2.魔導騎士との邂逅
お師匠様に依頼を丸投げされてから三日間。
この期間中、死の物狂いで情報収集に奔走した。何でもおいそれと情報開示がされるほどこの組織は人員に恵まれていない。依頼の厄介さや需要に対して人材が圧倒的に不足しているのだ。
より信憑性が高い情報を入手したければ自身で行動を起こすしかなかった。
(まだまだ新米のペーペーだというのにお師匠様は鬼畜だ…)
しかし、だからといってそんな事情など知らないお客に言い訳は出来ないため、情報収集は既に万全に終えている。
自身の偽装を終えたならば。
あとは依頼主の来店を待つだけとなった。
昼時を少し過ぎた頃。
三日前に来店したらしい時刻を寸分違わぬ正確さでドアの軋む音が鳴った。
事前情報とこの三日で散々確認した人物が悠々とこちらに歩み寄ってきている。
ラインハルト・ガーディン・フォン・フィールズ
身体強化と火魔法の魔導士で、今年齢22。若輩でありながら一騎当千に匹敵する剣技すらも修めており、獅子奮迅の功績を挙げる。その行使する魔法に肖って『赫灼の魔導騎士』との呼び名を賜っている。
雄々しく恵まれた体躯に整った相貌、一房だけ真紅の流れる黒髪に右眼が鮮やかな朱と左眼が色素の薄いグレーのオッドアイ。
避けに避けていたために魔法を発動する姿を確認したことこそないが、“魔導騎士”という地位はあながち間違いでもないのだろう。
現在は王女を守護する近衛騎士で、フィールズ公爵家の次男。
お陰で社交界では結婚適齢期の女性に大人気だ。
その肩書が今回の依頼を出す原因を招いたのだが。
カウンターまで歩を進めたラインハルトはこちらがにこりと笑いかけるとほんの少し形相を崩した。
「三日前に訪ねた者なのだが、私の接客をした御婦人はいるか」
「僕が君の担当になったからいないよ!よろしくね?ささ。こっちにどうぞ!」
私は努めて活発な少年を演じて茶目っ気たっぷりに話しかけながら隣の個室へと移動を促す。
それに対してラインハルトは訝しげにこちらを見つめ返していた。
「…君がか?」
「そうだよ!何か不満?」
「いや…」
明らかな不満顔をしながら否定を口にする。それが何だがとても面白いかのようにケラケラと意味もなく声を上げる。それがさらに今の自身の姿に子供っぽさを上乗せしてくれるのだ。
今の姿は茶髪に榛色の瞳の、どこにでもいる愛嬌ある少年。特徴的なのは頬に浮くそばかすくらいのものだ。
私が魔導士だと、勘付かれるわけにはいかない。
目前のお客にとって、少年に担当されるのは不信感しかないだろうが。
移動した隣室に設置しているソファに自分が先に座って見せて、彼の反応を感知していないかのように口を開く。
「さてさて!おしゃべりはこれくらいにして依頼内容の確認をするよ!」
「し、しかし…」
「時間、ないんだよね?」
「それは、そうなのだが…」
事実を前に返す言葉がなく、渋々と空いているソファに彼も腰掛ける。
お客さんにとっては超重大案件なのにこんなのが担当で不安しかないのだろうが、お師匠様に依頼を押し付けられたこちらにも不満があるのでお互い様だ。
どうせこの人が幾らクレームを入れようが担当が覆ることはないため、さっさと見切りをつけて本題に入る。
「じゃあ早くしようね!…まず、君がベレスディア・ローズ・フォン・バラズティエ第一王女殿下に懸想されて駆け落ちを持ち掛けられたところまでは良い?」
「!なぜ知っている?」
ラインハルトが目を見張って驚愕を露わにした。
この事象は王女と張本人のふたりしか知らないはずである。それはふたりきりの一室で交わされた会話であり、彼は国王や直属の上司、家族にすらも報告していない。
しかし、この程度の事実確認など全属性適性のあるネーロにとっては容易であり、その反応こそが目的だったため内心でほくそ笑む。
「便利屋にとって情報は儲けの種だよ?で、王女殿下は約二か月後の奉魔導式典に合わせて必ずマッジシャーレの第二皇子に嫁がないといけないんだよね?」
奉魔導式典とは魔法を夜空に打ち上げ、今年一年の豊作と平和を願う奉魔祭の期間に王家が主催する式典である。
これに際してマッジシャーレ皇国との和平協定の象徴として婚姻関係を結ぶ手筈となっているのだ。
「…そうだ」
「うんうん!で、君は…というより国王陛下含む王侯貴族のほとんどが今回の政略結婚が失敗して外交関係に罅が入ることを危惧しているんだよね?」
婚姻というパフォーマンスによる牽制と抑止力。そのシンプルさが国家間では一番効果的なことも多い。
それを一番理解しているのが、階級社会に生きる住人である。
したがって、今の時期は誰も彼もが王女が問題行動を犯さないかと神経質になっているのだ。
何としても大事にしたくないだろう。
「そうだ…」
「だから、便利屋を利用した。そこまで間違ってないね!」
「…全て、偽りない」
「良かったよ~!この三日たくさん調査した甲斐があったってものだよね!」
「…一体どうやってこの情報を手に入れた?」
「それはヒ・ミ・ツだよ?商売のタネをばらすなんてするわけないじゃん!」
分かりやすくこちらを警戒してくるが、この程度で驚かれても困るとわざと表情に出して馬鹿にする。
「…子供の姿をしていても、その本質は便利屋ということか」
「そういうこと!だから安心して僕に任せてね?」
子供らしくおどけてみせる。これが警戒心を緩めるきっかけになると経験上知っているから。
「…善処しよう」
「そこは、信用するって言ってくれたら僕もっとやる気が出たのに!」
「…不要な嘘は吐かない主義だ」
「へぇ…必要なら、吐くんだね?」
少し意地悪く問いかける。これもきっとこの人には有効だからだ。
「それが大人というものだ」
「むぅっ!子供扱いされるの、僕嫌い!」
「事実、子供であろう?」
戦場を駆ける英雄は子供たちに大人気だ。
それも、純粋な子供にばかり。
「ああ~!今、言っちゃダメなこと言ったよ!僕拗ねちゃうよ!」
「そういう所が子供だと思うが?」
「むむむ…言い返せない…!」
ラインハルトの噛み殺してなお堪られなかった声が「ククッ…!」と喉の奥で低く鳴った。
その様子を内心嘲笑った。
綻んだ懐にするりと入り込み情なく接するのもまた、便利屋なのだから。
「もう!本題に入らせてもらうよ!特に要望ってないんだよね?」
「そうだ。王女殿下が何の問題も起こさず、マッジシャーレ皇国に嫁げばそれでいい」
護衛対象に対しての言い草とは思えないが、近衛騎士をしていようと王女本人に忠誠はないという現れである。
(これは思いの外やりやすそうだ)
私は内心ではそう算段を付けて、表では無邪気に笑顔を振り撒いておく。
「そっか!なら、政略結婚の根本原因の隣国との緊張状態を崩して今すぐにでも!っていう状況に追い込んじゃうのが一番手っ取り早いんだけど、どう?」
「駄目に決まっているだろう!?」
咆哮を上げて即座に却下されてしまった。
こちらとしては怪我人が出ないように注意しつつ両陣営に攻撃魔法を放り込んで疑心暗鬼と不平不満を駆り立てれば、いい感じに事が進むと思ったのだが、やっぱり極端過ぎかと評する。
最悪の事態に陥れば開戦待ったなしだからだろう。一国の騎士として許可を下すことは出来ないようだ。
常に小さな抗争が起こっている手前、そう大事にはならないと踏んだのに。
拘束時間はそこそこ長くなろうともその分国境沿いで別件依頼に勤しむメンバーの救援ができると踏んだのが、お気に召さないなら仕方がない。
「そっかぁ…僕のオススメの案だったのに」
「民を危険に曝すわけにはいかない。それに期限が逼迫すれば、焦った王女殿下がどんな行動を起こすか分かったものではない。もっと穏便に済ませてくれ」
こんな簡単なことで良いのならば、ラインハルトひとりで解決可能でたっかい料金を払って便利屋を利用する意味がない。妥当な判断だ。
「じゃあさ!精神魔法でちょちょいっとして当日まで大人しくしてもらうのは?何だったらあの問題ある性格を矯正しておくよ?」
「魅力的だが、替え玉を疑われては困る」
本物の王女様を娶っておいて性格が穏やかだったからと偽物だなんだと騒ぎ立てる……。
皇国や王家が望まないことは明白だが、売国奴やスパイには格好の的だろう。
「う~ん…だとすると、王女殿下をあっちの国に護送するっていうのはどうかな?」
「護送とは?詳細を教えてくれ」
「魔法で眠らせて、だよ!それで気が付いたらあら不思議!マッジシャーレ皇国皇都に到着~!」
愉快な感じで提案したのだが、ラインハルトは真に受けて頭が痛そうにしていた。
その反応に不服を持ったが、彼が即却下せずにいるためこれに決定したらそれはそれで自身が楽できるため採用されないかと淡い期待を胸に抱く。
「…却下で。王女殿下には奉魔導式典に臨席してもらわねばならない」
期待は奇しくも裏切られたが。
どうやら国民や他国の要人へのパフォーマンスは必須らしい。
「じゃあ、式典まで眠っててもらうのは?」
「瑕疵を残す訳には…。それに出来ることならここを発つ最後の時までは、故郷の暮らしを満喫していただきたい」
健康状態に問題があるとなれば、婚姻自体が破綻になるかもしれない、ね。これもまあ、妥当な判断だろう。
「そっか……じゃあさぁ、…」
そこからもありとあらゆる提案をしたのだが、ネーロの案が一向に聞き入れてもらえる気配もないまま時間だけが過ぎていった。
(要望塗れなんだけど…何この人?)
ラインハルトは申し訳なさと苦渋とが混ざり合った複雑な表情を浮かべているが、もうそろそろプランニングも底を尽きてきた。いい加減何か取っ掛かりくらいは欲しいと、趣向を変える。
ペシャリとテーブルに頬を押し付けてわざとらしく不満顔をラインハルトに向けた。
「これもだめぇ?じゃあ、お客さんはどんなのが良いの?」
こちらが望むような回答が返ってくるとは欠片も期待していないが、このままでは何も決定しないまま日が暮れてしまう。
こういう行き詰った時に子供姿は本当に便利だ。
正面に腰かけるラインハルトは難問を突き付けられたかのように気難しい顔をした。
「我が国に毀損はなく、国民にも祝福される。…だが、もし叶うならば。私を諦め、婚約相手と心を通わせて支え合って欲しいと思う」
(迷惑かけられてる被害者だっていうのに、お優しい騎士様だことで)
現実を直視できない人間の綺麗事だと私は鼻白んだ。
「そんなのは理想論だよ。現に王女殿下は第二皇子様じゃなくて、君を好いてるんだから」
「…解っている。解っているがそれでも…」
(あくまでも“穏便”にことを収めたい、ね)
その甘さにほとほと呆れるが、客の要望に応えてこその便利屋である。
思考を巡らせて彼の意に沿う案を熟考する。
「う~ん……じゃあさ!とりあえず君のことを諦めてもらうように動いてみる?」
何も思い浮かばなかったため、とりあえずごく一般的な恋愛解決策を提案してみた。欠片も採用されるとは思っていないが。
「王女殿下にか?」
「そう!このままズルズルと引き摺っちゃうのは良くないと思うんだよね。だ・か・ら!君が一回ちゃんと断って、王女殿下に失恋させてあげるんだよ!どうかな?」
顎に指を添えて暫く逡巡した後、ラインハルトは顔を上げた。
「…今までの提案の中では一番いいと思う」
(これでいいの!?本当に?!)
胸中で思わずツッコんでしまうのをどうにか悟られないように、あくまでも無邪気に会話の続行を試みる。
「それは良かったよ!じゃあ次に王女殿下とそういう話題になったら無理ですってちゃんと断ってみてね!」
「了解した」
(了解した、じゃないよ!便利屋に依頼する意味ないじゃん!)
何だかなぁ…と悩みつつも、顔には笑顔を張り付けたまま。
「うんうん!うまくいくといいね!」
「そうだな…」
歯切れの悪いラインハルトに溜息を吐きたくなりつつも、軽く話を詰めて本日は解散となった。
実際問題、両者ともうまくいくとは欠片も思っていない。それでも価値観が根本的に噛み合わないため弄する策がなかった。
ネーロは次なるプランニングのための時間稼ぎを。ラインハルトは自身が何か行動を起こしたという免罪符を手にするために、この提案を可決してしまったのだった。




