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18.理想の偶像はもう、存在しない

便利屋の戸が開かれた。


そこには服では覆い隠せない立派な体躯をした青年がいた。

その腕には明るい黄色の小花や珍しい緑の小花が散りばめられた可愛らしい花束を抱えている。


この雑多な店内にはほんの欠片ほども合っていない。


「久しぶりだね。…コレットのことは、その…」


表情の曇らせて続く言葉を探す素振りを見せる。


普段、私が店番をすることはない。

しかし、今の便利屋は奉魔導式典が滞りなく閉幕したことで国境沿いの情勢が変化を見せ、関連依頼のそちらに警戒が向いているため近年まれにみる深刻な人員不足だった。


故に今回限り、茶髪に榛色の瞳を持つ平凡な少年姿でカウンターについていた。


それなのに、在りえない者を見たように目を見開いて固まったお客さんはパサッ……と花束を落とした。


「…って、花落っことしちゃったよ。いいの?」


カウンターから出て、落ちた花束を拾う。さっと確認したが、傷ついた花はないようだった。


「お客さんさぁ。この花束お供え物じゃないの」


手渡そうと突き出しても、何も反応を寄越さない。

目の前で「おーい!」と手を左右に振ってみても瞬きすらしなかった。


「…立ったまま失神した?……って、ギャ!?」


まったく反応が返って来ず、不安から誰かを呼びに行こうと背を向けた瞬間、ガバリと背後から抱きすくめられた。

その拘束は絶対に離さないと言わんばかりに強い。


「ちょっと!何?!」

「……コレット…!コレット!!!」

「!?」




何故、この人はコレットと呼んだ?


何かの勘違いではないのか。

想い人を亡くしたショックで錯乱しているのだ。そうに違いない。



「ちょっとお客さんっ!僕のどこが女の子に見えるのさ!?」

「コレット!コレット!……………コレットぉ…!!!」


涙に濡れたくぐもった声が右肩口で聞こえた。


グリグリと顔を押し付けられて首に髪が当たってすごく擽ったい。

何とか拘束から逃れようと身を捩るが、びくともしない。


「…んぅ……!ちょっとぉー!!!誰か助けてぇぇぇっ!!!」


抵抗すればするほどに増していく腕の締め付けに堪らず助けを求めるが、殆どの従業員が出張っているため誰も来ない。


圧迫されている骨からはミシミシと、嫌な音が微かに鳴り始めた。


「、痛い痛いッ!腕が折れる!!!」

「!すまない!!!」


やっと私の訴えが届き、拘束が解かれた。

拘束が解かれてなお痛みが残る腕を長袖を捲って確認すると、案の定くっきりとした跡が付いていた。


「本当にすまない…」


暴力的腕力を物語る腕を、ラインハルトは痛ましいそうに見つめている。


(そんな顔するくらいなら初めからしないで欲しいよ。まったく…)


吐きそうになる溜息を飲み込んで口を開く。


「とりあえず。ここだと他のお客さんが来た時に迷惑だから」


再々ラインハルトがここを訪れた際にも使用した個室へ移動するよう促す。


大人しく従うラインハルトを前回と同様の席に腰かけさせ、私は鎮静効果のあるハーブティーの準備に取り掛かった。


「…君は、コレットなのだろう」


ラインハルトがどこか確信を持った様子で問いかけた。


正体を露見させる気は更々なかったが、私はどこでヘマをしてしまったのか。

ただの勘なのか、確証を得る何かがあったのか。そこだけは聞き出しておきたい。


「さっきも言ったけど、僕のどこが女の子に見えるの?見えたならいますぐ病院に行って、お医者さんに診てもらった方がいいよ」

「…コレットとマローネが同一人物であることはすぐに気づいた。体臭が同じだったから」

「…キモ」

「は?」


思いがけず本心から罵倒が飛び出してしまったが、香水も振っていたのに体臭を嗅ぎ分けるのは気持ち悪い以外の何者でもない。


背後からの感情の揺れを察して色々と遅いごまかしを口にする。


「何でもないよ」

「いや、聞こえているんだが…」

「何でもないよ」

「だが、」

「な・ん・で・も・な・い・よ!」

「…そうか」


ゴリ押しでどうにか黙らせて、淹れ終えたハーブティーを配膳する。

礼を言った彼は手前のティーカップを手に取って香りを味わい、口を付けた。


「やはり、君はコレットだ」

「だ~か~ら~」


違う、と続くはずだった否定の言葉はラインハルトに遮られる。


「香りが爽やかで、控えめ。私の好み通りだ」

「…お客さんの好みをお出しして、機嫌を取るのは良くある話だよ」

「しかし、これだけでもない」

「…何が言いたい事があるならはっきり言ってよ」


不機嫌さを隠そうともせず、普段よりも荒い口調を意識して問いかけた。


ソーサーにカップを戻したラインハルトは右人差し指で正面からは見えない首筋の所をトントンと叩いた。


「君も、コレットも。ここの項に黒子が二つ、同じ場所に並んでいる。そこだけでなく、右手首や左掌の人差し指の付け根、右脹脛の所にも…」


ひとつひとつ指で示さる箇所に該当する私の身体へチラッと目を移すと、そこには確かに黒子があった。


「………~~~~きっもちわるっっっっっ!!!」


理解したと同時に背筋を駆け巡った悪寒が、咄嗟に私の腕を動かさせた。

バッとそれぞれの箇所を隠すように身体に腕をまわして、目前の青年に肯定を表してしまったのだ。


やばいと思った時には既に何もかもが遅く、ラインハルトはニヤリと意地悪く笑っていた。


「コレット。君が生きていてくれて良かった」

「……ここに居るのはマローネであって、コレットじゃないよ」


彼に決定的な確証を持たせてしまった。

だからこそ、現実を突きつける。



“コレット”という彼の愛した存在はここにはいないのだと。


“偶像”でしかなかったのだと。



「解っている。それでも生きていてくれて、ありがとう」


無慈悲な事実であるはずなのに、微笑みを絶やさない。



こういう時、どう返すのが正解なんだろうか。


どういたしまして、なのか。


知らないと、白を切るべきなのか。



しかし、思い悩んだ末に私から零れたのは…。



「…あっそ」




可愛くもなんともない、無意味な言葉だった。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!!!

あと残り三話となりました!

後ろを向いた瞬間に香った匂いと髪が揺れて微かに見えた黒子。

体臭に黒子の位置で確証を持つって異常者だぁ…。


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