かう先は、行きつけと化した「憩いの場」だ。
王都にて、初夏の風が吹き込んでいた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
続きは書きたいものがたくさんあるので…。書くとしても、期間が空くかなと思います。
それではまたどこかで!




